第35話 マオウ城 ⑤
シラユリ共和国を今日フルツキは訪れた。
しかしその訪問に対し、共和国の執政官様は随分嫌な顔をしている。
「そんなに嫌がらなくてもいいのでは、サユリ姉さん?」
「だから姉さんと呼ぶな。私には弟が居ない」
フルツキの言葉で相手が更に不機嫌になった。
「つれないな。僕たちは同じ父親を持つことは変わらない事実ですよ。何度鑑定しても」
サユリにとって、父親は一番嫌いな人間だ。
もう父親ではなく爺さんの年齢だが、まだ思うままに若い愛人を沢山養っている。
この間大学を卒業したばかりの子を正妻にしたけど、その人物が直ぐ消えた。
多分その子を自分の処女妻として神へ献上したんだろう。
どう考えても気持ち悪い話しだ。
そして、そんな父親に身も心も全てを捧げた母親も、嫌な女しか思えない。
あの女、本心であの男を愛していた。
その目にあの男しか居ない。
あの男の為なら何でもする。
サユリを産んだのも、あの男の機嫌を取る為だった。
厳しい条件で弟子を選んで、ゴールデンスワンを手に入れるバレリーナを育つのも、あの男の望むことだったから。
多分自分の愛人候補、あるいは神への貢ぎが欲しいのが原因だろう。
あの女は愛情に献身して、何の見返りも求めない。
それでも、あの男の周りの女たちにとって、それは随分目障りだ。
そしてその女たちの中に、随分上流な家庭も居たようだ。
結果、事故を装って、白鳥という世界有名なバレリーナは命が落とされた。
でも、あの男の血を継いだ私に対して、命を奪うようなことをする勇気は流石ない。
その代わりに、私をこっちに転移させ、一生地球に戻ることを許さないって。
更に、あの女と同じようにバレエしか知らなかった私に、黒タイツしか履かないと強要した。
現代バレエにはそうする人間も居るかもしれないけど、古典バレエ主義の私には受け入れないことで、バレエ禁止と同じ意味だ。
「もう何度も言いましたけど、僕は姉さんの敵ではないんですよ。誠意として、国一つ姉さんにくれたじゃないですか」
エデン帝国は共和派のクーデターによって、今のシラユリ共和国になった。
でもこのことは大陸でそんなに注目されなかった。
この国は遥かな昔から、帝政派と共和派の争いで国家の名がよく変わる。
今回も、みんなは「また?」みたいな反応だけで終わった。
「言うのね。ただ敵対の司教の勢力を抑える為だったんじゃないの?」
ごく少ない人間しか知らないことなんだけど、帝政派と共和派、今はもうどっちの裏にも教会の影が操っている。
結果、この国は教会内部の争う舞台になった。
今回も。フルツキは他の司教の言うことを聞く前の帝政派を一掃して、国を自分の姉であるサユリに渡した。
「何にせよ、姉さんは僕の敵ではないんだろう? 少なくとも今は」
「……そうね」
「では話を戻します。まずはこっちの状況。マオウちゃんのことをやらかした件について、上の結論がようやく出たようです」
「で? どんな罰?」
「何もないって」
「はっ? 最大の貢ぎであったはずの、内通者のトカゲから貰った緑の魔石をなくして、何の罰もないって? てっきりあなたが自らの目を捧げろって思ったわ」
「そうですね」
あの頃、フルツキはマオウの一撃を避ける為に、自らの魔力で空間を操る転移魔法を使った。
神と違って、金色の瞳を持っていない身として、普通はあり得ないはずだが、マオウと同じように一気に丸一つを使い切ったら、何とかできた。
その結果、フルツキは片目が黒に戻って、一つの神眼しか持っていない状態になった。
それも献上したら、フルツキはただの普通の人間に戻る。
これまでの野心も零に戻るんだろう。
「お父様は何とかしたようです」
「結局あの男に頼るか」
サユリはそれを聞いて、また機嫌が悪くなった。
「頼るというより、ご褒美だろうね」
「はっ?」
「お父様が神になるの試練。残った最後の一つ、最高神の至宝の作用について調べること。僕が前の戦いで確認したお陰で、お父様はもうすぐ正式に神々の一員になりますよ」
あの男、まさか本当に神になったなんて。
そう考えるだけで、サユリは嫌な気分になる。
「そして試練を完成したお父様は、最高神からあの至宝の詳しい状況を聞いて貰いましたよ。発動条件がこの人工惑星に存在しないロジウムとの接触、そして二人の使用者が愛し合う兄妹。教会が作ったあの変な戒律もこういう原因か」
「こんな条件にも合ったなんて」
「そうですね。大聖女様も、よくあんな二人を見つけたんですね」
「で? これからマオウちゃんとそのお兄さんが本当に予言通りに悪魔になって、世界を破壊するの?」
「どうだろう。遠い昔、最高神様はそんな未来の欠片を見てしまったようですけど。お陰でこれから仕事が増えそうですね」
世界を壊すなんて、どうせその神たちやらの世界のことだろう。
サユリは無関心だけど。
そんなことより、
「で? 仕事って、こっちに何をさせるつもり?」
「まあ、そんなに急がなくても」
「どうせ今日の用事もそれだろう?」
「その前に、姉さんなら大好きなこれを」
フルツキは一枚写真をサユリに渡した。
チラっと見て、サユリはそれを受け取った。
「お気に入りでしたらいいですね」
「で? 今回は私に何をさせたいわけ?」
もう少し協力気が見えるようになったサユリに、フルツキは後の計画を伝えた。
フルツキとの面会が終わって、サユリは来訪者が離れるまで待っていた。
そして大きな扉を開け、
この元皇帝の部屋はもう、内装がだいぶ変わった。
具体的には、天井に、壁に……目が届く範囲内で、全部ある人物の写真で飾られている。
「あっ……マオウちゃん」
サユリはそこに置いた白タイツに触った。
サユリがこの世界に来る前に、ある程度の私物を持つことが許可された。
でもサユリは普段使ったものを何も選ばなかった。
その代わりに、ずっと大事にしていたコレクションを一緒にこの世界に連れてきた。
大量のレオタード、トウシューズ。
そしてバレエをすると一番の消耗品になる、白タイツ。
全部、写真に映る女の子が身につけたことがあるものだ。
多分家庭の原因で、サユリは男が嫌い。
そして選抜のあの日、渡来舞央という女の子を目にした瞬間、全身がビリっとした。
その原因で、その女の子が「お兄ちゃん」というを見る目に気付いた時、かなり複雑な気分になった。
サユリの妄想世界が広い。
この子とあんなことや、こんなことをするのは、よく想像する。
そして、もしもなんだけど、自分がこの子と一緒に、この男の周りに居て、「姉妹」になったら……
少し想像しただけで、サユリは反吐が出た。
やっぱり男は生理的に無理。
今日フルツキから貰った写真は、昨年マオウが淫魔と対決する日のことらしい。
マオウが舞台に上がる前に、髪を整理しながら、自分の兄さんにトウシューズを履かせてもらう一枚だ。
やっぱり、これがコレクションの中に失った、マオウが大会に出たあの時の靴だ。
でもサユリは別にそんなに気にしていない。
むしろマオウの元に戻ったのもいいことだ。
知らない変態に拾われたよりずっと。
サユリの気にする所。ずっと見詰めている所。
それはアラトがマオウに靴を履かせる為に、その白タイツに包まれた足を触る所だ。
バレリーナにとって、足が顔より大事だ。
そしてその足に触るなんて、サユリが夢でも見ることだ。
でも、その足が今でもこの男に触られているなんて……
「あいつ、わざとこんな写真を選んだんだろう」
フルツキの言う通り。
マオウを傷付けない限り、サユリは敵対する気がない。
そしてマオウの傍に居るこの男を排除するまで、二人は協力関係だ。
「待っていてね、マオウちゃん。いつか、きっと、迎えに行くから」
サユリは男の部分を引き裂き、マオウの部分だけを残した。
そして写真に映る足にキスした。
「うっ」
反吐が出そう。
やっぱり、この男の手が邪魔だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます