DAY1 2

03 DAY 2

 目が覚めると、俺はまず、立ち上がって、少しふらつく足のまま鏡の前に立った。何かを適当に確認するよりかは、今の自分の姿を見た方がありありと語られている以上、それを見た方が早い。

 少しよれた深緑色の軍服。階級章も何もない、ただ、支給されたばかりの軍服。流石にこの服のままいるのがつらく感じたのでシャワーを浴びることにした。ありがたいことに、個室が用意されている。服を脱いで、シャワーを浴びた。不思議な気分だ。夢の中で水を感じると、なにか、死を感じるが、俺が、今、浴びている熱々のシャワーの心地よさが五感を通じて俺に訴えかけてくる。これは現実だと。夢ではない、ただひたすらに現実だと。

 シャワーを浴び終えると、バスタオルで体をふく。つい数時間前も自室でシャワーを浴びた気がしたが、そんなことは気にならなかった。腰にバスタオルを巻いて、部屋を物色すると、きれいなシャツと同じ軍服が用意されていた。ありがたいものだ。それらに着替えて、身だしなみを整えると、部屋の外に出ることにした。

 目の前の部屋が唯奈の部屋だと知っていたから、ノックをしてみるが、返事はなかった。このまま自室に戻って、唯奈が出てくるのを待つのもいいが、それよりも、この世界を見てみたいと思った。とはいえ、適当に動いて、外に出られるかわからないが、まあ、歩いてみるのも必要だ。大佐が隠したいものが何なのか、見当はついているが、まあ、いい。

 廊下を右へ左へと進んでいくと、鉄と油のにおいが強くなっているのがわかった。正直耐えられない臭いだった。でも、俺はそのまま進んだ。鉄と油、その間に何か、普通では嗅ぐことのないにおいを感じる。俺の本能がそれが何かを教えてくれる。動物としての本能が、それが何かを。軍靴の音を鳴らしながらゆっくりと近づく。光が漏れている。ボルトを締める音に混じって、人の声が響き続ける。

「ストレッチャーもってこい! 衛生兵はまだか!」「こっちにも人をよこしてくれ! 出血が激しい」「バーナーはまだか! 焼き切るぞ!」「そっちのは! まだ中にいるぞ! くそ! 死んでる……」

 俺は自分の足がすくんでいるのがわかる。でも、何が起こっているのか、怖いもの見たさで進んでしまう。

 でも、俺の肩を誰かがつかんで引き留めた。俺はすぐにつかまれた方を見た。

「やあ、ドリーマー十号君。こんなところでなにをしているんだい?」

 彼女だった。どこか楽しそうな、それでいながら中身が詰まっていない声で。俺は、気になる方向を向きなおして、すぐに彼女の方を向きなおす。

「いえ、ただ、少しばかり散歩に。外を見てみたかったので」

 深々と帽子をかぶって、顔の全体を見せない彼女はニヤッと笑って、

「ああ、それならこっちよ。まだ、ここは君には早い。一日目だから、許すけど、次は軍規則に則った処罰をするかもね」

 そういって、顔を上げて満面の笑みを浮かべる。ただただ怖い。今は冗談のつもりで言っているのだろうが、おそらく、軍規則は本当だろう。

「寛大な対応ありがとうございます」

 彼女は踵を返して反対側に歩いていく。俺もその後ろについていく。今日は沈黙が多い。軍靴だけが鳴り響いているため、さらにその沈黙がつらい。

「あの、質問いいですか?」

 彼女は振り向かない。

「ええ、どうぞ。お好きに」

「俺はどれくらい眠っていましたか?」

 そう聞くと、彼女は腕時計を見て、

「ああ、えっと、今日は特に指定してなかったから七時間くらいかなー。あ、ちなみに、これから時間を指定することが増えるんだけど、安心して、どういうわけか、全員それに合わせた時間に起きることが増えるから。あ、あとちなみになんだけど、君たちの言う時間はおそらくずれていくと思うよ。たとえば、戦闘中に気絶してしまうと、向こうの世界では当たり前のように起きるそうよ。でも、また眠ると、気絶した直後に戻される。いずれにせよ、ドリーマーである君たちからすれば悪い夢だよ」

 俺は、それを聞きながら、少し驚く、

「あの、いま、結構大事なこと言いませんでした?」

「ああ、言ったかもね」

 おそらく、彼女は笑っているのだろう。悪魔のようだ。

「それで、まだある?」

 俺はまた沈黙へと戻っていく。何も思い浮かばなかった。聞きたいことは山ほどあるはずなのに、ついぞ口に出ることはなかった。「俺たちが死ぬとどうなるのか」これが聞きたかった。でも、その勇気はなかった。

「さ、ついたよ。覚悟してね。よ、重いわね」

 彼女は固く閉ざされた扉のバルブを回して、扉を開ける。乾燥した風が流れ込む。廊下は暗かったわけではないが太陽の光を直接浴びて、目がくらんでしまう。青空が世界を支配している。扉から外に出ると、今いる場所が高いところであることがわかる。

「ここは?」

「うーん、かなり説明が難しんですよね。一応、私たちは、こう呼んでます。ゼーロウ前哨基地」

「となると、ここはドイツですか」

 まあ、彼女の名前で何となく察しはついていた。

「ああ、えっと、前も同じ話をして、同じ質問が来たんだけど、私達は、そのドイツというのを知らないし、君達の世界と同じ歴史を辿ったといっても、細かく見ていけば、やっぱり違うらしいんだよね。君達の世界では、世界中が戦争に巻き込まれたことが2度ある、と聞いてるけど、私たちはその経験がない。大国同士の戦争は確かにあったんだけど、それ以上のことは……」

 そういって、彼女は何かを憂うように外の景色を眺める。

 俺は改めて、外の景色を見る。あたり一面何もない。草木はかれはて、永遠に荒野が続いているように見える。より厳密には塹壕と数多の野砲、重火砲、高射砲、対戦車砲にトーチカ、機関銃陣地、死を与えるための効率的な防衛システムがそこに展開されていた。おそらく、ここは取り返した、場所なんだろう。いくらか思うところはある。例えば、荒れ果てた大地にはところどころ残骸が見受けられる。その塹壕の中を人が動きまわっている。有刺鉄線を設置していたり、塹壕を拡張していたりしている。戦車も見える。こちら側にももちろんあるだろうが、初めて、〈アリゲイル〉以外の兵器を見た。その周りを兵士が囲って談笑している。

 彼女は扉を閉めて、俺の隣に立ち、ゆっくりと口を開く。

「一度、この場所は失陥したの。でも、あなた達ドリーマーと共に、ここまで戦線を立て直した。一年間、破竹の勢いでここまで来た。今は、伸び切った補給線をどうするか、それが問題。要塞としては一流だけれど、それでも、もろいところは多々あるんだよ。ま、そういった話も今後聞いていくだろうから。ああ、ここはいつでもきていいよ。本当は私だけが使ってるところだったんだけど、まあ、一人くらいいいかなって」

 俺は、ただ、何かうれしかった。だから、こう伝えるしかなかった。でも、もっとしっかりと、それまでの話を聞くべきだったのかもしれない。流してしまったが、つまり、今、俺たちは最前線にいる、そういうことだった。

「ありがとう」

「ほら、そろそろ時間だね。戻ろうか。あ、そうだ」

 彼女はまた扉を開けて、俺を案内していく。

「それで、俺たちは今日からどうなるんですか?」

「ああ、はは、それわねー」

 それまで振り向かなかった彼女が振り向いて、また、ニヤッと笑う。案の定、悪魔のような顔で。俺はそれを実感して身震いしてしまった。

 今日からひたすら毎日訓練が始まった。唯奈もそのほか隊の全員が死んだような顔をするのに時間は要さなかった。

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