1-5 全ては【おひさま】を見るために
石畳で舗装されているメインストリートを進むと、円形状に開けた中央区画に出る。歓楽なお店や高級飲食店などが立ち並ぶその中で中央に毅然と佇む大木がある。それをくり抜いて作ったであろう完全木造建築が、【
嬉々とした声や金が無いと嘆く声などなど。色んな感情のざわめきがギルドの中からも漏れてきていた。
「入るぞ。いつもの様に、周りのことは一切気にしなくていいからな」
「はい」
フードを目深に被り直し、木製の扉を押してギルドの中へと入る。
扉の木々が擦れる音が小さく漏れる。
中は広く、光量の大きい吊り下げ式の隷核灯が、二分されている受付スペースと飲食スペースを明るく照らしている。受付のすぐ隣には
ここの
だからかジャンブルの叛者たちは基本的にアンダーの残骸だけで日銭を稼ぎ、その日その日を好きな様に生きている。
実際もう既に酒を飲んでいる人もいて、大量のアンダーを狩ったとか隷機を仕留めたとか自慢話を繰り広げていた。
――ただ、それもリヴィ達の姿を見つけるまでだった。
「「「―――――」」」
二人が入ると、ざわめきは一瞬で静けさへと変わる。同時に、二人の下へと侮蔑と怒り、憎悪といった負の感情の視線が飛んできた。
あからさまに苛立った舌打ちも、沈黙の空間ではやけに大きく聞こえてくる。
これらも二人にとってはいつものことだった。
「……チッ、あいつらまだいたのかよ」
「……さっさと消えろよな」
小さくリヴィは諦観をはらんで嘆息する。アンリは“二人”をより意識する様にぎゅっとリヴィの手を握った。
それでも二人は毅然と前だけを見据え、負の感情の波の中を全て無視して受付の方へと歩いていく。
目の前までやってくると、リヴィはカウンターの向こうで事務作業をする受付嬢に声をかけた。
「やぁライラ」
「あ、リヴィ! それにアンリちゃんも久しぶり!」
「お久しぶりですライラさん」
アンリに向かってにこやかに笑顔を浮かべて手を振るライラに、アンリも微笑みながら返事を返す。
【おひさま】と同じ色だという朱色の制服。それに映える様にハーフアップにしたオレンジ色の髪と、同じ色の大きな瞳。美人で明るく快活な性格が売りの看板受付嬢はこのギルドの中で一番の人気者だ。
リヴィとアンリも、負の感情をぶつけてくることなくいたって普通に接してくれるライラのことは気に入っていた。
「早速で悪いんだけど、この中の買い取り頼むよ。一杯ご飯を食べるのにお金が至急必要でね」
ドサッとリヴィが袋の荷物を置くと、衝撃で袋の紐が外れて
それを見た途端、ライラの柳眉が逆立った。
「あー! リヴィまた【夜】に狩りに行ったのね!? 隷機たちは【月】の光で弱くなるんだから、【月中】の時間に行かないと危ないって何回も言ってるでしょ!」
「それじゃあ俺はいつまで経っても強くなれないんだよ。それに【夜】の方が強くなる分、残骸たちの質も上がるんだ。修行も出来て稼げるんだから一石二鳥だろ?」
「……そういう余裕を見せるのは
呆れた哀しみを携え、小さく嘆息するライラ。
【叛者】の等級は金・銀・銅と分けられており、いたずらに人を死なせぬ様に各等級で手を出していい
例えば、銅級の者に狩ることを許されている隷機は下級まで。そこで単独で
リヴィの等級は銅。その中でも下の方に位置しており、仮に今の実力でアルケティアと遭遇すれば一回目の激突で力を使い果たして死亡する。
歴史には上級がいたらしいが現在はそれを確認した者はおらず、現時点で最強の
死生観が緩くなるこの現場で働いていても、見知った人が死ぬのはいつだって悲しく苦しい。だからライラは、無茶をするリヴィをいつも心配していた。
「そりゃ貴方が戦う理由は知ってるし、それをギルドの人間として応援しないわけにはいかないんだけど……。無茶をしたら夢をかなえる前に死んじゃうんだから気を付けてよ」
「分かってる。さっきアンリにも似たような事と言われたけど、死なないことは大前提だ。アンリを置いて逝くわけにはいかないし【おひさま】を一緒に観るまでは絶対に死なないよ」
「もちろん、その後もです! 【おひさま】の下で私たちは生きていくんです!」
リヴィとアンリが前だけを見て戦い続ける理由。
それは【おひさま】を見ると過去に誓い合ったから。
その誓いだけを胸に刻み、絶望を体現したが如きこの常夜の空の下で生き抜いてきている。いつか、希望に満ちた満天の輝きの下で一緒に生きるために。
ただ、それは【おひさま】を奪った神を滅ぼすことに他ならない。誰が聞いても途方もない夢だ。
それでも、その夢を叶える為にリヴィは力をつけようと藻掻き戦い続けるし、アンリも痛みで苦しみばかりの日々から決して逃げないようにしている。
二人は何があっても諦めたりはしない。
その強き二人の眼差しに、ライラは思わず肩をすくめた。
「まったくもう……。この兄妹はホント何言っても聞かないんだから……」
「人に言われて止まるくらいならこの道を歩み続けてはいないよ」
「はいはい、それじゃあ私はギルドの人間として二人の未来を応援するよ。私個人にしても、ね。不撓不屈の二人に、人類の意志の加護があらんことを――」
手を取り合う様に自分の手を組んでライラはリヴィ達にギルドに掲げられし祈りを捧げる。
定型文的な台詞とはいえ、ライラから届けられたその想いと声音は温かく心地良い。リヴィ達の顔も柔らかくほころんだ。
「ありがとうライラ」
「ありがとうございます」
「いいのいいの、このくらい。――それじゃ、私は奥でこれらを鑑定してくるから。終わるまで待ってて」
「あいよ。なるべく高くつけてくれ」
「物が良かったらねー」
ライラが手をひらひらと振りながら、残骸の入った袋を持って奥の部屋へと消えていく。
と、その時だった。
「――おうおう、聞いたかよお前ら! カスとクズが揃って【おひさま】を見るだってよ! 笑い話にもなんねぇなぁおい!!」
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