第6話 家族と仲間
「お兄ちゃ~ん! 旅行楽しかったね!」
「そうだな、温泉も凄かったし、料理も美味しかったな」
「うん! お父さん、お母さん、また行こうね!」
「ハッハッハハ、奏江も翔也も良い子にしてたらもう一度連れてってやるぞ!」
「あなた、また行けるように仕事も頑張って下さいね」
「おいっ、休みの日くらい仕事はよしてくれよ……」
「お父さん! お仕事頑張ってね!」
俺が中学生になったとき、珍しく家族旅行があった。
忙しい父親が気をきかせてくれたんだろうと今なら思う。
元から仲が良かった俺達家族は、旅行後の車内で幸せを噛み締めていた。
「やったー! 家に到着!」
「待ちなさい奏江、まだ鍵開けてないわよ」
ガチャ。
玄関の鍵は開いていた。
鍵が閉まっていると思い込んだ俺は一番最後に車から降りた。
「イェーイ! 一番乗り!」
「待ちなさい!」
最初に妹の奏江、その後に慌てて母親、様子を伺うように父親が入って行った。
俺はその時、根拠もない不安に襲われた。
一分くらいだろうか、よく覚えていない。
ようやく俺は家に入った。
静かに玄関から入り、リビングへ向かう。
すると奥から怒号の様な声が響き渡ってきた。
俺は息を潜めて、リビングへの扉を開ける。
「えっ!?」
俺は目を疑った。
これは夢だと頬を引っ張った……。
しかし、夢ではなかった。
目の前には赤く染まった父親が倒れていた。
もう意識もない。
嘘だろ……。
そうだ、お母さんと奏江は?
「このクソガキ! 出て来やがれ、ぜってぇ殺してやる!」
より鮮明に怒号が聞こえていた。
そっちに目を向けると、ドアの前に男がおり、その下には母親が横たわっていた。
お母さん……。
そんな、奏江は奥の部屋にいるのか?
妹がまさに今殺されかけていた。
男は包丁を手に持っており、こちらには気づいていなかった。
頭がごちゃごちゃになりながらも、冷静に一つの答えにたどり着いた。
妹だけは守る……。
俺は静かに椅子を手に取り、背後から男に近づいた。
そして、思いっきり椅子を頭へと振り下ろした。
「ぐあっ!」
男の悲鳴が室内に響き渡り、その場へ倒れ込む。
持っていた包丁を奪い、俺は奏江の元へと向かう。
「奏江、無事か?」
「お兄……ちゃん、お父さんが、お母さんが!」
すると背後から何かが動く気配がした。
まさか……。
男は意識を取り戻し立ち上がっていた。
「このクソガキ、よくもやりやがったな」
殺される……。
どうせ殺されるなら、殺してから死んでやる。
俺は反射的に包丁を男の身体へと刺した。
「うぎゃあ! 痛ってぇよ……」
男はまた倒れ込む。
俺は殺すことに夢中だった。
馬乗りになり、何度も何度も男の胸へと包丁を突き刺した。
途中から男の声は聞こえなくなっていた。
何回刺したかはもう覚えていない。
こいつが悪いんだ、こいつが。
俺は涙を流しながら、眉間にシワを集め、何度も何度も振り下ろした。
すると後ろから、優しく、温かい光が俺を包み込んだ。
「もうやめて、お兄ちゃん! それ以上はもうダメだよ」
「奏江……」
「優しいお兄ちゃんのそんな姿もう見るの辛いよ……」
俺は正気に戻った。
妹は俺のただ一つの光だ。
奏江が離れていく様な気がした……。
「奏江! 待ってくれ!」
俺は目を覚ました。
顔を柔らかい何かが覆い尽くしていた。
「キャア!」
俺の頭上から、か細い悲鳴が聞こえる。
しかし、何て温かくて、柔らかくて気持ちいいんだ。
「何してんのよ! この変態!」
バシッ!
俺は思いきり頬を叩かれた。
「俺はいったい何をしていたんだ……」
「エルマじゃないか、そんなに顔を真っ赤にして大丈夫か?」
エルマは呆れた顔で拳を振り上げた。
「あんたがいきなり抱きついてきたんじゃないのよ!」
「ちょっと待ってくれ、エルマ! 俺がそんな事するわけがない」
「今の今した所なのよ!」
俺は初めて女の子に殴られた……。
何で俺はベッドに寝てたんだ?
いや、記憶はある。
俺は昨日、またあれに取り付かれたんだ。
「エルマ、昨日はごめんな、酷い姿見せちまったよな……」
「そんな事ないわよ……」
「気を遣うなよ、正直気味悪かったろ?」
そうに決まっている。
中学で殺した事が噂された時、みんな俺とは話さなくなった。
この町にも、もう居られないかな。
「何言ってんのよ、確かに最初は驚いちゃったけど、私のために必死に怒ってくれたんでしょ!」
「えっ?」
「だったら、私があなたを嫌いになるわけは無いわよ」
「エルマ……」
少しだけ心が軽くなった気がする。
「どちらかというと、抱きついた事を後悔しなさいよ!」
「それはマジですいませんした!」
俺は軽くその場に土下座をした。
すると、部屋の扉が開いた。
「オォー! ショウヤ! 起きてたのか」
「あぁ、タクヤさん!」
「果物持ってきたぞ、食え、食え!」
「あっ、じゃあ私が切ってきますね」
エルマは果物を持ち、部屋を離れた。
タクヤが俺の顔を見ながら何かに気付いた。
「ところで、お前のその顔のアザはなんだ? 昨日は顔綺麗に見えたけどな……」
「あーいや、これは、触れないで下さい」
「なんじゃそりゃ……」
エルマが果物を切ってきてくれた。
それを頬張りながら、俺とタクヤとエルマはしばし談笑した。
「それじゃあまたな、ショウヤ!」
「ショウヤ、また明日ね」
「二人ともありがとう」
俺は二人と別れ、宿の部屋で一人ベッドに寝転がる。
久しぶりに友達と遊んだ気分だな。
当然か。
中学から孤立していた俺には、家以外に居場所がなかった。
二十歳になってからは独房暮らし。
まったく、我ながら酷い人生だったな……。
天井がぼやけて見える。
この世界の居心地はとても良い。
一つ心残りがあるとすれば妹の存在だけだ。
元気に生きてればいいが……。
翌日、俺はエルマとともに冒険者ギルドへ向かった。
向かってる際に、視線がこちらに向いている事に気付いた。
「あのー、エルマ、何かみんなこっち見てないか?」
「んー、気のせいよ、気のせい」
エルマは流すように返事をした。
しかし俺は同じ事を前に経験した気がする。
それはギルドの中に入ると確信に変わる。
「あー、あの人よ昨日街で暴れたの」
「嘘、見たことない冒険者だな、新人か?」
「あんなに強くて新人なわけないじゃない、他所から来たのよ」
「しかもあいつ、昨日冒険者を殺そうとしたらしいぞ」
「マジかよ! 頭イカれてんじゃねぇの」
「本当よ、今まで何人殺したかわかったもんじゃないわ」
「早く他所の町に行ってくれねぇかなー」
ちょっと皆さん、聞こえてますよ。
陰口は本人には聞こえないようにお願いしますよ。
普通の精神じゃ耐えられねぇからね。
「ちょっとあんたたち! 言いたい事があるなら」
「エルマ!」
「何よショウヤ、私は本当の事を……」
「後から何を言っても信じないよ、相手にしないでおこう」
「ショウヤがそう言うなら……」
エルマは悔しそうだった。
俺を庇おうとしたんだから、悪いことしたかな。
でも、俺を庇うと、俺と同じ扱いをされるからな。
俺はエルマと掲示板を眺めていた。
やはりEランクだとお手伝いの募集しか貼られていない。
仕方ねぇか。
もう草むしりでも何でもやるしかないかな。
そう思っていると、奥から受付のアイシャさんが近づいてきた。
「ショウヤさん! ちょっといいですか?」
「アイシャさん、どうしたんですか?」
「大事なお話があるので、奥に来てもらえますか?」
大事な話だと。
いったい何を話すんだ。
いや、落ち着け俺。
如何わしい妄想を止めるんだ、俺。
「さぁこちらへ、エルマさんもどうぞ!」
「えっ?」
「何よ、私も行っちゃ嫌なの?」
「そんなわけないじゃないか! さぁエルマさん、入りましょう」
ふぅ、誤魔化せたぜ。
しかし、まさか俺が暴れた件で怒られるんじゃないだろうな。
ガチャ。
ドアを開けると、そこには老人と、タクヤが座っていた。
「よぉ来たな、ショウヤ」
「タクヤさん」
「お前に、Sランクのクエストを受けてもらう」
「本当すか! 助かります、しかしSランクですね、ん? Sランク?」
「そう、最高難易度のクエストだ」
「何だってー!」
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