第15話 エリックの新作戦
「エリックさん!大変です!!使用人たちが皆んな、辞表を出してやめていかれました」マナは、涙ぐるしそうにそう言った。エリックの腹に抱きつき、膝が崩れる。
「大丈夫だ、マナ。なんとかなる。俺に任せろ」とエリックは、反射的に言う。しかし、彼も、動揺を隠せないほどに息切れしている。
エリックは、自身を落ち着かせて、マナに尋ねた。
「カラスやクロヌマは、まだいるか?」
「はい、そのお二人なら、まだギルドにいらっしゃいます」
エリックは、マナを払い除けると、カラスたちの部屋に向かった。マスターエリアに続く廊下の隣の通路を進むと、突き当たりに二つ扉が見えてきた。
エリックは、カラスの部屋からノックした。
「カラスいるか?」
返事はない。エリックは、念入りに扉の取っ手を押してみた。
その扉は、音も立てずに道を作った。エリックは、そろりそろりと中に入ってみた。
部屋は、誰かと取っ組み合いの喧嘩でもしたかのような散らかりかたをしている。ベッドの掛け布団が真逆の隅に丸められていたり、紙の書類が部屋の至る所に散らばっている。
エリックは、通路に戻ると、そっと扉を閉じた。次に、クロヌマの部屋をノックした。
これまた返事がない。エリックは、さっきと同様に扉の取っ手を押してみる。同様に、扉が開いた。
くつずりを跨いだ瞬間、嫌な予感がエリックの脳裏をよぎった。
ここ数日のカラスとクロヌマは、とてもいい関係とは言えなかった。エリックは、いつかトラブルが起きるだろうな、と思いつつも構ってあげる暇がなかった。
恐る恐る奥に進む。扉からだと死角になって見えないベッド横が、確認できるところまできた。その時、エリックは、度肝を抜かれることとなった。
クロヌマが首を吊って死んでいた。
天井付近にある木製のインテリアに、紐がくくり付けられていて、それがクロヌマ首元を支えている。死体の近くに台が見当たらないので、ベッドを代わりに使って輪っかまで顔を運んだのが分かった。
クロヌマの顔は、とてもじゃないが直視できるものではない。エリックは、紐を切ると、クロヌマをベッドに寝かせて、全身を布団で覆った。
エリックは、右左とふらつきながら、通路を戻った。時折、ため息をするために立ち止まる。
「あれ、エリックさん、戻ってたんですか?」
カラスの声がエリックの耳に入ってきた。エリックは、下を向いていたためにカラスの接近に気がついていなかったみたいだ。
対面するカラスにエリックは、目を鋭くし、こう訊いた。「カラス、お前こそどこ行ってたんだよ」
「トレイっすけど」カラスは、平然とこう返した。
「クロヌマは、どこだ?」
「え?知りませんけど」
「首吊っていたぜ」エリックの声が濁った。
「へぇ、死んでましたか?」エリックに反して、カラスの声は透きとおるようになる。
「死んでた」
「まあ、僕は、いつかそういうことが起こると思ってましたけどね」
カラスは、そう言うと、エリックの返しを拒むように、すぐに奥へ歩いていった。カラスに合わせて、エリックも何も言わず、歩みを再開した。
通路を抜けると、遠くの方から「エリックさん!エリックさん!」と叫ぶマナの声が響いている。
エリックも彼女を探す旅に出た。
ギルドの図書室から、ヴァンは、前庭を見下ろしていた。
反ロキ派の集団が、遂には門を越えて、前庭を埋め尽くしている。そこから、大きな声でロキを罵倒する言葉を響かせていた。
ヴァンは、開けていた本やノートを閉じて、ドイルのいる部屋を目指した。守衛の勉強をしていた彼だが、流石に身の危険を感じ、逃げる準備を始めようとしているわけだ。
ノックと同時に守衛長の部屋に入った。
頭に包帯をぐるぐる巻いているドイルが、呑気に読書している姿が見えた。
「ドイルさん。デモがギルドの敷地内にまで入ってきました。逃げた方がいいのでは?」
ドイルは、ヴァンの方を見ると、眼鏡を外した。無言で椅子から立ち、窓に近寄ると、外を眺めた。
しばらくすると、彼女は、ヴァンを見て「私は、残るよ」と呟いた。「え?なんで?」と疑問を抱くヴァン。彼女は、ポケットから鍵を取り出すと、それをヴァンに差し出した。
「これは、外に繋がる隠し通路の鍵よ。私は、人生の全てだったこのギルドに残る」
ヴァンは、その鍵を奪うように取ると、自身の懐に持っていった。鍵には、ご丁寧に隠し通路の場所が書かれてあるキーホルダーが付いている。
「ドイルさんも生き残れよ」
ヴァンは、鍵をポケットにいれて、扉に向かった。外から扉を閉める際にドイルを確認すると、死を覚悟している顔が伺えた。
このギルドは、惜しい人を失くしたな、とヴァンは思った。
エリックは、前庭を見下ろした。たしかにマナの言うとおり、デモがそこまで迫っている。
マナの心配そうな顔を見て、エリックは、前に使った秘策を提案した。
「高額ハント依頼書を作ろうか。建街祭に合わせてだから違和感もないし、ハンターのほとんどは恐らく、そっち側に気がいくと思うんだ。そしたら、このデモも勢力は衰えるだろ?」
マナは、考えるそぶりを見せる。
「なら、エメラルドキャットなんてどうでしょう。一年に一度しか捕獲されない珍モンスターですし、お肉がとても美味しいので、それを的当ての景品にできますよ」
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