5-3 憤怒の八つ当たり
☆
「――全ては予定調和。私が目的を何もかも話したのもアンリ様にご自身が神様であると自覚していただく為でした」
そこは、かつて神殿と呼ばれていた石造りの建物。現、【神よけの陣】であるこの場所は縦溝の入った円柱がいくつも均整に並び、無駄なモノが一つも無い。その純粋さがどこか荘厳さを感じさせる。
祈りを捧げると思われる広がった空間にはポツリと木の祭壇が置かれており、そこには巨大な赫色の逆さ十字が墓標の様に突き刺さっていた。
そこに、意識のないアンリが磔られている。
「人の無意識がアンリ様をいくら神様の化身だと思おうと、アンリ様が完全に否定すれば何も問題はなかったのです。【存在】というモノは他者と自身の認識の二つがあってこそ成り立つものですからね」
慈愛の籠る右眼でアンリを見つめる。
「目的と【白忌子】の成り立ちを語れば、アンリ様にご自身が神様と同等の存在であることを認識させられます。あとは、ご自身の中で自覚させるべくアンリ様を追い込み神様の御業を使わなければ打ち破る事の出来ない逆境に身を置かせればいいだけでした」
ものの見事に、全てがアルフェール達の手のひらの上。
戦う決意も、諦めない覚悟もアルフェール達からすれば都合の良いモノでしかなかったというわけだ。
「まぁ少しばかり感情を出してしまう事態は起きてしまいましたが、趨勢は何も変わっていないので良しとしましょう」
おもむろにアンリの前で跪き、丁寧な所作で祈る。
——世界が終わる儀式が始まる。
☆
二人がジャンブルを出てから二時間。二人は、かつて信者と戦った場所へと間に合った。
リヴィが改めて見渡すも、そこには破壊の痕があるだけで、【神よけの陣】らしきものはどこにもない。
「なぁあの時も、思ったんだけど、本当にここが【神よけの陣】なのか? 何もないけど……」
「そりゃ隠してあるんだから堂々と置くわけないでしょ」
至極当然なことをシャーリーが呆れた様に言う。
「ちゃんとここにあるよ。でもアイツら、随分と強引に入ったみたいだね。空間に汚く裂け目が出来てる。まぁおかげで入りやすくはなってるんだけど……」
「空間に裂け目……?」
「こういうことだよ」
シッ、と軽く右脚を一閃。
するとどうだ、【踊り子の地鳴り】に込められた霊力に反応してか目の前の空間が揺らめき、ガラスを割ったようなズタズタの【
「さ、行くよ」
ある種の入り口。恐る恐る中に入ると、無だったあの荒地にいきなり巨大な石造りの荘厳な建造物が現れた。所々崩壊しているが、建造物としてはまだ形を保っている。
直感で分かった。これが【神よけの陣】を祀る、かつて【神殿】と呼ばれた場所だ。
「そりゃ見つからないわけだわ……」
「見つかったら隷機たちが総攻撃してくるからね。異空間にでも隠しておかないと、安全とは言えないでしょ?」
警戒しながら建造物へと歩いていく。
本殿の前にある、いくつも並べられた縦溝の円柱はまるで神を閉じ込める籠の様だ。どこか窮屈さを感じさせるとともに、圧倒させられる気持ちになる。
けれど、それらも破壊されていれば形無し。あちこちにヒビが入り、少しの振動でパラパラと砂が零れ落ちていた。砕けて横たわる円柱もある。
最近できたものじゃない。恨みつらみが籠るような壊れ方だ。きっと、異空間に隠される前に神を許せぬ人達が破壊の限りを尽くしたのだろう。
神の印象が強く、それでいて悪印象ばかりが集まるこの神殿は、無意識を収束させる結界の支点にもってこいと言える。
「リヴィッ!」
「ああ!」
腰を落とし、右脚を引いて戦闘態勢。槍は使わず、【
神殿からロア・パペット構わず大量の
つまり、これを超えた先に
「雑魚どもがわらわらとやられにきちゃってさぁ……」
「お前たちに構っている暇はないんだ。そこをどけ!」
襲い掛かられる前に、二人が先に襲い掛かる。
先行したシャーリーがロアを蹴り砕き、右脚に突き刺さったソレを後方にいたパペットに投げ捨てる。それで何体かが砕け散った。
リヴィは霊力温存で【獅子の牙】だけで対応。【駆動廻希】を使わずとも、霊装がある今なら身のこなしだけでも容易く斬り裂ける。
飛び掛かるロアの口に突き刺し、回転して抜く勢いのまま左右にいたパペットを斬り伏せた。
二人とも歩みは一切止めない。
リヴィは
容赦はなく、ものの数分で殲滅を終えた。
「ふぅ。どうリヴィ、人のだけど初めての霊装は」
息も乱れず、簡単な作業を終えたようにシャーリーがたたっとやって来る。リヴィは軽く【獅子の牙】を振ってもう一度その感触を確かめた。
「うん、かなり良いな。お前ら、いつもこんな良いモノ使ってたのか」
言葉に恨み節を少し乗せ、【獅子の牙】をそしてシャーリーを見た。使い勝手が良すぎる霊装。普段の槍にあった、外殻を貫くあの硬い感触が、【獅子の牙】には一切なかった。
「えへへっ。良いでしょー。大丈夫、リヴィも使えるようになるよ必ず!」
「そうなるよう、もっと力を付けるとするよ。霊装があればもっとアンリとの約束を叶えやすくなるだろうしな」
と、二人が一瞬だけ気を緩めたその瞬間。濃密な霊力の圧がリヴィ達を押しつぶそうとした。
感じた事のある圧力。空より現れたのは当然、デュナメイアであり、既に戦闘態勢に入っていた。
翼が脚となったような槍の如き鋭さを持つ巨大な六本の脚。それらが繋がり合い、脚部が完成。その関節部には砲門が備えられており、そこから霊力の弾丸や砲撃を放てるようになっている。
流麗な丸顔には三眼が赫く染まり、胴体部には拘束具とも呼べる服の様な装飾が作られ、裾の部分から伸びた六本の線がそれぞれの脚へと繋がっている。脚部とは線だけが繋がれ、上半身は間隔を空けて浮いていた。両腕は使えぬ代わりに、左手部分には大きな円環の盾が。右手部分には光の剣が浮いて縦横無尽な攻撃を可能としていた。
中級系隷機の戦闘態勢。不気味さとおぞましさを感じさせるその風貌に、重たい威圧感を覚えずにはいられなかった。
「リヴィ、先に行って」
「いいのか?」
「良いの。コイツが本命ってわけじゃないんだからさ。君は君の決着をつけにいかないとね。アンリちゃん、ちゃんと連れて帰って来るんだよ」
「シャーリー……。あぁ、分かった!」
『――深淵に仇なす魂の叫び。矮小なるこの身に無垢なる未来を脈動させ続け給へ! 霊法一ノ章【
リヴィは走りだし、霊力を励起させ肉体を強化。デュナメイアの傍を抜けようとする。
勿論、それを許すデュナメイアではないが、それはシャーリーも同じだ。
「お前の相手はこっちだってーのッッ!!」
いつの間にか跳び上がり、デュナメイアの頭上を取っていたシャーリーが回転しながら落ちてきて強烈な踵落としを巨体に叩きつけた。
ドゴンッと重たい衝撃音。次いで、地面への衝突音。
デュナメイアが地に臥せる結果となり、そのままシャーリーが再び重い一撃を繰り出して地に貼りつける。
「ナイスシャーリー! それじゃあここは任せたぞ!」
「はーい! 任された!!」
本殿へと駆ける際にシャーリーの目を見て礼を言うと、彼女は明るく笑顔を浮かべながら手を振ってリヴィを送り出した——。
☆
「――動くなって」
踏みつけられたままのデュナメイアがリヴィを追いかけようと身じろぎするが、振動を感じた瞬間にシャーリーが押しつぶす。地面に亀裂が入りながら粘土の様に簡単に凹むと、またデュナメイアは身動きできなくなった。
神の遣い、しかも半上級格であるこのデュナメイアとって足一つで地に墜とされるなんぞ屈辱極まりないだろう。それに我慢できなくなったのかデュナメイアは雄叫びを上げるかの如く、霊力を爆発させようとする。
流石のシャーリーも濃厚な霊力が濁流の様に押し寄せては、留めておくことはできない。霊力が唸るのを察知し、吹き飛ばされる勢いを使ってデュナメイアから間合いを取った。
デュナメイアがのっそりと起き上がっていくのをシャーリーは睥睨する。
『―――――――!!!』
理解できぬその
「良いじゃん。それでこそ潰し甲斐があるってモノだよね」
濃密な威圧感を放つのはシャーリーも同じだ。リヴィと話すときの朗らかな雰囲気は微塵も無い。
双眸は鋭く。霊力を烈火のごとく迸らせると、首すじに芍薬の刻印が赫く咲いた。
それに伴い肉体に力が入り、流れ込む霊力が一ノ章を使う前に身体能力を何倍にも引き上げていく。
源泉たるその力は純然たる【怒り】。シファの怒りに呼応して霊力が跳ね上がっていく。それはもう、デュナメイアにも引けを取らない。
「さてさて、わたしの敵。リヴィにはああ言ったけどさ、お前に時間をかけるつもりはないんだ」
温かみは熱を覚えて、声色が苛烈になる。
瞋恚の意思を全身に宿らせながらデュナメイアに近づくと、更なる屈辱を浴びせられたと感じたのかシャーリーに近づいた。
カカッと調子を確かめる様に爪先を地で鳴らす。
「わたしもさずっと怒ってるんだよね。何よりお前たち人類の敵と今回無様を働いた自分にさ」
一歩踏み出す。
「だからさ、ここから先はわたしの
『―――――――!』
攻撃態勢に入ったデュナメイア。それよりも速く、地割れを起こしながらシャーリーが獰猛に間合いに入った。
「せいぜい怒りの捌け口として、無様に蹴り潰されろ!!」
光の剣と白銀のブーツが、轟音を響かせながら衝突した。
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