第二章 誓いはその手の中に

2-1 不遇こそその身の糧に

 七芒星の月が照らすその〇時。皆が起き始めるかといったこの時間に、【暴食亭】と呼ばれる飲食店兼宿屋にある開けただけの簡素な庭で、リヴィとアンリは対峙していた。

 リヴィは相棒である槍をいつものように後ろに構え、アンリは霊法を行使して十数個の炎弾を作っている。


「兄さんいきますよ!」

「おう! いつでも来い!」

『霊法三ノ章【イグニア】――燃ゆる刃ロンファイア


 炎弾が刃となり不規則に飛び交いながらリヴィに襲い掛かる。


「シッ――!」


 縦横無尽に迫り来るその炎刃。眼前を埋め尽くすほどの物量だが、神由来以外のモノには基本効果は無いため【暴食亭】が壊れる心配はない。

 それをリヴィは自身の黒い霊力を槍に纏わせながら音も無く打ち払っていく。

 正面の炎刃は槍を回転させて防御。その防御陣を抜け、左右後方から同時に来る炎刃をキレのあるターンを使って一息で薙ぎ払う。再び正面、三発の炎刃。鋭い三段突きで破砕する。後に残るのは砂埃が舞う程度の風だけだ。

 ――霊法は神由来のモノにこそ絶大な威力を発揮する。この場にある家屋や外壁などは当たってもほとんど無事だが、隷核石で作られているリヴィの槍は違う。自身の霊力を切っ先から柄まで纏わせていなければ、霊法の威力を十全に受けて破壊されるだけ。ついでに製造にかかった数万ユールも水の泡だ。

 加えて、炎刃に込められた霊力の量と衝突の際にぶつかる槍への霊力の量は同じでなければならない。完全に対消滅させる形でないと破砕音とは別に衝撃と大きな音が出てしまうのだ。それはリヴィたちの望むところではない。

 炎刃の方向、一つ一つの霊力の量はバラバラ。それに対して一瞬で見極め、一つ一つに完璧に合わせるには緻密に緻密を重ねる様な霊力操作が求められる。

 それもこれも、少ない霊力であるリヴィが無駄なく隷機ミニステラに力を通す為だった。


「これで――どうですか……!」

「まだまだぁ……!」


 それから幾度も押し寄せてくる炎刃を事もなげに払っていくリヴィ。アンリも負けじと巧みに炎刃を届かせようとするが、あと一歩のところでかき消される。

 無駄は一つもなく洗練され続けるリヴィの動きは舞の様な美しさすら感じさせた。お互い極度の集中力を放つ中、リヴィは途端に槍を落として今度は徒手空拳で同じことをやる。どんな状況に陥っても対処出来るように。

 そうして迎えたアンリの最後の一発。それをリヴィが全力で右拳を突いてかき消し、若干の風が舞ったところで日課の訓練が終了した。

 結局、リヴィは最後まで霊力の操作を誤ることなく槍の一欠片も些細な衝撃音も生み出しはしなかった。

 身体強化を終えて一息。たらりと流れる汗を髪をかき上げる形で拭う。

 そこでアンリが駆け寄ってきた。


「ふぅ……」

「お疲れ様です兄さん!」

「アンリもお疲れ。ありがとう俺の訓練に付き合ってくれて」

「いえいえ! 私の特訓にも霊力発散にもなりますし、なにより兄さんが頑張っている姿を見るの私好きなので!」


 愛くるしいその顔に満面の笑みを浮かべるアンリ。リヴィがお礼の意味を込めて頭をポンポンと叩くと、より一層アンリの顔がほころんだ。

 するとその時、二人の頭上から響く声があった。


「――ん~! やっぱり可愛いねぇ君の妹は! ねぇその笑顔わたしにも分けてくれない!? てかちょうだい!」

「この声って……」

「……会いたかったけど、あの気持ち悪い発言だけは聞きたくなかったな」


 言葉とは裏腹に、聞き心地の良い快活なその声。心に温かみを覚えてもおかしくないのに、発言で全てが台無しだ。

 そんな勿体ない声の持ち主へ視線を向けると、その人物は二階建ての【暴食亭】の屋根に座ってリヴィたちを見ていた。

 クリーム色のクロークにフードを被ったその姿。二人からすればまだ認識がぼやけているが、それを認識できてしまっているからこそエンジェリアを破壊したあの人物だと分かる。

 ライラとの会話で聞き取れた中から察するに女性であることはもう間違いない。

 彼女はぶんぶんと手を振り、明るさを振りまいていた。


「やっほー奇特なお二人さん! 訓練風景見させて貰ったよ! いやぁ見事な腕前だねほんと! わたしでもそんなの出来ないよ!」

「そりゃどうも、奇特なお嬢さん。発言はともかくまた会えてよかったよ」

「こんにちはー!」


 口端と手を上げながら返事するリヴィとぺこりと挨拶するアンリ。

 それを見て、彼女は屋根から飛び降りて音も無く地上へと立った。


「縁があって良かったね。改めて自己紹介しよっか。わたしの名前はシャーロット・ディエスイラ。シャーリーとでも呼んでくれたまえ!」

「リヴィエル・アイオーツだ。リヴィでいい」

「アンリ・アイオーツです! よろしくです!」


 三人がそれぞれ握手を交わす。 

 そうして三人は改めて友誼を交わそうとした――その時だ。今度は鐘の様に力強い女性の声が庭に轟いた。


「こらシャーリー、何サボってるんだい! 飯の準備がまだ済んでいないだろう! 昨日、喧嘩して机を壊したの忘れたのかい!? 宿代、倍の値段貰うよ!!」

「わわっ待ってミーシャ! それはご勘弁を! 行く行く、今すぐ行くから!!」

「喧嘩って……」

「何やってるんですか……」


 相変わらずどことなく物騒さを感じさせる奴だな――とぴゅーっと店の中へと入っていったシャーリーを見て、リヴィは心の中で呆れ笑う。アンリも苦笑していた。

 庭にやって来てシャーリーを怒鳴ったこの女性。リヴィよりも背は高い。さらりとした栗色の髪をひとまとめにし、同じ色の大きな瞳を吊り上げながらエプロン姿を見せる彼女こそ【暴食亭】の女店主ミーシャだ。

 肝っ玉母さんの様にさっぱりとした性格で、ここに来る人はみんな彼女の世話になっていた。

 それはリヴィたちも同じ。【白忌子シニステラ】と【黒忌子ニグラス】である兄妹を差別しない彼女には心を開いていた。


「ほら、アンタたちも。汚れ落としてさっさと飯取りに行きな。他の客と鉢合わせたらそれはそれでアンタ等にとって面倒だろう?」

「そうだな。一応、昨日もそれでひと悶着あったし……」

「あぁそれで昨日、【叛者レウィナ】の奴らがピリピリしてたのかい」

「ええ、まぁ」


 ギルドでの諍いを思い出して二人は苦笑する。

 差別から来る騒動に慣れていることとはいえ、それを受けたいとは思っていない。その為にわざわざ訓練の際に音が出ない様にしているのだから。

 そんな面倒事をわざわざ起こさせない様に配慮してくれるミーシャにリヴィたちは頭が上がらない。


「ミーシャさん、いつもありがとうございます」

「俺からも、ありがとう」

「気にしなさんな。別にアンタ等が悪いことしてるわけでもないんだ。人が堂々と飯も食えないこの世の中がどうかしちまってんのさ」


 二人の苦労をいたわる様に、ミーシャは慈愛のこもった安らぎの視線を向けた。


「ってことで早く行きな。後のことはシャーリーがやってくれるから。アタシはちょっくら買い出しに行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」

「いってらっしゃいです!」


 ひらひらと手を振って去っていくミーシャにリヴィたちも手を振る。

 彼女の大きな背中が見えなくなると、リヴィたちは軽く土汚れを落としに自室へ向かうのだった。

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