第2話 私が推しと出会った日
かぐや。それが私の名前。本名じゃない。名は捨てた――なんて言えればカッコいいけど現実はそうはいかない。
お役所手続きはもちろん、スマホの契約にだって本名がいる。どこへ行くにしろ何をするにしろ切り離すことも捨てることも出来ない。
ドラマみたいに別の人間として生きていく――という人はもしかしたらいるのかもしれないけど、女の身一つでそんな手段は使えない。方法もわからないし。
私はかぐやになる前はアイドルをしていた。
歌うことが好きだったから。
歌っている姿を見て欲しかったから。
生まれた場所は山間の村。
よくある話で、親には反対されたけど諦めきれなくて反対を押し切り高校を中退して上京、バイトをしながらマイナーな地下アイドルから初めた。
3,4年ほどしてそこそこ地下アイドルとして有名になり始めた頃、運よく――いや、この場合は運悪くか。
メジャーデビューをすることが出来たんだけど、結局、メンバー内の不祥事などもあり、鳴かず飛ばずで最後は解散することになった。
解散するまでにいろいろやったんだけど――ね。
それこそ女の武器を使って際どいお色気路線やら、ぶっちゃけほぼ枕営業と言えるようなことまで。
薬はやらなかったけど、それはたまたまで少し何かがズレてたらそっちの方向へ行ってたかもしれない。
今更『たら』『れば』を言っても仕方がないけど、やっぱり思ってしまうんだ。メジャーなんか行かなければまだ今頃は楽しく――なんてことを。
結局、どん底まで落ちて這い上がることもできずに田舎に帰ることになったんだけど、どん底と思ってたのは上げ底だった。
田舎に帰ったら実家がなかったんだもの。
正確にいえば『家』自体はあったけれども。長い間使われていなくて朽ち始めている家が。
何年も前に離婚していたんだ。両親。
それを私は知らなかった。知らされなかった。
なんだかよくわからない感情が溢れ出てきて、大声で笑い泣きしたよ。薄汚れた玄関の前でさ。
実家の無くなった田舎になんていてもどうにもならないから、東京に戻って来たんだけど、なんかもうどうしようもなかったな。疲れちゃったんだ、私。
現実から逃げたいとか、死んでしまいたいとか、強く思ったわけじゃないんだけど、もういいやと思うとなんだかフワフワとしてうまく自分をコントロールできなかった。そして気づいたら、よく知らない場所の知らない建物に上って満月を見たんだ。
そこで彼に――会った。
あの場所での心情は自分でもあやふやなんだけど、彼が土下座してたのは覚えているし、思い出すとぷっと笑えてくる。
まぁ、彼に会わなければ笑っていられなかったんだけどね。物理的な意味でも。
ともかくその場で彼の話を聞いた後、私たちは一緒に建物から出てその場でわかれたんだ。
お互い素性も連絡先も聞かず、ただ一つ。いえ、二つか。
彼が私に伝えたこと。
それは『カクヨム』という名前と彼のペンネーム。
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