【幕間】 再臨の時きたれり
そこは森の奥深く。
【月】の光すら届きそうにないほどに森林が生い茂る中、大木にもたれかかりながら翡翠の瞳を宙へと向けた彼はいた。白く煌びやかな装飾の付いた修道服を着ている年配の彼は、無い髪の代わりと言わんばかりに白く長い顎髭をたおやかに撫でながら訪れる者を待っている。
いくばくかして、待ち人――少年が来た。手には、炎が宿った枝が握られており、老人と共に辺り一面を赤く染め上げる。
老人の彼とは違って少年は無装飾だが同じように白い修道服を着ていた。縮らせた緑色の髪に、窪みのある眼、そばかすのあるこけた頬に潰れた鼻。土気色に青白い肌は病人そのもの。
そんな彼はたとたどしく詰まりながら言葉を紡ぐ。
「――ア、アルフェール司教、様。じゅ、準備が整い、ました」
「ご苦労様ですシューレイ司祭。街の様子はどうですか?」
「ギ、ギルドの警戒は、う、薄れていますね。【
「それは結構。やはり、彼を先んじて向かわせて大正解でした」
「ガ、ガイナさん、ですか……。あ、煽った挙句に、す、捨て駒にしておいてよく言いますね。か、彼、何も知らずに逝ってしまいましたよ」
「人聞きの悪いことを言わないでください。私は神様に尽くしたいという彼の心と欲を満たそうとしてあげただけです。それが叶うかは別でしたが」
自愛のこもったアルフェールのその朗らかな表情。そこに悪意は一つもない。
「それに、そのおかげで今があるんですから良いではないですか。シューレイさんも別に感傷に浸っているわけではないでしょう?」
「そ、そうですね。きゃ、客観的に見ただけの話です」
冷酷にも聞こえるこの会話。けれど二人はそんな感情、微塵も持ち合わせていない。
淡々と、まるで天気の模様を聞くかの様に事実だけを無の感情で話していた。
「た、ただよく誤魔化せたなとは、お、思いましたね。た、単独での出撃なんて【称号持ち】の彼女なら分かりそうですし……」
「所詮、彼女も心を受け取れる人ということですよ。人は本気の想いに限り、疑いを持つことはしませんから」
「た、確かにガイナさんのお、想いだけは本物でした、ね。い、偽りなんて思う余地もない、ほどに」
「その通り。多少は違和感を覚えるでしょうが、それまで。心の奥底からの想いを受け止めた後は緩む一方です。――だから今が絶好の機会なのですよ」
それから二人は少しだが歩みを進めると、【月】の光が差している木々が開けた場所に辿り着く。
そこには老若男女問わず、少年少女からお年寄りまで合計十二人の【福音教】が輪になって手を繋いでいた。その内側にはシューレイが持っているのと同じ炎の枝——松明——が円になって地に突き刺さっている。
赤い光が人を照らす中わ彼らは修道服の上から純白のローブを身に纏い、誰も彼もがその顔を隠していた。そのフードの奥から微かに見える口元は緩やかに上がっている。
今この場にいる全員が神にその身を捧げられることに、心から幸せを抱いているのだ。
そんな彼らに、アルフェールは誰よりも明るく口角を上げて高々と告げる。
「皆さん! 遂にこの時がやって来ました! 今こそ、再臨の儀を始める時です!」
アルフェールの澄んだ声は木々や草の根を揺らし、信者たちの耳朶と心も揺らす。信者の心に多幸の炎がこれでもかと燃え滾った。
彼らは言葉を紡ぎ出す。
「力無きものに救いの手を」
――はっきりとお爺さんの声。
「強き者には制裁を」
――舌足らずに鈴の様な少女の声。
「不平等たる世の中には平等を」
――か細く消え入りそうな若い男性の声。
全員が力強く、その言葉に重みを載せていく。
それにアルフェールも続いた。軽やかに、まるで詩を聞かせる様に。
「神様が齎すは我らが希望。さぁ賛歌の宴を始めましょう!」
賛歌。けれど彼ら以外にはきっと、惨禍となるだろう。
そして信者たちは最終段階――詠唱へと入る。
「「「「肉体を杯に。血液を聖水に。卓に載せるは我が魂。――存分にお召し上がりください」」」」
最後の文が言われた瞬間、信者たちから霊力が瀑布の様に溢れ出る。十人十色の霊力はそれぞれ混ざり合い、巨大な一つの塊となって夜空を駆けていった。やがてそれは夜空にぶつかり、円環を成す。
【
アルフェールが煌々と光る【異門】に翡翠の瞳をうっとりさせている。
「そ、そういえば、ほ、本当に良いんですか……? 【
「構いませんよ。そんなことはいつでも叶えられることなんですから。それよりも優先すべきは我らが【姫】をお迎えに行くことです」
アルフェールとシューレイ。そして双眼が赫く光る九体の
彼ら以外、人がいなくなったその場所で世界は終わりを告げようとしていた。
「さぁ参りましょう。集郷都市【ジャンブル】へ――」
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