1話完結の短編BL小説集

藤宮 さとり

【第1話】友達の話

「友達の話なんですけど…」


 イヤホンの先で少し気まずそうに話しだした彼は僕の好きな人。

 同じ界隈のネットで知り合った人だから、まだ会ったこともなくて顔も知らないけれど、よく通話に誘われて相談をされる。彼はいつも決まって「友達の話」と言って話し始める。そんな前置きは必要ないくらいに、信頼関係を築いてきたつもりだったのだけれど。

 そんな彼の相談事は、人間関係から今日の夕飯まで、内容は多岐にわたる。そんなことまで友達の話にするのか、と内心突っ込みたくもなるけれど、僕は彼のそんなところに惚れてしまっているのである。


 さて、今日は何の話だろうか。僕は彼の次の言葉を想像しながら相槌を打つ。


「その友達って男なんですよ。だけど最近その友達、男の人が好きになっちゃったらしくて。それってなんて言うんでしょう?同性愛者?っていうんですかね。」


 僕は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになりながらも冷静を保った。幸い、通話だけのため彼に僕の動揺は気づかれていないようだった。

 彼の今までの話は確実に自分のことだった。たまに「友達が」が「僕が」になるし、ツイッターでは相談に関する呟きが散見されていたからだ。


 そんな彼が僕と同じ同性愛者だったなんて。叶わぬ恋だと思っていたが、思わぬチャンスに僕は唇をかみしめる。

 返答を求められているのか、少し彼との間に沈黙が流れた。

 僕はいつの間にか上がっていた口角を物理的に手で押さえながら答えた。


「そうだね。その場合は同性愛者っていうね。今までの君の友達のエピソードを聞いて、素敵な友達だと思ってたから僕も応援したいな。ところで、そのお相手はどんな人なの?」


 彼が相談をしてくるということは、自分が同性を好きなことに戸惑ってしまっているのだろう。彼を肯定しこちら側へ来させるために、僕は優しい言葉をかけてみる。


「変な話かもしれませんが、その人とネットで知り合ったみたいなんですよね。まだ会ったこともなくて、顔も知らないそうなんです。」


 その言葉を聞いた途端、僕の心臓が大きく波打った気がした。

 だって、僕と全く一緒の境遇なのだから。


 これはチャンスなのではなく、確定演出といってもよいくらい僕と両想いなのではないか、という考えが頭をよぎる。

 どう返答するか、いつもの自分なら熟考して答えるはずなのに、今日の自分はいつもと違って、本能のまま、頭に思いついたことを口に出してしまっていた。


「実はね、僕も君の友達と…いや、君と同じで同性が好きみたいなんだ。友達の話とは言わず、君自身の話として、話してくれないかい?」


自分でも思い返せば、どんなタイミングでカミングアウトをしているんだよ、と思った。別に、彼の好きな人が僕だって決まったわけでもないのだし、友達の話が本当に友達の話だったら取り返しのつかない大恥だ。

だが、僕の心配は無用だったようで、彼の返答がないことが、それを如実に物語っていた。


「な、な~んだ。自分の話だってバレてたんですね。恥ずかしいなあ。こんなこと、周りのリアルの人になんて言えないし、信頼してるのあなただけだったから。引かれたくなくて。この話をするために、今まで、いろんなこと友達の話として相談してたんです。…でもよかった、あなたも同じで。」


彼の声は今まで聞いたことないくらい震えており、泣いているのかと思わせるほど頼りなかった。僕はもしかしたら告白されるのではないかと期待に胸を膨らませながら、ひたすら相槌を打つ。


「じゃあ、それも踏まえて聞いてくれますか。自分と同じ界隈にいる人なんです。僕の好きな人。最初はただの友達だと思ってたんですけど、なんか他の人と仲良くしてるの見るとムカつくし、いちいち彼の行動が気になってしまうんです。」


彼はここまで来て、話すのをためらったかのように、ため息交じりの自虐的な笑い声を漏らす。


「彼とこの前、お酒を飲みながら話をしてたら、勢い余って告白みたいなことしちゃったんです。それからは気まずくって、彼はもう1度話がしたいって言ってくれてるんですけど。どうしても怖くて。」


イヤホンを通して彼のすすり泣く音が聞こえてくる。

それと同時に、僕も目から涙を流していた。


思わず流れた涙に戸惑いながら、僕は咄嗟にミュートボタンを押し、泣いているのがバレないようにした。

彼の好きな人が僕だ、なんて一言も言ってなかったじゃないか。何を勘違いしていたのだろう。


沈黙がつづく。


僕は意を決して、鼻水を思いっきりすすり、ミュートを解除した。少し、鼻の奥が痛くなった。

僕の恋が実らないと分かったとしても、これから僕のすべきことは、僕の好きな人が幸せになることを応援することだ。僕は泣いているのがバレないように、いつも以上に明るい能天気な声を彼にかけた。


「そうなんだ。その彼、君のことをきっと大切に思ってると思うよ。たとえ、君の恋が実らなかったとしてもね。…だって、嫌がらずに面と向かってもう1度話をしてくれんだろ?今からでも遅くはないから。…今から行ってきな。」


最後までしっかり明るい自分を演じられていただろうか。

彼は何かを察したようで、少し戸惑いながらも「はい、ありがとうございます。」とイヤホン越しでもわかるくらい何度も頭を下げている音が聞こえた。


僕は最後の勇気と元気を振り絞り、こう彼に告げた。


「またさ、僕の友達の話も聞いてくれないかな。ずっと好きだった人に相談されまくってて、勝手に自分が告白されると思い込んで、勝手に失恋して。それでもその人と友達でいたいって思ってる、傲慢な友達の話をさ。」


少し彼は驚いたように、ふふっと笑って「はい。もちろんです。」と返事をしてくれた。


少しの間があり、通話が切れ、僕の部屋に沈黙が落ちる。


僕はそれから小一時間程度、ベッドに横たわり、枕を濡らした。

自分の情けなさと、彼の慈悲深さに。


まだ瞳が涙でうるみ、視界も定かではなかったが、一件の通知が目に入る。

彼だろうか。いや、この名前は。


彼の好きな人だった。


『彼の友達の話、聞いてくれてたそうですね。おかげで問題は全て解決したそうですよ。ありがとうございました。』


と、感謝を伝えているのか、遠回しにアピールされているのかわからない文章に僕は苦笑した。


僕はそれに答えるように

『僕の分まで幸せになれよって伝えといてください。おめでとう、二人とも。』

と、皮肉たっぷりの返信をしておいた。


すると

『あくまで友達の話ですから^^』

と、これまた皮肉たっぷりの返信が返ってきた。


彼とは悪口を面と向かって言える関係ではあるので、僕は瞳からスマホにこぼれた涙を拭いながら

『うるせえ、こちとら失恋中だぞ』

と送り、またベッドに突っ伏した。


瞳を閉じて、真っ暗な世界の中、もう1度さっきまでのことを思い出す。


…あぁ、彼があんなにも「友達の話」だと偽っていたのは、これがあまりにも歪な恋だと分かっていたからなのか。


全てを悟った僕は「ハハッ」と乾いた笑い声を、ただ一人きりの部屋に溶かした。

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