5‐4 救済に至る一撃
「いた……」
強烈な破壊音と衝突音が轟くのを背後に、本殿の中に入ったリヴィは遂にそこへと辿り着いた。
白装束に身を包んだアルフェールに、祭壇というらしい木の台の上にそびえ立つ赫い逆さ十字。そしてそこに磔られた意識のないアンリ。
その姿を見て血が燃えるほどに沸騰し、アルフェールの光る右腕がアンリの右腕を貫こうとするその所作にリヴィは限界を迎えた。
人の身であるアルフェールに余計な力は要らない。その分の肉体の強化率を両脚と視覚に集中。
「アンリから離れろッ!!」
アルフェールに突貫。唸りをあげて下から抉るように繰り出される一突きは寸分違わずアルフェールの心臓を捉えていた。
それでも、アルフェールには届かない。
「……折角見逃された命を捨てに来るとは。【死にたがり(スーサイダー)】とは名ばかりじゃなかったのですね」
「ご丁寧に調べてくれてんのか。光栄に思ってあげようか?」
槍はアルフェールの右手で簡単に止められていた。
相当な勢い、風が舞うくらいには威力があったはずだがそれを簡単に受け止めるアルフェールの実力は格が違っている。
ただ、その中で浮かんだ疑問が一つ。アルフェール何故か、はわざわざ右腕で防いだ。心臓を貫く槍を受け止めるのなら、左腕で掴む方が手っ取り早いはず。
その疑問をひとまず置き、強化率を腕に集中。アルフェールから槍を離させるべく振り回し、アンリを庇う様に位置を逆転。間合いは再び開いたが、立ち位置はさっきまでとは違う。
そこでアルフェールの全身が明らかになり、リヴィの疑問は解決された。
「お前、その腕……。左眼も……」
アルフェールには左腕が無かった。左眼も閉じられている。
「あぁこれですか。少々無茶した結果ですよ。行動に何ら支障はありませんし、私たちの全身は神様が作りたもうたモノ。神様の為になるのであれば、いくらでもお返ししますよ」
「理解できない価値観だなそりゃ……」
それでも理解出来た部分はある。
――少々無茶した結果、と奴は言った。そこで思い出されたのが【神よけの陣】に入って来た時にシャーリーが言っていた【強引に入った】と言う言葉。
そう、ここは人類最後の砦たる【神よけの陣】。簡単に入れるわけがない。細かい手段は分からないが、アルフェールは左眼と左腕を犠牲にしたことで、空間を打ち破るだけの力を得たということだろう。
つまるところ、今のこの状況はリヴィにとって千載一遇の大好機だった。
そこに勝機を見出すと、後ろから玉響な声が聞こえてきた。
「兄、さん……」
「アンリ! 起きたのか!」
うっすらとアンリが意識を取り戻した。分かってはいたがちゃんと生きていたことに少しだけほっとする。
起きたアンリは状況を把握しようと周りを見渡す。起きたらいきなり磔にされてたんだ、混乱しても仕方ない。
けれど、アンリが浮かべたのは笑顔だった。
「えへへ……。やっぱり兄さんは来てくれました……」
「当たり前だろ……! 俺がアンリを放っておくなんてするわけないじゃないか……!」
「えへ……ですよね。でもやっぱり嬉しいんですよ……。敵の罠に簡単に引っ掛かって、人間を止めるようなことになった私を連れ戻しに来てくれたんですから」
笑みを浮かべたまま涙をこぼすアンリ。一人で戦い続け、その最後に本当の意味で【独り】となってしまったアンリの胸中は寂しさに溢れていたに違いない。
だとしたら、今兄として出来ることはその寂しさをもう一度埋め合わせるだけ。さっさとアルフェールを倒してシャーリーとミーシャらと一緒に祝勝会だ。
「アンリが神と同じ存在になろうと、お前は俺の妹だ。それに変わりはないよ」
「兄さん……」
「だからまた、いつも通りの日常を取り戻そう。【おひさま】を希うあの日々とそれを掴む未来を」
もう少し待っていてくれと、アンリの頭を優しく撫でてアルフェールに向き直る。
取り回ししやすいように槍の長さを調節すべく【
右手の直剣を下げ、左手の槍の切っ先をアルフェールに向けて戦闘態勢に入った。
「感動の再会を待っていてくれてありがとよ」
「いえ、こちらも霊力を整える時間が欲しかったので大丈夫ですよ。それに、最期になる会話の時間くらい慈悲として許してあげます」
「最期になんてならねぇよ!! 俺たちの未来はずっと続いていくんだからな!!」
戦闘再開。
祭壇を飛び出し、死角から計三度目の突貫。防ぐことは考えず、霊力も惜しまない。アルフェールがノーモーションで瓦礫を五つの石の杭へと変え、リヴィへと放つ。突貫に完全に合わせられたその杭は肉体を容易く引き千切る威力を持っていた。
それを両の武器で薙ぎ払う。
砕けた石の杭がパラパラと散らばるのを尻目に、ジグザクに動きながら近づいていく。
「――む」
一歩間違えば死が待っていると言うのに、それを恐れないリヴィにピクリとアルフェールが眉を動かした。
けれど、リヴィは死を恐れていないわけではない。生きることに全力を注いでいるだけ。
【
——無様にやられた時に、なにも感知できなかったことをここで活かせ。
——感覚を研ぎ澄ませ。
——この瞳で起こりを見抜け。
たった一工程の行動ですら極限の集中が必要とされるこの戦い。けれどミスは許されない。間合いに入った時に優位に立てる様、左側から攻撃を仕掛け続ける。
石の杭を出せば槍で砕き、生み出された炎の濁流は霊力を巡らせた【獅子の牙】で斬り払う。風の刃は察知と同時に避け、地から飛び出した鋭い杭は前に出ながら宙に飛んでやり過ごす。
空中で体勢を整え、天井に足を付くと槍に霊力を込めて投擲。すぐに天井を蹴って槍に追随する。
槍は空気を切って、アルフェールの顔面へと迫る。途端に眼前で槍が停止。重力場による固定だろう。
足元に辿り着いたリヴィが、【獅子の牙】を左から切り上げて重力場を裂く。固定は失われ、槍が下に落ちる過程で石突を狙って槍を勢いよく蹴り出した。
寸前で避けられたが槍の切っ先は確かにアルフェールの頬を捉えた。
「――くっ」
一筋、血が流れる。それを見てリヴィは口角を小さく上げた。
攻撃が通用している。
リヴィの頭の中は鐘が鳴っているかの様に響き、瞳は充血、体のあちこちは攻撃の余波で傷つき、汗は滝の様に出ているがその全てを無視。
思いのほか食らいつくリヴィに油断したのか、頬に傷が入るとヤツはたたらを踏み大きな隙が出来る。
『深淵に仇なす魂の叫び。矮小なるその身に穢れた
残る霊力を槍に全行使。乾坤一擲の一撃をアルフェールの胸に。
「くらえ……!! 【
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