第二章 どこにでもなった日、死を知る日
DAY 75
毎日、そう毎日訓練を続ける。ひたすらライフルをもって、装備をもって、行軍訓練。何キロ、いや、十何キロ毎日歩き、それが終わると、射撃訓練。ライフルの整備が終わったかと思えば、〈アリゲイル〉の戦術理論、操作方法、実地訓練を繰り返す。座学も毎日のように行われる。文字通り朝から晩まで。十人丁度のドリーマーたちは二週間待たずにある種の連帯感が生まれる。いわゆる戦友という間柄が生まれた。
「今日はなんだっけ?」
そう聞くのはインテリ風の男、俺たちはインテリと呼んでいる。安直だとは思ったがそれでも、実際この中で最も座学だけは成績が良かったため、そう呼んでいる。
「お前の大好きな座学だよ、インテリ」
答えるのは大抵いつも筋肉隆々のたっぱのある男。ジャイアント。
「ほんと仲がいいよね、ジャイアント」
「うるせえよ、ローリー」
ローリーと呼ばれるのは唯奈。なぜ、ローリーかは知らない。大佐がそう呼んだ。本当に適当らしい。
俺は、そのやり取りを聞いてくすくすと笑う。
「笑わんでくれよ、ブリッツ隊長よ」
俺はブリッツ。この隊の隊長をなぜか任されている。ジャイアントはいじり半分と敬意半分で隊長とつけ続ける。
「ま、この隊で一番優秀なのがお前だからな」
そう、少し、皮肉で返してくるのは少しイケイケの男、バーン。
「その言い方、皮肉っぽく聞こえるよ、バーン」
「皮肉言ってんだよ、バディなら気づけよ」
茶化すように言うのは小柄な体系でかわいい系のヴィー。
それぞれ、二人一組のバディを組むようになっている。ジャイアントはインテリと。俺は唯奈、バーンはヴィーとだった。女性は女性同士で組むとてっきり思っていた、ローリーとヴィーはこの編成を聞いた時、驚きもしたが、しかし、実際に訓練が始まると、ただ、同性だからいいという物でもないことにすぐに気が付いた。
あと、四人いるが、あまりにも過酷な訓練のため、ギブアップしたらしい。後方の街に今はいるらしいが、それ以上のことは知らなかった。
実をいうと、俺は隊長などやりたくなかった。自分でも思った以上に、成績が良かった。大体大学では普通くらいだったが、ここではまるで、自分の天職の様に手になじむ。まあ、体力なんかはやっぱりジャイアントなんかに当たり前のように負けるが、戦闘におけるセンスや勘において負ける気がしなかった。そういった観点から隊長を任されたが、そういう柄ではない。
座学のために教科書とかをカバンに詰め込んで、指定された部屋へと向かった。今日の座学は、というか、ここ一か月そうなのだが、歴史において、画期的だった戦術、戦略の概要とそれに関する考察を比較検討、研究する、これを行っている。
ここにきて、三か月。いまだに戦闘に遭遇したことはない。日と共に行動範囲が増えると、戦闘の残骸は見ることはあっても、戦闘そのものは見たことはない。
「そういえば、隊長、今日は座学の後、〈アリゲイル〉を使った戦術訓練だったよな?」
ジャイアントは出入り口に向かって、バルブを回す。
「まあ、正確には哨戒班と共に実地に出るだけだからな。とはいえ、緊張感はこれまでよりかは高まるだろうな」
俺はあけられた扉に入って、一礼してから、自分の席の前につく。ほかの連中も続々と入って同じように一礼してから席の前につく。
「ハンブルク隊六名、欠員なし」
俺は、背筋を伸ばして敬礼をする。仲間も敬礼して、座った。
講義が始まると、ひたすら歴史とそれにまつわる戦略、戦術指南が行われる。とはいえ、確かに役には立つのだろうが、実際に戦場に出たとして、それがどこまで役に立つのかははなはだ疑問である。作戦の理論に俺たちがどこまで絡んでいくのか、それはやはり、実際に戦場に出てみないとわからないものだ。しかし、だからと言って、適当に受けると、後が怖いため、まじめに受ける。
一時間半の講義がようやく終わったかと思うと、すぐさま、ロッカールームに戻って、〈アリゲイル〉専用のバトルスーツを着用する。〈コードラン〉と呼ばれるそのスーツは、〈アリゲイル〉のコックピットにフィットするように作成されているため、これを着たまま、生身での戦闘は推奨されていないが、しかし、撃破された後、サバイバルをする羽目になったときなどを考慮して、最低限、生命維持に必要な要素は内蔵されている。
「ねえ、君は、今日の講義理解できた?」
唯奈、ローリーは体のラインにフィットした〈コードラン〉を上着で隠した姿で、俺に話しかけてくる。初めて、〈コードラン〉を装着したときは、女性陣はかなり動揺していた。〈アリゲイル〉にフィットするということは、余計な部分をそぎ落とす必要があるため、伸縮性はあるが、ゆったりとした感じに作ることはできなかった。〈コードラン〉を着用せずとも確かに、〈アリゲイル〉に乗ることもできるが、精神を摩耗するらしく、それは推奨されていなかった。実際、〈コードラン〉を着用して搭乗したとしても、並大抵の精神力ではすぐに参ってしまう。
「まあ、俺は歴史が好きだったから、何となくは」
「向こうに帰ったらいつも通り教えてねー」
ここ数か月、座学が始まってから、唯奈には幾度となく、勉強の面倒を見ている。できないわけではないのだが、確かに、教官が話している内容は難しく感じる。だから、俺が理解した限りで、かみ砕いて説明してやると、唯奈はすぐに理解する。
「お、うらやましいねー、部屋お隣さんだっけ? いいなー」
ジャイアントは、俺の肩に腕を回して、頭をくしゃくしゃしてくる。どこか、兄貴分的な感じを持っているジャイアントに俺たちは気を許している。一番冷静な人間、というわけではないが、ムードメーカーで隊の士気が一定以上高いのは、ジャイアントの影響が大きい。
「ちゃかすなよジャイアント。隊長さんにはそういった気がないように見えるぜ」
バーンはやはりどこか、俺のことを隊長として認めたくないのだろう。しかし、対立しようとも、大佐の命令である以上、異議を唱えることをしたとしても、それ以上のことはしないだろう。
「ほら、さっさと行くよ」
そういって、ヴィーはバーンの頭をバン、とたたく。
「いってーな。叩かなくたってわかってら」
そういうと、二人は仲良く格納庫へと向かう。
「さ、俺たちも行くぞ」
ジャイアントはインテリを連れて、同じように出ていく。インテリは何か目立ったことがある、というわけではない。でも、座学や戦略的な面では俺よりも秀でている。参謀に向いている。
ロッカールームには俺と唯奈だけになった。数か月の間に、二人で動くことが増えたが、それでも、とっさに二人きりになるとやっぱりまだ沈黙が訪れるが、どうにも、その沈黙に慣れてしまったのか、苦でもなくなった。
「私達も行きますか」
そういって、先に外に出ると、俺もそれについていく。
「私、あの機械苦手なんだよねー」
格納庫へ続く廊下はやはりいつものように暗い。両サイドに個室が用意されているが、今だにそこに人が入っていったところを見たことがないあたり、使われていないのかもしれない。もしくは、今はまだ使われていないだけなのかもしれない。
「なんていうのかな、あれに乗ると、なんか、こう、心が摩耗する気がするんだよね」
「あーなるほどね。並大抵の精神力じゃ、辛いかもな」
摩耗をある程度抑制するための〈コードラン〉な訳だ。
〈アリゲイル〉は、人間の神経系を擬似的に拡張し、コントロールする兵器である。つまり、その特性上、〈アリゲイル〉のオペレーターは、自分の体が、何倍にも膨れ上がった状態に感じる。自分の体をコントロールするのと同じようにできるが、しかし、ないものが増えると、その分そこに意識を割かなければならない。さらに、神経の拡張が、物理的に自己が拡張されているように、そこには、精神面も拡張される。機械の腕、機械の足に風を感じることはないが、被弾すれば、その部分に対応する痛みが、自分に与えられる。例えば、腕を切り落とされたら、落とされたような痛みに苛まれるし、脳はそれを誤認して、腕をないものとして認識する。まあ、人の面白いところは、ないものでありながら、あるものとしていると、いつの間にか動くようになっているのだが。
痛みも味合うように、それに伴う、精神面への影響もまた、拡張される。そのため、〈アリゲイル〉の起動には生半可な精神力では、行えない。そういう意味では、脱落した四人はたとえ残っていたとしても、どこかの時点でやはり、落ちていただろう。
「それもそうなんだけど、時々、呑まれちゃうことがあるんだよね」
「呑まれる?」
よくわからない表現だった。その感覚に自分が陥ったことがない。
「うん、こう、なんていうかな、終わった後すぐとかは大丈夫なんだけど、向こうに戻ると、なんか、記憶があやふやな時があってね」
「それ、初耳なんだけど……」
数ヶ月、なんやかんやで一緒にいて、初めて聞く。
「まあ、だって、そういうの言う間柄じゃないじゃん」
まあ、そうだけど。一応部隊長なんだけどな……。実は、あんまり信頼されてないのかも……。
「大丈夫なんだな?」
すると、唯奈は俺の背中をドンと叩いて、
「誰の心配してるのよ! 大丈夫に決まってるでしょ!」
元気な声、溌剌な声。でも、どこか、唯奈の背中に頼りげがなかった。しかし、俺は止めなかった。ここで、止めると、おそらく、何もかもが止まると思ったからだ。今、唯奈を止めると、もう、立ち直れない。そんな予感がした。
格納庫では、それぞれの搭乗機にすでに乗り込んでいた。バーンに至っては、すでに動ける状態になっている。
俺も、自分の搭乗機に乗り込み、備え付けの無線機を耳にかけると、リンクしているそれぞれの隊員から報告が飛んでくる。
それを耳にしながら、両腕両脚を機器にはめ込む。手の方は、その奥にレバーがある。それを握ると、始動する。
〈アリゲイル〉は神経系を擬似的に拡大して動かす。この話はつい先ほどしたと思う。そのデメリットは、記したと思うが、メリットとしては、他の機動兵器、つまり、戦車や装甲車といった装輪駆動車とは違い、直感的に操作が可能な点、さらに、神経もまた、脳からの電気信号で動くため、思考がそのまま〈アリゲイル〉本体の動きにつながる。レバーはマニュアルでの操作に対応させるためでもあり、同時に、この世界の人々が動かそうとしていた、という名残でもある。
「こちらブリッツ、いつでも行ける。各員再度報告を」
『ローリー、問題なし』『ジャイアント、大丈夫だ』『インテリ、なんとか行けます』『バーン、余裕』『ヴィー、いけます』
全員の起動確認をして、格納庫のハッチを開けるようにメカニックに告げる。ここまでして、ようやく、教官が無線に介入する。しかし、今日、話しかけてきたのは、教官ではなかった。
『こちらシュタイナー大佐より、各員』
「こちら、ハンブルク隊、どうされましたか?」
『本演習は歩兵に随伴して当作戦領域の巡回です』
「はい」
『ルートは頭に入っていますか?』
「もちろんです」
『では、それ通りによろしくお願いします。ここ数ヶ月、敵の動きは穏やかでしたが、おそらく攻勢を計画していると思われます。入念な確認お願いします』
「了解」
ハッチの外へと一歩ずつ向かっていく。よく晴れた戦場。風が少しばかり出ている。
ゼーロウ高地。俺が初めてその地名を彼女から聞いたとき、咄嗟にドイツという単語が出てきたのは、そこが第二次世界大戦において、激戦を繰り広げ場所と同じ名前だったからだ。でも、確かに俺たちの世界でも、高地ではあるが今から外に出ようとしているところから見るほどの高さはない。そのため、名前だけが同じで、場所は全く違うのだろう。
ゼーロウ要塞は数多くの野砲と入り乱れた塹壕、有刺鉄線や対戦車障害物など即席ではあるが、正面から突破するのは得策とは思えないほどの出来である。さらに、俺たちがいる位置は、高地と言われるだけあって、それなりに高い位置に位置しており、山をそのまま要塞化したようにも見える。最初どういう作りかわからなかったが、日が経つにつれて、中身を覚え始めると、すぐにここが山を網目状に掘り崩して作った場所だとわかる。おそらく、もともと、鉱山か何かだったのだろう。元からあった坑道をコンクリートと火砲で固めて要塞化したに違いない。しかも、彼女の話から考えるに、ここ一年や、半年くらいの話だろう。それだけでも、連邦の技術力の高さと、予備人的の多さには驚かされる。まだ、出会ったことはないが、土木関係のみを専門として、戦闘行為には一切関与しない師団も一つだけあるという。たしかに、民間会社を前線に呼び寄せて作るよりかは、軍の方でまとめて仕舞えば、兵役扱いにもできるし、いざとなれば、工兵隊として装備転換もさせることもできる。力仕事が生業の土木ならば、砲兵に鞍替えさせて砲弾運びでも持ち前の労力でできるだろう。
ここ、ぜーロウ要塞には1個装甲師団と1個歩兵師団が駐屯している。おおよそ四万人である。ロードス連邦の総兵力からすれば微々たるものだが、なにぶん、戦線が最北では、俺たちの世界で言う北欧から、南は、地中海まである。それを連邦制とはいえ、事実上の一国で賄うとすると、相当兵力が裂かれることになる。それは、防御に特化した師団だけでなく、攻勢用の師団と分けていくと、その数は膨大になる。もちろん、上の連中は、優先的に防衛する箇所を定めているし、そこには、さらに兵力が投入されているだろう。このゼーロウ要塞はそういった、防御にとっての要でもあり同時に、攻勢発起点でもある。と考えると、一拠点に四万人近い兵力が駐屯し、半径3キロメートルにわたって、展開しているあたり、戦力は集中しているのかもしれない。機甲師団が常駐しているあたり、ここの重要度が高いのかもしれないが、ロードス連邦を未だにしっかりと体感したことのない俺たちにとって、大して重要でもなかった。そもそも、戦時中とはいえ、一度も敵と会ったことがない以上、最初の頃よりも緊張感がなくなっているし、今日の偵察任務も、訓練と兼ねて行うあたり、上の連中も少しばかり間伸びしているのかもしれない。
機械化用の路を駆け降りて、下に待機している偵察部隊と合流する。
「お、きたきた。我らが巨人様がきたぞ!」
タバコをのんだり、酒をかき入れている兵士たちが散見されたが、〈アリゲイル〉の姿を認めるとすぐに襟を正してそれぞれの分隊長の元に集まる。〈アリゲイル〉はその見た目から巨人と揶揄されるが、実際戦力としては現在進行形で評価中であり、守旧派もいて、古き良き戦車を主力に添えようとし続ける派閥もあるらしい。
俺たちは、偵察隊の前に留めて、ハッチを開いて降りる。少し肌寒かった。季節としてはおそらく夏に差し掛かるころだとは思うが、やはり、体にしっかりと密着している〈コードラン〉では寒い。偵察隊の隊長の姿を認めると、俺は、一人敬礼する。
「話は聞いてる坊主ども。訓練を兼ねて俺たちの偵察についてくるんだな」
そういうと、隊長もまた敬礼して返す。
「今日はよろしくお願いします。ハンブルク隊隊長のブリッツ特務少尉です。以下五名、そちらの偵察に同行させていただきます」
緊張感が走るがすぐにそれはほぐれていき、後ろの兵士たちがくすくすと笑いだす。
俺は、疑問を抱きながら、隊長を見る。
「ああ、すまない。賭けをしていてな。新兵たちの隊長が男か女かでな。男だった奴! 今日は俺が奢るぞ。ああ、くそ、大損だ」
「なんかすみません」
「はは、若いのが簡単に謝るもんじゃねえよ。気にすんな。ああ、俺は第五歩兵師団偵察中隊第八小隊小隊長のミツルギ軍曹だ。よろしくな。しっかし、あれだな、新兵なのにもう少尉、と。いや、悲しいものだな」
「ええ、よろしくお願いします」
小隊長のミツルギは気さくなおっさんだった。小隊の中でもおそらく一番の年長者なんだろうし、老兵の一人だろう。落ち着きが後ろのほかとは全く違う。それに、銃のセーフティが外されている。ほかの連中はしっかりと留めている。ずっと、警戒している。ここが前線だから、というのもあるだろうが、どちらかというと、もはや癖に近いのだろう。
「? ああ、これか。すまんな、セーフティはこいつなもんで」
そういって、人差し指を曲げて見せる。
「ええ、すみません」
「かまわないさ。さあ、ルートと班の確認をしようか」
簡単にルートを確認すると、歩兵一個分隊につき、二機付ける手筈で行動を開始した。それぞれ、15人ほどの分隊が3個あるため、45人ほどで動いている。俺とローリーは小隊長のミツルギと共に行動することにした。別れる前に、他の仲間に、無線で命令する。
「回線は開けといていい。それぞれ、チェックポイントごとに状況報告。怠るなよ」
『『『『『了解』』』』』
散開して、偵察に動く。とはいえ、実地で行う訓練のため、戦闘をあまり想定していない。最低限の装備は与えられているが、普通、こういう偵察に〈アリゲイル〉は投入しない。なぜなら、〈アリゲイル〉は攻防に優れた兵器ではあるが、隠密性はかなり低い。それは、機甲師団に組み込まれている以上、想定された戦闘が突破戦を主軸に殲滅戦などといった、敵に対する攻撃であって、偵察などといった、運用想定はされていない。
戦車よりかは一応の走破性はあるが、それでも、二足歩行という特性上、脆い足場では、すぐにハマってしまう。
歩くたびに道が揺れている感覚に見舞われる。歩兵部隊も散開しているが、時々、こちらを見て、その大きさに首を上げる。
10分ほど歩くと、森林地帯に差し掛かった。今回重点的に偵察する地点である。
『〈アリゲイル〉は歩兵の後方より付いてくるだけで構わない。分隊各位は10メートルずつ距離をとって進んでいけ。〈アリゲイル〉は場になれることから始めて構わない』
俺がいる分隊長から指令を受ける。
「ご配慮感謝する。了解した」
昼下がりとはいえ、森の中は鬱蒼としている。木々の間をすり抜けるように〈アリゲイル〉を動かしていくが、狭いところも多い。戦車では確かに通れない。しかし、工夫の次第では、〈アリゲイル〉はその間を縫っていけるため、俺もローリーも道を選んで歩いていく。鳥の一匹も鳴かない。
『とても静かだね』
ローリーは独り言か話しかけているのかわからないくらいの声で呟いた。
「ああ、何か不気味だ」
すると、無線に割り込みが入る。
『セーフティ外しとけよ坊主ども』
俺が付いていっている分隊の隊長がそう告げる。
『各員、遭遇戦の用意』
全員が一斉にセーフティを外す。
「俺たちもそうしよう。各員聞こえているな。戦闘準備」
返事はなかったが無線の向こうから75㎜自動超電磁砲のセーフティを外す音と、電磁波エネルギーがチャージされていくのがわかる。俺たちもそれに続いて、チャージする。
森林地帯での戦闘は戦車や〈アリゲイル〉では不向きである。しかし、歩兵は移動速度や、行軍距離に限界はあるものの大抵の地域で一定の戦闘力を発揮できる。
「ムーブ」
ミツルギの命令と共に、一歩ずつ歩いていく。
俺はどうにか視界を確保するために、カメラをサーマルにしたり、ソナーにしたりと変えてみるが変化は見られない。
自分の鼓動が早くなっていくのがわかる。緊張感が高まる。訓練では味わったことのない緊張。喉の奥がカラカラになる。手が震えてしまう。こんなにも緊張に弱かったのかと自分が小さく思える。
そのまま、五分ほど進んでいくと、森の出口が見える。
『あそこから抜けると高台に出る、そこから、二キロ先に敵の先陣が見えるはずだ』
ミツルギは斥候に手で信号を送ると先に森の外へと出す。そのまま少し待って、安全を確認すると徐々に体を出していく。
『坊主たちも機体から出て、見てみろ。アイズ、キルロ、機体を見張れ』
二人俺たちの機体の足元に来ると何か地面に埋める。
『簡易型ソナーだ。これで探知する。坊主たちも機体を自衛モードにしとけよ。訓練通りで構わない』
俺たちはその命令通りに機体の外に出る。緩衝地帯であるが、〈アリゲイル〉オペレーターの規定でマスクをつける必要がある。俺とローリーはマスクをつけて外に出る。
「お前たちのそのマスク、いつも思うんだが、悪役みたいだぞ」
俺たちがつけるマスクは、様々な機能をそこに備えているため便利ではあるのだが、その結果、どこかガスマスクに似た形状となっている。どこか男心をそそられるものではあるが、しかし、実用性に富んでいるか、といわれれば、何とも言い難い。〈アリゲイル〉に搭載されているシステムの一部もあり、なんなら、遠隔の操作も可能だが、これに至っては実用性のかけらもない。
「そう思います。それで、ここから覗けばいいのですか?」
道をあけられて、俺たちは顔を出す。双眼鏡で覗くと、太陽による光の反射で位置がばれる可能性が高いため、マスクに備え付けられている望遠機能で覗く。
丘の先に目を向けると塹壕が掘られているのがわかる。一見無人のように見えるがその中をごそごそと人が動いているのがわかる。遠目から見ていると、そこにいる一人一人が敵には思えない。しかし、その装備や軍服はここ数か月見てきたものとは全く違う。塹壕のあちらこちらに機関銃陣地が見える。どこも同じような作りになっているのがわかる。戦線が膠着状態になると、この塹壕陣地は最も合理的な防衛方法となる。おそらく、戦争開戦当時は電撃的な侵攻によりそういった防衛陣地を築くことすらままならなかったのだろうが、撤退戦を繰り返す中で、防衛線を構築して、持ちこたえたのだろう。そして、反撃をもらい始めると同様に塹壕を掘ったのだろう。
「あれが俺たちの敵。まあ、坊主たちには関係のない戦争なんだけどな」
ミツルギの話に耳を傾ける気にはならなかった。言葉の上ではわかっていても、敵を目の前で見ていても、それが戦争という実感が一切湧かない。どれだけ焦土化した土地を見ても、俺は砲撃の音を知らないし、どれだけ、穴だらけの地面を見ても、機関銃が一斉掃射される音を知らない。訓練でいくら聞かされても、兵士の四肢がもがれたときに出るうめき声も、内臓が飛び出て死ぬに死ねない兵士のうめき声も俺は知らない。
「ブリッツ。お前たちはまだ戦争を知らないだろ?」
俺は、マスクの望遠機能を解いて、ミツルギの顔を見る。その顔はあまりにも疲れた老兵のそれだった。
「ええ、新兵ですから」
「いや、そういう話じゃない。どうしてこの戦争に参加するんだ……」
老兵の目は光を映していない。その光をなくした瞳の奥に俺たちへとむける何か、そう、憐みのようなものが見え隠れする。
つまり、ミツルギは俺にこう問いたいのだろう。「お前たちの信念はなんだ。お前たちが人を撃つ理由はなんだ」と。
「答えなくていい。ただ、これだけは理解しておいた方がいい。ここはもうすでに訓練場ではないことを」
ミツルギは無線でほかの分隊の状況を確認すると、時間となったため、撤退の指示を出した。俺とローリーも〈アリゲイル〉に乗り込んで起動させる。すると、ローリーが秘匿回線をあけて、話し始めた。
『ミツルギ軍曹、なんか変わった人だね』
「それ、回線あけてまで聞くことか?」
無線の向こうからむすっとした声が聞こえる。
『まあ、それはともかく、気が付いてる?』
俺は、〈アリゲイル〉の電子演算機能を用いて、地形データの算出を行った。ローリーの言った『気が付いてる』はおそらく、なにか、空気感が変わったことに対する質問だと考えた。実際俺もそれは感じている。森の中を通っていた時から異常に静かだとは思っていたが、なにか、その異常さに拍車がかかっている。
「俺たちだけでも警戒を強めていよう」
『ええ、了解』
そういって、回線が閉まった。俺はミツルギに準備が完了したことを伝えて、来た道を戻り始めた。森の中は、行きと帰りでは全く風景が違う。さっきまで何とも思えなかった木陰も向きが変われば、その色に黒みが強くなる。敵に背中を向けながら帰る以上、後方の警戒も厳にしなければならない。
森を抜けることさえできれば味方の哨戒ラインに入ることができる。迷路のように作られた塹壕に入ることさえできれば、少なくとも歩兵は銃弾で死ぬことはない。
〈アリゲイル〉の最大の問題点は対人火力の低さにある。戦車に対して起動戦を挑む点において、強みは持つが、戦車よりもさらに小さい人間に対して〈アリゲイル〉は的が大きすぎる。確かに雑多な小火器は無力であるし、機関銃でも12.7㎜機関銃でも貫通することはないが、さすがに30㎜を防ぐだけの装甲は持っていない。一応、歩兵対戦車火器に対してもそれなりの装甲は持ってはいるのだが、しかし、二足歩行という特性上、一度足を止められてしまう、つまり、足を失えば、ただの鉄くずに成り下がる。対戦車火器も何発も連続で食らえばやはり致命傷になってしまう。そのため、運用ドクトリン自体は戦車とほとんど変わらない。対戦車のために作られた〈アリゲイル〉は戦車と歩兵には強いが、他の戦車と同じように、もしくはそれ以上に、対戦車火器に弱くなってしまった。現代塹壕戦において、対戦車陣地が設置されている。その多くが平野である。なぜなら、平野において最も威力を発揮する戦車を止めるためにはあらかじめそこに対戦車砲を設置するのが定石である。ロードス連邦の正式採用装備の口径は125㎜。かなり大口径だが、重装甲と走破性を持った敵戦車には数よりも質で戦うしかなかった。
敵の主力戦車は現在確認されているだけで、二つ。T100とT103であり、通称〈カノー〉と〈ヤークト〉とそれぞれ呼ばれている。前者は対歩兵戦車。後者は駆逐戦車、に分類される。主な違いはそこにのせられている主砲の口径だけであり、車体自体は同様のものを使っていることがわかっている。
そいつらの装甲は〈アリゲイル〉の75㎜自動超電磁砲で貫通可能だ。だからこそ、敵との戦闘が成り立っているともいえる。
警戒しながら歩いていると、ミツルギから連絡が入る。どこか、ノイズが混じっている。
『まあ、緊張するもんじゃないよ。ノーマンズランドでは誰だってそうだ。ただ……! 伏せろ!』
一瞬だった。俺たちの進む方向で閃光が走ったかと思えば、右斜め前を歩いていた兵士の頭が吹き飛ぶ。音と閃光と血しぶきがほとんどずれることなく、俺たちの目の前で広がる。
ミツルギはすぐに知覚の岩肌に隠れ、他の隊員も似たように隠れる。しかし、それでも、敵機関銃の甲高い音が鳴り響く。その音からも味方とは言えない。
俺とローリーは態勢を低くして、対戦車火器からの攻撃に備える。
「こちらブリッツより、HQ。聞こえるか! 敵の待ち伏せを受けている。ポイントは……!」
また、閃光が走る。次は重い音を携えて。
俺はそれを認めるよりも先に反射的に体をそらす。それは運よく、右側にそれ、後方で爆発が起こる。
「対戦車ロケットだ!」
ここで、突撃も少しは考えた。でも、それは意味をなさない。かといって、ここにくぎ付けにされていても、そのまま応援を呼ばれるか、して、すりつぶされる。
「軍曹! 自分たちが盾となります。ここを突破しましょう。こちらの哨戒ラインまでたどり着ければ、応援も呼べる」
『了解した。お前ら! 光栄な任務だぞ! あれを盾にして前進するぞ!』
俺は牽制のために一発だけマズルフラッシュのするところへと撃ち込む。
「ローリー、行けるか⁉」
『もちろん、誰に言ってるの!』
「だろうな。行くぞ!」
俺が戦闘で前進していく。対戦車砲がないとわかれば、何発かを正面から受けながら、装甲が貫通されないことを祈るだけ。最低でも十発は持つ。足元に張り付いたミツルギたちは、それぞれに顔を出しながら、援護射撃を繰り返す。
何発も装甲にロケット弾が着弾する。そのたびに警告音が鳴り響くが、ただうるさいだけだった。
肩についている30㎜速射砲を敵のいる地点への斉射を繰り返す。ある程度の距離はつかめているが、それでも、はっきりとどこにいるかがわかっているわけではない。もしかしたら、側面にいるかもしれないが、それよりも先に正面を突破することだけを考える。
「軍曹、側面はお願いします!」
『了解だ』
甲高い機関銃の連射は初めは銃身を焼け付かせないように避けていたが、近づくにつれて、連射音が連続していく。連続していくと、その分だけ、銃身が熱されていき、そのまま、発射不可能へとなる。ある瞬間、その音が消えるのがわかる。
「軍曹! 今だ!」
『了解! 小隊、ついてこい!』
ある程度まで近づいて、歩兵隊は左右に分散する。敵の標的を一点に集中させているうちに、後ろに隠れた歩兵は敵の大まかな位置の特定と、機関銃排除のための作戦を練っていた。
俺とローリーは歩兵が左右に分散しようとも、ただ前進を続ける。敵のかく乱にはもってこいである。直近の脅威が〈アリゲイル〉だけでなく、歩兵もそこに加わる。機関銃の射撃がまばらになっていく。いくらか敵を倒して進んでいるはずだが、運がいいのか、まだ、死体を見ていない。敵攻撃地点を通り過ぎていると思っているが、それでもまだ攻撃が続いている。まるで、終わりのない森の中を走っている。行くときはすぐに通り抜けたと思った森はまだまだ続いている。
歩兵部隊も攻撃を始めたのだろう。機関銃の連射音に混じってライフルの連射音が響いてくる。こちらも同じように30㎜の重たい連射音を響かせるが、その前に弾薬が付きかけていることが警告音から理解できる。こちらの弾が切れてしまえば、味方の援護が
「制圧できそうか?」
『ああ、だが、敵はステルスだ。赤外線でなんとか対処しているが、苦戦しそうだ』
「突破だけを考えろ。後ろは俺たちがカバーする」
『了解した。感謝する』
俺は、歩兵部隊を先に行かせて、後方から撃たれないようにする。後ろ歩きは間違いなく速度が落ちるが、それでも、歩兵のダッシュよりかは速い。ローリーには歩兵の先頭を走らせる。つまり、俺は殿を務めた。
「各隊報告しろ」
無線からはノイズが走るだけだった。
5分ほど走ると、ようやく太陽の光が漏れ出しているところが見えてくる。昔から、そういったところに希望があるというが、どうにも俺にはそれが希望に思えない。
「走れ!!!!」
いつの間にか敵は後ろから撃ってきている。なんとか攻撃を潜り抜けたのだろう。森を抜け、目の前に味方の塹壕陣地が見える。
『近いぞ! 止まるな! 吐くまで走るんだ!』
ミツルギは仲間のしりをたたき続ける。
「ローリー! 先に行って、味方を呼ぶんだ! 前からは撃たれない」
『了解!』
ローリーは地面を飛ぶように駆け抜けていく。塹壕と塹壕の間をいとも簡単に飛び超えていく。
最前線の塹壕はあえて人をひかせている。無人兵器による対人防御線が引かれている。それでも、人の目が必要なのは、それより先には無人兵器の電波が、今の無線の様にジャックされてしまう。
塹壕の中をミツルギ達が飛び越えていくと、俺は、足を止めて、榴弾を何発か撃ち込む。木に着弾して、そのまま爆発が起きる。
そして、俺の視界に何か付着してしまう。それが黒いものだとわかると、拡張された神経が騒ぎ始める。自分が何に対して撃ったのか、わかっているつもりだった。それは甘い考えをもって行っていたのもわかっていたつもりだった。しかし、それが目の前に現れるや否や、思考が騒ぎ出す。自分の楽観が、浅はかな考えが、恐怖へと変化していく。
一人、そう、ただ一人で、俺はその恐怖を抱えてしまった。俺は否応なく人殺しに加担してしまった。人を殺した。人を殺した。どんな言葉を、どんな思考を巡らせても、ただ一言、こう結論付けられてしまう。
人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を殺した。人を……。
ただ、この言葉だけが俺の頭を占領していく。どんなお題目も、どんな意味もいらない。ただ、この純然たる事実に恐怖を感じる。
引き金を引いた指が、痺れ始める。敵から逃れた足が痺れ始める。楽観的な頭が痺れ始める。そして、俺は急に吐き気を催してしまう。でも、本当に出るわけではない。すべての感覚が今の俺のすべてを麻痺させていく。目がそのショックに耐え切れずに、真っ暗になっていく。立ち続けることを拒む俺の足は膝から崩れ落ちてしまう。そして、俺は気が付いてしまう。自分が立っている場所には死体があった。先の攻勢でできた穴の中に、折り重なるように死んでいる躯。それがもともと人間だったと理解するには、今の俺の頭では時間がかかった。そして、それが死体であることを一度でも認めると、もう一度俺がなしたことを理解せざる得なかった。
〈アリゲイル〉から警告音が鳴り響いている。おそらく、精神の摩耗が限界に達したのだろう。一気に稼働率が落ちていく。そして、耐えきれなくなった脳はショートした。
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