突然ですが、異世界で宝箱をやってます

ぐまのすけ

第1話 宝箱の仕事

「ちぇっ、また回復薬だよ……」


 宝箱から取り出した回復薬を見て残念な表情を浮かべる少年。

 本当は強い武器や防具を期待したのだろうけれど運も実力のうちだ。


「でも回復薬だって買うと高いし良かったじゃない?」

「そうだよ? 私の回復魔法だって魔力が尽きたら終わりだもん」

「次に宝箱を見つけたら今度は俺が開けるぜ!」


 楽しそうに去って行く若い少年少女の冒険者たち。

 身に着けている装備品を見れば、まだ見習いか初心者の冒険者だろう。強い武器や防具に憧れる気持ちもわかるが、まずは技術をしっかり磨いて死なないように頑張ってほしいものだ。


『さて、もう大丈夫かな?』


 俺は小部屋に誰もいないことを確認すると宝箱の蓋を少し開けて腕を出し、そのまま天井に向かって大きく伸ばす。


『まさか本当に異世界があるなんて思わないよなぁ。この仕事を始めて一ヶ月になるけど未だに信じられないよ……』



 ☆☆☆



 あれは十二月二十四日、世の中はクリスマスイブの真っ只中。

 街中は派手なイルミネーションにいろどられ、右を見れば若いカップルが恥ずかしそうに手を繋ぎ、左を見れば年配の夫婦が品よく夜の散歩を楽しんでいる。


 そして俺はこの日、住み込みで働いていた工場が閉鎖になり、日々の生活どころか住む場所さえ失って途方に暮れていた。


「はぁ……、どうしよう」


 ため息をつきながら人通りの少ない裏道へ入ると、サンタの恰好をした女性に呼び止められる。


「あの……仕事をお探しならこちらはいかがですか?」


 そう言って手渡された一枚の求人広告。


 スタッフ急募!

 年齢、経験は不問!

 仕事内容は相手に商品を渡すだけの簡単な作業。

 個室完備、食事付き、賞与あり。

 勤務地は異世界。

 日給は一万二千円以上。


「こ、これって本当ですかっ!?」

「ええ、本当です。興味がおありでしたらお話だけでも聞きますか?」

「お願いしますっ!」


 勤務地が気になったけど、たぶん店の名前かなにかだろう。

 寝る場所すらない俺にとって女性は本物のサンタクロースで求人広告はクリスマスプレゼントだ。


「さあ、こちらへどうぞ。ミロア様、お客様をお連れしました」


 女性に案内されたアパートの一室で俺を待っていたのは疲れた顔をして今にも泣き出しそうなミロアと呼ばれた金髪の超絶美女。


(……背中から白い翼が見えるのは気のせい?)


 ヤバい仕事だったら断ろうと思いつつ、金髪美女の話を聞けば本当は女神様で仕事を手伝ってくれる人を捜していたらしい。


「キミに手伝ってもらいたい仕事は宝箱なんだよ」

「……はい?」


 女神ミロア様の話を要約すると異世界で宝箱のアイテムを渡してほしいと言うことだった。


「俺が異世界に行って宝箱の中身を渡すんですか……?」

「うん、そうだよ」


 正直、宝箱と言われてもピンとこない。

 なによりも異世界に行ったまま戻れなくなるのは困る。


「うーん、悪いけど止めておきます……すいません」

「な、なんでっ!? 異世界に行けちゃうんだよ!?」


 俺は今の世界に絶望してるわけじゃない。

 毎週読んでる雑誌もあるしラノベもアニメもゲームも大好きだ。来週は新作スイーツがコンビニに並ぶから楽しみにしてる。


「あ、それなら大丈夫! 暇な時はこっちに戻れるよ。お願いだからボクの仕事を手伝っておくれよっ!」


 そう言って涙を浮かべる女神ミロア様。

 仕事が暇な時にはこっちに戻っても平気だと聞いて働くことに決めたんだけど……。


『まさか俺が宝箱の魔物になるとは思わなかったよ』


 てっきり人間の姿で宝箱の中身を手渡しするものだと思ってた。

 ミロア様いわく、厳密には魔物じゃなく世界の管理者らしいけど、本当にこの姿が正解なのか?


 ちなみに俺の姿は某有名ロールプレイングゲームに登場する宝箱の魔物にそっくりだ。違いは高級感溢れる赤地に縁取りや鍵穴付近は金と宝石で装飾が施されている。外箱だけなら超一流の美術品にしか見えない。


 しかし宝箱の蓋が少し開いて飛び出しているのは薄灰色の肌をした二本の痩せ細った俺の腕。左手首には金の腕輪が鈍い光を放ち、右手首には複雑な文字や記号が入り混じった黒い線が幾重にも描かれている。外箱の豪華さとは対照的にかなり薄気味悪い。


(うーん、客観的に見ても怖いぞ……ってお客さんか)


 耳を澄ませるとコツコツと高い足音が近付いてくる。

 通路の角から姿を見せたのは翠色すいいろの長い髪に尖った耳が特徴のエルフの女性だ。身の丈に近い杖を持ち、大胆に胸元が開いた黒いドレスに金刺繍の入った外套がいとうを身にまとっている。装備品から推測すると、かなりレベルの高い魔法術師だろう。


「あら? こんな深い洞窟に宝箱なんて珍しいわね」


 少年少女冒険者たちがいた洞窟と違って、今度は深い洞窟に転移したらしい。というのも俺は宝箱の仕様として一度蓋を開けてしばらく時間が経つか、月が空の真上にくると自動的に転移させられるのだ。


(おかげで毎日、違う景色が見れるけどね。でもなぁ……)


 この転移が曲者で行き先は指定できず毎回ランダムなのだ。

 先日はゴブリンの巣窟そうくつに転移してしまい、百匹以上のゴブリンに囲まれた挙句、宝箱の俺を壊そうとして戦闘になったのだ。


(まぁ、ムカついたし全滅させてやったけどさ)


 俺がそんなことを考えてると、エルフは杖を振り上げて調査系魔法を唱えている。普段は正体を隠して何の変哲もない宝箱を演じているから問題ない。


「罠は……ないわね。それにしても綺麗な宝箱……」


 調査系の魔法で罠がないことを確認し終わったのか俺に近付くエルフ。歩く度に大きな胸が揺れるのはエルフの仕様らしい。


「さて、どんなアイテムが出るのかしら。危険な洞窟なんだからそれに相応しいアイテムを頼むわよ?」


 俺が演じる宝箱はかなり特殊で聖剣やエリクサーのような超弩級のモノから薬草や石ころまで揃っている。もちろん俺が出現アイテムを自由に決められるけど面倒だから開ける人の運次第だ。


(なにが出るのか毎回楽しみなんだよね)


 エルフは笑みを浮かべながら、ゆっくり宝箱の蓋を開けて中身を取り出すと、途端に美しい顔が歪んでいった。


「……どうしてこんなクズアイテムが入ってるのよっ!」


 地面に叩き付けられたアイテムは超弩級どころか超初級で誰もが知ってる薬草だった。しかも品質は悪く、店に売っても子供の小遣い程度にしかならないだろう。


「こんな豪華な宝箱なんだから高価なアイテムを出しなさいよねっ!」


 そう吐き捨て俺を蹴り上げるエルフ。

 しかし足の小指が宝箱の角に当たったのか悶絶してた。


「……許さない」


 悶絶から立ち直ったエルフは俺から距離を取り、杖の先に魔力を込めると炎魔法をぶっ放してきた。当然、女神様に世界の管理者を任されている俺にはダメージは一切ない。


『ぷっ、くくっ……あははは!』


 宝箱が壊れないことに腹を立てて次々と炎魔法をぶっ放すエルフの滑稽こっけいな姿を見て思わず声を出して笑ってしまった。


「えっ!? まさか宝箱じゃなくて魔物だったの!?」

『あ、バレました?』


 普段は宝箱として過ごしてるけど身の危険を感じたり、不確定要素が多い場合は魔物として対処を始めるようにしている。

 宝箱の中から二本の腕を出して正体を見せると、慌てることなく杖を構えるエルフ。その表情はさっきまでの珍妙な態度と違って一流冒険者そのものだ。


「下等な魔物のくせに私を笑うなんていい度胸じゃない。これでも帝国で数人しかいない上級魔法術師なのよ?」

『いや、笑って悪かったよ。でも薬草って……ぶふっ』


 こらえきれずに吹き出すと真っ赤な顔で俺を睨むエルフ。


『も、もう大丈夫だ。笑ったお詫びに珍しい素材を渡すから許し――』

「私を馬鹿にしたことを後悔させてあげる。<火炎の槍フレイムランス>!」


 俺の話を最後まで聞かずに杖の先から次々と炎の槍を飛ばして攻撃してくるエルフ。


『はぁ……、最後まで聞けよな』


 俺は慌てることなく右手を突き出して、すべてを受け止め握り潰すとエルフの美しい顔に驚きの色が浮かんでいた。


「なっ!? それならこれでも喰らいなさい! <爆炎の円陣フレアサークル>!」

『ちょっと待っ――』


 止める間もなくエルフが魔法詠唱を始めると石畳に魔法陣が展開され巨大な炎の壁が現れた。目の前で轟々と燃え盛る炎の質はとても高く、エルフが超一流の上級魔法術師だと証明している。


「どう? 私が作り出す炎はあなたを焼き尽くすまで消えないわよ? 降参するなら楽に殺してあげるけど?」

『……』


 まぁ、最初に笑った俺が悪いんだけどさ……。

 このままじゃらちが明かないし殺されるのはゴメンだ。あの豊満なボディーを消し去るのは残念だけど終わらせるか。


「降参する気はないのね? ならさっさと死になさ――」

『今度は俺の番だろ?』


 俺の周囲で燃え盛る炎をすべて宝箱に吸い込む。


「……焦げ跡すらないなんて……あなたは何者なのよ……?」

『これからわかるよ』


 唖然としているエルフの質問には答えず召喚魔法を唱える。すると黒い炎で描かれた魔法陣から一匹の悪魔が姿を現した。

 見た目は細身のインテリだけど溢れ出る圧倒的な暴力の権化にエルフは腰を抜かしてその場にへたり込む。


「……上位悪魔公アークデーモンデューク……嘘でしょ……?」


 目を大きく見開き体を震わせ青褪あおざめていくエルフ。両脚の間から漏れ出た液体は石畳に吸い込まれることなくツンとしたアンモニア臭が鼻を突く。


『あとは任せるよ』


 俺に深々と頭を下げる悪魔とエルフの悲鳴を背に、異世界から意識を手放した。



 ☆☆☆



「あのエルフのせいで疲れたな」


 元の世界に戻って部屋の扉を開けると一人の女性が寝ていた。

 枕元にはゲームオーバーの画面で止まっている携帯ゲーム機や袋が開いたまま中身が散らかったお菓子。そして飲みかけのジュースは床に倒れてカーペットが少し湿っている。


「はぁ……」


 たぶん夜遅くまで遊んでいたのだろう。

 布団を蹴り上げてお腹を出したまま熟睡している姿に百年の恋も冷めそうだ。


「女神様? 女神ミロア様、起きてくださいー」

「ん……んあ……おかえり……っていつ帰ってきたんだい?」


 何度か体を揺らすとようやく目が覚めたのか口元の涎を手で拭い、大きな欠伸あくびをしている女神ミロア様。


(――!?)


 乱れた寝間着の隙間から自己主張しているピンク色のナニかが見えそうでドギマギしていると俺の視線に気付いたのか、ミロア様は悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて口を開く。


「……ボクの胸が気になるの? うーん、キミにはお世話になってるし少しなら触ってもいいよ?」

「ぶふっ!」


 ミロア様の言葉に飲んでいた水を吹き出しそうになった。


「あははっ! キミって本当に楽しいねー」


 手を叩いて布団の上で笑い転げるミロア様。

 これでも健全な男子なんだから誘惑は勘弁してほしいよ……でも少しだけピンク色のナニかが見えてラッキーでした。


「……ふふっ。ところで仕事は順調? 困ったことはないかな?」


 俺の視線ににやりと笑いつつ質問をしてくる。

 どうもバレたっぽい。


「あはは……はぁ……」


 異世界から戻るたびにいじられるけど、ミロア様って女神様というより面倒見の良いお姉さんって感じですごく可愛いのだ。


「今のところ仕事は順調ですよ。ところでこっちの世界の物って異世界に持ち込めないんですか? 暇な時間に雑誌とかスマホがあると助かるんですけど?」


 異世界で宝箱の仕事をしていても、必ず誰かがやって来るわけではなく暇な時間も多いのだ。

 だだっ広い草原に転移した時は雲の形が変わるのを一日中見ているだけだったし、海の底に転移した時は珍しい深海魚を数えるだけで終わったっけ。


「なるほどなるほど。異世界に持ち込むことは可能だけど電気や電波が必要な物は使えないよ? あ、このゲームはダメだからね!」


 ビンゴ大会で当たった古い携帯ゲーム機を胸に抱いて俺の視線から隠そうとしている。


「それだけでも助かりますよ」


 異世界の時代背景は地球の中世に近く、電気が必要な家電は使えないし電波が必要なスマホも一部を除いて使えない。でもスマホに雑誌や音楽をダウンロードして持ち込むなら大丈夫そうだ。


「最初に言ったけど異世界のアイテムの持ち込みは無理だよ? でもキミが異世界で稼いだお金はいつも通り換金してあげるからね。仕事に慣れたら商売を始めるのもアリだと思うよ」

「ありがとうございます。考えておきますよ」


 異世界で商売なんて考えもしなかったよ。

 ちなみに宝箱から出てくるアイテムを店先に並べるのは違反だ。あくまでも俺が準備したアイテムに限るので、そこだけは注意しておく。


「これから買い物に行くけどミロア様は食べたいものとかありま――」

「牛丼っ!」

「……」


 間髪入れずに返ってきた言葉が牛丼って……。


「えっと、ミロア様のおかげで俺の財布もうるおってきたし、もう少し高い食べものでも大丈夫ですよ?」

「ううん、牛丼がいいっ! あれこそ至高の食べもの……」


 胸の前で手を組んで恍惚こうこつの表情を浮かべるミロア様。

 口元からよだれが垂れてるけど、あえて指摘はしないよ、うん。


「それでは、買い物に行ってきますね」


 アパートを出ると近所のコンビニへと向かい、ミロア様が食べ散らかしたお菓子やジュースをカゴに放り込む。特にポテチとコーラの組み合わせがお気に入りだから少し多めに買っておいた。当然、今週発売の新作スイーツをカゴに入れることも忘れない。


「あとはミロア様の牛丼だな」


 お腹を減らしている可愛い同居人のために牛丼屋へと急ぐ。もちろん注文するのは並盛りじゃなくて大盛りだ。



 ☆☆☆



(今度はどこに転移したんだ?)


 あたりを見渡すと石造りの大きな部屋だった。

 今までの洞窟とは違い、天井や壁には見事な装飾と魔法による照明が取り付けられている。普段から手入れが行き届いているのだろう、とても綺麗に片付いていた。


(あれって宝箱……だよな?)


 部屋の中には大小様々な宝箱が置いてあった。

 ミロア様の話だと、この異世界で仕事をしてる人間は俺だけのはず。それでも気になるから声をかけみる。


『あの……こんにちは。俺は宝箱だけど誰かいませんか?』


 返事がない。ただの宝箱のようだ。

 某有名ロールプレイングゲームのメッセージが脳内再生される。


『……やっぱり誰もいないよな』


 途端に恥ずかしくなり一人でよかったと視線を上げると、向かい側に置いてある宝箱の陰から少女が俺を見て呆然としていた。


『……もしかして、聞こえてました?』

「……は、はい」


 目を大きく見開いたまま小さくうなずく少女。

 年の頃は十代半ばくらいだろうか。胸元まで伸びた金色の髪は少女が動くたびに優しく揺れて、灰色の瞳に薄紅色の唇が愛らしい。


「あの……あなたはどちら様でしょう?」

『……えっと』


 少女が至極当然しごくとうぜんの質問をしてくる。

 俺も返事をした手前、このまま無言を貫くのも申し訳ない。


(問題は俺の姿を見て耐えられるか……あれ、そう言えば……)


 ふと、ミロア様との会話を思い出す。

 普段、俺の姿は宝箱だけど、それでは困る場合もある。そんな時に対応できる様、ミロア様が準備してくれていたのだ。


(すっかり忘れてたよ……)


 今まで一度も使ったことがないから、どんな姿に変身するのか不安だけど二本の腕が飛び出した宝箱よりマシだと思う。


『俺の姿を見ても怖がらないでくれるか?』

「わ、わかりました」


 宝箱の蓋を少し開けて意識を外に向けながら飛び出した。

 そのまま自然に背中の羽を動かすと少女の目の高さまで浮かび上がる。


(なんか自然に体が動いたけど羽って……? しかも少女が大きくなってないか?)


 なぜか目の前の少女が巨人になっていた。

 なにが起きたのか混乱してると少女が嬉しそうに俺の前へとやって来る。


「まぁ! あなたは可愛い妖精さんなのですね!」

『うん、可愛い妖精?』


 近くに置いてあった美しい大盾タワーシールドに自身の姿を映すと、そこには十歳くらいの金髪の少年が驚いた顔で浮かんでいた。


(まさか妖精とは……しかも全裸って……)


 視線を下げると年相応のモノが付いていて揺れている。

 ふと大盾タワーシールドを見ると手で顔を覆いながら指の隙間からバッチリ俺の下半身を覗いている少女と視線が合った。


「……あっ!? ご、ごめんなさいっ!」


 俺が見ていることに気付いて少女は慌てて後ろを向くけど、その顔は耳まで真っ赤に染まっている。


(今さら隠すのも変だし、このままでいいか)


 郷に入っては郷に従えだな。

 自分自身を納得させると全裸のまま気にせず少女に話しかけた。


『ここってどこかな?』

「あ、はい……ここはフレディール聖王国の宝物庫です」


 確かによく見れば宝箱の他に、宝飾の付いた燭台しょくだいや小箱などの古美術品、淡い光を放つ黄金の錫杖しゃくじょうや白銀に輝く戦斧バトルアックス。他にも大量の装飾品や装備品が飾ってあって見事としか言いようがない。


『そんな宝物庫でキミはなにをしてるの?』


 一番怪しいのは俺自身だけどね。


「私はフレディール聖王国の第一王女でサラフィーナと申します。数刻前に突然、条約を破って隣国のオリンス帝国が攻め込んできて、私たちは外に逃げる時間もなく護衛と一緒に宝物庫へ……」


 小さな手でトレスのすそを強く握りしめ、悲しそうにうつむくサラフィーナ王女。


「今は騎士の皆さまが頑張ってくれていますが――」

「王女殿下、ただいま戻りましたっ!」


 突然、宝物庫の扉が勢いよく開いて、一人の女性が姿を見せた。

 銀色の鎖帷子鎧チェーンメイルの上から立派なサーコートを着込んだ騎士で、かなり急いでたのか額には玉のような汗が浮かんでいる。


「あぁ、フロリア! よくぞ無事に戻ってくれました!」


 サラフィーナ王女がフロリアと呼ぶ女性の手を取って出迎える。

 二十代前半のこの女性が護衛騎士だろう。


「疲れているのに申し訳ないですが戦況を教えてもらえますか?」

「はい! 国王陛下は騎士団の一番隊と合流して現在は――」


 サラフィーナ王女に片膝を付くと報告を始めるフロリア。

 よく見れば鎖帷子鎧チェーンメイルの至る所が破損し、隙間から見える素肌からは血がにじんで戦闘の激しさを物語っている。


「――城内に侵入した敵の数が多く、このままでは――っ!?」


 サラフィーナ王女の足元に隠れるように、一緒に話を聞いていた俺と目が合って驚くフロリア。


『ああ、俺のことは気にせずに報告を続けて?』

「なっ!?」


 出来るだけ驚かさないように優しく話しかけたけどダメっぽい。

 フロリアの顔が徐々に赤くなり肩が震えている。


「貴様は何者だっ!? 城の宝物庫なのにどこから侵入した!? 今すぐ王女殿下の側から離れろっ!」

『やれやれ……』


 このままサラフィーナ王女の側にいると、彼女にまで被害が及びそうだ。俺は羽を広げて激高しているフロリアの顔の高さまで飛んで行く。


『俺は宝箱の妖精だ。キミたちに危害を加えるつもりは……』

「……」


 ここでフロリアの視線がある一点に注がれていることに気が付いた。隣を見ればサラフィーナ王女もしっかり見てるけど、キミにはまだ早いから後ろを向いてなさい!


「き、貴様ぁぁっ! 王女殿下にそんな粗末なモノをみせつけるとは不届き者がっ! 今すぐに切り落としてやるから大人しくしろっ!」

『お、おいっ!?』


 フロリアは物騒なことを喚きながら腰の剣を抜こうとする。だが戦闘続きで金属が疲弊ひへいしていたのと俺のモノを見て焦って抜いたために中ほどからポッキリ折れてしまう。


「へ、陛下からたまわった命より大切な私のミスリルの剣が……」

『あらら、そんなに慌てて剣を抜くからだぞ?』

「……今すぐ貴様のモノも半分にへし折って握り潰してやるから逃げるんじゃないぞ?」


 鬼の形相で手をわきわきと動かしながら近付いてくるフロリア。


『こっちくんな! 怖いんだよっ!』

「ちょっ、フロリアっ!?」


 慌てたサラフィーナ王女が鬼にも悪魔にも見えるフロリアを止めてくれなかったら、俺の人生はここで詰んでいたかもしれない。


『ありがとうございます、サラフィーナ王女様』


 俺は床にひざまずいて最大級の感謝をサラフィーナ王女様に告げる。

 今ならサラフィーナ王女様の靴でも余裕で舐めれるぞ。


「い、いえ、こちらこそフロリアが大変失礼なことを……。妖精さんの大切な……ソレがご無事でよかったです。あと私のことはサラとお呼びくださいね」

「……」


 俺とサラフィーナ王女……サラの会話を横で静かに聞いているフロリア。危険な妖精ではないと判断してくれたのか今は落ち着いている。


(……ん?)


 そこへ遠くから大勢の足音が宝物庫に近付いてくる。


「――っ!?」


 フロリアも足音に気付いたのかサラをかばうように立ち位置を変えたその時、黒の鎧や黒のローブを身に着けた男たちが大勢入ってきた。


「見つけたぞ、サラ王女殿下! まさか宝物庫に隠れていたとはな!」


 大勢の中から、ぶくぶくと太った男が姿を見せた。悪趣味に飾り付けた衣服を身に着け、いかにも権力者といった感じだ。


「なっ、マズド宰相さいしょうっ!? ま、まさか我が国を裏切ったのは……」


 宰相とは国のトップに近しい役職をつとめる者だ。

 そんな人物が裏から敵国に手を回していたと知ってサラは呆然とし、フロリアは怒りの目でマズド宰相を睨みつけている。


「ぐふふっ。私の政策に首を縦に振らない国王陛下が悪いのだよ。しかも最近は私の周辺を探らせていたから寝返ることにしたのだ。手土産を渡そうと宝物庫を訪れてみればサラ王女殿下と会えるとはな」

「ひっ!?」


 悪事がバレそうになって国を裏切るついでに宝物庫を荒らすって、いかにも小者が考えそうなことだな。


「サラ王女殿下……いや、サラよ。わしの女になる気はないか? 儂の女になるなら国王陛下や王妃殿下、第二王女の命は助けよう。しかし断ればここにいる男たちがなにをするかわからんぞ?」

「「うへへへっ」」


 脂ぎった顔で下卑げびた笑みを浮かべるマズド宰相。奴がなにを考えてるのか取り巻きの男たちの表情を見れば誰の目にも明らかだ。


「マズド宰相っ、王女殿下になにを――ぐはっ!?」


 フロリアが声を荒げるが、最後まで言い終わるより早く敵の衝撃魔法がフロリアの顔面を襲う。


「フロリアっ!?」

「だ、大丈夫です……危険ですから私の後ろに……」


 苦痛を浮かべながら、口元から流れる血を手の甲で拭うと魔法を放った男を睨みつける。


「貴様のような奴に聞いておらぬ。……さて、儂の女になるか否か、今すぐに決めるのだ、サラ!」

「……あなたのような卑怯な男に捕まってなぐさみ者になるくらいなら、私はここで自ら命を絶ちますっ!」


 手近にあった宝石の付いた短剣を自らの首に突き付けるサラ。

 フロリアも宝物庫を見渡して折れた剣の代わりを探すが、ここにある武具のほとんどに殺傷能力はなく美術品としての価値しかないらしい。


「くっ、生意気な小娘がっ! ならば二人とも吹き飛ぶがよいっ!」


 マズド宰相が手を上げると黒いローブの男たちが一斉に杖を向ける。


「死ぬがいい。<火炎爆裂ファイアバースト>!」

「きゃぁぁぁーーっ!」

「王女殿――サラお嬢様ぁぁっ!」


 瞬間、宝物庫が真っ赤に輝いた。



 ☆☆☆



『まぁ、予想はしてたけどな。二人とも平気か?』


 床に小さくうずくまる二人に声をかけるけど返事がない。

 もう一度、声をかけようとした時、二人がゆっくりと頭を上げてあたりを見渡している。


「……私たちは死んだはずでは?」

「……サラお嬢様、大丈夫ですか?」

「え、ええ。私は平気ですけど……なにが起こったのでしょう」


 二人はこの状況に混乱してるけど無事ならよかった。


『奴らの魔法なら俺が握り潰しておいたから平気だぞ?』

「「えっ?」」


 マズド宰相や魔法を放った黒いローブの男たちを見ると、杖をこちらに向けたまま同じように呆然としている。


『おい、そこの宰相と愉快な仲間たち。今すぐに投降するなら殺さずにおくけどどうする?』

「なっ……貴様は何者だっ!? 儂の宝物庫にどうやって入った!?」


 口の端を上げながら汚い泡を飛ばして大声でわめくマズド宰相。


『いや、それは聞き飽きたから。それに宝物庫はお前の物じゃないだろ』

「ぐぬぬぬ……いずれ儂の物になるのだっ!」


 いや、ならないから。


『俺は宝箱の妖精だよ。あ、それとお前たちが殺そうとしたサラとフロリアは俺の庇護下にあるから傷付けることは不可能だぞ?』

「……魔物が何をふざけたことを。<火炎弾丸ファイアバレット>!」


 マズド宰相の隣に立っていた男がサラとフロリアに向けて魔法を撃ってくるけど<魔法障壁マジックシールド>を展開してるから問題ない。


「なっ!? む、無傷だとっ!?」

『無駄って言ったろ? あと魔法ってのはこうやるんだよ。<焦熱の業炎インフェルノ>』


 俺が魔法を唱えると男の足元に小さな黒い炎が現れる。


「ふ、ふんっ、驚かせやがって。こんな小さな炎なんか消し――!?」


 炎の大きさに安心した男が踏みつけて消そうとした瞬間、黒い炎は瞬く間に男を包み込み悲鳴を上げることなくこの世から焼失した。


「「「……」」」


 マズド宰相以下、愉快な仲間たちはなにが起きたのか理解できずに固まっている。それでもすぐに正気に戻ると一斉に攻撃してきた。


「<火炎爆裂ファイアバースト>!」

「<大気の刃エアカッター>!」

「<毒の針ポイズンニードル>!」

「<水の衝撃ウォーターショック>!」

「<石礫ストーン>!」


 赤色や青色、黄色に緑色の魔法が俺目掛けて飛んでくる。

 しかし、その全てが魔法の障壁にはばまれて消えてしまった。


「な、なんで、あれだけ攻撃を受けて死なないんだ……」

『そんなこと言われてもねぇ?』


 俺も自分自身の強さがどれくらいなのか知りたい気持ちはあるけど、宝箱の仕事優先だしね。いつか女神ミロア様のお許しがでたら冒険者もいいな。


「「「う、うわぁぁぁーーーっ!」」」


 俺に魔法が効かないと知って逃げ出そうとする男たち。


『逃がさんよ? <獄炎の壁ヘルファイアウォール>』

「ひっ!?」


 宝物庫の出入口はひとつしかない。

 その出入口を地獄の黒い炎で塞ぐと、もはや逃げられないと観念したのか床にへたり込んだ。


「……お、お前は何者なのだ……?」

『うん、俺か? 最初から宝箱の妖精って言ってるだろ!』

「……」


 マズド宰相に言い放つと、そのままサラとフロリアに声をかける。


『二人とも平気か? あいつらの処分は任せてもいいか?』


 口を開けたまま放心状態の二人に声をかけ続けて三回目で返事が返ってきた。


「あ、あの、宝箱の妖精さん。なんてお礼を言えばいいのか……」

『ああ、気にしないでいいよ。それに――うん?』


 サラと話している横でフロリアが片膝を付いて俺に頭を下げている。


「妖精殿にお願いがありますっ!」

『き、急に改まってどうしたんだよ……?』

「国王陛下や王妃殿下の救出に妖精殿のお力をお貸しくださいっ!」

『……』


 こうなる予感はあった。

 俺だって本当は手伝ってやりたいんだけど……。


『悪いけど無理なんだよ……すまんな』

「そ、そうですか……」


 残念そうな表情で俯くフロリア。

 実は女神ミロア様に第三者同士の争いに俺が直接介入するのは控えるように言われている。

 俺が本気で力を振るえば国どころか大陸でさえも跡形なく吹き飛ばせる自信があった。


(これでも世界の管理者だもんな)


 そんな俺が第三者同士の争いに介入し過ぎると、いずれ世界が破綻はたんするらしい。光に対して闇があるように善に対して悪もまた必要ってのが女神ミロア様の考えなんだけど間接的になら……。


『フロリア、この宝箱を開けてみろ』

「で、でも勝手に王家の宝箱を開けるなど……」

『この宝箱は俺のだから問題ない。いいから早く開けるんだ』

「わ、わかりました……えっ!?」


 フロリアが宝箱を開けると一本の剣が姿を現した。

 幅広で磨き抜かれた美しい刀身は青白く輝き、冷気をまとっているのか大気中の水蒸気が冷やされて霧状に漂っている。


「「綺麗……」」


 サラとフロリアがうっとりした表情で剣に魅入みいっている。

 確かに異世界で仕事を始めて一ヶ月近く経つけど、こんなに美しい剣を見たのは俺も初めてだ。


「妖精殿、この剣の名前を聞いても?」

『えーっと、これは”ノースブレイスの氷刀”だな』

「なっ!?」


 剣の名前を聞いて驚くフロリア。

 その姿を見てサラが声をかける。


「フロリアは、この美しい剣を知っているのですか?」

「は、はい、もちろんです! ノースブレイスの氷刀は数百年前に勇者パーティーに同行していた当時最強の騎士と言われたノースブレイスが女神様より授かった剣です。その威力はたった一振りで数十もの悪魔をほふったとされています……」


 フロリアの説明を聞いてかなりヤバい剣だというのは理解できた。

 俺の中には星の数ほどのアイテムがあるから、さすがに全部を把握するのは無理なんだよね。


(まぁ、いいかな)


 俺は適当に強い剣が出るように設定しただけで、当たりを引いたのはフロリアだしな。


「あ、すごく軽いです……」


 フロリアが手に取って驚いている。

 幅広で重そうに見えるけど実際は羽毛のように軽いらしい。


『問題は剣の切れ味だな。コレが切れるか試してみろ』


 俺が指定したのは魔法で作り出した巨大な岩石だ。

 いくら聖剣に近いとはいえ数百年も昔の剣だし、これで刃が欠ける程度なら見掛け倒しってことで別の方法を考える必要がある。


「そ、そんな……、もし剣が折れたら弁償できない……」


 確かにノースブレイスの氷刀はとても美しく、超一級品の美術品にも劣らない。もし売りに出せば幾らの値がつくのか検討すらつかない。


『大丈夫だ。もし折れても請求書はまわさんよ』

「で、でも……」


 半泣き状態のフロリアにもう一度、岩石を切るように言うと覚悟を決めたのか氷刀を構える。


「でやぁぁぁーーーっ!」


 剣戟一閃けんげきいっせん


 上段からの袈裟斬けさきりで剣を振り抜くと岩石は大きな音と共に真っ二つになって転がっていた。しかも切った表面は磨かれた鏡のように周囲の景色を映している。


『よし、今度はこれを切ってみろ』

「は、はい!」


 今度は敵が身に着けていた鎧を硬そうな金属で作って放り投げる。

 当然、岩石と結果は同じだけど氷刀の追加効果なのか瞬間冷凍されると床に落ちた衝撃で粉々に砕け散った。


「妖精殿、この鎧は……?」

『これはオリハルコンで作った鎧だよ? いやー、しかしすごい切れ味の剣だよな……あれ?』


 床の上で粉々に砕け散った鎧を見つめるフロリアと愉快な仲間たち御一行。


『フロリア、どうしたんだ? もし刃が欠けたなら――』

「も、申し訳ありません、妖精殿っ!」


 俺の前に膝を折って床に頭をつけるフロリア。

 いわゆる、土下座ってヤツだ。


「まさかオリハルコンの鎧だと知らずに、私はなんてことを……」


 フロリアの話だとオリハルコンは超希少金属で、俺が投げたオリハルコンの鎧は小国が買えてしまうほどの価値があるとか。


『ああ、それなら気にしないでいいよ』

「なっ!? オ、オリハルコンの鎧ですよっ!?」


 目を丸く見開いて驚いてるけど俺が魔法で作ったモノだし。


『いいからいいから。あとその剣はフロリアにやるよ』

「ほ、本当に私がノースブレイスの氷刀をもらってもいいのでしょうかっ!?」

『ああ、本当だ。でも大事にしろよ?』


 俺がそう言うと、さっきまでの悲しい表情から一変してキラキラした瞳で俺を見つめるフロリア。その姿は小型犬みたいでちょっと可愛い。


『その剣で城の人たちを助けに行ってこい。ついでに護衛を貸してやる。もちろんフロリアの命令に従うから大丈夫だ』


 魔法陣から呼び出したのは狼の姿をした二種類の召喚獣。

 艶やかな銀毛の狼は口から冷気を吐き出し、漆黒の狼は口から炎が溢れている。そんな狼たちが総勢十匹、俺の前に頭を垂れて命令を待っていた。


『この蝋燭ろうそくが消えるまでにすべてを終わらせて戻ってきてほしい。それまでサラは俺が守ってやるから安心しろ』

「わ、わかりました! サラお嬢様を……王女殿下をお願いします!」


 フロリアは最後に片膝を付いて頭を下げると、一目散に出口へと向かって走り出す。もちろん彼女の傷は回復魔法で治療済みだし強化魔法もかけてあるから大丈夫だろう。


「宝箱の妖精様に心からの感謝を申し上げます……」


 両膝を床につけて祈るようなポーズで俺を見ているサラ。


『いや、まだ早いって。ここにきたのは偶然だから気にしなくていいよ』

「あの……宝箱の妖精様が本当のお姿を隠しているのは理由がおありなのでしょうか?」

『……なぜ、そう思うんだ?』


 俺が尋ねるとサラは自分の瞳を指差して話を続ける。


「私のこの目は<看破かんぱの魔眼>といって触れた相手の隠している物事の性質を見抜く力があるのです」


 さっきまで灰色だった瞳が深紅に変化している。


「この力を知ってるのはフロリアを含めて極少数ですけれどね」

『っ!? そんな大事な話を俺に聞かせてよかったのか?』

「宝箱の妖精様は私の……私たちの命の恩人ですから」


 そこまで信頼されると隠すわけにもいかないか。


『……俺の本当の姿を見せるけど怖がらないでくれるか?』

「もちろんですっ! 宝箱の妖精様を怖いだなんて思いません!」


 サラの返事を聞いて俺は宝箱の中に入ると変身能力を解く。

 そして少しだけ深呼吸をすると蓋を開けてゆっくりと薄灰色の痩せ細った二本の腕を突き出した。


『これが俺の姿だ。こっちだと宝箱の魔物になるかな』

「本当の妖精様の姿……」


 サラは小さく呟くと俺の腕を取って自身の両手で包み込む。少し気恥ずかしいけどサラの好きにさせていると温かいしずくが手の甲を濡らしていた。


「うっ、ひくっ、うぅっ……」


 驚いてサラを見ると小さく震えて声を押し殺して泣いていた。

 いくら王女殿下といっても見た目は中学生くらいの女の子。敵に見つかれば慰み者になった挙句、殺されてもおかしくない。


(怖かったよな……)


 俺は震えて泣いているサラを黙って抱きよせる。

 口にする言葉がみつからない俺にできるのは小さな女の子の頭を優しく撫でながら抱きしめるだけだった。


『……サラにこれをやろう』


 しばらくして落ち着いたサラに渡したのは、俺がコンビニでお菓子を買った時のオマケで小さな動物の形をした人形だ。


「可愛い……妖精様、これは?」

『これはお守りだよ。常に持ってればサラの身を護ってくれる』

「そんな貴重なアイテムを……本当によろしいのですか?」

『ああ、もちろん。サラと出会った記念だと思ってくれたらいいよ』


 サラに渡した人形には俺が防御魔法と強化魔法をかけてある。この魔法を破れるのはノースブレイスの氷刀のような聖剣レベルくらいだ。これで俺が消えても大丈夫だろう。


 蝋燭を見ると残り時間は僅かだった。

 宝箱の仕様として一度開けると時間が経てば強制的に転移してしまう。これは一種の賭けだったけど……。


「「「うおぉぉぉーーーっ!」」」


 城のどこからか大きな歓声が聞こえてきた。

 召喚した狼たちの視界を共有し状況を確認するとフロリアは見事に国王陛下や王妃殿下、第二王女を救い出して敵の排除に成功したらしい。


『サラ、お別れだ。フロリアが勝利して王様たちとこっちに向かってるから、もうすぐ姿を見せるよ』

「ああ、本当に終わったのですね!」


 俺の声が聞こえたのか、マズド宰相以下、愉快な仲間たちは俯いたまま身動きすらしない。こいつらをどう裁くかは俺が決めることじゃないしな。


『俺の出番は終わりだ。サラ、素敵な王女様になるんだぞ?』

「えっ、あ、ありがとうございます! 妖精様……いえ、恭一きょういち様!」

『――!?』


 俺が驚いた瞬間、転移が始まって気が付いたら今度は緑の草原だった。

 宝箱の蓋を開けて青空に向かって腕を伸ばす。

 箱の中を吹き抜ける風が気持ちいい。


『最後に本名の由井恭一よしいきょういちって言ったよなぁ。あれも魔眼のおかげか?』


 転移していれば、いつかどこかで会う機会もあるだろう。

 その時を楽しみにしながら今日も宝箱の準備を始める。


『その前にミロア様と一緒に新作スイーツでも食べるかな』


 空を見上げれば雲ひとつない青空がどこまでも広がっていた。

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突然ですが、異世界で宝箱をやってます ぐまのすけ @goofmax

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