1-6 人類最悪の象徴の二人

 突如背後から聞こえてきた、蔑みの声。その声に巻き込まれ、周囲では汚く嗤いが起こっていた。

 後ろを向くと、青い髪を短く刈り上げた屈強な男が酒で赤くなった顔でニヤニヤとこちらを見ている。

 上半身は裸。左腕に肩まで覆う大きなガントレットを装備しており、その手で酒の入った木製のコップを持っていた。


「……カスとクズってのは俺たちのことか? サトバ」

「そう言ってんだよ【死にたがりスーサイダー】。何も出来ねぇ役立たずの【黒忌子ニグラス】に厄災を振りまくだけのクソ【白忌子シニステラ】が。どうしようもねぇ兄妹の分際で何を夢見てんだ」


 サトバの言葉に同調の声が殺到。誰しもがリヴィたちに泥の様に重たい殺気を向けていた。

 ――この世界で黒髪と白髪は蔑みの対象だ。

 神にみすみす【おひさま】を奪われ何百年も続くこの暗黒の世界。それはつまり、敗北の歴史であり人間が無力だということを証明するようなモノだった。だからこそ【黒】は無力の象徴と見做され、嫌悪の対象となる。

 その上、その無力さを助長させるかの様に黒髪の者は皆、霊力が限りなく低い。リヴィのあの出来損ないすら起きない【三ノ章】が良い例だ。

 一方で、【白】は神の色。一説には白髪の子がいるところに隷機ミニステラが出現し村を滅ぼしたという話もあるくらいだ。人類に絶望を齎すその色をどうして好きになれようか――と【白】は憎悪の対象となっているのだ。

 そうして付けられた忌み名が【黒忌子ニグラス】と【白忌子シニステラ】。彼らほど、人類から憎まれている存在は他にない。

 事実、リヴィとアンリも親が病死してからは共に村を追い出され、どこに行っても激しい暴力と迫害を受けていた。それこそ死んでいてもおかしくないほどに。

 人に会えば雨の様に殴られ、遠くで見掛けられたら石を投げつけられ、食料を手に入れるのに幼い体で自給自足。購入しようとすれば倍以上の値段で売られる。とにかく周りは全員敵だらけだった。

 ライラや彼女(?)みたいな、二人への垣根ない対応はこの世界では何よりも珍しかった。

 そしてライラがいなくなった今、この場から二人に注がれるのは非業の現実だけだ。

 それでも、リヴィ達はずっとその中を二人だけで生きてきたのだ。お互いがお互いの心を守り合っている以上、今更他人に蔑まれ馬鹿にされようとも心が大きく乱されるようなことはない――


「別に俺たちがどんな行動をしようが、お前たちには関係ないだろ? お互いそれぞれの道を歩んでんだ。わざわざ割り込む必要がどこにある」

「目の前でちょろちょろとウゼェ奴らがいたら目障りなんだよ。大体、そこのクソ【白忌子シニステラ】なんぞ、人類の敵そのものだろうが。生きてて何の価値もねぇんだよテメェらは!!」

「あっぶな……!!」


 力強く投げつけられたコップがアンリに当たりそうになり、リヴィが反射の速度で腕を出して庇う。

 コップはガントレットに当たり砕け散った。

 ――大きく乱されることはないが、アンリが傷つけられるとなれば別だ。


「アンリを狙ったな……。お前ら……――殺すぞ?」


 ここまでの人生、弱き身なれど常にアンリを護り抜いてきたリヴィ。今回も同じだ。

 リヴィはアンリを傷つける奴を何人たりとも許しはしない。

 胸の内に怒りの炎が燃え滾り、視線は氷の様に鋭く冷たくなる。泥の様に重たいサトバらの殺気を正面からリヴィの鋭い殺気が切り裂いた。

 それに当てられ、【叛者レウィナ】たちが身構える。リヴィも併せて腰を落として戦闘態勢に入った。


「何の騒ぎ!?」


 騒ぎを聞きつけライラが奥から飛び出してきた。

 それを皮切りに、サトバがいきなり【霊法】を行使する。


『深淵に仇なす魂の顕現! 苦しみを以て怨敵を救済せん! 霊法二ノ章【霊装アニマ】!』


 サトバの胸が光り、その中から無骨な片手直剣を取り出した。

 魂から生み出される霊力を使って発動させる一ノ章や三ノ章とは違い、一部だが魂そのものを武器として顕現させる【霊法】——霊装。

 殲滅能力こそ三ノ章に劣るが直接攻撃できるということで隷機ミニステラに対して絶大な力を誇っている。これもまた【霊法】ということで生命体に傷は与えられないが、仮にその刃で肉体を貫かれたらその分の痛みは襲ってくる仕様になっている。

 一方でリヴィの槍は隷核石ダイトを練り込んで作られた特別製。ただ、それは霊装の天敵ということでもあり、威力も比べたらナマクラ同然だ。

 唯一優っているとしたら【霊法】とは違いリヴィの槍は殺傷性があるということだが、それにしたってこの場で本当にその本領を発揮するわけにはいかない。

 結局のところ分が悪いことには変わりなかった。

 【叛者レウィナ】であれば誰でも使えるこの二ノ章すら使えない自分の無力さにリヴィは小さく憤りを覚えながらも、槍の切っ先をサトバに向けた。

 一触即発の剣幕にライラが口を挟んでくる。 


「ギルド内で何をやっているんですか!? 早くその武器を降ろして!」

「だとよ、サトバ。お前が何もせずこのまま謝れば、俺も何もしないぞ」

「ほざけ。少なくともその厄災を振りまくガキは今すぐこの街から出てってもらう。出ていかないって言うのならこの場で殺すまでだ」


 サトバの憎悪が沸騰し、顔面が血の様に赫く染まる。その形相は今にもリヴィたちを本当に殺しそうな勢いだ。

 

「だったらそれより早く俺がお前を殺してやるよ。――あぁそうだ、ビビって漏らしても安心しろよ。今なら酒のせいに出来るからな」

「言ってろ雑魚が!」


 サトバが地面に落ちていた皿を砕きながら、一瞬で間合いを詰めてくる。

 ただの長槍と【霊装】由来の片手直剣。霊法故に死ぬことはないが、その身を割かれたら激痛が全身を貫く。それでいて意識は途切れないのだから、対人戦において非常に厄介なことに変わりはない。

 接近戦となれば、圧倒的にリヴィの方が不利。加えて、サトバは複数人でとはいえ下級上位アルケティアを楽々狩れるような人材だ。

 リヴィとサトバの能力差は歴然。サトバ自身、彼如きに負けるとは思っていないだろう。

 だが、これは対人戦。人相手なら、ずっと人相手に立ち向かい続けていたリヴィの経験が勝る。その上、人を倒すのに余計な力がいらないことはこれまでの人生経験で分かっていた。

 能力値で劣っていたとしても、技量で勝れば良いだけだ。

 下に潜り込むように態勢を低くし、勢いよく振り下ろされる直剣の腹を目掛けて槍の柄を跳ね上げた。


「んなっ……!」


 衝撃と共にサトバの腕が弾かれる。

 間髪入れずに反転。右手を柄から離し、力強く踏み込んで右肘をがら空きの胴体へ叩きつけた。


「ぐえッ!」


 サトバが腹を押さえて尻餅をつく。

 リヴィはそんなサトバを極寒の視線で見下ろした。


「身体強化の術のおかげで、鎧と呼ばれるモノはほとんど必要なくなった。けどその反面、強化に胡坐をかいた奴は防御術が甘くなる。剣の技術も、なまじ鋭いばかりに技術が身につかない。――調子に乗って飲む酒はさぞ美味いだろうな」

「この、クソガキがぁぁ!!」


 尻餅をついていたサトバが再び飛び出してくる。

 が、同じ間合いで戦うのは一度だけだ。


「シッ――」


 穂先と柄を入れ変え、間が詰まる前に連続の突き。防がれ、長槍を破壊しようとしてくるが、上手く躱して剣の側面を叩く。

 おかげでサトバの剣は幾度となく弾かれ、その攻撃は一度たりともリヴィに届かない。


「こ、の……!」

「これでしまいだ!!」


 一撃に重きを置いた突きを放ち、サトバの体勢が大きく崩れた。その隙を狙って、間合いを詰め、刃先に当たらぬよう配慮。

 思いっきり槍を振って遠心力を出し、サトバの横っ腹を振り抜いた。


「―――――ッ!」


 吹き飛ばされ、サトバが木製の机に叩きつけられる。机は破砕し、木くずが舞い上がった。

 苦し気に四つん這いになるサトバにリヴィは穂先を突きつける。


「さぁ、アンリに謝れ。そしたら一応は許してやる」

「う、うるせぇ……! 【白忌子シニステラ】なんて厄災、死んだ方がマシなんだよ!! そうすりゃ俺がいた村だってあんなことには——!!」


 慟哭と共に膨れ上がる霊力と重苦しい殺意。ここまでの憎悪を抱いている理由をリヴィは知っていた。

 サトバこそが【白忌子】がいて滅された村の生き残りなのだ。

 【白忌子】が本当に隷機を呼び寄せているかは解明されてないが、村を滅ぼした可能性の高い要因をサトバは許しはしない。


「【黒忌子ニグラス】だって同じだ! 一々無力感を突きつけてきやがって……!! この世界は人間だけが生きてりゃいいんだよ!――『深淵に仇なす魂の叫び!!』」

「コイツ、そこまでして……!」


 魂が蒼いオーラとなって体から吹き出て術を成そうとしている。

 霊装の有無はともかく、身体強化をやられてはリヴィの勝ち目はぐんと下がる。同じ【霊法】を使っても霊力に差があるリヴィとサトバでは肉体の強化率に差が出てくるからだ。

 サトバの上がり続ける圧に、たらりと一筋の冷や汗が流れる。

 ――術が完成する前に奴を……!


「――双方、矛を収めなさい!!」

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