第14話 建街祭2日前の日

 建街祭2日前の日、エリックは、アレクサンダーの家を訪問していた。

 しばらくの間エリックは、ギルドでの仕事に従事していたので、ここに来るのは久しぶりだ。エリックがノックすると、アレクサンダーが笑顔で出迎えてくれた。

 さてはロキオの容態が良くなったな、とエリックは、胸を膨らませて中に入った。

 手荷物を持ったまま、ロキオを探す。リビングで彼の姿があった。

 彼は、従容たる面持ちで、椅子に座りながら、カップを口に運んでいる。そして、エリックに気付くと、軽く会釈した。

 エリックは、すぐにロキオに近付き、彼の額に手を当てる。

 熱さは感じられない。

 「よしっ!」エリックは、ニコッと笑った。ロキオも思わず、口が緩む。

 エリックは、早速手に持っているカバンから、一枚紙を取り出した。それをロキオの前に広げる。

 ロキオは、それを見て「スケジュールですか?」と呟いた。

 「そうだ。ここには暗殺当日のスケジュールが書かれてある。ロキオ、お前は昼過ぎにやってきた客人という設定だ。昼過ぎは、祭りが大盛り上がりになるはずだからな、普段はギルドにいるような奴らでも街長のいる宮殿に向かうはずだ。そして手薄になったギルドにロキオが、俺が金で雇った守衛に連れられて、ギルドに侵入する」

 「はい、分かりました。中に入って、ロキの死体と入れ替わるんですね」

 「いや、ロキはお前と同じ部屋に入れた時に殺すつもりだ。何かあって、お前をギルド内に入れれなくなると困るからな」

 エリックは、さらにカバンから小型銃を取り出した。ロキオは、それを見てどきりとする。

 「いざという時のために持っておけ。しかし、これはロキを殺すためのものだからな。それ以外には使うな」

 エリックは、ロキオにその銃を差し出した。しかし、ロキオは受け取ろうとしなかったので、それをスケジュールと一緒に机の上に置いた。

 「あと2日間、なんとかアレクサンダーと一緒に頑張ってくれ。俺は、ロキのしでかしの後始末がまだ山ほど残ってる」

 ロキオは、頷いた。エリックは、アレクサンダーの方を振り返って、軽く会釈する。

 「あと2日間頼んだぜ」

 「まかせろ」アレクサンダーは、語りかけるように応えた。


 ギルドの前は、街人のデモでかなりの盛り上がりを見せていた。

 「ロキやめろ!」「金返せ!」「人殺し!」

 最早彼らの中には、ハンターとおぼしき格好の人々が多く混じっている。エギルの一件が効いているのだろう。ロキを味方する者は、この街にはほぼ完全にいなくなってしまったみたいだ。

 マナがギルド内を徘徊していると、使用人たちが次々と辞表と書かれた封筒を差し出してきた。マナがそれを受け取るとすぐに、彼らは、荷物を持ってギルドを後にする。

 辞表が10通を超えると、彼女は、整理するために秘書室に向かった。秘書室に着くまでにさらに2通増える。目的地に着くと、使用人5名くらいが彼女の帰りを待っていた。

 「あら、みんな辞表かしら?」マナは、たまげてそう言う。

 1番彼女に近い男性が口を開いた。「そうだよ。家族がもうロキの元では働くなって。マナさんも早くここを離れた方がいい。明日には、反ロキ派がギルド内になだれ込んでくるよ」

 マナは、困った顔をした。彼女も内心、この使用人に同意しているが、ギルドの裏の事情を知っている以上、安易に賛成できなかった。

 マナの表情を見て、使用人たちは、辞表を次々と彼女の胸と腕で支えている物の間に挟みこむ。そして、無言でその場を離れていく。

 マナは、一連の流れを身動き取れず黙って見守ってしまった。

 最後の1人が去ろうとしたところで、やっとマナは、振り返って叫んだ。

 「ままま待ってください!そんな勝手な。使用人はあと何人残っているんですか?」

 彼女の問いかけに、最後尾の女性が答えた。「0人ですよ、マナさん。因みに、コックさんもみんな辞めていきました。キッチンに向かえば、きっと全員分の辞表が置いてあることでしょう。今まで、お世話になりました。どうぞ、ご無事で」

 マナは、引き止めようと走る。しかし、すぐにハイヒールがつっかえて、転んでしまった。手荷物がそこら中に散乱して、慌ててそれらをかき集める。全てを一か所に集中させた頃には、使用人たちの影はもう見当たらなかった。


 エリックが変装しながら、ギルドに近づくと、雇っていた使用人たちが次々と門を通って外に出て行くのが見えた。彼らは皆、まるで仕事をやめるかのように、たくさんの私物を手に抱えている。

 エリックは、焦った。

 彼は、人を縫うようにすっと門に近付く。そして、門を通過すると、一気に走り出した。

 彼を見て、ギルド前でデモ活動をしていた人々が口々に声を上げる。

 「あ!エリックだ!」「やつも同罪だ!」「殺してやる!」

 エリックは、一目散に前庭を通り過ぎると、裏に回って小さな扉から中に入った。建物内の、静寂で人っこ1人いない雰囲気がより一層血の気を引かせる。

 「おい、マナはいるか?‼︎」エリックは、大声を上げながら、進む。

 しばらく続けていると、マナが走ってやってきた。

 

 

 

 

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