2-6 福音教戦②《踊り子の地鳴り》

 【反しの森】の中。草木をかき分け、迫りくる尖兵アンダーを崩しながら進むこと一時間。

 【月】が明滅し始め、【夜】の帷が降りる時間がやってきた。後少しもすれば、完全に夜が訪れる。


「いやー鍛錬見ててある程度は分かってたけど、一ノ章しか使えないのにやっぱやるねリヴィ! 体捌きの熟練度が他の【叛者レウィナ】とは桁が違うね!」

「弱い俺は、一発貰ったらその時点で終わりだからな。体の動かし方は必死に身に付けたよ」

「命がけで身に着けた技法かぁ。なるほどそりゃ強い。うん、技術だけなら少なくとも【銀級シルバー】くらいはあるね」

「そりゃ良かった。とはいえ、【おひさま】を見るとなればもっともっと力が必要なんだけどな」

「だから無茶もすると」

「無理しないだけ良いだろ」


 分不相応な夢を叶えるのだ。足りないモノだらけの現状、無茶を重ねるのはリヴィにとっては当然のこと。

 今更その道を外すことはない。


「ま、そうだね。そんな君だからわたしは気に入ったんだし、とやかくは言わないよ。――それに、これから一番の無茶をやってもらうんだし」

「手筈通りに、か」

「うん」


 この先に待っているであろう信者を対人戦に優れているリヴィが相手取り、対隷機ミニステラに優れているシャーリーが蔓延る隷機ミニステラ相手取る。

 それが二人の作戦だった。


「信者の実力はどんな具合だ? 隷機ミニステラを何体も連続で狩るよりかはマシだろうけど、本当に俺でも対処できるか?」

「アレだけの腕があれば出来るよ。ただ、奴らは【霊法】を使ってこない代わりに隷機ミニステラの力を借りて普通の人間より強くなることはあるからそこには気を付けて」

隷機ミニステラの力を……。それはまた、あからさまに人類の敵だな。了解。油断はしない」

「よろしい。さぁ悪役のお出ましだよ。――【ウェンティア】」


 即座にシャーリーが術を使い、燐光粉ケイバーが舞い散る。

 燐光粉が照らすは、深緑が広がるだだっ広い草原地帯。所々に花も咲き、大地を彩っている。あれだけあった大量の木々はなくなり、綺麗に円形状の空間が出来上がっていた。

 不気味なまでにここだけが伽藍になっている。

 ここが【神よけの陣】の在処だと、シャーリーは言っていた。姿形が何も見えないのは、異空間に隠してあるかららしい。傍目から見ればここがそうだとは分からないだろう。

 けれどもシャーリーの言葉と、なにより光の中に一人佇む白い修道服を着て顔を隠している男と一体の騎馬型尖兵アンダーが【神よけの陣】の存在を証明していた。

 あれが【福音教】の信者。【月】と燐光粉の光が照らすその中。劇の主役の様なその姿に皮肉すら覚える。

 その場に足を踏み入れた二人。その微かな足音が聞こえたのか騎兵型尖兵アンダーが威嚇するように立ち上がる。

 

「――崇高な儀式を邪魔する不届き者め。いかな理合いを持って私の前に立つか」


 怒りを押し殺した様なその低い声。思惑を邪魔をされているのがよっぽど腹に据えかねているのだろう。静かながらも信者の声は殺意を孕みながら二人の耳朶を打った。

 けれど、今更そのような殺意に怯む二人ではない。

 ――シャーリーは【福音教】への憎しみから。

 ――リヴィは虐げられ続けた人生経験から。

 殺意を浴びることなんて二人にとっては日常茶飯事だ。


「大層なお題目なんてないよ。わたしたちの行く先にいるお前達が邪魔なだけだ」

「【暴虐姫ブラックサレナ】……。忌々しい我らの敵め。また我らの前に立ちふさがるか」

「当たり前じゃん。お前たちと神が存在する限り、わたしは何度でも蹴散らしてやる」

「右に同じ。あんたら【福音教】とは初対面だけど、神の味方っていうなら俺たちの敵だ。【おひさま】は返してもらうぞ」


 多くはもう語らない。二人にとって信者がこの場にいる時点で、戦う理由と準備は出来ている。

 そんな二人の軽い態度が信者の逆鱗に触れた。


「どいつもこいつも……! 神様に対して何たる物言いを……!! 不敬、不敬、不敬! 万死に値する! 儀式の前に死を以て罪を償わしてやろうぞ!!」

『【肉体を杯に! 血液を聖水に! 卓に載せるは我が魂——!!】』


 信者から発せられる詠唱と共に膨れ上がる青い霊力と殺意。

 それに対して二人は警戒し、戦闘態勢に移りつつもその心は平常そのものだった。


「おいおいガチギレじゃないか」

「怖気づいた?」

「冗談言うな。この程度の殺意なんぞ、そよ風程度にしか感じないさ」

「頼もしいねぇ。——それじゃ、来るよ」


 【月】が完全に落ちると共に、夜空に十一もの光の柱が円環状に浮かび上がり、その中の空が捻じ曲がった。

 ——【異門サンピラー】。それは隷機ミニステラが出現する時の予兆。

 本当に人間が隷機を呼び寄せているのを直面して、リヴィは思わず掴む槍の柄に力がこもる。

 瞬間。

 目を閉じてしまうほどの強い光が瞬く。収まり、目を開くとそこには既に五体の下級下位隷機エンジェリアが空からゆっくりと降りてきていた。

 人の何倍もある巨躯。穢れを一切感じさせない、夜を弾く様な純白で純粋な肌。質感は人間に近く、また姿形も人間に近い。首から上は無く、背には二対四枚の大きな翼がある。下級系隷機の通常形態だ。

 ここから、戦闘形態へと移る。


「こればっかりは、何度見ても緊張感あるな……」

隷機ミニステラが放つ霊力の重さのせいだね。人とは違うって見せつけてくれるよ全く」


 エンジェリア通常形態が地面に降り立つと、ドロリと液体の様に溶けて地面に純白が広がる。その次の瞬間には四本の節足が出来上がり、上半身が形成されて二本の矛を持ったエンジェリア戦闘形態が完成した。

 エンジェリアが二人の目の前を次々と埋め尽くしていく。


「いかに【暴虐姫】だろうとこの数には敵うまい! 【黒忌子】ごとき無能者を連れてきたのが運の尽きと知れ——!」

「はっ! その程度、わたしの敵じゃないんだよ!!」


 高々と言い放つ信者に対して裂帛の声で強気の意を見せるシャーリー。

 金の瞳は瞋恚の炎に染まり、溢れ出る霊力が圧力となって空気に重さを与えている。草を踏み締めると地が小さく震えた。


「さぁリヴィ、ここからが本番だ」

「分かってるよ。存分に暴れてこい」

「うん!! あっちは任せたよ!!」


 シャーリーは走り出しながらクロークを取り、その下を露わにする。

 出てきたのは、白と赤を基調とした物語に出てくるような騎士風の戦闘服。その色合いは、【白忌子】という自分と神を認め、怒りに塗り潰さんとしているかの様。

 装備は胸部を守る鎧だけ。ホットパンツからは白皙の素足が覗き、前が開いた腰のマントが足を覆っている。

 シャーリーは走りながら【霊法】を猛々しく唱えた。


『深淵に仇なす魂の顕現。苦しみを以て怨敵を救済せん。霊法二ノ章【霊装アニマ】!!』


 霊力が爆発的に上がり、湧き出る白銀の霊力が渦のように両脚に纏わりついていく。シャーリーは更に一歩踏み込み、風と共に霊力が散った。

 露わになったシャーリーの脚。

 そこには、装甲が重なり合うも脚線美に沿い膝上まで流麗に形成された白銀のブーツが装備されていた。つま先は鋭利に尖り、かかとには高いヒールがある。

 武器というよりも防具に近く、その美麗さから武闘ではなく舞踏に相応しいとすらリヴィには思えた。

 ——その名も【踊り子の地鳴りテラトリクス

 あらゆる敵を足蹴にし、踏み潰さんとするに相応しいまさにシャーリーの魂が具現化した形だった。


「行くよ【踊り子の地鳴りテラトリクス】!! アイツらはわたしについて来れるか、なッ!!」


 地が砕け、草が舞い上がると同時にシャーリーの姿が搔き消える。


「――ラァッ!!」


 次に現れた時には轟音と共にエンジェリアの頭蓋が蹴り砕かれていた。

 続いて、体勢を直し目標を隷核コアへ。上半身を守る様にエンジェリアが二本の矛を交差するも瞬く間にその豪脚で砕け散った。胸にある隷核もそれに伴い破壊され、早くも一体が撃沈する。

 跳ね上がり、空中をシファが縦横無尽に跳び回る。白い髪が優美に揺れ、凄惨ながらも笑みを振りまくその様は、まさしく踊り子の舞いそのものだ。

 別のエンジェリアが矛を振り上げる。跳びかかるシャーリーに向けての防御兼攻撃だ。

 けれどシャーリーはそんなの意に介していない。


「その程度でわたしを止められるかぁぁぁぁ!」


 裂帛の声と共に矛に向かって突進し、右脚を一線。鋭く、キレのあるその蹴りは矛の柄をあっさりと

 シャーリーはそのまま節足の内側、脚元のわずかな空間に潜り込み蹴り上げる。宙に浮き、流れ様に跳び後ろ回し蹴り。

 小石を蹴ったかのように吹き飛び、後ろのエンジェリアに激突。そのまま二体同時に相手取る。

 脚で空気を切り裂く音と鈍い破砕音だけが辺りに轟いていった。

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