5‐5 見果てぬ夢
純黒に染まった巨大な槍が、アルフェールの上半身を消し飛ばさんが勢いで迫る。それをアルフェールは何も籠らぬその翡翠の瞳で見つめ――。
「――叶いませんよ。貴方の望みも未来も、何もかも」
無感情で発せられた言葉と同時に槍が受け止められた。
否、受け止められたどころではない。渾身の一撃はアルフェールの眼前から先に一向に進むことはなく、次の瞬間には甲高い音を立てて破壊された。
「そん、な……」
集中力が切れ、霊力も切れて全身がズシリと重くなる。今リヴィの体はアルフェールの術で動けなくなっている。ただ、それがなくなったとしてももう動けない。
アルフェールが頬の傷口をなぞると、なぞった先から治癒された。
「無力な貴方が、神様の寵愛を受ける私たちに太刀打ちできると本当に思いましたか?」
「ガッ――!」
「兄さん!!」
反発した力で吹き飛ばされ、リヴィはアンリの傍に勢いよく叩きつけられた。
地を這うリヴィをアルフェールは冷たく見下す。
「【
「――――」
無知な男に啓発するかの如く言うアルフェール。それをリヴィは否定できない。
【
【黒忌子】その逆。黒は無力無能の象徴だと、そう全人類が意識している以上どれだけ俺が努力し足搔こうと目の前にそびえ立つ壁を超えることはできない。
「【白忌子】と同じ嫌われ者でもその有用性はまるで真逆ですね」
「だとしても、だからって何もかもを諦めていいわけあるか……。こんな俺でも認めてくれている人はいる……!」
アルフェールの嘲りを奮起に変え、右手に残った【獅子の牙】を支えに立ち上がる。
「0に近い人間が諦めて全てを無くしてどうする……! それこそ、本当の無力だろうが!!」
「人のモノを借りておいてよく吠えますね——」
——それから一体、どれだけ戦い続けたことか。体感では数時間を経過している気分だ。実力者であるシャーリーがまだここに来ていないのは手間がかかっているからか、それほど時間が経っていないからか。
きっと後者だろう。その僅かな時間で何度攻撃を繰り出したか分からない。その全てが無為と化し、リヴィはアンリから離れたところで壁に磔になっていた。
身体に欠損はないが傷が無いところはなく、指一本も動かせない。
「よくやりました――とも言えませんね。貴方の攻撃は幼子の児戯にも劣るモノでしたよ」
「兄さん……!」
涙が混ざった悲痛極まりないアンリの声がかすかに聞こえてくる。自分の弱さでまた妹を悲しませたことに心が苛立った。
——約束しただろう。必ず一緒に帰るって。
「う、おぉぉぉぉ……!!」
じりじりと壁から身体を抜き、立とうとする。けれど、そんなリヴィにアルフェールが構うことはなく、絶望の未来を突き付けた。
「その場で見ていてください。己の無力さを」
アルフェールの身から純白の霊力が吹き溢れ、右手に集約される。
「やめろ……やめろ……やめろ……!」
「兄さん――」
そのまま右手を貫手にし、アルフェールはアンリの胸を貫いた。
「【魂喰らい】発動」
「やめろぉぉぉぉ!!!」
響く絶叫。
アンリの胸を貫いたその手は彼女の魂を握り締め、アルフェールが勢いよく右腕を引き抜く。その手には無垢に美しい純白の【魂】があった。
その事実を認識すると心が絶望に染まる。
それでもまだ、この場に魂があるのならどうにかなる筈だ。
「あき、らめるな……! リヴィエル・アイオーツ……! 妹を救うんだろ……!!」
——無いなら無いで考えろ。あるモノを模索し続けて戦え。借り物でも何でもいい。
すると、体を這い上がらせたところでリヴィの眼にあるモノが飛び込んできた。
「あれ、だ……!」
そこにあるのは、アンリが磔になっているその逆さ十字。それは【神よけの陣】の力の源となり【月】を維持し続けている、具現化された人の無意識の集合体だ。だったら、人間であるリヴィが今この場で利用できないはずがない。
しかも、今はオルタナが欠けている状態だ。【その枠】は一つ空いている。
——人の意識による【力】の一つだというのなら、その力を俺に寄こせ!
「うぉぉぉぉぉ―――!!」
必死に手を伸ばす。
けれど、その手が掴むモノは何も無く、無惨にもアンリの魂は【神よけの陣】に叩きつけられた。
「あ……」
視線の先で、砕け散った逆さ十字とアンリの魂。粉々に砕かれた赫色と白色の二色が皮肉にも辺りを明るく照らした。
それを見たリヴィの心は真っ黒に、絶望に染まっていく。自分の無力さにまた打ちひしがれ、その運命を掻き毟りたくなるほど呪った。
――その時、【声】が聞こえてきた。
【人の意識・無意識を受け入れられるのなら受け入れてみよ――】
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