第9話 アレクサンダー、ロキオを弱らせる。

 エリックが去って、2人だけになったアレクサンダーとロキオは、まず柔道の授業に入った。

 アレクサンダーは、ロキオの服を掴み、彼に手の位置を教える。ロキオが真似すると、アレクサンダーが勢いよく背負い投げを決めた。ロキオは体重が軽く、ドタン!と簡単に地面に叩きつけられた。

 お尻をさすりながら、立ち上がるロキオに、アレクサンダーは、「次、次」と声をかけた。

 ロキオは、嫌がる。

 「え〜、アレクサンダーさん、痛いですよ〜」 彼は、不穏な表情を見せてぼやく。その場にとどまり、アレクサンダーに、近付こうとしない。

 「何言ってんだ。ロキは、柔道の「じゅ」くらいはできるぜ。他にも剣道と合気道辺りを少々とな」

 「合気道?僕、鈍臭いから無理ですよ。椅子に座った勉強とかがいいな。それなら、僕にもできるし」

「まあ、確かに、ロキの体術は、数年前の記録だし、今頃は衰えているかもしれん。しかしだな、その貧弱さ!」アレクサンダーは、ビシッと人差し指をロキに向ける。「その貧弱くさは、直さなければならん。ロキほどとはいかなくとも、弱々しさをなくさねばな」

 「貧弱って言ったって、だったらさ、僕はロキの弟ですよね?記憶なくなる前の僕は、どんな人間だったのですか?」

 アレクサンダーは、腕を組んで首を傾げた。「う〜ん。それは多分、俺にも分からん。エリックぐらいじゃないかな、知ってるの。なんて言ったって、ロキオなんて名前、聞いたことないしな〜」

 「知らない?じゃあ、僕は、本当はロキの弟ではないなんて可能性もあるじゃないですか?それか、ロキの本当の弟と僕を間違えて連れてきたとか」ロキオは、怪しげな表情を見せた。

 「いや、しかしだな。確かに弟を探しているということだったが、重要なのは、似ているかどうかだ。だから、お前が実弟でなくても大丈夫だったんだ」

 「ふん、だったら、僕に体術の才能がなくて、できなくてもしょうがないですよね?」 

 ロキオは、たまに言い訳をすることがある。アレクサンダーは、そういうところがロキに似てるなと思った。

 「なるほどね、試してみずに逃げるみたいだな。ロキになって、街を救うには、体術の丹念が必要不可欠なんだけどな」アレクサンダーは、首を前斜めに傾かせて、首後ろを掻いた。

 「だって…そうかもしれないけど…」

「やろうぜ、言い訳せずによ」アレクサンダーは、口角を上げて、ロキオを睨んだ。しばらくすると、ロキオから嬉しい返事があった。

 「う、うん。そうだ、そうだね。やってみるよ僕」 ロキオは、おもむろに足を広げて、両手に力を入れる。そして、ガッツポーズを二つ作った。

 「よし、その意気だ!」と吠えるアレクサンダー。

 2人の特訓は再開された。まず、アレクサンダーが手本を見せ、ロキオがそれをできるまで続ける。

 1時間ぶっ続けで特訓は行われた。

 ロキオの顔が赤いのを、アレクサンダーが見て休憩の合図を出す。アレクサンダーは、1人そそくさと部屋を出て、保冷庫まで立ち寄ると、冷水の入った壺を取り出した。

 冷水を2本のコップに注ぐ。両方をお盆に乗せて、練習部屋に戻った。

 部屋の扉を開いた瞬間、アレクサンダーは、しまった!、と思った。

 アレクサンダーも多少は予感していたことなのだろう、ロキオが顔を下に向け寝転がっていた。彼の顔は、さっき以上に真っ赤だ。

 ロキオは、扉の開く音で、アレクサンダーの立っている方を見る。そして、口をもぐもぐと動かし、何かを言っている。しかし、声が小さすぎて、アレクサンダーの耳には届かない。

 アレクサンダーは、手に持っているお盆を床に置くと、小走りでロキオに近寄った。

 「大丈夫か?おい、しっかりしろ」

 アレクサンダーは、内心かなり焦っていた。ロキ暗殺の決行は、5日後とエリックに聴かされていた。それを自身の不注意で台無しにするかもしれないのだ。

 一旦、ロキオの額に手を当てる。高熱で、一瞬にして手を引っ込めた。

 アレクサンダーの額から、汗が噴き出る。彼は、急いで布団を襖から取り出し、ロキオをそこに寝かせた。

 ロキオは、しんどそうに熱に浮かされている。アレクサンダーは、ロキオの顔を覗き込んで、困った顔をした。

 アレクサンダーは、生まれてこの方、風邪を引いたことがない。そのため、目の前にあるトラブルをどう対処すればいいのか分からない。

 彼は考えた、どうすればいいのか。

 今、こいつは、体が熱くなっている。それがいけない。ということは、つまり、冷ませば良いんだな。冷ますとなると、保冷庫があるじゃないか!あそこにぶち込めば、急速に体が冷え込んで熱も下がるはずだ!俺ってば冴えてるぅ。

 アレクサンダーは、意識が朦朧とするロキオの両脇を手で持ち上げて、保冷庫まで運んだ。保冷庫は、人一人分が寝れるほど広くはないので、体の半分を直角に折って、座らせる格好になった。

 ロキオは、グッタリしている。それを見ているアレクサンダーは、「頑張れよ」と呟いて扉をそっと閉めた。

 中から、ロキオが咳き込む音が聞こえる。扉を弱く叩く音が聞こえる。しかし、アレクサンダーは、一ミリ足りとも扉を開けようとはしなかった。むしろ、ロキオの快方を願いながら、開かぬよう必死に踏ん張って、体で扉を押さえた。

 ロキオが救出されたのは、エリックが帰ってきた午後6時のことだった。生死の境を彷徨っていたロキオは、練習部屋の布団に寝かされた。

 アレクサンダーは、エリックにこっぴどく怒られると、しょげ込んでしまった。

 

 

 

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