第4輪 開戦

 宮人には反応できない速度の剣戟。しかし、身体に痛みは走らない。

 宮人が目を開くと、視界の中では襲ってきた刀をギリギリで受け、どうにか鍔迫り合いに持ち込んでいた。


 それができたのは、寸でのところで宮人の身体に乗り移ったヨシノのおかげだ。ヨシノが宮人の身体でコサージュを刀に変え、目の前の男の刀を受けたのである。


 ヨシノが憑依すると、身体の主導権は基本的にヨシノへ移行し、反応速度や身体能力が跳ね上がる。

 しかし、ヨシノが憑依する瞬間の、血管にぬるりと生温かいものが染み込むような感触が何度やっても宮人は苦手だった。

 そんな感触も一瞬で忘れてしまうほど、受けた剣戟は重く手が痺れる。


「へぇ、今のに反応したんだ」


 鍔迫り合いになりながら、ようやく宮人は目の前で金髪を揺らす彼──星見ほしみ群青ぐんじょうの顔を見た。

 黄金色に輝く軍刀を振るう彼は、年齢は宮人と同じくらいだった。だが、その無駄な筋肉のないすらっと伸びる身体から立ち昇る威圧感は比ではない。

 薄暗い森の中でも輝いてみえる艶やかな金髪。その隙間から、天高く突き抜ける冬の青空を切り取ったような瞳が宮人を射抜く。

 貴公子という言葉が似合う涼やかな彼の瞳から殺気が滲む。それはバスで複数人に向けられた殺気よりも強く濃かった。


 今、ヨシノが宮人の身体を扱っていなければ、瞳が合った瞬間に宮人は切り捨てられていただろう。

 勝てるわけがない、と心が先に竦んでしまったのだ。


『こいつは、ちとまずいな……』


 ヨシノが憑依しても、身体の限界を超える力は宮人の身体に負荷がかかる。まだ始まったばかりの試合で全力を出して目の前の彼をどうにかできたとしても、違う参加者に見つかれば助かる保証はなかった。

 だからこそ、ヨシノは自身の力加減を思案してしまう。


『一旦撤退するにしても、こいつを振り切るには骨が折れそうだ』

「でも、どうすれば……?」


 刀を弾いて距離を取ろうとするも、彼はすぐに次の一撃を繰り出してくる。

 どうにか受け流し、懐に踏み込ませないようにしながら、宮人とヨシノは思考する時間を作ろうとした。


「さっきから独り言が多いね。命乞いなら無駄だよ」

「そう、だろうね……」


 物腰の柔い口調にそぐわない殺気に、肌がじりじりと焼かれるようだった。

 トントンッと星見が足でリズムを取るように小さく跳ねる。そのリズムは、嫌でも宮人たちに意識を向けさせた。

 そして宮人の呼吸がそのリズムと重なった瞬間、わずかにそれよりも早く星見は宮人へと飛び込む。


「っ……!」

「とぉぉりゃっ!!」


 気合と共に、宮人と金髪の彼の間に巨大な一撃が降ってくる。それは、李谷自身の身体よりも長い巨大な太刀だった。それを軽々と振り上げた李谷は、金髪の彼へと立ちはだかる。


「ヒーロー見参ってな!」

「モモさん! よかった、無事で!」

「あっはっは! どう!? 今の俺、ヒーローっぽい!?」


 李谷は目をキラキラとさせて宮人を振り返る。能力を発動させ、普段の黒目が桃色に色を変えていた。

 そんな李谷に、薄っすらとした笑みを浮かべたまま金髪の彼が冷ややかな眼差しを向ける。


「さっき殺したと思ったのに案外元気そう……でも、なんで戻ってきたの? 死ににきた?」

「ヒーローは友達を見捨てないのだ!」

「モモさん……」


 宮人に李谷がニッと笑い返す。

 そんなふたりのやり取りを静観していた星見は、ふんと鼻で笑った。


「友達……そんなくだらないことのために、命を無駄にするなんて。手間が省けて助かるよ」

「くだらなくない! ミヤとは一緒に戦った友達、いや仲間だ! それに“天下無敵”の俺はそう簡単に負けない!」


 天下無敵。それはモモの一族、李谷の能力だった。

 身体能力を底上げし、なおかつ、受けたダメージを素早く治癒する細胞の活性化。持続時間は限られているが、先ほどのダメージもこの能力によって回復させていた。

 名前は李谷が直観で名付けたが、【天下無敵】はモモの花言葉でもある。


「それが能力なら、君がモモの代表なのかな?」

「おう!」


 李谷は胸を張って応える。

 それに対し、星見は金髪を揺らしながら冷ややかに笑った。


「カマをかけたつもりだったけど、今年のモモ代表はよほどのおバカらしいね」

『それは俺も同意見だな』

「こら、ヨシノっ」


 ヨシノが後ろで小さく頷き返すも、当の李谷は全く気にした様子がない。

 しかし、宮人の小さな呟きを星見は聞き逃さなかった。


「今、ヨシノと言った?」

「え?」


 ざわり、と金髪を沸き立たせるほどに星見の雰囲気が変わる。先ほどよりも明確な殺意に、宮人は瞬きさえ忘れた。


「君が、サクラなんだ……?」


 それまでどこか淡々としていた彼がどこか怒りを孕んだ、地を這うような低い声で尋ねる。

 肯定することも否定することも憚られて、宮人はきつく唇を引き結ぶ。それを、星見は肯定と受け取った。


「サクラは殺すよ、絶対にね……“長垂ながだれ”!」


 彼が軍刀を振り下ろした軌跡が伸びて、宮人たちに襲い掛かる。

 李谷は反射的に躱すが、先ほどのバスの戦闘で宮人の足には確実に疲労が蓄積されていた。疲労した足は樹海の根に取られて、宮人はバランスを崩す。


「っ──!」


 宮人の目と鼻の先まで星見の切っ先が迫った、その瞬間だった。

 赤い稲妻が戦場を駆け抜けていく。稲妻は星見の剣戟を弾き、そして宮人と李谷と共にその場から消え去ったのだった。





 稲妻は宮人と李谷と共に、樹海の中を跳ねるように移動した。

 そして突然、宮人と李谷は地面に投げ出される。

 周りに星見の姿はない。静謐な森の空気だけが辺りに流れていた。宮人よりも先に立ち上がった李谷は、頬を紅潮させながら叫ぶ。


「うおー! なんだ今の、すげー早かった!」

「た、すかった……?」


 宮人が思わずそう口にすると、目の前につんつんと毛先の跳ねた赤髪の彼が顔を近付ける。宮人よりも身体は大きいが、その顔つきは宮人と同じくらいでどこか幼さが残る。


「うおぉぉ!? だ、誰だ、お前!」


 赤髪の彼にようやく気付いた李谷が宮人を引き離した。

 大太刀を突きつけられ間合いを取られた赤髪の彼はすっと立ち上がり、黒いスヌードに隠れがちな口を開く。


「俺は、ウメの代表」

「ウメ……?」


 自身の花を明かした彼に、李谷はゆっくりと刀を引く。自ら手の内を明かした彼に、敵意がないと悟ったのだ。

 そして赤髪の彼の風貌と、その声に宮人は見覚えがあった。


「君、駅のトイレですれ違った……?」


 宮人の質問に彼はこくりと頷き返し、手を差し伸べる。


「名前は高辻たかつじ天穂てんすい。俺と、組まないか?」

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