1-3 通りすがりの“見えぬ人”

「まぁわたしがぶっ壊さなくても、君だけで破壊出来ただろうけど」


 よっ、ほっ――と、軽快な足取りで破砕された隷機ミニステラから降りてくる。

 背丈はやはりそれほど高くなく、リヴィの胸の高さくらい。この小ささで隷機を一撃で破壊した事実を見返すと、空虚にも憧れにも似たなんとも形容しがたい感情がリヴィの心を駆け巡った。

 霊力が空になったからとは別の意味で、力が抜けそうだ。


「あ、獲物を奪った形になっちゃったし、隷核は君のモノでいいから!」

「あ、あぁ……」


 いつの間にか抜き取っていた白く輝く塊隷核がリヴィに渡される。

 隷機ミニステラの動力源たる隷核コア。その芯の隷核石ダイトは【月】以外に光る物質としてこの世界で重宝されている。

 その使い道は多種多様。ここに来るまでに何度も灯篭であったり料理の際の熱源だったり、あるいは水を押し上げる動力源、農地で使う肥料などだ。隷核石が無ければ人類が暮らしていくことは非常に困難だ。

 故に隷核は高価で買い取られ、隷機たちを狩ることを生業とした【叛者レウィナ】たちはこれを主に収入源としていた。

 ただ、残念ながらリヴィはそれを収入源に出来るほどまだ強くはなく、そのせいで割とひもじい毎日を過ごしている。

 だから貰えるものは貰っとくとしてリヴィはポケットにしまうも、唐突な出来事にいまだに彼は困惑したままだった。


隷機ミニステラを見かけたらすぐ壊しに飛び出してしまうんだよね、わたしって。良い癖だよまったく」


 軽い雰囲気に似つかわしくない、所々に散りばめられている彼女(?)の物騒な言葉。そこに、どことなくちぐはぐさを感じさせる。

 ちぐはぐさと言えばもう一つ。彼女(?)の存在だ。

 クリーム色のクロークにフードを目深に被っている彼女(?)だが、それ以上のことがなんだか認識出来ずぼやけている様に感じる。彼女(?)と思えているのだって、口調と背丈が女性に近しいからというだけだ。本当のところは分かっていない。

 そこにいるのに、ここにいるとは認識しにくい曖昧な存在。それが彼女(?)だった。

 その時、轟音を聞いて心配したアンリが荷物を持ってやって来た。


「兄さん!!」

「アンリ! よかった怪我は無いな」

「私のことより兄さんですよ! そんなに傷だらけになって……!! 急いで包帯を巻きますから早く脱いでください!」

「ちょちょっ! 待て待てアンリ! こんなの掠り傷程度だから!」

「掠り傷だとしても、そんなに血を流しているんですから、傷は多いはずです! さぁ早く!」


 フードは外れており、純白の髪が【月】の光に照らされて輝いている。しかし、そんなことは構わずにわちゃわちゃとリヴィのガントレットや服を脱がそうとしていた。

 明らかに暴走気味。

 一方、リヴィは周りを憚らず動くアンリを止めようとする。兄妹二人による謎のせめぎ合いがそこにはあった。

 そしてそれを見つめる視線が一つ。


「あっはははは! 愛くるしい光景だね実に。うん、もっと続けてくれていいよ!」

「止めろとまでは言わないが、その妙な視線はやめろ! よく認識できないからぞわぞわするんだよ!!」

「え――?」


 リヴィが誰かと会話していることに、気づいたアンリ。それと同時に、この場にもう一人いることをはっきりと認識したのだった。


「――ッ!」


 バッと急いでフードを被るアンリ。手で引っ張り、目深に被るその姿は、恥ずかしがっている様に見える。


「心配してくれてありがとうアンリ。血の量はともかく、傷自体は本当に大したことないから。後でゆっくり巻くよ」

「は、はい……。慌ててすみませんでした」


 粛々となって縮こまるアンリの頭を落ち着かせるように優し気に撫でるリヴィ。

 そんな暖かな雰囲気を、これまた彼女(?)がぶち壊す。


「うーんっなんて可愛らしい妹さんなの! ねぇ君! わたしも撫でていい? ってか撫でさせて!」

「……一応、助けてもらったことには感謝するし恩人なのは分かってるが、それ以上アンリに近づくな。頼むから」


 わきわきと指を動かしながら近づいてくる彼女(?)。純粋に気持ち悪い。

 すると、アンリが上目でリヴィを見つめて尋ねた。


「助けてもらった……?」

「あぁ。俺が、最後の一撃の際にこの人が降ってきてな。それで隷機が破壊されたんだ。俺が傷だらけに放ってたし、客観的に見えればまぁ助けられた構図になる」

「……?? 降ってきた?」

「気になるよなそこ。けど、俺も理解できなかったからそれで納得してくれ」

「わ、分かりました。とりあえず、恩人は恩人なんですね」


 ここまでの状況を聞かされると、アンリはリヴィの前にでて彼女(?)に頭を下げる。


「先ほどは失礼しました。兄さんを助けてくれてありがとうございます」

「―――――」


 訪れた沈黙。

 恐る恐る頭を上げると、なぜかわなわなと震えて小さく呟いていた。


「なに、この出来た子。お兄ちゃん大好きっ子だし、尊すぎるんですけど。幼さの中にある礼儀の良さも心突き刺してくるし、完璧な子じゃん。お持ち帰りしていいかな、いいよね、するわ」

「おい、いい加減にしろ。殴るぞ」

「ハッ――!」


 極寒の如く冷めたリヴィの声。幸いにもそれは彼女(?)に届き、我に返ってくれた。

 彼女は恥ずかし気に頭をかく。


「いやはや、わたしとしたことが。これは失敬。こんな可愛い同胞に会ったのは初めてだったからついはしゃいじゃったよ」

「――ッ!? いま、なんて……」

「ん、こっちの話だから気にしなくていいよ。――それより、わたしはもう行くね。このまま友誼を交わしたいところだったんだけど、喋っている暇がもう無くなっちゃったんだ」


 ――実はこれでも忙しい身でね、と言い離れていこうとする彼女(?)。

 リヴィ達の中で聞きたいことが生まれたのに、その意思を無視して踵を返していく。


「ちょっと待て――!」

「それじゃあね奇特なお二人さん! 縁は出来たしまた会おう!!」


 そう言い残し、ドンッと音を立てて彼女(?)は跳び立った。一瞬で姿はかき消え、去った方を見つめてもそこにはもう何の姿もなかった。


「……変な人でしたね。悪い人ではないでしょうけど」

「昔のアンリみたいだったな。いっつもあんな風に大騒ぎしてて」

「わ、私の昔のことは良いじゃないですか! 今は立派なレディを目指してるんですから!」

「ははっ、悪い悪い」


 昔は“お兄ちゃん!”などと幼げに言っていたアンリが、今は見た目を気にして大人ぶろうと慇懃な喋り方をしている。

 そのギャップを知っているリヴィは思わずカラカラと笑ってしまった。


「まったくもぅ……、兄さんは……」

「ははっ。でも、さっきの人が悪い人じゃないってのは同意するさ。俺たちのことを見ても何も言わなかったし、会えるのならまた会ってはみたいと思うよ。名前も聞けてないしな」

「ですね」


 ただ、その未来はさておき今は疲労が限界だった。

 隷機との遭遇からの唐突な決死の戦闘。そんな緊迫感をぶち壊した彼女(?)の存在。全てが怒涛の連続で、重たい疲労感が二人には溜まっていた。

 血も抜けすぎ、緊張が切れたことでふらりとリヴィの体が揺れる。立てていた槍から手を離し、ゆっくりと地面に座った。


「あーつっかれた……!!」

「ふふっ。お疲れ様でした。兄さんも助けてくれてありがとうございます」

「いいのいいの。兄の面目躍如が保てて何よりだ」


 木にもたれ掛かりながら力なく手を振って笑うリヴィ。ガントレットをおもむろに外し、上の服を脱ぐ。

 それを見てアンリが荷物から包帯を取り出し、リヴィの傷の上を覆っていくのだった。

 激動のひと時が、ひとまず終わりを迎える。



 【反しの森】の街道を抜けた先。木々は円形状に無くなり、ジャンブルの外壁に辿り着く。隷機が入らぬ様に、見上げなければ全貌が見えないほど巨大な外壁。その頂上の外縁部には鐘付きの櫓があり、そこで監視役が外を見張っていた。

 そんな外壁の前に門がある。その横に、ゴールドの明るい髪、動きやすく簡素な戦闘用の服を着た若い男が立っていた。

 その彼に、少し前までリヴィと絡んでいた彼女(?)が手首を見せながら話しかける。その手首には、剣が突き刺さったような印のある七芒星の金色のブレスレットが付けられていた。

 神に叛逆する【叛者レウィナ】が集う組織――ギルドの紋章。色は違えどギルドに所属する【叛者レウィナ】は、例外なくこのブレスレットを持っている。


「ギルドの門番さん」

「はい、なんでしょう――ッ」

 

 ブレスレットを見せられ、男が目を見開いた。


「金色の紋章……! 称号持ちの方ですか!?」

「うん。それで聞いて欲しいことがあるんだけど」

「かしこまりました……! 何かあったんですね……!」


 厳かに対応しながらも、緊張が走るギルドの門番。


「この街道の先。隷機が出てたから先んじて調査をお願い。わたしはギルドに行ってこのことを報告してくるから」

「【月】の下と【神よけの陣アンチエリア】の中で隷機が……!? まさかそんなことが……!」

「信じられないかもしれないけど、事実だよ。破壊したから今は問題ないけど、今後のことを考えたら、ね――」

「分かりました、至急調査致します!! ありがとうございました!」


 彼の顔は強張り、冷や汗が零れていた。

 隷機が【神よけの陣】内で出現することはそれほどの異常事態。何かが違えば都市の中にすら出現する可能性も考えられる以上、絶対に捨て置けぬ案件だった。

 門を抜け、調査隊を作るためにバタバタとジャンブルの中に走っていくのを彼女(?)は見届ける。


「さてさて、急ぎ伝えないといけないことは伝えたし、わたしは腹拵えでも行こうかなっ」


 門番に続いて彼女(?)もジャンブルの中に入っていく。

 お腹はぺこぺこだと証明するかの様に、匂いのある方に足は動いていった。

 ほどなくして、彼女(?)は思い出す。


「にしても面白い二人だったなー。まさか【黒忌子ニグラス】と【白忌子シニステラ】の兄妹だなんて」


 くすくすと彼女(?)は笑う。

 足取りは軽やかに、人々をかき分けながら都市の奥へと進んでいった。


「――あのままじゃ、さぞ生きにくいことだろうね」


 白き光を放つ隷核灯ヘリオライトが辺りを照らし、活気づいている都市の中。

 そこに、黒と白の髪をした人は誰一人として存在していなかった。

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