第7輪 愚煉薔薇隊総長・茨勝毘
「あ、ふたりにも紹介するよ! この方がバラ代表、
李谷が意気高らかに宣言すると、当の勝毘は口元に笑みを浮かべた。勝毘の脱色した髪は後ろに撫でつけられ、どこか迫力のある彼の雰囲気に宮人も天穂も構えた刀を下ろせずにいる。
「おいおい、李谷。俺だって自己紹介ぐらいできっから落ち着けよ」
「それもそっか! いやぁ、悪い! つい気持ちが先走ってさ」
「ま、いいんだけどよ。じゃ、改めて聞いとけ、そこのふたり!」
そう言って、勝毘は立ち上がる。思わず宮人たちは身構えた。
しかし、勝毘は立ち上がった瞬間ふたりに背を向け、デカデカとバラの刺繍が施された白い特攻服を翻す。翻った特攻服の背中には『愚煉薔薇隊』と金色の文字の刺繍が縦に並んでいた。
「俺は! 地元の茨城じゃ名の知れた
「ぐれん……」
「ローズ隊……」
宮人と天穂は唖然としながら、初めて聞いた名前を復唱する。出てくる単語はどれも暴走族か、ヤンキーの口から出てくるそれだった。
『かっこいい……』
「えっ!?」
ヨシノの言動に戸惑う宮人に、天穂は警戒を強めて声を飛ばす。
「どうした、宮人!?」
「あ、いや! ごめん、何でもない…!」
ヨシノはぽうっと頬を染めて、その特攻服を見つめていた。
霊体だけでふよふよと勝毘の元へと飛んでいき、360度さまざまな角度からその意匠を堪能する。
『おい、坊主! この傾奇者にこの服はどこでどうしたら手に入るのか聞いてくれ!』
そんなことを聞いていい状況なのか、と悩むも、宮人は人に頼まれると断るのが苦手だった。
「……すみません、その服はどこで手に入りますか?」
「宮人!?」
天穂に驚かれるのも仕方ないと分かりつつも、宮人はヨシノの代わりに勝毘に尋ねた。そんな宮人に天穂の「お前、そんな趣味だったのか」という訝しげな視線が刺さる。
一方、勝毘の方はよくぞ聞いてくれた、とばかりに頬を緩めた。
「愚煉薔薇隊のメンバーが作ってくれたのよ! なんと内側まで薔薇の刺繍入りだ!」
『かっこい~!!』
「よっ! さすが総長!」
ヨシノと李谷の合いの手に、勝毘はますます機嫌を良くする。膝下まである特攻服の裾を広げてみせると、確かに内側まで深紅のバラの刺繍が施されていた。
ギラギラとした衣装の圧に、天穂はもはや目を閉じる寸前だ。
「勝毘くん、めっちゃいい人でさ~意気投合ってやつ? ふたりも一緒に愚煉薔薇隊入ろ!」
「やだ、名前ダサいし」
「ちょっ、天穂くん……!」
恐れ知らずな天穂の言葉に、宮人が青ざめる。
しかし、勝毘よりも先に顔を険しくしたのは李谷だった。
「おい、テンテン……今、何つった?」
「だから、ダサ……っ!?」
突如、李谷が自身の巨大な太刀を振りかぶりながら天穂へと飛んだ。天穂は咄嗟に反応して避けるも、李谷が刀を返して再び斬りかかる。
「勝毘くんがつけた名前を馬鹿にするやつは許さん!」
「モモさん、やめて!」
宮人が声を上げるも、李谷が刀を引く様子はない。大太刀をドスで受け止めた天穂は、李谷にじりじりと押し負けていた。
「このっ、馬鹿力……!」
天穂がくるりと体を反転させながら、その勢いで李谷の胴体を蹴る。李谷は後ろによろめきながらも、なおも天穂に刃を向けた。
「モモさん、なんか変だ。いくら何でも、あんな風に天穂くんを攻撃するなんて……」
『そうか? 誰かのために怒る、というのはあのノッポらしいが』
「それはそうかもだけど、でも……」
李谷が太刀を振り回しているせいで、宮人は下手に止めに入ることができなかった。そこへ全身の毛が逆立つようなプレッシャーを宮人へ向けるものがいた。
宮人がじりじりと視線を動かすと、首を鳴らしながら勝毘が自身のオーニソガラムに手を添える。
「おいおい、また先に始めやがって。全く、お前はよっ!」
勝毘がドンッと床に踏みつけた。その瞬間、李谷と天穂がいた床が抜け、足場を失ったふたりは階下へと落ちていく。
「天穂くん! モモさん!」
宮人が駆け出すも一歩遅く、床は何事もなかったかのように閉じられた。
「あの赤髪は李谷に取られたからな。お前が、俺の相手してくれんだろ?」
「っ……!?」
宮人が勝毘を振り返ろうとした瞬間、何かが首に巻き付き肌に食い込んだ。突然呼吸が封じられ、宮人は見えないながらも勘で刀を振るう。
だが、巻き付いたそれは宮人の刀をしなやかに受け止めた。
「ぐっ……!」
「その程度の剣じゃ、俺の茨の鞭は斬れねぇよ」
切れないことに驚きながら視線を送った宮人は、自身の首に巻き付くそれが勝毘の武器である黒い鞭だとようやく理解した。
鞭をどうにか解こうと指をかければ、鞭から生えた棘が手に刺さる。その棘は、バラの茎にあるものとよく似ていた。
宮人は痛みに顔を歪ませるが、一刻も早く外さなければ息がままならない。焦るほどに動きは悪くなり、思考までが低下していく。
『身体を貸せ、坊主……!』
ヨシノが宮人の身体に乗り移ろうとするが、勝毘の鞭による花の力が邪魔しているのか、ヨシノの霊体は弾かれた。
「だめ、だ……今日はもう、1回使った、し……」
『くそ……坊主、イメージしろ! お前がその鞭を斬るイメージだ!』
「っ、は……」
怖い。その感情が、宮人の身体を侵した。
星見群青と対峙した時は、まだどこか現実として受け止めきれずにいた。しかし、今は首を絞めあげられることで近付いた死という実感が、宮人へ恐怖を植え付ける。
「ここまで昇って来れたから期待したが、よく見たらお前ひょろいし、喧嘩もしなさそーだよな」
ぐんっと鞭を引っ張られたかと思うと、宮人の身体は宙に浮く。そのまま、床へと背中から叩きつけられた。
「ぐぁっ……!」
『坊主!』
立ち上がりたいのに、宮人の身体は震えていた。右手に掴んだ刀だけは離さなかったが、そんな宮人の心を折るように勝毘が宮人の右肩を踏みつける。
「ぐぅっ!」
宮人を見下ろしながら首に巻き付いた鞭を勝毘が引くと、さらにギリギリと首に食い込んでいった。
「さっさとお前を片付けて、俺もあっちに混ぜてもらうか。ま、それまで赤髪が李谷にやられてなければの話だが」
「っ……!」
ここで宮人が倒れれば、天穂に危険が及ぶ。
確かに天穂の口が悪かったが、それだけであのように李谷が攻撃するのはどこかおかしい。下手をすれば、天穂は勝毘と李谷のふたりを同時に相手しなければならなくなってしまう。
それに、宮人はこの御前試合に来ると決めた時に誓ったのだ。
絶対に、生きて母の元に帰ると。
「諦めて、たまるかぁあ……!」
しなやかで刀を受け止めるほどの鞭を斬るイメージ。それは、鞭に受け止めさせる暇もなく刀を振り抜ける速度を伴った一太刀だ。
宮人は刀の柄を両手で握り直し、渾身の力で横に薙ぐ。
まさに火事場の馬鹿力の鋭い一閃に、勝毘は飛び退いた。脚は避けられたが、ふたりの間を繋いでいた鞭は切断され、ようやく宮人はまともな呼吸を取り戻す。
「はっ、ゴホッゴホッ……!」
咳き込む宮人に、勝毘は切り裂かれた鞭の断面を眺める。不敵な笑みを浮かべた勝毘が斬れた鞭の先をなぞるように手を翳すと、鞭は切断される前の元の長さへと戻っていった。
「いいぜ……今のは悪くねぇ!」
勝毘の鞭が空を叩き、音速を超えた破裂音が響く。
首を抑えた宮人の手は、首からも手からも流れ出た血がべっとりとついていた。その血を恐怖と共に振り払い、刀を握り直す。
「天穂くんのところには、行かせない……!」
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