第16話 ロキ、アンに恋する。

  建街祭の前日、突如ギルドが発表したエメラルドキャットのハント依頼書でハンターたちは、ざわめいていた。

 ギルドの情報によると、街の隣にあるモグリの森で、エメラルドキャットが二匹発見されたそうだ。一年に一匹が通例だっただけに、この話は、街中で広がった。

 ハンター資格を持っている者たちは、我先にとモグリの森に入っていく。中には、これはギルドの陰謀だと唱える者もいたが、周囲から本当に居たらどうするんだ、と言われ渋々ハントに向かう。

 そして、ハントを急ぐ流れが勢いを増すと、反ロキ派のデモはだんだんと勢力を失っていった。

 

 エリックは、ギルドの屋上から、前の通りを眺めていた。昨日は、デモでぎゅうぎゅう詰めになっていたその通りも、今は、地面の色が散見された。

 現在、午後2時、ロキが起きてくる時間だ。エリックは、キッチンに向かうと、作り置きしておいたロキの朝食を棚から取り出す。それを持って、マスタールームに向かった。

 

 マナが入ってくると、数秒後にロキも入ってきた。

 ロキは、欠伸をしながら、マスターチェアに腰掛ける。細目をテーブルの四方八方に向けた。

 「エリック、葉巻は?」ロキは、小言でそう言う。

 エリックも葉巻をテーブルの上から探す。

 「ありませんね」

 「エリック、葉巻くれ」

 エリックは、さっと自身の葉巻を一本取り出した。それをロキに渡して、ついでに火もつける。

 「エリックありがとさん」

 ロキは、すーっと息を吸い込むと、ぷはぁーっと吐いた。多少咳き込むも、彼の顔は穏やかになる。

 「エリックよ、今日は心地いい朝だと思ったら、馬鹿な民衆たちがいないじゃないか」ロキは、そう言いながら、外の景色が見えるまで窓に近寄る。ニコニコしているロキの顔が、窓に反射してエリックの目に映った。

 「マナと相談して、エメラルドキャットのハント依頼書を作成しました。建街祭に合わせて作ったので、ここ数日間は、心地よい朝を迎えられると思います」

 ロキは、早足でチェアに戻った。足を組んでテーブルの上に乗せる。鼻息を立てて、こう言った。

 「マナから聞いたが、使用人が全員辞めていったそうじゃないか。エリック、お前の管理が甘いからだぞ」

 イラついているロキに、エリックは、会釈だけして謝った。ロキの視線は、テーブルの朝食に向かう。

 「なんだ!この朝食は。実に不味そうだな」ロキは、朝食を指差した。「エリックお前が作ったんか?!」

 「いいえ、それはアンが作ったものです。たしかに見た目は、豪華ではありませんが、実際に食べてみると実に美味しいものですよ」エリックは、自信満々にそう応えた。

 「そうか。そこまで言うなら、分かっているな?もし、もし不味かったら…」ロキは、マナの胸元に視線を送った。

 マナは、少しすると胸騒ぎを感じて、朝食に触れようとしているロキに駆け寄った。

 「だ、だめです!それ食べちゃダメです!」

 ロキの側まで寄った彼女を、彼は強いビンタで張り倒した。

 マナが左頬を押さえながら、立った時には、ロキは、もう二口目まで口に運んでいた。終始無言で口を動かすロキに、彼女は、警戒の目線を送る。

 朝食が最後の一口になった。ロキは、フォークとスプーン置いて、後ろにもたれた。

 「う〜ん。不味いかな」 そう言うロキの顔は、満足げだ。

 「嘘言わないでください!朝食をこんなにも食べて、不味いわけないじゃないですか!」マナは、声を張り上げた。

 「ほらこれ」ロキは、少し残した目玉焼きを指差す。「不味いから、残したんじゃない〜」ロキは、高笑いした。

 マナは、顔に鬼を飼った。爪を立てて、ロキに襲いかかろうとした。それをエリックが止める。

 「どうして止めるんですか?エリックさん!」マナは、腹を立ててそう言った。

 エリックは、「明日だ、我慢しろ」とささやいた。

 マナは、床を強く蹴り削ると、部屋の外に出ていく。荒い足取りが遠くなると、ロキは、エリックにささやいた。

 「今夜、アンを俺の寝室にな?」

エリックは、この時初めてマナの怒りの理由が分かった。彼は、彼女に対して申し訳ない気分になったが、どうすることもできないので、それは心の中に留めておくことにした。

 ロキは、手招きしてエリックを近くに呼ぶ。そして、小声で耳打ちした。

 「アンのやつ、料理もできるんだな。あの女はいいぜ、マナを超えるかもしれん」

 ロキは、楽しげに最後の一口を口に含んだ。「今夜楽しみだな〜。料理が美味い女はいいぜ〜、あっちも上手い」

 ロキは、唇の片方を上げて、エリックの反応を求めた。エリックは、愛想笑いをして、会釈した後、しれっと部屋を出ていった。

 

 アンは、シャワーから上がると、脱衣室でバスローブを持ちながら待っていたマナと目が合った。

 「本当にいいの?嫌だったら、私が行くからね」マナは、心苦しい表情でアンの顔を覗き込んだ。

アンは、髪の毛をタオルで拭きながら、「大丈夫ですよー。これも仕事ですか」とあっさり応えた。

 ある程度拭き終わると、タオルとバスローブを交換する。アンの体に布が身につくと、彼女は、姿見で全身をチェックした。

 「マナさん、行ってきますね」

 マナは、涙をポロポロ流し始める。目元を拭きながら、「ごめんね、ごめんね」と謝り続けた。

 

 

 

 

 

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