第6輪 茨の城
「モモさん……っ!?」
空の彼方へ飛んでいった李谷を追いかけようと宮人が駆け出す。すかさず、その腕を天穂が掴んで引き留めた。
「お前まで捕まる気か」
「捕まる?」
「あの城にだ」
天穂の視線を宮人が追って、改めて目の前の建造物を見上げる。
それは茨で組み上げられた巨大な城だった。城の上部には立派な天守閣が座し、その頂点に大輪のバラが咲き誇っている。
あまりの分かりやすさに宮人はポカンと口を開けた。
「バラの代表の城……なのかな」
「だろうな。さっきのトラップも多分、この城の一部だ。で、トラップにまんまと引っ掛かったアホはあの天守閣に投げ込まれた」
「投げ……っ!? 早く助けに行かないと!」
「無理だ」
「え……?」
「それより、俺たちも早くここを離れた方がいい」
天穂はくるりと城に背を向けるが、宮人はそこを動こうとしなかった。宮人の視線は、李谷が飛んでいった天守閣を見据えている。
後をついてこない宮人に気付き、天穂は訝し気な顔をして振り返る。
「聞こえなかったのか? 離れないと、俺たちも追撃を受ける可能性が……」
「そうじゃなくて、モモさんは仲間だよ。助けにいかなきゃ!」
「助けに行ったとして、間に合わなかったら?」
「え?」
「そしたら最悪、全滅だ。あの城はバラのテリトリー、こちらが攻め入るのは間違いなく不利だ」
天穂の冷ややかな声に宮人の顔が強張る。
その可能性もゼロではない。しかし、その逆もまたゼロではないと宮人は信じていた。
「だからって……見捨てるの?」
「逆に聞くが、そうまでして桃を助けるメリットは? お前だって、さっき知り合ったばかりじゃないのか?」
この御前試合に向けて対策しつくしてきた天穂の言葉は正論だ。宮人はそれを頭で理解しつつも、やはりその場を離れる気にはなれなかった。
『俺も、赤いのに賛成だがなぁ』
だが、オーニソガラムを刀に変えた宮人に、ヨシノは乾いた笑いを零す。
『ま、お前は聞かないんだろうが』
ヨシノの言葉に頷き返すように、宮人が刀を構えて身を屈める。その瞬間、宮人の周りを桜の花びらが舞い踊った。
「おい、お前……!」
「ごめん、天穂くん……“桜前線”!」
天穂の制止も聞かずに宮人は飛び出した。宮人に反応した蔦が向かってきて、それを刀で切り捨てながら、宮人は城へと突っ込んでいく。
城の入口らしき門を突き破ると、そこからは蔦の攻撃範囲外なのか襲ってこなかった。周りが静まったのを見計らって、宮人が城の方から天穂に向き直る。
「バスを運転してくれたのもモモさんだし、星見くんの時もモモさんは俺を仲間だって助けに戻ってきてくれた。そんなモモさんを、俺はやっぱり助けにいくよ!」
「っ……!」
「でも、これは僕の我儘だからひとりで行く。仲間に誘ってくれたのに、ごめん!」
天穂は目を瞬かせ、呆然と宮人を見つめる。
そんな天穂に宮人は手を振って踵を返し、城の中へと進んでいった。
城の外は茨で覆われていたが、ぱっと見の内装は普通の城と変わらない。板張りの廊下に沿って畳の間がいくつも並び、壁は白い茨が寄り集まってできていた。
『赤いのに大口叩いておきながら、簡単に死んだら洒落にならんぞ』
「でも、モモさんのこと放っておけないよ」
天守閣を目指すため、宮人は階段を探し始めた。この階層に人の気配は感じられないが、刀を構えたまま恐る恐る進んでいく。しかし、李谷のことが頭を過るとわずかに足の運びは早くなった。
『おい、坊主……』
宮人が踏み出した瞬間、カコンと床板が凹んだ。
「っ!?」
ピュンッと風を切る音と共に、宮人の頭が何かに押さえつけられる。
『おっ前は、言ってるそばから……!』
顔を青くしたヨシノが宮人の頭をペシペシと実体のない手で叩く。
しかし、宮人はそんなことよりも、隣で自分の頭を抑えている天穂の姿に驚いていた。宮人が呆れた顔の天穂から廊下の突き当たりの壁へと視線を動かすと、自分を狙って飛んできたらしい矢が突き刺さっている。
「あっ、あはは……また天穂くんに助けられ……」
「いきなり死にかけとぉやん! 俺が来んかったら、どうしとったと!?」
「???」
「大人しそうな顔してそーとーな頑固者ったい。だからって、いきなり置いていかんでもよかやろ」
先ほどまでとは違う天穂の訛った言葉遣いに宮人は目を丸くする。捲し立てるような言葉の勢いはまるで別人のようだった。
疑問符を大量に浮かべる宮人に、天穂はようやくはっと我に返ってスヌードで口元を隠した。
「呆れすぎて地の言葉が出た……」
「そういえば、福岡に住んでるんだっけ?」
「そう……いや、そうじゃない! 簡単に罠に引っ掛かって、死ぬ気か!」
「ご、ごめんなさい……」
天穂に怒られ、宮人はしおしおと身を小さくする。床に突っ伏すような形になっていた体を起こし、自然と正座までしてしまった。
そんな宮人に天穂も言葉を詰まらせ、視線を彷徨わせる。
「人の話を聞いたり聞かなかったり、変な奴……」
「天穂くんこそ、どうして来てくれたの?」
宮人の切り返しに、天穂は目の上までスヌードを引き上げた。完全にスヌードで顔が隠れた天穂は、もごもごと言葉を紡ぐ。
「上手くこの城を乗っ取れれば、俺たちの拠点にできるかもしれない。それに……使えないからとすぐに切り捨てたら、俺が嫌いな一族のやり方と同じだなって」
バスでの襲撃を教えてくれた理由は、一族のやり方が嫌いだから、と天穂は言った。それでも、一族を代表してここにいる天穂に、宮人は彼の足元の不安定さを思ってしまう。
「天穂くんは、どうして戦うの?」
「それは……」
「だって、優勝賞品は一族の長寿なんでしょ? 嫌いな一族のためになんで……あ、ごめん! ずけずけ聞き過ぎだよね! 最近まで花の一族なんて知らなかった僕に、天穂くんの立場なんて分かるわけないのに……」
「姉と約束した」
「え?」
天穂が顔を上げ、スヌードから出した瞳を真っ直ぐに宮人に向ける。
「天穂くん、お姉さんいるんだ?」
「今は、もういない」
「それはもしかして、花の一族だったから……?」
宮人の言葉に、天穂は静かに首を振る。
「進みながら話そう。桃のこともある」
「……うん」
城の内部は廊下が入り組み、歩いているうちに方向感覚を失いそうになる。それに加えて、突然現れる罠たちだ。
そのため、ふたりは役割を分担することにした。天穂が罠を警戒し、宮人とヨシノが城の内部をマッピングしていく。
そうして進みながら、ぽつぽつと天穂は自身の姉のことを語った。
「高辻家は分家もたくさんあって、一族を絶やさないように女として生まれた者は早くに結婚して子を求められる。時代錯誤もいいとこだけどな。
でも、姉さんはそれを受け入れてた。幼い頃から一緒だった分家の男と結婚することになったけど、ふたりとも仲良くて、高辻家じゃ珍しいくらいに円満な夫婦だった……でも、1年経っても姉さんに子供はできなかった。それを、あいつらは『徒花』って揶揄するんだ」
『徒花……つまり、咲いても実を結ばない花、ということだな』
「そんな……ひどい言い方……」
苛立ちをぶつけるように、天穂は自身のオーニソガラムが形を成した鍔のない短刀で飛んできた矢を叩き折る。
天穂の武器は、いわゆる任侠映画に出てくるドスのような見た目をしており、柄や鞘には美しい梅が彫られていた。
「結局、姉さんは見限られて離縁させられた。ちゃんと互いを思い合っていたはずだった相手の男は、すぐ別の分家の女と結婚して子供をこさえてたよ。それを知って姉さんは自分を責めて、責め続けて病んだ。
それからは花が萎れるように一気に衰弱して、そのまま……」
「天穂くん……」
「葬式もひどい扱いだったけど、俺は死ぬ直前の姉さんに言われた。『天穂は幸せになって』って」
「!」
「それから、一族の予想通り俺のところにシオンが来た。御前試合を避けることはできなかったけど、この樹海から生きて帰って、絶対幸せになる」
宮人はようやく、天穂が何の上に立っているのかが見えた気がした。不安定だと思っていた天穂の足場には、見えていなかっただけでしっかりと硬いものが築かれていたのだ。
天穂の姉の境遇には胸を痛めつつも、天穂という人間が見えてきたことに宮人は安心してしまう。
「お前は?」
「え?」
「俺ばっかり話すのずるいだろ」
改めて目的を問われると、宮人は妙な照れ臭さを感じてしまう。
「僕は……母さんを独りにしたくないから、かな。もう父さんはいないし、兄弟もいなくて。俺が死ぬと、母さん独りになっちゃうんだよ。父さんにも『母さんのこと頼む』って言われたし」
「……そうか」
御前試合は最後のひとりになるまで戦いが続く。それぞれ夢や目的があっても、叶うのはひとつだけなのだ。
それは分かっているけれど、互いの口からここにいる目的を聞けたことに少しだけ距離が近付いたような感覚をふたりは覚えていた。
「そうだ。良かったら僕のことも宮人って呼んでよ」
「宮人……分かった」
『あの階段を上れば、おそらく天守閣だ』
「天穂くん、あの階段」
「ようやく、だな」
天守閣に近付くほど罠の数は増えた。が、その頃には宮人と天穂は呼吸を合わせ、互いの背中を預けられるようになっていた。
宮人も罠とそうでない場所の見分けがつくようになり、天穂が飛んできた罠を避け着地したその床の異変に気付いた。
「天穂くん……!」
宮人が駆け、天穂を突き飛ばす。突き飛ばされながら天穂は宮人を掴むと、全身に赤い稲妻を纏った。
「“
赤い稲妻となって、天穂が宮人と共に跳ねる。そんな天穂の声を掻き消す勢いで先ほどまでふたりが立っていた床が爆発した。
爆風に乗ったまま、天穂は天守閣への階段を飛び上がる。天守閣に降り立った瞬間、宮人と天穂は刀を構えた。
それまであった周りを囲む壁はなく、柱だけが天守閣の屋根を支えていた。樹海を一望できる見晴らしの良い広間には、ところかしこに深紅のバラが咲き乱れる。
噎せ返るようなバラの香りがする天守閣の中心に、李谷はいた。
「おっ! ミヤとテンテン!」
「も、モモさん……?」
にこやかな顔で出迎えた李谷の横には、李谷よりさらに一回りは大きい男が座っていた。武器を構えるでもなく、ドンと居座る彼の肩に李谷は腕を回してみせる。
「お前、まさか……懐柔されたのか?」
「怪獣? 俺はヒーローだぜ? あ、ふたりにも紹介するよ! この方がバラ代表、
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