第34話 マオウ城 ④
聖リリー祭。
毎年聖リリー神国に行われる教会の祭りであり、同時にこの大陸で最も盛大なイベントだ。
その時期になると、全大陸から大勢の信者がここに集まってきて、とても賑やかだ。
そして今年、聖リリー200年の聖リリー祭は、今までより盛大な祭りだ。
「今年、我々人間は魔王軍に二回攻め込んで、ようやく忌々しい魔王城をこの世から消しました。大きな犠牲を払いましたが、これもきっと神に祝福される世界への礎なるんだろう」
今上から見下しているこの祭りの司会者は、二回目の魔王城特攻隊の隊長、大司教コウキ・フルツキ。
魔王城の消した壮挙を達成したが、仲間は全員帰らず、自身も一つの神眼を失い、エメラルドような右目が黒くなった。
「今日の我々も神に愛されています。その証拠、新しい聖女様は神の意志でこの地を訪れました。外に出られない身ですが、今日はここで我々を導いてくれるイノリ様の姿を拝見させていただきます!」
そして大司教の傍に、聖女の姿が現れた。
髪が栗色のハーフアップ。
白を主調とした礼服だ。
それと合わせたのは細めな足を包んでいる白ニーソと色んなアクセサリー。
歓呼の信者たちに手を振って、そこのピアノの前に座った。
「では、これからは聖女様の
そして、さっきからそこに置かれた大量の魔族の首に火の魔法を大司教はかけた。
イノリはピアノに手をかけ、演奏を始めた。
曲はこの世界に来てからずっと練習していたもの。
あの日、神崎祈里は色んな準備をして、共に十八歳の誕生日をお祝いする人をずっと待っていた。
でも深夜になっても、日が変わっても、その人物は現れなかった。
これって、選ばれなかったことでしょう。
今日が誕生日なのは自分だけではないから。
祈里は何となく結果に気付いた。
それでも、
「先生」
「早く来ないと料理が冷めちゃうよ」
メッセージは既読すらならない。連絡も全然取れない。
流石にちょっとおかしい。
まるでこの世界から消えたように。
まさか別の世界に行ったりしたのか?
もしそうであれば、自分もその世界に付いて行きたいな、なんて。
そんなバカなことを少し考えていた間に、地面に大きな魔法陣が現れ、強い光と共に祈里はこの世界に召喚された。
しかも召喚者は大司教の恰好をした自分の元婚約、コウキ・フルツキ。
「これが今回の聖女です。いかがなさいますか?」
「良かろう」
フードで姿を隠した誰か返事した。
その後、フルツキはイノリの面倒を見てくれた。
生活に何の不便もない。
ピアノまで用意してくれた。
「婚約者として、きちんとイノリの面倒を見てあげないと」
「でも、それはもう過去のことでは?」
「そうかな? でも僕、イノリとの婚約を破棄することなんて、一度も言ったことがないはずだよ?」
よく考えたら、確かにそうだった。
この男はマオウに伴侶になってくださいなんて言い出したが、自分との婚約がどうなるか何も言わなかった。
「だから心配しないで。全部僕に任せてくれ」
そう言いながら、返してもらったあの指輪をもう一度イノリの薬指に付けようとする。
それに対して、イノリは
「はい。分かりました」
そのまま受け入れた。
でも、ニヤついたフルツキは知らない。
イノリはとっくにフルツキのことを信じないと決めた。
フルツキに従うのも、ただ様子を見て、次の行動はどうするか考えているだけだ。
今こうして、フルツキの意志で聖女を演じて、このピアノを弾くのも。
この宝石が一杯付いているピアノ、かなりやばいものだとイノリは気付いた。
この曲を弾く度に、精神がおかしくなりそう。
具体的に、フルツキに何でも聞く気になりそうで、全身全霊を捧げたくなる。
「ああ! フルツキ様!」
今この下に跪いている信者たちのように。
イノリはもう一回歯に力を入れ、唇を噛んだ。
痛みと血の味で、何とか精神を保った気がして、フルツキへの嫌な感情がようやく戻った。
更に、フルツキ、そして信者たちの口から出た言葉を聞いて、何故か言い難い嫌な気持ちが背筋から上がる。
「神にイノリを捧げよう!」
「「「神にイノリを捧げよう!」」」
――――――――
「つまり、『神』は実際そこに住む人間たちで、『聖女』というものはそいつらへの貢ぎに過ぎませんわ」
「貢ぎって……」
「そう。聖女は清らかな身を保つのもその為です。その衣装も、神様の花嫁という意味ですわ」
「だからそこまで嫌になったのか」
「そう。わたくし、
その日、リリーの名は本人の意志で消えた。
「まさかと思うが、そのことにお父さんも参加したの?」
「いいえ。お父様が大司教の座を手に入れたのも、娘を神に献上した原因でしたけど、本人はあの日まで知りませんでしたわ。でも他の大司教はみんな、身内を神に献上して地位を手に入れたようですわ」
「つまり、お父さんも騙された?」
「そうですわね。そして真実を知ったわたくしたちは反抗すると決めました」
先ずは従うふりで、メランサは未来の主人である神の一人から「祝福」を受けた。
具体的に、体内に何かの液体を打ち込んでもらった。
それで神々と同じように、死なない体になった。
これがメランサの吸血鬼体質と言われるそのもの。
その後、二人はこそこそ周囲を調べ、逃走の計画を立てた。
そして、丁度主人に初めてのご奉仕をする予定の日になって、メランサは計画を実行した。
逃げた途中、メランサは二つのものをついでに盗んだ。
「一つはこれね」
メランサは
「誰かの知りませんけど、スペアの神眼一つ。まあ、神眼というのも、実際に魔族や一部の人間の目と同じものですけど。でもこの金色のは、大陸で最強の緑のより強いものですわ。今はもう使いきって見えませんけど」
「その、ごめん。大切な力を使いさせちゃって」
消えた右目を見て、俺は謝った。
「いいの。あいつらの『祝福』のお陰で、少し時間がかかりますけど、いつか再生しますから。この死なない身に時間だけがたっぷりありますわね。とにかく、この死なない体と神と同レベルの神眼のお陰で、わたくしは無事に逃げました」
「でもお父さんの方は?」
「そうですわね。合流したら、時間稼ぎをしたお父様の方がボロボロになって、もうすぐ死ぬ所でした。そんな状況で、わたくしはお父様を同じ体質しました。アラト様やマオウ様にしたように」
「成功したなによりだ」
「本当ですわね。失敗してもおかしくありませんのに。お父様はともかく、アラト様とマオウ様も成功したのは、やっぱりこれが原因でしょう」
メランサ背伸びして、俺のメガネを取った。
隠蔽魔法の作用がなくなって、俺の左目は紫の色に見えた。
「あの日盗んだもう一つもの、今半分がここにありますわ」
「なるほど。『神から盗んだもの』って、こういうものか」
あの話はようやく納得した。
「でもこれ、一体どういうものだろう?」
「わたくしも知りませんわ。知っているのは、これが神たちのリーダー、最高神様の至宝であることくらいですわ。でも本当はあれにどんな力があるか、どう使うか、わたくしも全く知りませんでしたわ。ですから、こうして今のようになって、わたくしにとっても意外な成果ですわね」
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