5‐7 共鳴者の願望
「――揃えばさいきょーだ」
リヴィの意識が元の場所に戻ってきて、ふらりと立ち上がる。
破壊に満ちた神殿。体に傷が無い場所はなく、サトバの【
だが、リヴィの魂だけは猛々しく躍動。頭の中には怨嗟の声が轟き、今にもリヴィを発狂せしめようとしている。
それを防いでくれる胸の奥の【おひさま】。胸に手を当てると、その奥に感じるのはアンリの魂。
それに心を傾けると、怨嗟は段々と薄くなっていった。
「ありがとうアンリ。一緒に戦うぞ」
ぽつりと、アンリにだけに聞こえるように言うと同時に漲る霊力。今まで味わったことのない充足感がリヴィを包み込んでいく。
もちろん、それに気付かないアルフェールではない。
「いやはや、妹の魂が砕かれたというのに、まだ戦うおつもりですか。その気概には賞賛致しましょう。ですがもう遅い! 私によって既に神様——アリステラ神が降臨成されたのだ!」
と、最期の言葉を残し、アルフェールは高笑いをしながらこの世から消滅。降臨の儀式に存在全てを注いだのだろう。
その瞬間。
世界が分かたれたかと思うほどの強烈な重圧が全人類に降り注いだ。
リヴィがその発生源に視線を合わせると、そこには悠々と厳かに宙に浮かぶアンリの姿が。
変わっているのは碧色の瞳が純白に変わっているだけで、姿かたちは特に変わっていない。しかし、その小さな体躯からは想像も出来ぬ人の理解を超えた圧倒的な存在。
その身に宿ったと思われる神——【アリステラ】。威圧感は感じさせず、ただ佇んでいるだけ。それを目にしただけでも存在ごと吹き飛ばされそうだった。
けれども、これまで命の価値が薄いところにい続けたリヴィたち。もはや相手が誰であろうとも、価値基準からすれば同列だ。
やることは変わらない。それに今は、頼れる存在がすぐそばにいる。
リヴィが言の葉を紡ぐ。
『深淵に仇なす魂の顕現。苦しみを以て怨敵を救済せん。霊法二ノ章【
純黒の霊力と純白の霊力が胸から噴出し、リヴィの右手に移って形を成していく。手にその感触が現れると、横なぎに振って霊力を吹き飛ばした。
余波で強風が起き、兄妹の霊力が【アリステラ】に叩きつけられる。
純白の視線がリヴィに向けられると同時に、リヴィは霊装――【
黒と白の斑模様の槍。鋭さを持つ槍先と、斬りやすそうな刃が渾然一体となり実に手に馴染む。
反射する槍先を見れば、そこにはアンリと同じ碧天の瞳が映っていた。それを見て、リヴィはようやく悟ることが出来た。
「人は寄り添い合えるから生きていける。そこに無力かどうかは関係ない。力が無いんだったら助けを求めたらいいんだ」
『――――!!』
人には理解できぬその【声】が金を切るように不協和音を響き渡らせると、【アリステラ】は無数の光の槍を飛ばしてくる。逃げ場はなく、一つ一つがリヴィを殺して有り余るだけの力を備えている。喰らえば、跡形も無くなるだろう。
圧倒的なまでの戦力差。膝を折り、首を垂れる人が現れてもおかしくない。
それに充てられても、リヴィたちの心は揺らがなかった。
「問題ないな、アンリ」
『はいっ勿論です!!』
縦横無尽に襲い掛かる光の槍を【
その一回の交戦を終えるやいなや、リヴィは駆け出して徐々にスピードを上げていく。この戦いの最後の始まりだ。
『深淵に仇なす魂の叫び。矮小なるこの身に無垢なる未来を脈動させ続け給へ。霊法一ノ章【
迸る霊力により強化率がいつもより高い。リヴィの姿は一瞬で【アリステラ】の前からかき消えた。
「返してもらうぞ、その体!!」
一瞬で【アリステラ】の間合いに入ったリヴィはそのまま、胸に向けて鋭い一撃を一つ。
寸前で避けると、煩わしさを覚えるように【アリステラ】がリヴィを追い払おうとする。
『――ッ!!』
遮る様に、一切の【溜め】もなくまたもや無数の炎の竜巻が展開。息を吸うだけで喉が焼けていく。
それを空中で【共鳴者の願望】で切り裂くも、間隙を許さない【アリステラ】が再び光の槍と地上からの杭で同時攻撃。
完璧な双方向からの攻撃。防ぐには手が——脚が足りない。
ならば——。
「シャーリー!!」
「お、ま、か、せ、あれぇぇぇぇ!!! 【
アンリの遥か頭上。【踊り子の地鳴り】に炎を纏わせたシャーリーが天井を蹴り砕き、猛烈な勢いで降りてくる。 そのまま、宙の瓦礫を蹴ってさらに加速。リヴィが光の槍を消滅させた間を縫ってリヴィを追い越すと、地上の杭を全て踏み潰した。
轟音と共に地上が凹む。大量の土煙が舞う中、シャーリーは蹴りの一つでそれを吹き飛ばし、【アリステラ】を悲し気に睨みつける。
その横にリヴィが降り立った。
「状況は見ての通りだ」
「超危機的状況……ってことだよね。アンリちゃんは間に合わなかったの……?」
三人で帰ると決めたあの誓い。それが叶えられそうにないことにシャーリーは悲しくなる。
「いや、まだ間に合う」
「え?」
「仮説だけど、神……【アリステラ】の憑依は完璧じゃない。もし完璧だとしたら、七賢人が揃ってようやく封印出来た相手を、俺たち三人でどうこうできるわけがない。奴の攻撃を凌げている時点で、力が劣っていることは確実だ」
「ってことは……!」
「自分とは違う【器】に別の存在が入ろうとしているんだ。しかも、近しい存在になったというだけで元々は人間と神。そう簡単に馴染むはずがない」
だからこその出力軽減。アンリの身体に入りたての今、霊力は無尽蔵かもしれないが出せる量は限られている。
そして、
「あとは俺が何とかする。問題は近づくまでのアイツの攻撃をどうするかだが、それはシャーリーに任せた。俺に道を作ってくれ」
「あの時と同じだね。任せてよ」
攻撃目標と最終目標が確定。すると、その意志を感じ取った【アリステラ】が猛攻撃を開始する。
今度は空間を塗りつぶすほどの炎弾。今までの様にかき消してもすぐさま次の炎弾が襲い掛かる。
『―――――!!』
「アンリ、また力を借りる」
『どうぞ! 行きますよ!』
二人はそれぞれ駆け出すと、リヴィは霊装を一旦仕舞い、両の手の第一関節だけを付ける。ずっと見てきたアンリの所作。
リヴィの口からアンリの声で詠唱が奏でられる。
『深淵に仇なす魂の御業。震え、恐れ、首を垂れよ。万象慄きその一切を灰塵と化さん。霊法三ノ章一段【
『【
【アリステラ】の炎弾とリヴィたちの炎の刃が激しくぶつかり合っては対消滅する。
埒が明かないこの攻防。
今のところ五分と五分。しかし、【アリステラ】一体とリヴィ・アンリ・シャーリーの三人。一つの攻防で五分なら、数の多いリヴィたちが勝る。
「ほらほらほら! 神が人間に憑りつかなきゃ何も出来ないなら、最初から向こうの世界にいろって話だよ! アンリちゃんの身体はアンタのモノじゃないんだ! 返してもらうよ!!」
空気を蹴って縦横無尽に跳び回り、消滅した炎弾の隙間を狙って、シャーリーは【アリステラ】を蹴り砕こうとする。
その度に、避ける【アリステラ】。攻撃が通るどころか、掠る気配すらない。
——それこそが、勝利へ繋がる最後のピースだった。
霊装を取り出し、リヴィはシャーリーにかかずらっている【アリステラ】に近づいていく。
「アンリが【獅子の牙】の一撃で血を吐くほどのダメージを負ったことが最初の違和感。霊装は人に痛みは与えるけど、その体に傷を刻む様なモノじゃない。なら、なんでアンリは傷ついたのか。そしてなんで今、お前は俺とシャーリーの攻撃を避けているのか。——通用するんだろ? 俺たちの武器が」
——対神専用武器【霊法】。そう伝えられて振るってきたこれまでの【叛者】の歴史はちっとも間違っていなかったのだ。
通じる武器はここにある。手数も足りている。ならあとは、力の差を埋めるだけ。
それを出来るだけの【力】が今のリヴィにはあった。
「良いよなぁお前たちは。それだけの力を持っていて」
『――――』
おどろおどろしく呟くと、リヴィとアンリの霊力とは違う別種の【力】がにじみ出る。
それに脅威を覚えたのか【アリステラ】の動きがさらに苛烈化。怯えるように無尽の攻撃を仕掛けてくる。
本当に恐ろしいのだろう。なにせ、この【力】は神にとっての天敵。人の想いの力を思い知る時がやって来た。
「リヴィたちのところには行かせないよ!」
その攻撃を、シャーリーが相殺。道が開けた。
「その力、俺に寄こせ」
【アリステラ】の前。リヴィは左手をかぎ爪の様にして【アリステラ】を掴もうとし、詠唱を奏でた。
『神に仇なす【嫉妬】の叫び。悠久の彼方より紡がれ、縁より宿るは幾千幾万の業。焦がれる想いと願いを薪に内より燃やし、その身を掴め。さぁ今こそ叶える時だ。――顕現せよ【
赫き霊力がリヴィの身体から溢れると、左手から霊力が迸って【アリステラ】に絡みつく。ヤツの全身に霊力が脈の様に絡みつくと、【
【アリステラ】に張り巡らされたそれを一気に引っ張り、リヴィは自分の中へと回収するう。
それからの変化は明らかだった。
「う、おおおおおおお……!!!」
【アリステラ】の霊力を『吸収』したことでリヴィの霊力が爆発的に増え、傷が回復。一方で【アリステラ】の霊力は格段に減り、存在感が薄くなっていた。
これなら全てが通る。
【
濃厚な純白の霊力と純黒の霊力が【
「これが【おひさま】の下で生きる為に紡がれる希望の絆。これが砕かれない限り俺たちが歩みを止めることは決してない……!」
ドンッと勢いよく【アリステラ】に近づく。【アリステラ】は追い払おうとなけなしの力で光の槍を振るうが、緩慢なその動きはもうリヴィを捉えることは許さない。
無防備の胴体。アンリの身体の奥にある【アリステラ】の魂。そこに今のリヴィたちの力を全て叩きつける。
「俺たちの力、砕けるモノなら砕いてみやがれ!!【
渾身の一撃は【アリステラ】の魂だけを貫き、その活動を終わらせる。
そして空となったアンリの身体に、【共鳴者の願望】を伝ってアンリの魂を逆流。緻密な操作も、リヴィにとってはいつものことだ。
そして——
「兄さん……」
「アンリ……!!」
霊装を消し、優しく抱き留めると、アンリはうっすらと瞼を開く。その碧色の双眸に映るのは、温かく微笑むリヴィがいる。
それを見て、アンリもまた温かく微笑んだ。
「ただいまです、兄さん」
「おかえり、アンリ」
崩壊した天井。穴から見えるのは暗闇の空。
そこから一条の光が差し込むと、小さな【おひさま】が二人を包み込んだ——。
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