第10話 ヴァンのお勉強会。
シュポッ!
エリックは、葉巻を一本咥えながら、それに火をつけた。窓際の椅子に深く腰を下ろしている。葉巻の先端から煙が十分に出てくるようになると、それを右手で口から離した。視線を窓の夜景から、部屋の隅でしょげ込んでいるアレクサンダーに移した。
「おい、アレクサンダー、多めに怒って悪かったよ。だから、そんなしょげこむなって」エリックは、申し訳なさそうに言う。
アレクサンダーは、ゆっくりと頭を上げた。やつれた目で、エリックを見た。
「お、おう。だけど、俺が悪いし…お前の計画台無しにした訳だから」 小さい声で、アレクサンダーは話す。「5日後って、建街記念日だよな?それに合わせて、準備を練っていたんだろ?」
「まあ、一応はな。人の流れが激しいその日が1番効果的だと思ったんだ。ただ、それだけだから、あんまり気にすんな」エリックの声が優しくなった。「それにさ、5日後には、ロキオの熱も下がってるよ。あれよ?別に、ロキの特徴そっくりそのままにする必要はないぜ。そもそも、それは不可能だしな」
「だがよ、ロキオがロキじゃないってのがバレたら、エリックやマナさん、その他のギルド上層部は、街人達になんて言われるんだ?俺は、お前らの命が心配だぜ」
エリックは、立ち上がった。
「ひとまず気にすんな。俺は、ギルドに戻る。ロキオの看病は任せたぜ。たが、余計なことはするな。冷えタオルの替えと、お腹が空いたと言ったら、少量の食事を出すんだ。分かってるな?」
アレクサンダーは、姿勢はそのまま、片方の手の平をエリックを見せて、返事した。
エリックは、スーツの胸ポケットから懐中時計を取り出した。短針が7、長針が46を指している。
あと14分か、とエリックは思った。夜8時は、ロキの帰宅予定時刻だ。今日も、エギル屋に行って、不倫ごっこをしているらしい。
彼がギルドに帰ってきたら一緒に、ハンター達の依頼申請書に目を通さないといけない。これすら粗末に扱えば、ハンター達を完全に敵に回してしまうことを、流石のロキでも分かっているみたいだ。
エリックは、家を出ると、靴紐を結び直し、早足でギルドへ向かった。
ヴァンは、同僚のドイルに連れられて、物置にもなっている小さな教室に入った。ドイルは、分厚い本2、3冊を手に持っている。
ドイルは、教卓の後ろに立つと、「座りなさい」とヴァンに言った。
「げ、勉強っすか?」と毛嫌うように言うヴァン。それに対して、ドイルは、手持ちの本をまとめて教卓の上に叩きつけた。バァァン!
ヴァンは、その音にビビり、適当な席に座った。ドイルの方を見上げると、彼女はヴァンを睨みつけている。老眼鏡が、少し下にズレていて、光る裸眼が彼の目に映る。
ヴァンは、「うっすうっす」と呟きながら、首から上で謝る。
バン!彼は視線が教卓の前カバーだったので、ドイルの黒板を叩く音に、びっくりした。
「ギルドの警備員は、そんな簡単な仕事じゃないからね」 ドイルは、声を張り上げた。そして、老眼鏡を眼の位置に調節する。
「まずはこれ」 ドイルは、1番上に重なっている本を持ち上げると、表紙をヴァンの方に向けた。 [警備員の法律と規則]
「ここには、警備員としての責任と意義が詰まっているわ。ここに書かれてあることが全て理解できれば、あなたはやっとスタートラインに立てるのよ」
ヴァンは、思わず、眼を見開いた怒り顔をする。すると、彼の顔を見たドイルの口紅で赤く光る唇が、少し広がったように見えた。
「これが終われば、次は、これよ」止まらずドイルは続ける。
2冊目の表紙をヴァンに向ける。 [ガタヤマ街のギルド守衛について]
「これが、このギルドの警備員としての決まりと動作が書かれているものよ。しかしね、これを完璧にしてもまだ半人前よ」
ドイルは、最後の一冊を手に取った。カバーには、題名どころか色の付いた模様すらない。
「これは、私があらゆる街で集めてきた緊急事態時の素晴らしい動きや神接客の数々が載せられているのよ」 最後に、「非売品よ」とドイルは付け加えた。
「げ、それ全部覚えるのですか?」ヴァンの顔は引きつっている。
「当たり前よ。最初に簡単な仕事じゃないって言ったでしょ?」ドイルの顔はニコニコだ。
「あれ?でも、エリックさんが3日間の研修だけでギルドの守衛になれるって」
「そうよ」 ドイルは食い気味に答える。
「じゃあ、そんな分厚い本必要ないじゃないっすか?」
「だから、その3日間でやるのよ。全て」
「は?」ヴァンが凍りついた。彼は、一旦彼女の言っていることを飲み込もうとした。しかし、途中で彼の中の常識が、その思考を引き止めた。
「3日間、この3冊について、勉強してもらうのよ。もちろん、できなければ、サボってたことと見なすからね」
ヴァンは、口を開けて、頭を抱えた。
エリックがギルドに着くと、ギルド内が騒然としていた。彼は、近くにいたアンに状況の説明を求める。
「はい、ロキ様が出先で殺傷事件を起こされました。刺した相手は、エギルさんらしいです」
ロキは、エギルの妻と不倫していた。それが元となってトラブルに発展したんだろう。
エリックは、さらに説明を求めた。
「それで、ロキは、今どこにいる?」
「もう帰っておられます。寝室でマナさんがお相手を…」
アンが言い終わる前に、エリックは、奥に続く扉に向かって歩き始めていた。彼は、憤る勢いで、扉を乱暴にこじ開けた。
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