第7話 アレクサンダー、ロキオに武道を教える。

 正午の鐘が鳴り、マナは、今手に付けている作業に一旦区切りをつけた。秘書室を出て、マスターエリアに入る。ロキの起床時間だ。

 彼女は、ロキの目覚ましとしての役割をも担っている。

 多分起きていないだろうが一応、ノックを二度して、ロキの寝室に入った。

 案の定、彼は、お腹を出して、ぐーすか寝ている。マナは、寝室のカーテンを開けて、日光を室内に入れると、「ロキ様朝ですよ」と彼の耳元で優しく声かけをした。

 ロキは、薄ら目を開いて、マナの態度を伺う。彼女は、ロキの視線を感じて、身震いする。

 勇気を振り絞ってマナは、ロキの左手を自身の胸元に当てて、もう一度「ロキ様朝ですよ」と囁いた。

 ロキの左手が動く。

 マナは、ベッドからゆっくり離れると、ロキは、左手から伝わって上体を起こした。そして、マナの動きに合わせて、彼はベッドから出た。

 ロキは、マナに連れられて、寝室に備え付けられている洗面台に寄った。そこまで辿り着くと、マナは、ロキから離れて、ベッドの上を整える。ロキは、水を出しっぱなしにしながら、洗顔とうがいを済ませた。

 欠伸をしながら、部屋を意味もなくうろつくロキ。一方で、室内を慌ただしく整理するマナ、といった構図はいつものことだ。

 マナは、ロキが寝る前に放置した飲みかけのカップや脱ぎ散らかしたスーツを整理する。その様子を見ながら、ロキは椅子にもたれ掛かり、趣旨が分からないことを言った。

 「そろそろ、婿さん欲しいだろ?望むなら、良い人紹介してやろう。街ごと支配下に置いているギルドマスターなんだがな。どうだろう、裕福で幸せな生活が待ってるぞ」

 ロキから結婚のお誘いを貰うことは、マナにとって、今回が初めてではなかった。既に数字でいうと2桁は繰り返されていた。

 マナは、以前までいい感じの返しを考えていたのだが、ネタが尽きてきた最近では、はっきりと「結婚はまだ考えておりません」と返すようになった。こう返せば、ロキの次なる口撃にも堂々と対処できるからだ。

 「でも、マナちゃん、もう28じゃないの?婚期逃しちゃうよ」

 そうきたか。それならば、とマナは「私の中では、まだ大丈夫です」と威勢よく応えた。

 ロキは、笑い顔で停止している。次の言葉が見つからないのだ。

 マナは、スーツをタンスにかけ終わると、紅茶が少し入ったカップを手に「只今直ぐに、朝食の準備をさせますので、マスター室までお越しくださいませ」とロキに背中を向けながら、言った。

 

 ガチャリ

 アレクサンダーが自身の家の鍵を開けた。彼の後ろには、変装したエリックと大きめのハット帽子を被って顔を隠しているロキオが順番待ちをしている。

 アレクサンダーの家は、2階建ての4LDKで、2階は二部屋で大きめのバルコニーがついている。

 アレクサンダーは、まず後方2人を一階の広い部屋に案内した。

 部屋に入るなりすぐに、エリックが部屋の隅々まで隈なく目を通し、練習に使えるかどうか確認する。アレクサンダーは、その間に、自身の旅行荷物を整理し始めた。

 ロキオは、暇そうに部屋の真ん中に座っている。

 「この街の人達は皆んな、僕のお兄ちゃんに怒ってるの?」 暇を持て余したのか、ロキオが唐突に声を出した。

 それに対して、エリックが応える。

 「ああ、そうだ。ロキは、国の実権を握っている。奴は、財政も握っているからな、街のささやかな資金を私利私欲にまみれた使い方で消費している。例えばだな…」エリックは、左上を眺める。「例えば、浮気だ。ロキにも、マスターになる前、妻がいた。しかし、マスターになった後、街の娘達と複数同時に浮気して、見事破局。その妻の家は、この街では、結構の権力者でな、国の莫大な資金を示談金に使ったんだよ。因みに、今も絶賛、街娘達と恋愛中だよ」

 「どうして、街の人々は怒らないのですか?」ロキオが身を乗り出してそう言う。

 「街の金ある権力者達が揃って、ロキの金で手懐けられているからだよ。彼らの殆どは、ロキ就任以前より稼いでいるんじゃないかな。だからつまりだな、街人達は、反乱を起こそうにも資材が集まりにくいんだ」

 「でも、ハンター達は武器を持ってるでしょ?」

 「まあ、それもそうなんだがな。これ以上話すと、かなり政治的な話になってくるから、この話はまた今度にしよう」

 エリックが言い終わるか否のタイミングで、アレクサンダーが家着の格好で扉を開いた。いつの間にか、部屋を出て、着替えていたらしい。

 「よし、まずは武道だろ?ロキは、商人といえど、武道に多少の心得はあるからな」

 アレクサンダーは、そう言い終わると、上の服を脱いで、上裸になった。

 「エリック、今日は俺に任せとけって」アレクサンダーは、エリックにウインクをした。

 エリックは、「そうか、そうだな」と少し考え込み、「分かった。今日は、お前に任せよう」と言って、部屋を出て行った。その後すぐに、家の扉を開く音がしたので、彼はギルドに戻ったのだろう、とアレクサンダーは、見越した。

 アレクサンダーがロキオに呼びかける。

 「さあ、立て!俺が武道の基礎を教えたる!」

 立ち上がったロキオに向かって、アレクサンダーは、全速力で突進していった。

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