【第2話】もっと広い所に住みませんか?
「うっ…ん、あぁっ……ぃやぁ、もっ、、む、り…」
小さなワンルームに僕たち二人だけの吐息と卑猥な音が響く。
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ピンポーン
古ぼけたアパート特有の安っぽいインターホンが部屋に鳴り響く。
せっかくの休日だというのに真昼間からなんだというのか。
僕はせっかくもぎ取った社畜の貴重な一日を邪魔されたという不満を押し殺しつつ玄関を出る。今どきの賃貸アパートだとモニター付きとか防犯にはしっかりしているのに、ブラック企業特有のサビ残三昧ででた、雀の涙ほどもない給料では、三十路の僕でもこんなボロアパートに住むしかなくなっているのだ。
上司だったら嫌だなーと思いつつ顔をのぞかせられるくらいまでドアを開けると、そこには見たこともないくらいの美しいハーフ顔の少年が立っていた。
僕はついに気づかないうちに過労死して天国から天使のお迎えが来たか…?と錯覚してしまい、数秒間フリーズしたままだった。
「あの…隣に越してくる者です。ここK大学からめちゃくちゃ近いのに安くて最高だなって思って…空き部屋ばかりで、少し怖いですが、お隣さんいたみたいで嬉しいです!これからよろしくお願いしますね。」
と、満面の笑みで話しかけてくる。僕はハッとして取り繕った笑顔で愛想笑いをする。久々に笑ったから多少ひきつっているのは気にしない。
「ここに僕しか人がいないのは見ての通りボロアパートだからですよ…君、悪いことは言わないから少し遠くても、もう少し良いアパートに住んだらどうかな?」
苦学生なのかも分からないが、こんなボロアパートの隣に越してこられたら生活音でうるさくなること間違いないだろう。しかも大学生。自分の保身のためにも引っ越しを進めて「では」と言い残し、部屋に戻ろうとする。
その時、ドアに衝撃が走って、閉じようとしていたドアが開かれた。
「あの…余計なお世話かもしれないんですけど…顔色悪いし、クマもすごいですよ?ちょっと失礼しますね。」
と、彼はズカズカと僕の部屋に入ってきた。ドアから少し見ただけでは体格は分からなかったが、かなり身長も高く、肩幅も広い。体格だけ見れば威圧感しかなかったが、その威圧感は美しい笑顔でかき消されていったようだった。
「なんですか…このごみ屋敷。インスタント食品ばっかり食べてるじゃないですか!初対面の俺から言わせていただくのもアレですけど、しっかり食べてください!ちょっとキッチン借りますね。」
と、耳が張り裂けそうなほど甲高い声で言われ、僕は眉をひそめながら棒立ちしていた。数分経つと、彼の立つキッチンからは出汁の良い香りがする。
ブラック企業で働いてきた社畜特有の、言い返せない意志の弱さがここで出てくる。
ハーフだから距離感がおかしいのか…?
それとも最近の若い子は初対面でここまで世話をしてくれるのか…?
と、様々な疑問を頭の中で巡らせる。
「ちょっと、何ぼーっとしてるんですか!?ご飯もうすぐでできるんで、ある程度片付けしといてくださいね!」
と、まるで実家の母を連想させるような物言いに少しビクッとし「すみません…すみません…」と頭を下げながら片づけを始める。
いつから掃除をしていなかっただろうか。周りを見渡すと、ごみ屋敷と言われても遜色ない光景が広がっていた。透明なごみ袋にはカップラーメンやコンビニ弁当の空き容器が詰め込まれていた。そしてそのごみ袋の山の間には空になったペットボトルの容器がねじ込んであった。
正気に戻った僕は、これから新生活を始める大学生になんてものを見せているんだ、と思い、とりあえず見えないところに、ごみの山を敷き詰めておいた。
それを移動させるときにごみ袋の山に紛れ込んでいた、ディルドが数本入っているパンドラの箱が目に付く。
まだ捨ててなかったんだ、とふと思う。今は三十路でしかも社畜。自慰をする暇も性欲も全くと言っていいほどない。
だが昔の、あの希望に満ち溢れていた新卒のころの僕にはまだそんなことをする元気があったのだ。あるアダルトサイトを見ていると「前立腺」という単語が目に入ってきた。好奇心旺盛だったあの頃はなんにでも興味がわき、気づけば前立腺を使っての自慰にドはまりしていた。別に男が好きなわけでもない。ただ快感に身をゆだねるあの時間が好きだったのだ。
社畜になりかけていた20代半ばの頃も休憩時間になれば頭の中は今日の夜のことで満たされる。逆に、言ってしまえばその行為が僕の社畜生活に癒しを与えてくれたんだと思う。
でも家にすら帰れなくなり始めた三十路の手前、完全に自慰のことなんて考えられなくなっていた。
それが今、もぎ取った休日を前に開かれようとしていた。箱を開けると同時に膨らんでいく期待。ドキドキとした高揚感に胸を弾ませながら、箱を開くとそこには見慣れた数本のディルドが入っていた。
気が付けばそれを手に持っていたが、思い返せば今来客中だ。
幸い僕は彼に背を向けているから今からそっと戻せば問題はないだろう。と思いそっと返そうとすると背後で
「どうしたんですか?何か懐かしいものでもでてきました?」
と彼の明るい声が聞こえた。僕は平静を保ちながら
「い、いや。改めてみると汚いなーって感心してたとことだったんだよ…はは」
と、サッと彼の方を向き、後ろ手で箱を閉じようとした。しかし慣れないことはするもんじゃない。毎日パソコンに向かって猫背で向き合っている僕には、後ろ手で何かをしようとすれば、腕がつることくらい分かっていたのに。
三十路になったなあ、と哀愁を感じながら「イタッ」と小さな悲鳴を上げ、箱から手を放してしまった。
ジンジンと痛む腕、カランカランと音を立てながら転がる箱、その中から転がる数本のディルド。
終わった。
親ならまだしも、初対面で隣人で噂話が大好きな(偏見)大学生に見られたなんて。
僕は冷や汗を拭いながら薄ら笑いを浮かべて片づけていく。
「はは…ごめんね、忘れて……」
ここで彼女との物だとかそういうごまかしを言えばよかったのに、こういう時に限って全く出てこない。情けなさ過ぎて彼の顔をまともに見れない。消えてしまいたい。
「ご、ご飯ありがとう。あとで食べておくね。じゃ、じゃあまた…」
と社会的死を覚悟しながら目に涙を浮かべ彼を玄関まで送り届ける。
「あの、すみません。俺の分もあるんです…俺、越してきたばっかだから食器何もなくて…一緒に食べてもいいですか…」
断れない体質の僕にそんなことを聞かれたら頷くことしかできない。
彼の顔を見ることもなく食卓へ進み、いただきます、と小さな声で呟いて食事を始めた。
彼の作る料理は昼飯にしては朝ごはんじみたものが多かった。
出汁のきいた玉子焼きに温かい味噌汁。ほかほかのご飯に香ばしい鮭。
先ほどまでとは違う涙が僕の頬を伝っていると気づいた時にはもう完食していた。
「…そんなに美味しかったですか?ふふっ、良かったです。」
と頬いっぱいに食べ物をほおばる彼は笑った。
「…ところで、さっきの」
と、彼が口を開き始めた途端にまた先ほどと同じ冷や汗があふれ出た。最近の若い子はSNSとやらを駆使して情報を拡散するのだろうか。ディルドとともに顔写真付きの画像なんか流されたら本当におしまいだ。
彼の口が次の言葉を発する前に僕は顔を両手で覆い、ガンッと机に頭を勢いよく置いた。少しジンジンするが、これから始まる屈辱よりは何倍もましだ。そう、思うことにする。
「ちょっ…すごい音しましたけど……大丈夫ですか?別に嫌だったら答えなくてもいいんですけど。………あの…隣人さんも男が好きな人なんですか…?」
僕は暗闇の中で目を見開き頭にハテナを浮かべる。
「も」ってなんだ。「も」って。
まるで僕が男の人に抱かれたいとか、そういう…
いや、「も」ってことは目の前にいる彼はそういう…
焦りすぎて思考がまとまらない。
夢の中で全力で走っているのにうまく走れない、そんな感覚だ。
考えすぎて「うう…うぅ……」と唸っているとそれを彼は「うん」と捉えてしまったのか、僕の意識がはっきりしたころには、彼の長いまつげが僕のまつげと触れ合う距離まで近づいていた。口づけをしていたのだ。
必死で抵抗しようとしたが、彼の美少年のような風貌からは考えられない強い力と、卑猥な音を立てて口の中がかき回されるせいで体の力が抜け、僕は何もできなかった。
また意識が暗転し、気づいたころには僕の後ろに、いつも愛用していたディルドが深く挿し込まれていた。久々の挿入なのに血が出ていないということは、彼が丁寧にならしてくれたのだろう。初対面でしかも隣人で、年の差もあるのによくこんなことできるな、と僕は思いながら下腹部に意識を向ける。
昔の記憶は頭ではあまり覚えていないが、体はしっかりと覚えているらしい。気づけば腰を振って、自分の前立腺にディルドをあてがっていた。
「…うっん…っ………あっ、っは…」
自分でもみじめな姿をしているのは分かっているのに、恥ずかしいのに、体が自然と動く。軽蔑されているのではと、彼の下半身を見ると彼もきちんと反応していることに気がついた。
もうここまで来て、彼もこんなになっているのなら仕方ない。
僕はそう自分に言い聞かせ、空いた両手を彼の首にかけて「君のっ…ほ、しい……」と自分にできる最大限のお願いを彼にぶつけてみる。
すると彼はとても満足した笑みを浮かべて僕の耳元で囁いた。
「ずっと待ってましたよ。じゃあちゃんと息しててくださいね。たまに呼吸できなくなる人とかいるんで」
少し顔が青ざめたのもつかの間、彼のものが僕の中の一番奥、ディルドですらも入ったところのない場所へ入っていく。
「ぅあっ…!?ん、んんぅ…お、く……」
先ほどの彼の言葉を頭の中で反芻しながら、なんとか意識をつなぎ止め、チカチカする頭とガクガク痙攣する体を抑えようとする。
「ねえ、ずっと夢でした。…こんな俺を受け入れてくれて、ありがとう」
そう彼は泣きそうな目で僕を見つめ、ほほ笑んだ。
「うっ…ん、あぁっ……ぃやぁ、もっ、、む、り…」
小さなワンルームに僕たち二人だけの吐息と卑猥な音が響く。
夢…?こんな社畜を抱くのが…?
そういって彼が果てると、僕も一緒に果ててしまい、またそこからは意識を失ってしまった。
………長い夢を見た。
いや、夢というより、昔の思い出か。
昔、交通事故に遭いそうになった中学生くらいの男の子を助けた。
あの頃は僕も新卒で夢にあこがれてウキウキしていたところだったからあんな行動力があったんだと思う。
なぜかその男の子は赤信号なのに車道に飛び出していったっけ。
それを目の当たりにした僕はその男の子に後ろから抱きついて頑張って助けたんだっけ。
あと、それから…
「なんで助けたのかって?…そりゃあ、一目ぼれしちゃうくらい綺麗な子だったから。一瞬で僕の心、奪われちゃったのかな?これって運命的じゃない?また、どこかで会える気がする。…っとと、遅刻しちゃう!ケガしてたらこの名刺に書いてある会社に連絡してね!僕がいるところだから!」
目を覚ますと涙を流しながら眠っていたらしい。起き上がると、目にたまっていた涙が頬を伝った。
僕が目を覚ますと、彼はまた、台所でご飯を作っていた。いい香り。
もう晩御飯の時間か。外はもう真っ暗だった。
彼はまだ僕が起きたのに気づいていないのか、熱心に料理をしている。
それとも、気づいていないふりをしているのか。
僕が彼をじっと見つめると彼から口を開いた。
「ただの…ただのお隣さんに戻れますか?」
彼が勢いよくこちらを振り向くと、目に涙が浮かんでいる。今にもポロポロと零れ落ちてきそうだった。
ただのお隣さんに戻りたい気持ちも少なからずある。
しかし、先ほどのまでのことと、昔の出来事を思い出してしまたら、もう戻れない、いや、戻りたくない気がした。
「…少なくとも、僕は嫌かな」
声を絞り出す。先ほどまで彼の顔を見れていたのに今は完全に目を逸らしてしまった。
「思い出しました?昔のこと。僕、あれであなたに一目ぼれしちゃったんですよ。中学生の初恋って恐ろしいでしょ?どうせ自殺なんてさせないために出た咄嗟の言葉に惚れちゃって。名刺なんてずっと持ってて。素性探って隣に住んで。怖かったら逃げていいんですよ。ちゃんと突き放してください。そうじゃないと、俺勘違いしちゃうから。」
僕は彼の顔を恐る恐る見ると、あれほどまでに美しかった顔がくしゃりと歪み、まるで小さい子供のように泣きじゃくっていた。
僕は居ても立っても居られなくなり、彼に抱きついた。
「安心して。僕もさっきまで忘れていたけど、君のこと、今はっきりと思い出した。あの時僕が全力で君を後ろに引っ張ったから、二人して尻もちついちゃって。別にいたくもないのに安堵からなのか、君より僕の方が先に泣き出しちゃって。事故でもないけど何かケガしてたらいけないからって、名刺渡したよね。覚えてるよ。さっきまでのことは水に流したくない。ここで出会えたのも何かの運命だと思ってる。君さえよければ、三十路の僕でよければ、その…恋びt」
と、久々にこんな長台詞を喋り終えようとしたとき、彼の口が僕の口をふさいだ。
「ほんとに?夢じゃないよね?もっかい、もっかい言って」
僕が「だから、恋びt」「好きだっt」と言葉を紡ごうとするたびに彼に口をふさがれる。
「言わせて。ちゃんと覚悟決めた。もうどこにも逃げないから。」
「…ごめんなさい、ほんとにどこかに逃げちゃうのかと思って。……昔みたいに」
「あの時は遅刻しそうだったから…今は休日で夜だよ?今からご飯食べて…その……また、記憶がある状態で…君と愛し合いた、い…。」
彼の袖をぎゅっと掴む。今まで恋人なんて一人もいたことがないから接し方が分からない。
彼は「そんなこと言われたら、ほんとにずっと離れられなくなっちゃうよ…いいの?俺、重いよ?」と僕の手を取り、手の甲に唇を落とす。
「初めての恋人が君だもん。比較対象がいないから、君が1番だよ。」
「あっ言うの忘れてた。」
と、軽い口調で彼は言葉を紡ぐ。
「俺、社長の息子、つまり御曹司なので、あなたの転職先はうちに決定いたしました~わ~~~い」
頭が真っ白になる。今日はなんか色々とありすぎではないか?
「え…どう、いうこと?僕あの会社に行かなくても、いいの?というか、こんな何もない三十路に転職って…え?君、御曹司?え?……えぇ?」
「だから、俺の父さんの会社、結構名の知れた大企業でさ。あなたの会社調べたら下請けだったのが分かって。許嫁だって言ったらすぐにこんな状況に。外堀から埋めていこうと思ったけど、あなたがあんなもの持ってるなんて。えへへ、当初の目的ほぼ1日で果たせちゃった♡」
僕の顔がピクピクと痙攣する。なんだこの美しい悪魔は。いや、天使なのか。
そんな僕を見て彼はにやりと笑い、腰に手を回され、抱き寄せられる。
「こーんなボロアパートに許嫁が住んでるってバレたら父さんに何言われるかわかんないからさ、僕と一緒に…」
「う、うん…なに?」
「もっと広い所に住みませんか?」
そういって彼は僕の左手の薬指に指輪を嵌めた。
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