1-7 不穏な気配
圧をかき消すかのように、鋭さをはらんだ美声が響き渡った。
リヴィとサトバの間にライラが体を張って割り込み、二人の行動を停止させる。
「ここは神に抗う【叛者】のギルドです! 人間同士の殺し合いは許しません!」
「……」
ライラの本気具合にリヴィは槍を下げる。けれど、サトバは引き下がらなかった。
「人間同士の殺し合い!? 違うね、これは神と人の殺し合いだ! 何せそこには【
「【白】も【黒】も関係ありません! みな、同じ人間です! 平等たるこのギルドで差別は許しませんよ!!」
「ぐっ……!」
蔑称を使わないライラの毅然とした態度に、サトバも思わず口をつぐんだ。
そして一つ舌打ちを入れ、椅子を蹴り捨てながらギルドから去っていく。それにつられるように、そぞろに他の【叛者】たち全員が出ていった。その際にリヴィたちを睨むことを忘れずに。
「兄さん……ありがとうございました」
「どういたしまして。アンリに当たらなくて良かったよ」
「兄さんのおかげです!」
アンリが近くにやってきてリヴィに感謝する。【
そんな怒りを面に出さず、アンリはリヴィから槍を受け取る代わりに、荷物袋から取り出した革の水筒を渡して労う。
水は乾いていたリヴィの喉を潤し、熱くなっていた頭も冷ましてくれた。
と、そこで気付いた。
「あ、謝ってねぇぞアイツ!」
思わずリヴィはサトバを追いかけようとする。
それよりも早くライラがリヴィの襟を掴み、反転させて胸倉を掴み上げた。
「ちょ、苦しい……。ライラ離して……」
「リヴィ! あなたもよ! 騒ぎを起こしちゃダメでしょ! ただでさえあなたは立場が低いんだから!」
「おい、差別はしないんじゃなかったのか?」
「これは客観的立場から言ってるの! 次に騒動起こしたら、謹慎よ謹慎! 外になんか行かせないから!」
ガミガミと人差し指を何度も何度もリヴィの胸に突き付ける。
ガチで怒っているその様子に、大人しく従っておくのが吉だと成すがままになるリヴィ。それを見てアンリは笑っていた。
両手を上げて、リヴィはライラに応じた。
「はいはい分かりましたよっと。それより、売っぱらった金をくれ」
「あ――。そうだ、その件について聞きたいことがあったんだった」
パッとリヴィの胸から指を外し、ライラは少し距離を取る。
途端に真剣な顔となり、オレンジのその瞳には有無を言わさぬ力が宿っていた。
「あの隷核、一体どこで手に入れたの……?」
「隷核……?」
リヴィに尋ねる隷核といえば、荷物の中に入っていた彼女(?)から貰ったヤツ以外ない。
だが、隷核なんて【叛者】からすれば何も珍しくない。【叛者】の中でも下の方の実力者であるリヴィであっても手に入れたことは幾度となくあるのだ。
そんな当たり前のこと、今更ギルドの人間が聞くようなことではない。
ということは何かしらの意図があってしかるべしなのだが、リヴィたちにはそれが何か思い至らなかった。
「手に入れた場所を言うなら、この都市からそう離れていない【反しの森】の街道付近だよ。そこに
「【
「力的には【月中】なのに【夜】の時とほぼ変わらなかった気がする。力の減退はそれほど起こってなかったな」
「それをリヴィが満身創痍になって狩って、それを手に入れたと?」
「あーいや……。倒す前まではいったんだけど、その直前で急に現れた奴に横取りされてな」
「横取り?」
そうしてリヴィは彼女(?)のことを説明する。上空からいきなりやって来たこと、存在がぼやけて感じたこと、女っぽく子供っぽかったこと、そして隷機を一撃で粉砕するほどの力量があること。
「んで、ソイツから隷核を貰ったんだ。俺としては助かったけどな」
「おかげでご飯一杯食べられそうですしね」
リヴィの説明終わりにアンリが笑顔を浮かべて入ってくる。
けれど、ライラにはその様子は届いておらず、顎に指を添えてブツブツと考え込んでいた。
「……女っぽくて存在が分からなくて、隷機を一撃で狩る様な人。……まさか彼女が? ……でも、だとしたらなんで【称号持ち】の彼女がリヴィに情報を与えるようなことを……」
「ライラ?」
「――ッ!」
疑問符の付いた名の呼びかけにライラはハッとなり、リヴィを見つめる視線が泳ぐ。
少しして、こほんと一咳ついて己の心を落ち着かせ毅然となる。
「なんでもないわ。とにかく情報をありがとう。【
早口で告げられたその言葉。何かを隠そうと取り繕うとしているようにしか見えない。
ただ、それを問いただすよりも早くライラが小袋をリヴィに渡した。
「ということでこれ、情報料込ってことで余分に入れておいたわ。今日のご飯も明後日からの【月霊祭】も、これで楽しみなさい」
小袋ではあるが、男の手でも両の手で抱えなければならないほどに膨らんでおりズシリと重たい。その中にはパンパンに詰まったユール銀貨が袋の紐が閉じないほどにふんだんに入っていた。
それを見て、アンリが感嘆の声を漏らしリヴィは絶句する。
「うわぁ……。初めてみましたこんな大金」
「おいおい、これ十万ユールくらいあるだろ……。いくら情報料込みだからってどう考えても多すぎないか?」
一般人が一日に使う生活費は五百ユールが基本水準。【
「あら、大金を貰って文句を言われるとは思わなかったわ」
「そうじゃなくて、割に合ってなさ過ぎるのがむずがゆくなるんだって。確かに【
力が強くなる【夜】で隷核を狩ると、【月中】状態で狩った時よりも隷核の質は高くなる。例えばエンジェリアの場合、【月中】の隷核一個で一万ユールだとすれば【夜】の場合はその三倍。
今回の場合は【月中】で狩ったので通常通りで言えばなら一万ユールしかないはずなのだが、ここにはその十倍。
リヴィがこの金額を一度で手に入れるとしたら、【夜】の
あまりの金額の高さに違和感を覚えたリヴィは、心を少し引き締めながら尋ねようとするが――
「とにかくそれは情報料込みなのは間違いないから。それほどのことなのよ、リヴィが持ってきた情報は」
「……それを教えてくれないってことは俺みたいな
「そう捉えて貰って構わないわ」
冷たく見えるライラはギルドの人間としてその任を全うしているに過ぎない。
けれども、リヴィたちを見つめるその視線は慈愛に満ちており温かみがある。情報を与えられないとはいえ、二人を心の底から心配し気遣っていることは見て取れた。
それを見せつけられてはリヴィも引き下がるしかない。
「はぁ……分かったよ。これ以上は聞かない。この大金はありがたく貰っとくよ。返せって言われても返さないからな」
「ええ、大丈夫よ。それと、ありがとう」
「ん、いいよもう」
リヴィが荷物袋の中に小袋を詰める。槍をアンリから受け取り、帰路に就く準備は完了。
いい加減、空腹が限界に来ていた。
「んじゃ、俺たちは行くよ。買い物もしたいしな。良い
「ライラさん、お疲れ様です」
☆
ギルドから出ていこうとする二人。二人がもう聞いてこないことはその凸凹の背からライラに伝わってくる。
それを見て、ライラの心が揺らいだ。僅かでも関わってしまった以上、多少なりとも教えるべきではないかと。ただでさえ、フェアではない人生を歩み続け苦難ばかりが襲ってくる二人だ。死の危険性を下げるには、情報は少ないよりも多い方が良いに決まっている。
そこまで想うと、思わずライラの口から方針が少しだけ破られてしまった。
リヴィたちが出ていこうとし、扉が閉まるその刹那。
二人の背に流麗な声がかすれて届いた。
「【福音教】には気を付けて――」
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