第2話 一発殴らせろ
勝てるわけないじゃん。
だって狼よ? 狼ぞ?
それも一対一ならまだしも群れだぞ?
どう足掻いても死ぬだろ。むしろよく頑張った方だと褒めてほしいくらいだ。
最後の方何かカッコいい感じに語ってたけど、要するに狼の群れに揉みくちゃにされてただけだからね、あれ。
反撃すら碌に出来てないし、握ってた石なんてとっくにどっかいったわ。
あーやってらんねー。なんだこの理不尽。
というわけで俺は今、狼に絶賛食べられ中です。ウケる。
「ガフッ、ハグッ……」
「ひゅー……ひゅー……」
喉笛はとっくに噛みちぎられ、泣き言どころか掠れ声すら発せない状況。
不思議と痛みはない。アドレナリンだっけか? まあ何かしらの脳内麻薬でも出てるんだろうが、ぶっちゃけどうでもいい。
俺は負けたのだ。
負けて、これから死ぬのだ。
だからもう、疑問も、理不尽も、何もかも意味はない。
先程までの、煮えたぎるような怒りが嘘のように消え失せた冷静な頭で、そんなことを思う。
血を流して、頭が冷えたということか。
いや、それもどうでもいいか。
幸いにも、苦しみは少ない。
せめて最期の瞬間だけは安らかに。
そう願いながら、俺は眠るようにゆっくりと目を閉じ────
「あれ? まだ死んでないんですか。しぶといですね」
────ようと思ったけどてめぇだけは一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇよなあ!?
「ヒューーッ……!! ヒューーッ……!!」
「どうしたんですかそんなに目を見開いて。ドライアイですか?」
俺は消えかけた命の灯火を気合いで再着火し、射殺さんばかりの視線を銀髪女にぶつける。
目を合わせるだけで相手を呪えそうなほどの怨念を込めるが、こちらを見下ろす銀髪女はどこ吹く風。人を小馬鹿にしたようなニヤケ顔に、怒りのゲージがぐんぐんと伸び始める。
怒りはどこかに消え失せたと言ったな。あれは嘘だ。
疑問や理不尽もどうでもいいと言ったな。あれも嘘だ。
この理不尽で意味不明な状況の説明責任を果たさせ、そのニヤけ面に一発お見舞いするまでは死んでも死んでやるものかぁぁああああああ!!!!
「まあ、及第点と致しましょう。これほど有望なモルモ……勇者は中々居ませんし、使い捨てるのも勿体ないです」
「ヒューッ……!」
「おっと。このままでは本当に死んでしまいますね。それではこうして……っと」
銀髪女がパンパンと軽く手を叩くと、俺を貪り喰っていた狼達がピクリと耳を震わせ、立ち上がる。
そして不思議そうに周囲を嗅ぎ回った後、そのままどこかへと歩き去ってしまった。
「狼さん達はあなたを見失いました。命拾いしましたね?」
どの口が言いやがる。
人を見殺しにした分際で良い気になるなよ。
どうせ狼もお前が連れてきてというかそういやさっきモルモットって言いかけたな俺の耳は誤魔化せねぇぞどういう意味か説明しろ事と次第によっては一発どころか百発くらい殴らせてもらうぞこんちくしょうめ。
「さて、モルモット。あなたに使命を与えます」
「ヒューーッ……!!」
開き直りやがったぞこいつ。
というか使命? は?
んなもん要るかボケ!
「ふむ。その目……なるほど。決意は固いようですね。素晴らしい」
「ヒューーッ……!!! コヒューーーーッ……!!」
決意じゃねぇよ殺意だよ!
っていうか勝手に話進めんな。何も言ってねぇのに了承した体で続けるな。
言いたいことは山ほどあるが、声が出ないから文句のひとつも言えない。ああもうムカつく!
「あなたの使命はひとつ。この理不尽で残酷な世界で生き延びること。手段は問いません。あなたを襲う破滅の運命から全力で逃げ、生き延びてください」
「ヒュー……ヒュー……」
「この使命、受けて頂けますね?」
NO!!!!!!!!!
「YESですね。ありがとうございます」
NOだっつってんだろうがオイ!!!
話を聞け!!! 話させろ!!!
念でもテレパシーでもなんでもいいから読み取れよ俺の全力拒否!!!!
「おや、そんなに情熱的な目で見つめてくるなんて……不快ですねモルモットの分際で眼球くり抜きますよ」
ああああああああああああ!!!!!ぶん殴りてぇえええええええ!!!!!!
噴火する俺の怒りをよそに、銀髪女はこちら見下ろしながらくすくすと楽しげに微笑む。
「ふふっ、冗談ですよ。一割冗談です。お茶目な女神ジョークです」
ほぼ本気じゃねぇか。
というか、え? 女神?
こいつ女神なの? 邪神の間違いじゃねぇの?
マジで一から十まで説明不足なんだが。ちゃんと説明しろよこの銀髪女。
「それでは、後はよろしくお願いしますね。モルモットさん」
「ヒュッ……!?」
銀髪女がひらひらと手を振ると、その身体から光の粒が湧き上がり、天へと昇っていく。
いやいやいや待て待て待てなに帰ろうとしてんだお前説明しろや説明を使命ってなんだよお前は誰だここはどこだ俺は佐藤タケルだ説明しろ説明説明説明。
「あ、そうそう。この身体は私のものではなく、私の部下である天使の身体を借りたものです。いわゆる依代ですね。連れて帰るのがめんど……困難な事情があるため、この子はそのまま置いていきます。上手に使ってください」
「ヒューーッ……!!?」
いや違う聞きたいのはそういう話じゃない。
この期に及んで新たな情報爆弾を投下するなマジで。
天使ってなんやねん。連れて帰るの面倒だからって押し付けるな。ちゃんと説明しろやボケ。
そんな俺の必死の祈りも虚しく、銀髪女から溢れる光はますます強さを増していく。
そのいかにも帰りますよ感溢れるオーラに、俺の焦りは頂点に達する。
だが、出来ることは何もない。
声も出せず。指一本動かせず。
俺はただ眼前の銀髪女を睨みつけ、この世の不条理にひたすらに怒り、恨み、憤る。
「それから、最後にひとつだけ伝えておきますが……」
そしていよいよ目も開けられないほどに光が強まったその瞬間────
「────私の名前は銀髪女ではなく、セラフィナです。次はちゃんと名前で呼んでくださいね? 佐藤タケルさん」
聞こえてんじゃねぇか!!!!!!!!!
という心の叫びと共に、光は天の彼方へと消え去っていった。
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