【第3話】鈍感で潔癖症な君

うちの若頭を知ってるか?ほら、ここらじゃ有名な藤宮組の若頭だよ。

年功序列を重んじる藤宮組なのに、血縁者でもない頭が史上最年少の25歳で若頭だよ。今までは30歳を超えてから若頭になるはずだったのになあ。

別に歴代の若頭が何もしてこなかったわけじゃねえぜ?

でも今の若頭は特に何もしていない、ってところがこの話の肝なんだよなあ。

俺らが知らねえ間に組長に媚でも売ってんのかねえ…。

それにしても最近、若頭の周りにどこの馬の骨かも分かんねえ奴がうろついてるんだよなあ。

ほら、あいつだよ。あの、いかにも堅気の人間って感じの風貌でさ。眼鏡にビシッとしたスーツ着て、髪の毛は綺麗にワックスでオールバック。でもあの眼鏡の奥にある蛇みてえな目に睨まれたらさすがの俺でもビビっちまうよ。まあ俺は所詮下っ端のチンピラだけどさ。

んで、俺この前見ちゃったわけよ。その堅気と若頭がヤってるとこ。

俺はあんとき気づいたね。あの若頭が、組長とかそこら辺のお偉いさんとヤってるからあんなに早く出世できたってことに。

なるほどねーとは思ったよ。だって若頭、別にムキムキなほど鍛えてないのに出世できて。しかもスラっとしてて妖艶だろ?やっぱそういうことしてっからオーラが自然と出ちゃうんだろうな。

で、俺は考えたわけ。俺の方が若頭の下で働いてきた歴は長いのに、なんであの堅気に出世のコースを歩ませてるのか。俺は不思議でたまんないね。

いっそのこと俺、若頭襲っちゃおうかな。

なーんて、冗談冗談。あの堅気、重そうじゃん?バレたら殺されちまうよ…


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「なあ、もうそのあたりにしておけよ。実際に襲われてないんだし。俺の大事な駒なんだから、殺されでもしたら困る。」

無機質で殺風景な部屋にただ、肉を殴り、抉る音が響く。

「あんたのこと、襲おうと計画していたやつだぞ。もうそばにはおいておけない。」

再び殴る音が部屋にこだまする。

「やめろと言っているんだ。これ以上、君の手を汚したりできない。あとで僕に触る気でいるなら、もうやめておけ。」

彼の手が宙でピタッと止まる。殴られていた部下は言葉にならない叫び声をあげながら走り去っていく。もう戻ってくることはないだろう。

「…申し訳ありませんでした。若頭。」

そう言って彼は慇懃に頭を下げる。先ほどまでとは別人のように。


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あんなふうに彼はたまにタガが外れてしまう。中学生や高校生の頃から喧嘩にはめっぽう強く、警察官になってもその暴力癖が収まらず、最近辞職してこちら側の世界に来た。今では優秀な僕の右腕だが、最近では夜の方も優秀なパートナーなのだ。

昔から僕は体を売って昇進してきた。それしか能がなかったから。能がない母が身をもって教えてくれた唯一の教え。若頭にまで上り詰めたから、もう体を売ることはやめておこうとした矢先、最後の夜を彼に見られたのだ。そこからはもう早かった。彼とは体の相性も良く、彼の中に眠る暴力癖を唯一、性欲とともに吐き出せる場所が僕なのだ。

昔からお偉いさん相手に体を売ってきたから、首絞めや拘束なんてザラだった。お偉いさんの口癖は「女はすぐ壊れちまうからな」が口癖だったように思う。

僕はそれに耐えることができて、彼と体の相性も良い。最高のパートナーである。

しかし最近、彼の様子を観察していると、意外な一面もあることに気が付いた。

人を平気で殴って、スーツを平気で血だらけにしている彼は、必ず手袋をはめているのだ。なのに、僕に触る時だけは、必ず手袋を外す。新手の潔癖症のようなものだろうか、と考えていたところ、ふと手洗い場で手を洗う彼が目に入った。いつも行為をするときは、快感に身を委ねるか、彼からの暴力で意識がないから、手なんて気にしていなかったけれど、彼の手はあかぎれだらけだった。

別に殴ったりぞんざいな扱いをしてそうなったわけではないのは、手洗い場の状況を見て理解した。彼は手についた何かを一生懸命拭い取るように、ずっと手を洗っていたのだ。じっと彼を見つめはじめて、約10分経った頃だろうか。やっと彼は手を洗い終えて、新しい手袋を取り出し、身に着けていた。

僕は彼に見つからないよう、大急ぎでその場から逃げ出した。

僕はいつも彼に無茶ばかりを言って、僕の体に触れさせたり、色々なことを指示していたからだ。あんなに無心に手を洗うなんて、自傷行為に近しい。

これ以上、僕の好きなように扱ってはいけないんだ。


それから僕は彼と必要以上に関わらないようにした。もちろん夜もだ。

彼はいつも無表情だから、あまり気にしていないように見えたが、行き場のない力や怒りをため込んでいるように見える。


…これでいいんだ。昔から、人間関係なんて長続きしなかったじゃないか。


そう思いながらトボトボと廊下を歩いていると、無意識に体が横へ引っ張られる。

「うわぁっ!?」と我ながら情けない声を出しながら、その引っ張られた方へ倒れこむ。引っ張られた先には目を獣のようにギラつかせた彼がいた。

「…どうしたんだ?声もかけずに僕を引っ張るなんて。」

理由なんてわかりきっている。それでも、せめてもの時間稼ぎで質問をしてみる。

「分かっているのに聞くのか。最近どうも若頭の様子がおかしくてな。何かあったのか?今までは事ある毎に声を掛けてきたじゃないか。」

優しさなんて微塵も感じないぶっきらぼうな声。でもそれは僕にとって最高にゾクゾクさせる声だった。

「ははっ。そちらも理由が分かっているようじゃないか。ではそんな無駄話をしている場合じゃないな。単刀直入に言おう。もう、僕とは関わらない方が良い。」

彼の切れ長の目が大きく開かれる。これを言われるのは予想していなかったのだろうか。

「…なぜだ?俺が何かしたのだろうか。それならば、治すよう尽力しよう。若頭の命令とあらばもう関わらないでおくが、せめて理由だけでも聞かせて欲しい。」

彼はこんな時まで対等な立場にたつつもりは無いらしい。

「見てしまったんだよ。君が無心で手を洗う姿を。僕は昔からスキンシップが激しいし、夜のことも、相性が良いと言うだけで君に無理をさせているのではないかと思ってね。ほら、僕だけと触れ合う時は手袋を外していただろう?いくら上司ともいえど潔癖症なのに無理をさせてしまったね。」

そういうと彼はポカンとしていた。まるで心当たりがないかのように。

「……よく手を洗っていた自覚はあるが、若頭の前だけで手袋を外すと決めていた訳では無いのだが…」

「最後まで気を使わなくていいよ。」

「いや、本当なんだ。若頭に触る時は俺以外の誰にも触れてほしくないから、手を洗って今まで触れてきた物を全て流していた…んだと思う。」

彼は言っていて恥ずかしくなったのか、言っていくにつれて顔を真っ赤にしていった。

僕もそれに驚かないわけがなく、2人で目線を交わしあったあと笑ってしまった。

「なんだ、そんなことだったのか。僕なんて今まで色んなヤツに犯されてきたんだぞ?もう誰かに触られたくないだけで、自分をズタズタにしてまで洗うことじゃないだろう。」

少し自虐的な笑みを浮かべながら、彼の癖を治すように促してみる。

「いや、だからこそだ。これからずっと、若頭に触れるのは俺だけにしたいし、俺だけで上書きしたい。稚拙なことは分かっています。でも、それだけは譲れない。」

久々に真面目で堅気であったことを物語る眼差しで見つめられ、少し身動ぎしてしまう。

「僕は君が傷つくのはもう見たくない。しかも僕のせいで。もう僕の心は君でいっぱいだからさ。大丈夫だよ。」

と、子供に言い聞かせるように頭をポンポンと撫でる。彼らしいゴワゴワした髪質が肌を通じて伝わる。



こんなにも愛情表現が苦手な二人がいるだろうか。


僕は今すぐにでも抱きつきたいけれど、若頭の立場もあるし、そもそも誰かに見られたら面倒なことになる。


彼は今までずっと気づかなかったのだろう。鈍感なやつだ。でもそれが分かった今、無意識で僕に愛情表現をしてくれたいたことに喜びがこみ上げる。



「…やめてください。子供じゃないんですから。」

と、どすのきいた声で彼が僕を制す。そんなこと言われたところで、止まる僕じゃない。制止する声を無視して、彼を撫で続けていると、突然パシッと腕をつかまれ、押し倒される。

「やめてください、という意味が分かりますか。」

蛇のような鋭い目つきに僕はゾクゾクと興奮し、これから起こることを期待する。

僕の予想通り、彼は僕を食べるんじゃないかと錯覚する勢いで口づけをする。

舌が濃厚に絡み合い、息をするのさえ忘れてしまうほど、彼との口づけが僕は好きだ。久々で歯止めが利かないのか、少ししたら、血の味がした。勢いよく唇をかまれたのだろう。それでさえ、気持ちいいと感じてしまうくらい、僕も歯止めが利かなくなって、おかしくなっているのかもしれない。

「っぷはぁ…おぃ、がっつきすぎだよ……」

と、僕はさすがに息が持たなくなって、彼をそっと放した。

彼と僕の口をつなぐ唾液が、照明に反射しながらつうっと垂れていく。

さすがに少し埃の積もった小さな部屋で犯されるのは嫌だなと思い、彼の首に両手をかける。

「なあ、ここでヤるつもりなのか?拘束とかの趣味はあるが、環境の悪いところでヤるのはさすがに趣味じゃない。」

と、若頭モードの少し威圧的な態度をとる。すると、彼は今までに見せたことのないとろけるような笑みを見せ「仰せのままに。」と呟きおでこにキスを落とした。


少し埃の積もった部屋に僕を捕らえるまで待っているなんて、本当に潔癖症なのか?

それとも、それが気にならないくらい鈍感で、僕に夢中なのか?


どちらにせよ、鈍感で潔癖症な君は僕の相棒だ。


僕の腰に手を回しながら部屋に入っていくとき、君は手袋をしていたっけ?


さあて、覚えてないなあ。

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1話完結の短編BL小説集 藤宮 さとり @satori_satorare

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