第9輪 天神雷来
李谷が振るう太刀には、洗脳がかかっているせいかキレがなかった。それでも、大物を振り回されれば、その軌跡から生まれる風圧に天穂は押されてしまう。
そんな天穂の隙を狙って、茨の壁の向こうを移動しながら弾丸は放たれていた。
「あの銃は、どうにかしないとな……」
だが、李谷を振り切って先ほどの銃を持った彼を探せるほど、天穂に余裕はない。
「ほらほら、攻撃してこないのかよ!」
天穂は李谷の攻撃を避け、長く息を吐き出す。
そして、構えたドスの峰を指先でそっと撫でた。
「洗脳中に言っても覚えてないだろうが、礼は宮人に言えよ。俺は真っ先に、お前を切り捨てようとしたんだ」
そう呟いた天穂は赤い稲妻を迸らせる。
「もうその技は何度も見た!」
「芸がなくて悪いな」
天穂が言い切った瞬間、李谷の目の前から姿が消える。
狭い吹き抜けの空間を、天穂は赤い弾丸のように飛び回った。足場となる壁や柱が崩れるギリギリまで力を込めた踏切で飛び、李谷の死角から死角へと移動する。
「ちょこまかと……!」
「遅い!」
大きく刀を振りかぶった李谷の背中に天穂が飛び蹴りを入れる。ふいを突かれた李谷はそのまま蹴られた方向へと前のめりに転がっていった。
「うわっ、ととと……!?」
転がった先で壁に激突し、李谷は壁にめり込むように倒れる。
倒れ込んだまま、李谷は動かなくなった。その様子を確認し、天穂がふっと息を吐いて稲妻を解く。
「そこで、お前はもう1回寝と、け……」
身体を纏う稲妻が消えた瞬間、天穂はがくりと膝をついた。
飛梅で出せる最高速度で動き続けた反動で天穂の身体は重く、心臓は爆発しそうだ。その場に膝を着いたまま、肩で荒い呼吸を繰り返す。
ドスは形を保てずにオーニソガラムへと戻っていき、息が整わないまま地面に倒れ伏した。
「──……」
ぼそぼそと天穂は何かを呟きながら、身体を傾けていく。
同時に、乾いた銃声が響いた。
銃弾は天穂の肩に命中し、甘ったるい香りが天穂の周りで弾ける。
静まり返った空間へと、リボルバーを片手にクリーム色の髪の彼──
「やっと当たった……」
美甘はふっと笑みを浮かべて、手の平サイズのリボルバーを彼はくるくると指先で回す。
白銀の美しい装飾が施されたリボルバーを器用に手の中に収めると、でツンツンと銃身で天穂の身体を突いた。
「ねぇ、早く起きてよ。まだ勝毘くんが上で戦ってるんだからさ」
「っ……」
「立ち上がれないくらい消耗しちゃったの? それなら、撃つまでもなかったかな。ってか、気絶するならさっきの無駄撃ちじゃん。まぁでも、さっき白髪頭に当てたような即席の弾より、もっと強い洗脳かけられるからいっか……」
ぽうっと瞳が淡く光った美甘は引き金に指をかける。そのまま、天穂の頭へと銃口を押し付け、ハンマーを引き起こした。
弾倉に艶やかな唇で美甘が口付けると、甘やかな香りが濃縮し弾丸となって装填される。
「君強そうだし、もっと濃いやつあげるよ。勝毘くんの駒になってもらうために」
その時、ぶわりと美甘の周りの地面が赤く光り始める。
「何っ!?」
赤い光は線となって浮かび上がり、美甘の身体に巻き付く。
「あ、あぁぁぁっ……!?」
線に絡め取られた美甘がもがくほど肌に食い込み、そして焼き付くように身体を侵食していった。
「っ、苦し……!? お、前……何をっ!?」
身のうちから焼かれ、呼吸もままならない苦しみに耐えながら美甘がリボルバーで天穂を捉える。
しかし次の瞬間、風と共に振るわれた一閃に美甘は身体を仰け反らせた。
「テンテンに何すんじゃー!」
倒れていた李谷が復活し、美甘を天穂から遠ざけるように蹴り飛ばす。苦しさでろくに身体を動かせなかった美甘は、受け身も取れないまま壁へと突き飛ばされた。
すぐに起きてこない美甘に、李谷は天穂へと駆け寄る。
「おい、テンテン! テンテン、生きてるよな!?」
李谷が天穂の身体を揺さぶると、天穂は咳き込みながらもゆっくりと瞼を開く。
「身体、揺するな……馬鹿」
「もしかして俺、また洗脳されてた? うわーん! そんなのヒーロー失格だよー! ごめーん、テンテーン!!」
「だ、だから揺するなって……っ」
抱き締めようとしてくる李谷を天穂が引き剥がそうとするが、弱っている天穂が馬鹿力の李谷から逃れることはできなかった。
李谷にハグされたまま、天穂は壁の前で崩れ落ちた美甘に視線を向ける。美甘は意識はあるようだが、胸を抑え苦し気に呼吸を繰り返すばかりでリボルバーを構える余裕もない。
ようやく李谷から解放された天穂が、そんな美甘からリボルバーを取り上げる。銃に彫られた花に、天穂は得心したように小さく頷いた。
「イベリスの代表か」
「イベリス?」
「イベリスの花言葉は【心をひきつける】【甘い誘惑】。その辺りが洗脳能力として開花したんだろう」
天穂が李谷に説明していると、天穂の手の中でリボルバーはオーニソガラムへと姿を戻していった。目の前でヒューヒューと弱い呼吸音を立てながら、美甘はギロリとふたりを睨む。
「勝毘くんの邪魔は、させ、ない……っ」
「……呪いで呼吸もろくにできないくせに、まだ喋れるのか」
天穂の呟きに李谷がギョッと目を見開く。
「呪いって何それ、怖っ!」
「“
「なんだそれ、ラップみたいだな」
「……ウメの一族が編み出した技だ。ウメの一族は菅原道真の子孫で、呪いとは縁がある。こいつは、その呪陣トラップに嵌まったんだ」
「ジュジン? 菅原さん? お前、高辻じゃないの?」
「……」
李谷は歴史、いや勉強すべてが苦手だった。そのため、歴史に名を残した菅原道真の名前を聞いてもさっぱりピンとこないのだ。
菅原道真は太宰府天満宮に祀られる天神様であり、学問を司る神様として有名だが、日本三大怨霊のひとりとしてもその名を知られている。
こうして美甘を苦しめ、捕えることができたのは、そんな菅原道真の血を引く天穂が生み出した呪陣が発動したからであった。
天穂は洗脳された李谷との戦いで“飛梅”を連発しながら、この空間に呪陣を描いていた。呪陣の発動条件は、呪いの対象者がその陣の中心に立つこと。
天穂は洗脳をかけるために、再び美甘が出てくるだろうと予想していた。自身が倒れて弱ったところを見せれば、確実に当てるために近付いてくるだろうということも。
それは、先ほどまでに見た美甘の射撃能力があまり高くないことを見越しての予想だ。宮人よりも華奢な彼に、自分を上回るほどの戦闘経験があるとも天穂には思えなかった。
誤って李谷に呪いが発動しないように、そしてあくまで天穂の狙いは李谷の気絶だと思わせるように李谷を陣の外へと蹴り飛ばし、天穂自身は陣の中心でわざと倒れた。
そこに、予想通り美甘がやってきて、呪陣は発動したのである。
しかし、キョトンと首を傾げる李谷にどこから説明するべきか、いや説明したところで理解できるのかと考えただけで億劫になった天穂は溜息を吐く。
「……宮人のところに行こう」
「あ、説明するの諦めただろ! 俺、そういう時の顔分かるんだからな!」
「なんでそんな顔されるのか、自分の胸に手を当てて考えろ!」
「んーーー……分かった! 俺が怖い話苦手だと思って遠慮してるんだろ! 全然、大丈夫だからさっ、こーい!」
「違う!」
その時、蹲っていたはずの美甘の姿はいつの間にか消えていたのだった。
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