第12輪 桜咲く

「時間がないからな。次で決めようか、傾奇者よ」


 雰囲気の変わった宮人に、勝毘の顔からは一瞬表情が消えた。

 だが、次の瞬間には口を開けて獰猛に笑う。


「やっぱりお前、面白ぇよ!」


 宮人の変化に気付いたのは李谷たちも同様だった。肌をビリビリと震わせるような威圧感に、美甘でさえも宮人へと視線を向ける。


「ミヤって、あんなだったか?」

「いや……」


 その場にいる全員が、それぞれに宮人──いや、ヨシノが憑依した宮人の一挙手一投足を見つめていた。


 ヨシノが刀を構え直し、刀の切っ先が宙を舞う。その様は風に舞う桜の花弁を思わせた。舞でも踊るかのように左腰の横へと刀が据えられると、刀身を纏う白い鞘が顕現する。


「また見たことねぇ技か!?」

「あぁ、俺のとっておきだ」

「じゃあ、見せてもらおうじゃねぇの!」


 咆哮のような勝毘の叫び声と共に、黒い鞭の装甲が赤く染まる。闘気が迸る勝毘の構えに、ヨシノはなおも涼しい顔で腰を低く落とした。


「行くぜぇ! “赤薔薇特攻ロゼッタ・ネビュラ”!!」


 頭の角はドリルのように回転し、今までにない推進力でヨシノへと突っ込む。

 その刹那、ヨシノは鯉口を切った。


「“千本桜”」


 静かな呟きの後、鯉口を切ったはずの刀は鞘へと収められる。

 周りからは、ヨシノは全く動いていないように見えた。

 しかし、突撃したはずの角も、茨の鎧も粉みじんに切り刻まれ、鎧を剥がされた勝毘は自分に何が起こったのかも分からず呆然と立ち尽くす。


「は……?」


 勝毘が短く疑問の言葉を出した瞬間、全身から深い裂傷による傷が開き、鮮血を噴きだしながら倒れていった。


「がっ……!?」

「勝毘くん……っ!」


 美甘が悲鳴のように名前を叫びながら、勝毘へと這うようにして近付いていく。

 そんな美甘から攻撃の意思を感じられなかったため、ヨシノはふっと息を吐きながら構えを解いた。


『勝、った……?』

「あぁ、おそらくな」


 身体の奥から響いてきた宮人の声に、ヨシノは小さく頷き返す。そして同時に、半ば追い出されるようにしてヨシノが宮人の身体から抜け出た。

 ヨシノの力でかろうじて立てていた宮人は、その場にふらりと倒れていく。


「ミヤ!」

「宮人!」


 “千本桜”は超高速の居合術である。鞘から抜刀した瞬間に何千もの斬撃を加え、相手がその斬撃を認知する前に再び鞘に収められているという早業だ。

 花の力を完璧に制御できるヨシノだからこそできる奥義だった。その分、宮人への身体の負担は他の技とは段違いだ。


 ヨシノが抜け出ると、桜色に染まった宮人の髪も元の黒髪へと戻っていく。


「すっげーよ、ミヤ! さっきの何!? 全然、見えなかった!」


 李谷に助け起こされながら、宮人は曖昧な笑みを浮かべた。宮人からすると、身体を貸しただけで技を放ったのはヨシノなのだ。

 テンションを上げる李谷に、宮人はどう答えようか悩んでしまう。そうして考えている間に、全身の痛みがぶり返してきて顔を歪めた。


「おい、あまり動かすな。肩の傷が深い」

「えっあ、そっか! ごめん! ってかどうしよう、めっちゃ血出てる……!」

「どこかで治療しないと、まずいな……」

 

 天穂のそんな声も、宮人には少しずつ遠のいていくようだった。

 全身が痛くて、指一本動かすのも億劫だ。このまま眠ってしまえば楽になれるのでは、と瞼が重くなっていく。


『おい、坊主。ここで死んだら俺に殺されることになるぞ、いいのか?』

「……や、だ」

『だろう? だから踏ん張れ。ここなら花の力で、日光を浴びるだけでも楽になるはずだ』

「何それ、僕の身体……本当に花になったみたい」


 ぼそぼそとヨシノに応える宮人の隣で、李谷はあっと声を上げた。


「そういえば、あれ効くかな?」

「あれ?」

「よっしゃ、来い! “毎日楽しいひな祭り”!」


 李谷がオーニソガラムに手を翳すと、長袴姿の3体の人形が現れる。人間の膝丈ほどの大きさである3体は、ひな人形の段に並ぶ三人官女たちだった。

 官女たちは提子ひさげ銚子ちょうし、それに三方さんぽうを携え、宮人へと向かっていく。

 提子から銚子へとせっせと何か白い液体を注ぎ、注がれた銚子を三方に乗せ、宮人へとその液体を差し出した。


「え、飲んでってこと?」

「またトンチキな……大丈夫なのか?」


天穂は訝し気に呟くが、早く早くと人形たちはつぶらな瞳で宮人を急かす。


「ほら、グビッと!」


李谷にも勧められ、宮人は身体を動かせず首だけで銚子に口をつけた。


「うわ、本当に飲むのか……」


 天穂は若干引いた声をあげるが、それを口にした瞬間、宮人は身体の奥から何か温かいものが込み上げてくるのを感じていた。

 肩の痛みがすうっと引いていき、角が貫通した傷は完全とは言わないまでも徐々に塞がっていく。

 身体の重さは残るものの、宮人はようやく自身の力で起き上がった。


「すごい……すごいですね、モモさん!」

「だろう! 1日1杯が限界だけどな!」

『ひな祭りは桃の節句とも言うからな。他にもいろいろ使いようがありそうだ』


 ヨシノの解説に宮人が納得していると、少し離れた場所から悲鳴が響いた。


「うあぁぁぁ! 勝毘くん! 勝毘くん……!」


 美甘が縋りつくように名前を叫んだ勝毘の身体は、ふわふわとした淡い光に包まれていた。光は少しずつ空気中に散って、勝毘の身体が消えていく。

 それは隣で泣き叫ぶ美甘の身体も同様の光を放っていた。


 そして、その光は宮人たち3人のオーニソガラムへとまるで吸い込まれるように流れていく。


「何、これ……どうして?」

「この御前試合で負ければ何も残らない……遺体はああして消えて、他の参加者に花の力として吸収される」


 天穂は、昏い瞳で勝毘たちの姿を眺めながら呟いた。そんな天穂に李谷は頬を引きつらせながら口を開く。


「他の参加者に吸収されるって、何だよ……」

「御前試合の景品である長寿が、何もないところから降って湧いてくるとでも? 長寿はこうして、脱落していった花の代表者から奪う力の集積なんだ」

「そんな……!」

『……犠牲なくして幸福はない、か』


 宮人は絶句し、ヨシノは誰にも聞こえない独り言を呟いた。

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