第5輪 恩人は仲間?

「名前は高辻たかつじ天穂てんすい。俺と、組まないか?」


 鶯色の瞳は、真っ直ぐに宮人と李谷に向けられていた。

 宮人と駅のトイレですれ違った時のフードは被っておらず、胸元のコサージュからも手を離し、敵意がないと全身で物語っている。


「僕は、いいと思うけど……」


 宮人の呟きに、真っ先に声を上げたのは李谷だった。


「はぁ!? いやいや、いきなり組もうって言われても信じられねぇよ!」

「でも、今こうして無事なのも、高辻くんのおかげですよ?」

「それは、まぁ……むぅ……」


 李谷は二の句が継げず、不本意そうに押し黙る。


「悪いが、高辻と呼ばれるのはあまり好きじゃない……」

「あ、そうなんだ。じゃあ……天穂くん?」


 宮人が確かめるように下の名前を呼ぶと、彼はこくりと頷き返し、黒いスヌードに口元を埋めた。


「あ、ずるい! 俺はモモさんなのに、こいつは『くん呼び』って!」

「いやだって、モモさんは年上に見えますし……」

「そんな歳離れてないよ! 俺、22だよ!?」

「えっ!? もっと年上かと……」


 そんな宮人の素直な感想に、李谷はショックで崩れ落ちる。


「やっぱりこの白髪頭のせいか? 花の力使うようになって、どんどん髪の色抜けていったんだよな……でも、もっと上に見えてたとか、そんな……」


 そんな李谷にダメ押しするように、天穂がぼそりと呟く。


「オッサン……」

「あぁん!?」

「まぁまぁ、ふたりとも……!」

「じゃあ、テンテンは何歳なんだよ!」


 天穂という名前から、李谷はテンテンとあだ名をつけていた。

 そんなあだ名に怯まず、天穂はどこか自慢げに胸を張る。


「15」

「なっ……!? 俺と、6つも違うだと……!」

「モモさん、7つ違いですよ。でも15歳なら近いね。僕14歳だから」

「えっ!? ミヤもそんな若いの!?」

『若いって言い方が、もう年寄りに片足突っ込んでるなぁ』


 ヨシノの言葉は李谷に聞こえないはずだが、ますますショックを受けた李谷は樹海の地面に小さく丸まっていく。

 そんな李谷を横目に、ヨシノは溜息を吐いた。


『だが、ノッポの言うことも一理ある。慎重になるに越したことはない。仲間と思わせておいて、寝首をかかれたら堪らんからな』


 ヨシノの言葉に宮人は唸りながら首を傾げた。

 助けてもらった恩人と思わせておいて、というのも確かになくはないのかもしれない。

 しかし、間違いなく恩人である天穂を宮人はとても邪険にはできなかった。それに、年の近い友好的な参加者と出会えて少し嬉しかったこともある。


「えっと……天穂くんはどうして、僕たちを誘ってくれたの? さっきも助けてくれたし」


 宮人の言葉に、天穂は視線を足元に落とした。そして、わずかに考える素振りを見せて、宮人へ視線を戻す。


「御前試合は長期戦になる可能性が高い。だから、ある程度参加者の数が絞られるまでは複数人で動いた方が有利だ。独りでいるやつは、間違いなく狙われる」

「それは仲間が欲しい理由だよね? そうじゃなくて、どうして僕たちなの?」

「……1つは、バスを生き延びたこと」


 バス、という言葉にそれまで丸くなっていた李谷がぴょんと起き上がる。


「お前、バスが襲撃されるって知ってたのか」

「あのバスに乗っていたのは……ウメの一族だから」


 その告白には、さすがに宮人も驚いた。驚く宮人の横から李谷の腕が伸びて、天穂の胸倉を掴み上げる。


「それでよく俺たちの前に顔出せたな! 今度こそトドメ刺しに来たのか!?」

「ま、待ってモモさん! それなら、さっき助ける必要なかったはずです! それに、天穂くんは僕にちゃんと忠告してくれてました!」

「は?」


 宮人が駅のトイレですでに天穂とすれ違っていたことを伝えると、李谷は胸倉を掴んでいた手をゆっくりと離していく。


「僕の方こそ、せっかく教えてもらったのにまんまと罠にハマっちゃって……ごめん」

「ミヤが謝るなよ! いきなり知らないやつに言われても、普通気にしないって」


 李谷にフォローされるも、宮人は申し訳なさそうに肩を竦めた。

 そんなふたりの前で、天穂は淡々と説明を続ける。


「ウメの一族は福岡ではそこそこの名家で、花の一族として誇りを持ってる。この御前試合を見据えて、花の力を特に開花させた俺は物心ついた頃からずっとこの日のための教育を受けてきた。それだけ必死なんだ。長寿を得ることに」

「で、闇討ちってか?」

「モモさん……」


 李谷の視線を受け、天穂はそっと視線を足元へと落とす。


「……俺は、一族のやり方が嫌いだ。だから忠告したし、そこから生き延びたお前たちの実力を買ってる」


 それまでムスッとしていた李谷が、能力を認めている、と告げた天穂にわずかに表情を軟化させる。そして、どこかむず痒そうに視線を泳がせた。


「……2つ目は?」


 そう李谷が続きを促すと、天穂は首を傾げながら彼を見上げた。

 天穂から無言のまま視線を送られ続け、李谷は面映ゆさを押し殺すように声を張り上げる。


「だから、2つ目の理由だよ! さっき1つは、って言ったから、他にもなんかあるんだろ!」


 そんな李谷の様子に、宮人はつい笑みが零れた。

 天穂は促され、思い出したように口を開く。


「いきなりあのキクの代表を相手する無鉄砲さ。仲間にするなら利用しやす……いや、そういう勇敢なやつがいいかもって」

「ん?」

「は?」


 宮人と李谷は予想外の言葉に固まり、ヨシノは吹き出した。

 天穂は途中で言い直したが、明らかに『利用しやすい』という言葉がふたりには聞こえてしまったし、とても人聞きが悪かった。

 宮人はどう反応したものかと考え、一方で李谷はじわじわと馬鹿にされたことに気付き始めている。


『うははははは! 俺はこの赤いの気に入ったぞ! 裏も表も見えると信用できる!』


 ヨシノは腹を抱えて笑い転げる。

 ヨシノが気に入ったのなら、ひとまず大丈夫そうだ、と安心し始めた宮人の横で李谷はガッと口を開いた。


「こんのぉ……っ! ミヤ! 俺、こいつ嫌い!」

「別に好かれようとは思ってない」

「モモさん、落ち着いてください! 天穂くんは煽らないでっ!」


 宮人の仲裁もあり、何とか3人とヨシノは行動を共にすることが決まった。

 そしてどうやら、ヨシノの姿は天穂にも見えていない。キクの代表という彼にも見えていなかったことを考えると、桜の代表である宮人にだけヨシノは見えるようだった。

 宮人がひとりそんなことを考えていると、これからの行動について天穂がひとつ提案をする。


「長期戦なら、休息が取れる拠点があった方がいい」


 特に否定する理由もなかったため、宮人たちは樹海の散策に向かった。


 拠点にするなら、周りからの視線を遮ることができる場所がいい。例えば、洞窟や特に木が密集している場所。他にも今は人が住んでいない建物なども残っているため、その辺りが候補だと天穂は説明を加えた。


「本当に天穂くんはよく知ってるね。心強いよ」

「そういえば、あの金髪がキクの代表ってのも知ってたよな」


 宮人と李谷の言葉に、天穂はわずかに顔を俯けスヌードに深く顔を埋める。


「花の一族の歴史は古い。けど、一族は短命だから盛衰も激しい。それでも、特出して力を保ち続けているのがキクの一族、星見家。

 さっきの星見群青ってやつは歴代随一の花の能力者と言われていて、子供の頃からあの威圧感で周りの大人をビビらせてる」

「子供の頃って、もしかして知り合いなの?」

「年に一度、本家筋が残る花の一族たちの宴がある。最近は俺もあまり行ってないけど、昔参加させられた頃に群青と会った。同い年なのもあって、大人たちに無理矢理顔会わせさせられた感じだったけど」

「なんか宴とか、ブルジョワな話だな」


 李谷が感心したように呟く。

 だが次の瞬間には、短く声を跳ねさせて木々の先を指差した。


「なんかすげぇ! 城みたいなのある!」

「城?」


 宮人が城を確認するよりも先に、李谷は走り出してしまった。その先にある建造物を見て、天穂が声を上げる。


「止まれ!」

「え?」


 李谷がキョトンとこちらを振り返った瞬間だった。

 バチンッと何かが弾ける音が響き、次の瞬間には緑の蔦のようなものが李谷の足に巻き付く。蔦は自身の身体をしならせて、李谷を空高く飛ばした。


「だあああぁぁぁぁぁぁ……──!」


 彼方へと飛ばされながら、李谷の悲鳴が樹海に響いたのだった。

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