1-4 集郷都市ジャンブル

「はぁ~着いた着いた」

「ここまで何だか長かったですねぇ」


 お互いにフードを目深に被り、くたびれた様子でジャンブルの中に入ったリヴィとアンリ。

 ジャンブルは、百年ほど前に近隣にあった村々が作りあげた巨大な円形状の城郭都市。目の前の南区画には大きな噴水を始め、人々が住まう住居が立ち並んでいる。門に近いところほど、もっぱら利用しているのは【叛者レウィナ】だ。

 そのまま北に行けば川や牧場、畑などの農産区画だ。

 道の脇には、点在する灯篭の隷核灯ヘリオライトが光を放って道と木造の家屋などを照らし、地面には影を作っている。これのおかげでこの都市に『暗さ』はない。

 少し歩けば、料理屋から漂う良い匂いがお腹を鳴らした。遠くからは金属を打つ音がかすかに聞こえてくる。

 行きかう人々の髪の色や目は色とりどり。

 しかしその中に、白と黒はない。

 二人にとって見慣れたいつもの光景だ。

 ――の筈なのだが、今日は都市全体の様相がどこか違っていた。


「なんかやけに賑やかじゃないか?」

「そうですね。街並みもどこかいつも以上に明るいっていうか、綺麗です」


 建物の外壁には七芒星に形作られた色とりどりのガラスの装飾品がまばらに飾られている。その中に入っているであろう隷核石が光って、赤・青・緑・黄・橙など煌びやかな色彩を放つ。

 それを見て、ほうっとアンリは感嘆のため息をこぼした。

 リヴィがきょろきょろと辺りを見渡すと、飲食店の店主らしき男性たちが様々な屋台を作り、熱された鉄板にて串肉などの美味しそうな料理の準備をしている。

 進んで、少し開けた場所に行くとそこには舞台があり、石の瓦礫や破損した木材が舞台装飾として置かれていた。その舞台を取り囲むように観覧に来た人々が集まり、舞台上にいる簡素な衣装に身を包んだ役者たちを眺めている。


「――これより始まるは、神と人類の数百年にも渡る戦いの起源なり! さぁ、神よ! 大賢者の、人類の力を思い知るがいい‼」


 若い役者は歴史を語りだした。


 光なき。

 六百年前のある日のこと。【大神災】は突如として訪れた。空が割れ、中から現れた真っ白な神はこの世界から【おひさま】を握りつぶす。生物に残されたのは、真っ暗で何も見えぬ光景のみ。愛すべき人、憎い人、友人、家族……。誰もがその姿を目に入れることが出来ない。

 生物は絶望した。暗闇ばかりのその世界に。希望も無くなったその未来に。

 するとその絶望に呼応し、万の神の遣いが人の恐怖を道標に魂を抜き取っていく。

 ――やめろ、やめてくれぇぇ!!

 阿鼻叫喚。それも次の瞬間には消えてなくなる。理不尽だけが生物を襲っていった。人類は僅か半刻で三分の一が消え去った。

 だが、“それでも”と希望を棄てない人がいる。

 大賢者だ。

 ――あなた達の願い、わたしたちが掬い取ってみせる!

 たった七人の大賢者は人の願いを掴み取り、【月】を作り世界に光と、そして安定と安寧を齎した。

 それがどんなに生物たちの希望になったことだろう。月光は人の心をも照らしていった。

 神は未だに人類を滅却するつもりだ。神の使者が希望を摘み取るべく数を増して襲い掛かる。

 けれど、今度は無抵抗じゃない。

 ――かかれ、かかれぇぇ!

 剣を取り槍を取り弓を取り術を奏でて応戦する。

 それから人は都市を作り今日に至るまで、己の為・誰かの為・世界の為に神に抗い続けている。


 ――一幕が閉じて劇は終了。人の輝きが見える劇だった。

 集まっていた人たちの拍手に合わせて、リヴィ達も拍手を送る。


「凄いなあれ。迫真の演技でかなり引き込まれた」

「はいっ! とても面白かったです!」


 ただ、この劇はまだ練習だった様で監督役らしき年配の男性が役者たちに指示を行っている。

 本番は近い、だそうだ。


「本番?」

「なにかあるんでしょうか?」

「――なんだ兄ちゃんたち、忘れてるのか!? 明後日はあの日だぞ!?」


 二人して首をかしげていると、背後から藍色のゆったりとした服を着た妙齢の男性が話しかけてくる。

 商人らしきその男は、取引が上手く行っているのかニコニコと満面の笑みを浮かべながら空箱を馬車へと積んでいた。


「なにかありましたっけ?」

「【月霊祭】さ! みんなこの日を楽しみに生きてきたんだ! そりゃ気分も上がるってもんよ! わしみたいな商人にとっても物が売れまくるから人生最高の日さ!」

「あぁ【月霊祭】か」

「もう、そんな時期だったんですね」


 【月霊祭】は、さっきの劇にあった【月】の誕生を祝う日。人類が立ち上がった日ともされ、当日から一週間は盛大に祭りを楽しんだり願い事をしたりする。


「せっかくの日なんだ! 妹をちゃんと楽しませてやれよー!」


 商人の男が馬車を連れて去っていく。


「祭りを楽しむ、ね。それも良いな。屋台のご飯も美味そうだし、行けたら目一杯楽しむか」

「はいっ!」

「それじゃ、明後日と今日のご飯の為に隷核を売っぱらって軍資金を手に入れるとしよう。アンリはどうする? 先に帰っておくか?」

「いえ、兄さんと一緒にギルドに行きます! 帰るなら一緒に、ですから!」

「そっか。んじゃ、行くか。何かあったらすぐに助けてやるからな」

「私もです!」


 手を繋ぐ二人。アンリが動ける時はどこに行こうとも常に二人は一緒。

 歩みを揃え、ギルドへと向かうのだった。

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