2-2 シャーロット・ディエスイラ
簡素なベッドが二つと、椅子と机が二組。扉の近くには、槍と予備の一本が立て掛けてある。
そんな十畳ほどの木造の部屋に汚れを取ったリヴィとアンリがいた。
アンリは体を休ませるためにベッドで横になっており、枕元に置かれた
「んじゃ、飯貰ってくるよ。大人しくしてるんだぞ」
「はーい。お願いします、兄さん。シャーリーさんにも、ありがとうと言っておいてください」
「あいよ」
部屋を出て、リヴィは食事を取りに一階にある【暴食亭】の食堂へと赴く。
――ギルドがある中央区画から南西区画にかけてある商店街の通り。そこは中央区の簡易的な屋台ではなく、一般人も利用する飲食店や商店がいくつも点在している。その中に、食堂兼宿屋の【暴食亭】があった。
二階建ての木造建築で、一階が大きなテーブルがいくつかあったりカウンターがあったりする食堂になっている。店の外観も部屋も簡素な作りだが料理の安さと質はかなり高く、多くの人に愛されている。
階段に備え付けられた隷核灯を頼りに降りていくと、香しい匂いがリヴィの鼻をくすぐらせる。
食堂から漂ってくるスープの匂い。中に入ると、まだ誰もおらず吊り下げ式の
そんな食堂の隅に真っ二つに折れている机があった。推測するまでもなく、昨日シャーリーが壊したモノだとすぐに分かる。
自分たちが早く自室で寝ている間に、こんな大きな喧騒があったなんて――と破砕された机の残骸を見て呆れ笑う。
「お、来たねリヴィ! ちょっと待っててね、今から二つ目持ってくるから!」
「ありがとう。慌てなくていいぞ」
「あいあいー!」
食事が乗ったトレーを持ってカウンターの奥からシャーリーがやって来て、それをリヴィに渡す。
軽く付いた焦げ目のあるふっくらと柔らかそうな焼きたてパンを半分に分け、甘辛いソースを付けた分厚い肉を挟んだメイン。瑞々しく緑豊かなサラダに、ゴロゴロ入った肉や野菜の旨味を完全に引き出しているであろう黄金色のスープ。木のコップに注がれているのは牛の乳。
簡単なメニューながらミーシャの腕前がふんだんに盛り込まれたこの食事は、一嗅ぎしただけでリヴィの口の中に唾液を溜めさせた。
と、それを飲み込んだところでシャーリーが戻ってくる。
「お待たせ! ハイこれ、アンリちゃん用に! パンの具材をサラダと卵にしといたよ!」
「気が利くな、ありがとう。アンリも喜ぶよ」
「ふふんっ、これでアンリちゃんの心はわたしのモノに……!」
「まだならない。すぐ調子に乗るな。アンリは渡さないよ」
「えー……」
それとこれとは話が別、と言わんばかりに否定するリヴィにシャーリーが不貞腐れた雰囲気を出す。
それを感じ取り、リヴィは思わずため息。なんでたった少しの時間会っただけでこんなにもアンリに心を開いているのか理解できなかった。
そこに彼女の名前を聞いて思い出したことも含めて――。
「全く……、こんな奴が天下の【
「およ? 気付いてたんだ?」
「さっきな。まさか、こんなところにこんな大物がいるとは思わなかったから嘘かと思ったよ。その軽すぎる言動も含めてな」
「あっはは! よく言われる」
数万人いる【
下級・中級各階位の
自身の【
普通であればここで敬意を払うのが当然なのだろうが、目の前でえっへんと子供の様に胸を張っているのを見てはその気も失せてくる。
「んで、そんな【暴虐姫】サマが格下相手に喧嘩とはね。随分と大人げないというか暴力的というか。名は体を表すってのは本当みたいだな?」
「待って待って! これには理由があるんだって! わたしだって銅級しかいないこの都市でむやみやたらに力を振るわないよ!!」
「へぇ……」
シャーリーの答え合わせと言わんばかりにリヴィはジトっと視線を壊れた机へと向ける。
その方向を見て、シャーリーが慌てて体を動かして視線から隠した。
「あ、あれはちょっとムカついたことがあったから思わずやっちゃって……。てか、青髪の男が挑発しなかったらわたしだって手を出さなかったんだからね!!」
「青髪の男……? サトバか……?」
「名前は分かんないけど、なんかソイツかなりイラついててさ。別にそれだけなら放置してたんだけど、同胞の悪口を言われちゃ黙っちゃおけないよ!」
「同胞……?」
リヴィが軽く首をかしげる。
昨日サトバがイラついていたというのなら、それはほぼ確実にギルドでの諍いに間違いない。その上、悪口を言っていたのだとしたら対象は【
加えて最初にシャーリーと出会った時にも言っていた“同胞”という発言に、やけにアンリに懐いているその様子。
ここまでを組み合わせれば見えてくる答えは一つだけだ――。
「やっと気付いた!? もー遅いよ! 最初に会った時に気付いても良かったでしょ!」
「いや、無理だって……。そもそも、未だにお前の姿をちゃんと認識できてないんだから……」
「あ、そっか。ずっとフード被ってたままだっけ。こいつは、しっけいしっけい」
にしし、と笑って一歩下がるとフードを手に取っておもむろに後ろに下げた。
すると曖昧にズレていた存在に焦点が当たり、リヴィは正しく彼女を認識できるようになった。
その姿に、予想していたとはいえリヴィは双眸を見開く。
シャーリーの素顔は、百人が見れば百人が可愛いと言うだろう。
大きな金色の瞳に、たまご型の柔らかそうな小さな顔。弧を描く口元は本人の快活な性格を思わせる。
その中で何よりも特徴的だったのが首元まであるその髪。姿を明かさない時点で察するべきだった。
彼女の髪は眩しいほどに美しい純白色をしていた 。
「これで本当にはじめましてかな! 今後ともよろしくぅ!」
金級【称号持ち】。英雄的存在。【
彼女は忌み嫌われの存在【
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます