第8輪 梅vs桃

 天守閣の床が抜け、天穂と李谷は吹き抜けになっていた城の内部を真っ逆さまに落ちていた。しかし、すぐに床が見えてくる。天穂は刀を構え、赤い稲妻を全身に纏わせる。


「“飛梅とびうめ”!」


 稲妻のように高速移動する“飛梅”は、空気をも蹴ることができた。天穂は空中で跳躍し、近くの柱へと飛び移る。柱にドスを突きさして地面との衝突を免れた天穂の横を、そのまま李谷が落ちていった。

 土煙を起こしながら落下した李谷だったが、頬にできたかすり傷もすぐに治癒されてしまう。


「……ったぁー! さすがに痛い!」


 すぐに起き上がる李谷に、天穂は柱からぶら下がったまま呟く。


「そういうわりには、ピンピンしてるな」

「そりゃあ俺は“天下無敵”だからな! 勝毘くんを馬鹿にするやつは、俺がこてんぱんにしてやるよ!」


 ドヤ顔で胸を張る李谷。その瞳は怪しく桃色に輝いて天穂を見据える。先ほどの殺気は抜けておらず、軽々と振り上げた大太刀の切っ先を天穂に向けた。


「お前、本当にあいつと組むつもりなのか?」

「あいつって言うな! 勝毘くんさまだぞ!」

「なんだ、『くんさま』って」


 ぶん、と振り下ろされた太刀の風圧が鋭い風の刃となって天穂を襲う。天穂は柱から柱へと飛び移りながら、その攻撃を避けた。


「宮人と仲間だなんだ言ってただろ。そっちはどうなったんだ?」

「テンテンこそ、いつの間に『宮人』なんて呼ぶようになったんだよ! ずるいぞ、高校生コンビ! 俺だってミヤとタメ口でしゃべりたいのにっ!」


 まるで駄々っ子のような言い分だった。

 それでも、襲ってくる攻撃は全然可愛らしくない。ドカドカと柱を削り、距離を取ることに務めていた天穂は柱という足場を封じられて地面へと引きずり降ろされる。

 李谷は大太刀なのに対し、天穂は短刀だ。天穂が李谷に攻撃を与えるには間合いを詰めるしかないが、李谷のリーチの長さがそれを許してくれない。


「馬鹿でアホだとは思っていたが、さっきから脈絡がなさすぎるんだよ!」

「馬鹿って言う方が馬鹿なんだ! テンテンのバーカ!」

「お前っ……オッサンのくせに言うこと小学生か!」

「オッサン、言うな! “驚き桃の木”!」


 李谷が刀を振り上げると、その頭上へ巨大な桃が出現する。

 巨大な桃は、李谷の合図で隕石のように天穂に向かって落下した。吹き抜けの空間を埋め尽くすほどの巨大さに、避けるスペースなどない。


「チッ……“梅酸渇ばいさんかつ”!」


 天穂が短刀と並行に手の平を合わせ、祈るように構える。刀と手を包み込むように溢れ出した水が、怒涛の水流となって巨大な桃を押し留めた。


「すげー! 何もないとこから水が出てきた!」

「お前の方は、なんだこのトンチキな技!」

「“驚き桃の木”は俺でも何が起こるか分かんないんだから、しょうがないだろ!」

「技までふざけてるのか、お前は……!」


 放射する水が桃と拮抗する。そのまま天穂は自分から逸らすように水の流れを作り、巨大な桃を壁へと激突させた。

 壁には巨大な桃の形に穴が空き、その穴から水も流れ落ちていく。


「どんぶらこ、どんぶらこと流れていき……」

「せからしか!」


 李谷の呑気な感想に天穂は思わず吼えてしまった。


 天守閣で見た好戦的な姿を除けば、天穂には目の前の李谷はいつも通りに見える。

 しかし、どこか違和感を覚えていた。

 李谷はここまで、バスでの奇襲と星見群青との対峙、そして今と連戦続きだ。それでも、今まで天穂が見てきた剣筋と先ほどから自分が受けている剣筋では微妙なブレがある。


 天穂は星見と宮人、そして李谷が相対した時、最初は遠目で戦況を見守っていた。ここで星見に瞬殺されるようなら、仲間のあては他に探すつもりだったのだ。

 そんな中、宮人と李谷が見せた動きは天穂の期待を上回るものだった。初めての実践で、自身の力を発揮できるものは少ない。それなのに、このふたりはあの星見の剣戟を一瞬とは言え耐え抜いてみせた。

 それは天穂が声をかけるのに十分すぎる理由だった。


「なぁ、一緒に愚煉薔薇隊入ろうぜ!」


 刀同士がぶつかりあって、鈍い音を響かせる。李谷の一撃を受け止めながら、天穂は確信した。


「入らないし……お前の腕は、こんなもんじゃないだろ」

「っ……、はあ?」


 天守閣で初めて一撃を受けた時は、驚きが勝って押されてしまった。しかし、今の本調子でない李谷相手なら、天穂は攻撃を容易に受け流すことができる。

 短刀で大太刀をいなし、体勢が崩れた李谷の懐に潜り込む。そして、体勢を低く構えた天穂が、下から思い切り李谷の顎を蹴り上げた。


「がッ……!?」


 綺麗に入ったという手応えが天穂にはあった。

 李谷はその場でふらつき、どうにか体勢を整えようとする。しかし次の瞬間、背中からぱたりと倒れていった。

 李谷が立ち上がってこないことを確認しながら、天穂は李谷に歩みよりふっと息を吐く。


「どこか迷いのある剣筋と、チグハグな言動……いや、言動は通常運転かもしれないが。もしバラ代表の魅了系の能力で洗脳されてるなら、気絶すれば解ける可能性もある……あのヤンキー気質なあいつでもこういう術を使うのか? 意外と繊細な……」

「ん……? テンテン?」

「!」


 むくりと起き上がった李谷の喉元に天穂が刀を添える。自身の首に当てられたものに気付き、李谷はひっと息を飲んだ。


「えっ、な、何!? 俺、何かしました!?」


 敵意はない、と示すように李谷が両手を開いてピンと天に伸ばす。そんな李谷からは、先ほどまでの殺気も消えていた。


「ってか、ここどこ!? なんか変な蔦みたいなのに放り投げられてからの記憶が曖昧なんだけど!」

「城の中だ……洗脳中の記憶がないのか」

「え、洗脳?」


 ポカンと首を傾げる李谷に天穂は毒気が抜かれてしまう。


「愚煉薔薇隊に入ったらしいぞ」

「よく分からんけど、何それかっけー!」

「そこは素なのか? だが、洗脳が解けたなら重畳だ。礼なら宮人に……」

「テンテン、危ないっ!」

「!?」


 乾いた銃声と李谷が天穂を突き飛ばすのは、ほぼ同時だった。


「桃……っ!」


 李谷の肩を銃弾が掠める。天穂が咄嗟に音のした方を振り返れば、巨大な桃で空いた穴の影から白いリボルバーを構えたクリーム色の髪をした高校生くらいの少年がいた。

 赤い稲妻を纏った天穂が彼に向かって飛び掛かる。


「っ、来るな!」


 小柄な彼はそんな叫び声と共にリボルバーを天穂に向かって放つ。

 稲妻を纏った天穂には、その銃弾が止まって見えた。銃弾を避けながら、ドスを構える。


「ヒーロー見参!」

「っ!?」


 天穂に向かって真横から振りかぶった大太刀が現れる。このまま小柄な彼を仕留められたとしても、次の瞬間には自身が大太刀の錆になると天穂は予測した。

 目の前の彼を諦めて身体を捻り、向かってきた大太刀を踏み台にして天穂は飛び退く。


「掠めただけだけど、ちゃんと弾は効いてるみたいだね」

「おう! このヒーローに任せとけ!」

「頼んだよ」


 小柄な彼は李谷に言い残し、壁の向こうへと姿を消した。

 天穂は壁の向こうへ消えた彼から、一旦李谷へと視線を戻す。


「おい、桃。今のもバラの仲間か?」

「何言ってんだよ! バラも何も、ミヤの頼みを俺が断ると思うか?」

「ミヤ……?」


 李谷の口振りだと、先ほどリボルバーを持っていた彼をミヤと呼んでいるようだった。

 少しずつ状況を掴み始めた天穂は、銃弾が掠めて裂けた李谷の肩を見遣る。


「俺が、誰だか分かるか?」

「は? えーっと……勝毘くんの敵は、俺の敵!」

「なるほど、チグハグな解答だ」


 大太刀を振り上げる李谷の瞳はどこか淀んで見えた。そんな李谷に、天穂はドスを構える。


「洗脳してるのはバラじゃなく、あの銃弾の方らしい」





 一方、天守閣では……


『坊主、やれるか?』


 ヨシノの言葉に宮人は小さく頷き返した。


 ヨシノが宮人の身体に乗り移れば、確かに身体能力は大幅に向上する。その分、宮人の身体には負荷がかかった。

 刀を顕現させている間はサクラの能力で常人よりも肉体が強化されているのだが、宮人は天穂のように身体を鍛えてきたわけではない。シオンに参加を告げられてからでは、さすがに日が短すぎた。

 そのため、1日にヨシノが宮人の身体を使える時間には制限が生まれた。連続で使えば使うほど消耗は増える。今日はすでに星見との闘いでヨシノが憑依したため、おいそれとヨシノが宮人の身体を使うことは躊躇われる。


 しかし、宮人もこの戦いに臨むと決めてからは、このような事態になることも想定していた。ヨシノの力ではなく、自身の力で切り抜けなければならない瞬間が訪れるだろうと。


「やらないとやられる……分かってるよ」


 分かっているけれど、宮人はこの戦いに参加した時からの疑問があった。


「勝毘くん」

「あ?」

「僕たち、本当に戦わなきゃなのかな?」

『……』


 最終的には自身でここに来ることを決断したが、宮人はほとんど何も分からないままこの戦いへと参加することになった。

 御前試合のルールとして聞いているのは、最後のひとりになるまで戦うこと。そしておそらく、戦いが終わるまではこの樹海から出られないことだけだ。


「そもそも、長寿の力ってどうやってもらうの? その力って、絶対にどこかひとつの一族しかもらえないものなのかな」

「それで、お前は何が言いたい?」

「例えば……戦わずに、みんなで長寿の力を分け合うなんて選択肢はないのかなって」

『坊主、お前……』

「モモさんや天穂くんと出会って、今だけって言ってるけど仲間になれた。だったら……」

「だったら、なんだ?」


 勝毘が纏う威圧感がいっそう圧を増したようだった。

 それに負けじと、宮人は口を開く。


「だったら、僕たちが戦わないで済む道もあるんじゃないかって」

「ねぇよ!」


 勝毘は自身の鞭をしならせ、床を叩いた。


「そんな生温い道は俺が歩く道じゃねぇ。茨勝毘さまが歩く道は、茨道だけだ!」


 そう叫んだ勝毘は1本の青いバラを自身の頭上へと放り投げる。


「“Under the Rose”!」


 次の瞬間、青バラは花弁を散らせ天井に咲き乱れた。噎せ返るバラの香りと鮮烈な青が、天守閣は覆った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る