2-7 福音教戦③《人の身だからこそ》
シャーリーによって次々と蹂躙されていく
「あの狼藉者めが……!
「グルァァァ!」
飛び交うシャーリーを睨みつけ、唸り声を上げる騎兵型。下のロアは前かがみとなって跳びかかる態勢となり、乗騎しているパペットが鋭い腕を構える。
地を踏みしめ、襲い掛かろうとしたその時だ――。
「行かせねぇよ!」
――騎兵型の足元に霊力を込めた短剣をリヴィが投げ、牽制。騎兵型は進行を止められ軽くつんのめる。
リヴィはその隙が欲しかった。
『霊法一ノ章【
詠唱を破棄した身体強化術。完全詠唱と比べて威力などが落ちる上に消費霊力も激しい詠唱の破棄はシャーリーやアンリといった霊力が潤沢にある様な人が使う特殊技巧だ。仮に、リヴィが三ノ章などを放てたとて霊力が限りなく少ないリヴィでは威力がからっきし。一ノ章も五秒持てばいい方だ。
けれど、その五秒で問題なかった。
一瞬で跳び上がり、つんのめった騎兵型の後ろを取る。そのまま宙で槍を横薙ぎし、パペットの首を斬り飛ばす。その勢いを使い、一回転。回転ざまに腰からもう一本の短剣を抜き取って霊力を込め、斬り飛ばした首の間から見えるロアの首元を狙う。
「――――」
短剣はロアの首元に深く突き刺さり、騎兵型は音も無く沈黙した。
ここまで二秒。
『深淵に仇なす魂の叫び。矮小なるこの身に無垢なる未来を脈動させ続け給へ――』
切れかかる強化が終わる前に詠唱し、一ノ章を完成させる。霊力を巧みに操れる者だけが使えるこの【補完詠唱】。詠唱破棄と同じ特殊技巧だが、才能は関係なく努力すれば身につけられるこの技法は、リヴィが血反吐を吐きながら手に入れた結果だ。
全身の強化が完了し十全に身体に力が漲ったリヴィは、信者を見ながらほくそ笑んだ。
「悪いな、舞台への割り込みはご法度なんだ。まぁアイツなら対処できただろうけど、余計な手間は誰だってかけられたくないだろ?」
「貴様……! 【
大仰に手を振り信者は激昂する。
それに対して怒りを覚えたのはリヴィの方だった。笑みは無くなり、鋭く信者を睨みつける。
「俺たちからすりゃ、邪魔をしてるのはお前たちの方なんだって何度言ったら分かるんだ。言葉が通じないのか?」
「なんだと貴様!?」
「いいか、お前たち【福音教】も隷機も神も等しく俺たちが【おひさま】を見るのに邪魔な存在なんだ」
リヴィは槍を右の手元で回し後ろ手に引く。左足が前となり、左腕を急所の盾とした。
戦闘態勢だ
「俺たちの未来にお前らはいらない。――だからそこをどけ!!」
突貫。
信者と槍の間合いに入り込んだリヴィは槍衾の様に連撃を繰り出す。肉体の強化に加え、筋肉のバネを余すことなく使ったリヴィのその攻撃は視界に捉えることすら難しい。
必死に信者が避けていくも、躊躇も絶え間もないリヴィの突きを躱しきれず傷が増えていく。
だが、それで一方的になるほど信者も甘くはなかった。
「図に乗るなよ貴様」
「――ッ!?」
完全に躱したうえで信者はリヴィの槍を、ガントレットを装着した右手で弾き飛ばした。無垢な白の塊で作られているそのガントレットはリヴィの槍と同じ。
側面を叩かれ力が左に流れていく。リヴィの体が揺らいだところで、信者が踏み込んできた。
「貴様の様な何も理解出来ぬ不届き者が! 身の程を弁えろ!」
風を貫き、顔面に迫る左拳。かろうじて見えたその動きにリヴィは呼応し、倒れ込みながら左脚でその腕を蹴り上げた。
骨を折ることは叶わず。
急いで信者から間合いを取り再び構えると、信者はより深い殺意を持ってリヴィを見ていた。
「何故理解出来ぬ、神様の崇高さを! 偉大さを! 貴様らが【おひさま】などと宣う存在――太陽を一瞬で奪い去ったその御業! 神様こそ世界をお作りになられたお方なのだぞ! ありとあらゆる生命体が神様に傅くのは当然のことなのだ!」
「だから神を降臨させると?」
「その通り! 人類如きの手によって
信者が掲げる独自の憧れ。人は誰であれ自分より高位の存在に憧れを抱く者だが、信者にとってその対象が神ということだろう。
盲目的で一方的に理念を突きつけてくるその姿。面倒な奴だとリヴィは思いながら、信者の言葉の数々から一つの矛盾に気付いた。
「お前の理念やら信念は分かったよ。理解はできないけどな」
「貴様ッ!」
「けど、一番理解出来ないのはそれならどうしてお前は一人でここにいるんだ? 【福音教】は組織なんだろう? ここにいるのは俺とシャーリー合わせて二人。束でかかってこられたら命はまずない。その覚悟を持って俺もここに来たのに、いざ来てみればその覚悟も意味が薄れちまった」
「……」
「で、だ。お前の言葉はずっと『私が、私が』だと我欲があまりにも強すぎる。大方、抜け掛けでもしてきたんだろう? そうする意味はずばり、自分だけが神から良い子良い子とガキみてぇに褒められたいから。――神からすれば【福音教】全員で事に当たらず、一人の我欲で不確実性な手段を取ったお前こそ不遜な存在だろうよ」
「き、さ、ま……!!」
上から目線で嘲笑うリヴィの言葉と態度に、信者からは次の言葉が出て来ない。図星というのが丸分かりだった。
それを示す様に、冷静さを失うほど彼は怒っている。
「私はもう貴様を許しはしない! 私自ら裁きを下し、神様への贄としてやろう!」
『――――、――――!』
「……なんだ?」
激昂した信者から発せられたその音。声だとは分かるがリヴィにそれは認識できない。
青き霊力は大木を飲み込むほどに噴出し、膨らみ続けたそれは次の瞬間には余すことなくその身に入っていった。
霊力の膨張が収まり、静けさが戻る。けれど、信者の身から発せられる圧力の感じはエンジェリアそのもの。つまりこれがシャーリーが言っていた『隷機の力を借りる』というモノだろう。
「さぁ、裁きの時間だ!!」
「チィッ――」
気付けば右拳が目の前にあった。
本能でそれを躱すも、躱しきれずに頬がぱっくりと裂ける。信者が繰り出した風圧は噴き出た血を吹き飛ばし、後ろの地を抉っていく。
隷機の様な巨躯ではなく、人の身に収まっているからこそのこの俊敏性。それでいて膂力はエンジェリアのまま。厄介ではあった。
激怒する前なら――。
――挑発に成功してて良かったな。おかげで何とかなりそうだ。
人が怒れば冷静さを失い、行動が単純になる。それほど対処しやすい状況はない。
これもまた、リヴィの対人経験から来るものだった。
「貴様……! なぜ私の動きが……!」
信者の途絶えない連撃からは実力の高さが伺える。一人でことを成そうとしているだけはある。
けれど、人の攻撃行動ならリヴィにとってお手の物。膂力などが隷機と同等であれど、やることは変わらない。
眼を重点的に強化し、肩の動きなどの『起こり』を見抜いて最小限の動きで躱していく。
それでもかすり傷程度はついていくが、回避と同時にリヴィも信者の体に傷を付けていた。
気付けばもう信者の方が傷が多い。
振りかぶって殴りかかってくる信者に合わせ、柄でその肘の関節を殴打。その衝撃で柄が砕けるが、信者の肘も砕けた。
「シッ――!」
短くなった槍を持ち、信者の手足の腱を斬る。
力の入れどころを見失った信者は地に頽れ、リヴィはその眼前に鋭き切っ先を突きつけた。
「まぁ人の夢に人の感情、他人への迷惑は好きにしろよ。俺だってそうしているし、いずれそうなるだろうからな。そこは気にしない」
一拍置き、殺気を込める。
「だけどな、その迷惑が俺たちに降りかかるってのなら話は別だ。アンリがこれ以上平穏に生きられなくなる世界を俺は決して許しはしない」
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