第3話 譲れない戦いがここにある
部屋から持ってきた大人気ゲームハード『Bottan』をテレビにつなぐ。
「何する?」
結局まだ寝れないと言うななせの言葉に、部屋へ上げない代わりに居間でゲームをすることになった。畳の部屋に座布団を敷き、テレビの前に2人並んで座る。
ななせが寝落ちした後で自室の危険物を再度確認して隠すことを決め、どのゲームをするかななせに尋ねる。
「うーん、大戦争グレイトマンかなー」
Bottanにダウンロードされているソフトを一通り眺めながら選ぶななせ。配信でかなりの数をプレイしている関係で、ダウンロードデータもかなりの数に上っている。その中からちょんまげの侍とカウボーイハットをかぶったガンマンと甲冑をまとった騎士のシルエットが武器を突き付け合うパッケージのゲームを選択。
古今東西の偉人が異能力でバトルする対戦格闘ゲームだ。プレイスキルはもちろん、出現するアイテムでいい引きが出来るかという運要素もある。ネット回線につなぐことで参加者を募ることもでき、配信ではかなり人気のタイトルでもある。
「これななせ好きだよね?」
「ふっふ~ん、リアル対戦は久しぶりなんだよね」
得意げな表情でキャラクターを選び始めるななせ。今日(日付が変わっているが、リョウの周囲では大抵寝るまでがその日である)のななせの配信でもやっていたタイトルだ。かなり頻繁にこのゲームで配信している。
ななせが選んだのはパッケージにもなっているカウボーイハットをかぶったガンマンだ。腰に二丁のリボルバーを下げている。名前は『キッド』となっている。
対してリョウが選んだのは鎧にマントを付けた大男。
「ほほぅ……アレクサンダー大王とはまた渋いですなぁ」
「そうなの?」
このゲーム配信で時々やっているがあまり深くプレイしたことはない。アレクサンダー大王も1、2度使ったことがあるだけだ。
「ふふふ、目にもの見せてやろうッ! もしあたしが勝った場合は添い寝してもらうッ!」
「え!? ちょ、ちょっと待って!?」
想定していなかった発言に思わず振り返るリョウだったが、ゲームは止まらない。
勝負! という文字が画面に踊ったと同時、ガンマンが銃をぶっ放す。
が、その直前にガンマンの目の前に特大の爆弾が出現した。弾は爆弾に当たり破裂。ガンマンは粉みじんとなり残機を一減らした。
「……」
「くっ、なかなかやるじゃないかリョウちゃん……!」
「いや、何もやってないけどね?」
勝手に自爆されただけだ。
「ていうか、ななせ本当に下手なんだね……。正直配信上だけかと思ってた」
「くっ……! 呆れたような視線が若干心地いい! 悔しい!」
「何言ってんのさ……」
顔を手で覆って悶えるななせに冷たい視線を送る。
ななせの大戦争グレイトマン配信は大抵こんな感じだ。基本へたくそプレイの上、やたらと不運に見舞われる。そのせいでリスナーからは『人類には早すぎる配信』とか『上級ななリス(ななせのリスナーネーム)向け』などと言われている。
基本的にまともなプレイングを見ることは出来ないので、放送事故気味になるのだが何をどう間違ったのか本人はやっていて楽しいらしい。
「まぁ最初はね。あたしもまともな配信が出来なくて悔しいって、思ったよ? ななリスからも色んなこと言われたしね。でも、面白かったからさー」
「開き直って放送事故を繰り返した、と」
「てへっ、マネちゃんからもついにやめるように言われなくなりました」
「マネージャーストップもかかってたの!?」
「そうそう、ゲリラで逃げ回りながら配信するの大変だったんだから。配信中に連絡が飛んできたり、最後には遠隔で配信閉じられそうになったりとか」
えっへん、と胸をそらしながら偉そうに言い放つが、おそらくマネージャーさんはかなり大変だっただろう。
リョウは個人で配信を行っているためいないが、配信中に意図せず放送事故に至ってしまった場合を想定して、担当している配信者が配信をしている間マネージャーが配信を視聴していることがあるのだ。そして突発的な配信事故になってしまった時などに遠隔で操作して配信を切るのである。
しかしマネージャーも人間。寝ている間に配信者が予告なしのゲリラで配信を始めてしまえば止めることもできない。
「ななせのマネージャーさんは苦労人だね」
「えへへ『ななせさんほど手のかかる人は見たことがありません』って言われてるよ」
「それ、褒めてないと思う……」
まだあったこともないマネージャーが胃を痛めている姿が目に浮かぶリョウだった。
「さ、それじゃもう一回勝負しよ勝負♪」
「はいはい……」
操作キャラクターは二人ともそのままで、フィールド選択画面に移行する。
「さっきは適当にフィールドを決めちゃったけど、こういうのはランダムの方が面白いよね」
「あ……(察し)」
選ばれたのは月面フィールドでした。
ランダムで無数の隕石が降り注ぐバトルフィールド。
「ぬおおおぉぉぉぉ! 隕石が!? 隕石が降って来る!?」
画面の中でガンマンが憐れなくらい右往左往しながら隕石を避けている。ちなみにリョウのアレクサンダー大王は画面の反対側の端っこで、小刻みに動くだけで隕石を躱していた。
そもそも操作に難ありのななせにとって、対戦相手が人からフィールドに代わった瞬間だった。
「ちっくしょぉぉぉぉぉ!」
「うわっ、ちょっとななせ!?」
いきなり叫び声を上げながらななせがコントローラーカチャカチャやりながら右へ左へ振り回したのだ。リョウの視界をななせの腕が遮る。新手の妨害か? と訝しむが、チラチラ見える画面上では未だにガンマンがアレクサンダー大王とは真逆の方で必死に銃を撃ちまくって隕石を打ち落としているし、本人の顔も本気だった。
だから一瞬気を抜いたのだ。
ほんの一瞬だ。
その瞬間に、ぽすんと音を立ててななせがリョウのあぐらの上にのしかかって来た。
「んぅっ!?」
「うおおおおおお! 避けるぜぇぇぇぇぇ!」
リョウが変な声を上げるも、ななせは全く気が付くことなく隕石と格闘を続けていた。
そしてリョウも格闘を続けていた。
主に膝の上にのしかかっている柔らかい感触とだ。
「な、ななせさん、つかぬことを窺いますが……」
「え? 何? 今忙しいんだけど!」
「し、ししし下着は着けていらっしゃいますか?」
今世紀最大の勇気を振り絞って聞いたが、ななせの返答は心ここにあらずと言っても過言ではないものだった。
「うん! つけてないし履いてないよ!」
「ふぇっ!?」
「だって寝る時じゃまじゃん?」
「で、でも外に出るときぐらいはつけないとダメだよ!? あと離れてよ! 膝にあたってるから!」
「いーじゃん、女同士なんだからー。うおっ、また隕石きた!」
リョウの言葉に取り合うこともなく、ななせは再び隕石を相手にし始めた。隕石一個を避けるたびに、リョウの膝の上でななせの体が激しく動く。その度に大きくはないが、しっかりと柔らかい感触が膝に伝わって来る。
(だだだダメダメダメダメダメ――! バレるバレる! 別の事を何か考えなきゃ!?)
内心の動揺を可能な限り表に出さないように努めながら、必死に努力していたリョウだったが、顔の真下にあるななせの頭が再びぐわりと大きく揺れた。
その瞬間わずかに香る甘い匂い。
(南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏)
股の間で起立しようとしているそれと膝の上の危険物から可能な限り意識をそらしながら、リョウはこの状況を一瞬でも早く終わらせようと動き出す。
「あー、また負けちゃった」
月面を駆けた大王が手に持った剣でガンマンを叩ききったのだ。画面ではガンマンがうなだれ大王が喜びをあらわにしている。
「ハァハァハァ……終わった……!」
リョウが荒い息をつきながら勝利を噛みしめる。
こんなしょうもないことで男だとバレでもしたら残念過ぎる。とにかく一度体を離そう。そう考えて腰を浮かしかけたリョウだったが、その膝を掴むななせの手。
「あ、あのななせ?」
「よし、もう一回戦!」
即ななせが新しいステージを選ぶ。
「わ、分かったから! とりあえずちょっと離れて!」
「やだ」
「何でぇ!?」
「だって居心地がいいから!」
いやこっちはめちゃくちゃ困ってるんですけど!?
喉まで出かかった心の叫びを必死に飲み込む。
リョウは男だ。故に女同士の距離感が分からぬ。
もしこれで「あれ? リョウちゃんってホントに女?」なんて思われでもしたら、と考えると言えない。
「よっしゃあああああ! 何か分からんけど動きが鈍った今がチャーンス!」
「あ、ちょっとそれは卑怯!」
画面の中でいきなり攻撃を喰らって、慌てて自分のキャラを動かす。
もし万が一にでも負けることがあれば大変なことになりかねない。
「もし勝てたら添い寝の上に配信で自慢できるッ!」
「やっぱりかぁ!」
配信者にとって、あらゆることは配信のネタとなる。
それが自分の初勝利などと言うことであればなおの事。
きっとななせの配信を見た人たちはもろ手を挙げて祝福するだろう。そして負けたリョウの事はVTUBER界隈最弱の一人として認められてしまうに違いない。
大戦争グレイトマンの弱い人たちの単位に『リョウ並』なんて付いてしまった日には二度と実況プレイなんてできない。
インターネットタトゥーはずっと残り続けるのである。
「ま、負けられない……!」
リョウはつばを飲み込んでコントローラーを強く握りしめるのだった。
◇
「ん? あれ、ななせ?」
どうにか密着状態からは離れることに成功していたななせだったが、肩が触れ合うほどには隣で遊んでいたその体が傾いてリョウの肩に頭をのせて来る。
どうやら寝落ちしてしまったらしい。
さっきからわずかな瞬間に意識が飛びそうになっているのは感じていたのでようやくか、といったところではあった。壁にかけられた時計を見上げると、時刻は既に朝の6時に差し掛かろうとしている。障子越しに陽の光が居間へと差し込み始めていた。
「仕方ないなぁ」
リョウはそっとななせの体を畳の上に横たえる。
居間の真ん中に設置してあったテーブルをどかしてスペースを作ると、ふすまで仕切られた奥の仏間から敷布団を持ってきて広げる。2階にある両親の寝室の布団を使うつもりだったが、もはやその気力もない。ちょっと埃っぽいが我慢してもらおう。
「よっこいしょ――うわ、軽いな」
体格的に頭一つ分くらい身長はななせの方が高いのだが、そこは男の腕力。持ち上げたななせの体は簡単に持ち上がった。というよりもななせが軽すぎた。ちゃんと食べているのか心配になるレベルだ。
布団に寝かせて毛布を掛けてやる。
瞼を閉じた寝顔は安らかなものだった。
「人の気も知らないで……」
その寝顔を見ながらリョウも布団の隣でごろんと横になる。
あっという間に瞼が重くなり、目を開けていられなくなった。
(ダメ……起きて、部屋を片付けないと……バレるかも……)
そうは思いながらも少しだけ、瞼を閉じていたいという欲求から逃れられない。
リョウの意識はあっという間に眠りへと落ちて行ってしまうのだった。
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