3-3 始まりの【月霊祭】
脂が滴り落ちて肉が焼ける音、鼻腔をくすぐるスパイスの効いた香しい匂い。買ってもらったお菓子の甘い匂いに笑みを浮かべ、食べてはもっと喜ぶ子供たち。店番の張り上げる声。達者な大道芸人が芸を披露して歓声を上げる人々。
――【月霊祭】。漆黒の空の下では、飾られた色とりどりの
【月】がある時よりも明るく見えるその地上では誰も彼もが満面の笑みを浮かべ楽しそうに過ごしている。
ただ、そんな賑わう人々の中で一番の笑みを浮かべているのは手を繋いだ二人の兄妹。
中央区から続くメインストリートにてクリーム色のフードを被ったリヴィとアンリは心の奥から湧き出るその歓喜を抑えられないでいた。
「兄さん兄さん! 凄いですお祭り!! 早く行きましょう!」
「ちょっと待てアンリ! 無策で動いたら下手に疲労が溜まって後が楽しめなくなる ! 効率良く最大限楽しむためにも、一旦回る順番を決めるぞ!」
「で、でも兄さん! 私、【月霊祭】は初めてで何があるのかが……」
「安心しろ! 既に目ぼしい出店や催し物は把握済みだ! まずは、腹ごしらえがてら片手で食べられる串屋に行くぞ! 魚や肉とか色々あるらしいからな!」
「おお、流石です兄さん! 頼りになります!! では――」
「ああ!」
「「
「……なにこの兄妹」
あまりの二人の変わりように茫然としてしまったシャーリー。小さく呟かれたその言葉に二人は気付かず、早々と目的の出店へと向かっていく。
それに続くシャーリー。その先では既にリヴィが、焼いた鳥肉の串を二本受け取っていた。
塩で味付けされ照る脂が二人の腹を唸らせる。大きく口を開け、頬張るとこれでもかと顔が緩んでいた。
「はぅぅぅ。美味しいです兄さん……」
「だなっ! 外はカリっとしてて中はもっちり肉厚! マジでたまらん!!」
見ているだけでも伝わってくる二人の浮かれた気持ち。それに苦笑しながらシャーリーは近づいていく。
「ねぇ……ちょっと落ち着いたら? 二人とも。そういう立ち回りはわたしの役割じゃなかったっけ……? なんだかわたしが知ってる二人じゃないんだけど……」
「これが――」
「落ち着いていられますか!!」
「あ、はい」
ギンッと二人して目を見開き、気持ちを直接ぶつけるアイオーツ兄妹。
あまりの勢いにシャーリーは思わずたじろいだ。そんな動揺するシャーリーを気にせず、兄妹はきゃっきゃきゃっきゃと次の目的地へと歩き出した。
「次はどこ行くよ!?」
「私、甘いもの食べたいです!」
「よっしゃ、任せろ! ここから少し行ったところに片手で食べられる甘いケーキがあるらしい!」
「おおっ! 良いですね!」
楽し気にワクワクとずっと昂揚している二人。二人の弾む背を見て、シャーリーの口から小さく笑みが零れた。
見ているだけでこっちも嬉しくなる――そんな気持ちが芽生え、シャーリーは小走りで二人の隣に追いついた。
そして三人お揃いのクロークを見て、ニヤついた顔を見せる。
「二人とも、そんなにソレを着れて嬉しかったんだ~~」
「当たり前だろ! こんなこと初めてなんだからな!!」
「シャーリーさんには本当、感謝してもしきれません! ありがとうございます!!」
満開の花の様に純粋な二人の笑み。心からの感謝が溢れ出ていた。
二人が来ているクロークはシャーリーが渡した認識阻害のクロークだ。これを【暴食亭】で着てからメインストリートにやって来るまで二人に悪意ある視線は一切なかった。
それがどれだけ二人の心を休ませたことか。
これまで生きてきた人生の中、どこに行ってもその髪の色で蔑まれるばかり。時には歩いているだけで暴力を振るわれたこともあり、二人が堂々と歩ける日なんて一日たりとも存在しなかった。
なのに今、堂々と歩ける時がやって来ているのだ。しかも、それが一番人が集まる【月霊祭】となれば尚更。ずっと部屋で静かに暮らし、外を羨んでいた昔とはもう違うのだ。
たとえそれが認識をずらしていることによる偽りじみたものであっても、今の二人にとっては大満足でしかない。
だから二人は、ずいっとお礼の様に肉串やケーキをシャーリーに向けるのだった。
それをシャーリーは優しく受け取って、二人にも負けない笑みを浮かべる。
「そんなに喜んでもらえてこっちも嬉しいよ。あげた甲斐があったよね」
「同じものを着ているってことで仲間っ!って感じもより強まったからな。そういう意味でも嬉しいよ」
「ですです! もう心が温かくて仕方ないです!!」
「あはは! じゃ、もっと三人で温まろうか! ここからもっともっとお祭りを楽しむよ!! わたしの本気見せてあげるから!! リヴィ、案内任せたよ!!」
「ああ、任せろ!!」
「ふふふっ。皆でいっきましょーう!」
それぞれ今の時間を全力で楽しむと意気込む三人。
そうして三人はもきゅもきゅと、口いっぱいに食べ物を頬張りながら【月霊祭】を楽しんでいくのであった。
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