第33話 マオウ城 ③

 領主として、リリスは領地の利益の為に動く。

 考えた結果、「マオウ軍」と「真魔王軍」の片方に賭けることはしないと決めた。

 こうして、どちらが最後で勝つことになっても、悪魔領にとって最悪な結末にはならない。


 しかし、敵対する双方の隙間で生存空間を作るのはそう簡単ではない。

 何とか両方の機嫌を取って、良好な関係を保たなければならない。


 幸い、淫魔としてリリスは切り札を持っている。

 人間であった頃に風俗街の花魁をやっていて、リリスは女の体と言う武器の使い方についてとても詳しい。

 野心を持つ、勢力をどんどん拡大しているニーズヘッグと昔から関係を築いたのも、その辺の考えがあったから。


 そして今回は「マオウ軍」の方。

 淫魔は女性しか居ないので、直接マオウ様を目標することが出来なさそう。

 でもその傍に居るアラトなら問題がない。


 そして実行人物だが、最初は他の淫魔にやらせると思っていたが、やっぱり自らするとリリスは決めた。

 ただの直感だが、これからマオウ様を含め、そっちの重要人物が全員アラト様を中心することになるとリリスは思った。

 こんな最優先な目標はやっぱり他人に任せられない。


 結果は……今回はちょっと残念だけど、これからはまだまだ機会が沢山あるから、今直ぐ気を落とす必要がない。

 この自慢の胸で落とせない男は今まで居なかったから。

 リリスは胸を張って、意外の失敗で少し暗くなった気持ちを一掃した。


「こんばんは、マオウ様。さっきのダンス、お見事でありんすわ」


 開幕のダンスが終わって、マオウは盛大な拍手を受け、ステージから降りた。


「リリスさんなら、私より歓迎されそうけどね」

「いいえ。あたいもマオウ様の『バレエ』を少しお試しをさせて頂きましたけど、全く無理でありんすね」


 あの日の「決闘」で、マオウ様の姿を見てそのダンスを学べたくなる領民が一気に増えた。

 そのことに随分熱心なドワーフ領の領主は数ヶ月で食事も睡眠も殆ど取れず、映像を記録する水晶を作り上た。

 そしてマオウ様の目が覚めた後、バレエ教学用の映像を取った記録水晶が悪魔領にも売れ筋商品になった。

 リリスも一つを買って勉強したが、直ぐ自分じゃ無理だと気付いた。


 このダンス、胸が大きすぎると美感が落ちる。


 その為、領内でに胸を小さくする方法を研究する者まで出た。

 今まで大きくする方法だけをみんなが研究していたのに。


「それと、もし良かったら、時間があればあたいに少しだけアラト様のことを教えていただけませんか?」

「ん? リリスさんもアラトに興味があるの?」

「はい、その通りでありんす」


 マオウ様であっても、同時に普通の少女に過ぎない。

 恋をしたら、その相手のことを語りたくて止まらない。

 リリスはそれを利用して、今後の行動への参考にするつもり。


「じゃ一つだけ。もし本気でアラトを誘惑するなら、そのいやらしさを少し収めて」

「いやらしさって……」

「特にその胸。他の男はともかく、アラトにとってはただの減点だよ?」

「その、マオウ様? あたい、別に誘惑なんて……」

「もうステージから見たよ」


 リリスは理解した。

 あんな難しいダンスをしながらでも、この少女は目があの男から離れない。

 文字通り、いつでも見ていることだ。


「まあ、他の女がアラトと仲を良くしたいのは別に気にしないけど。でもその為にも、少しでもアラトの好きそうな女の子になった方がいいよ? それと、」


 マオウ様が目を細め、リリスを見つめた。


「良くない考えを持ってアラトに接触するなんて、私は許さないかもしれないよ?」

「……肝に銘じるのでありんす」


 目の前の少女から、リリスは昨年の対決で全然感じなかった圧力を受け、背中に冷や汗をかいた。


 ――――――――


「今宵の月は綺麗ですわね」

「そうだな」


 バルコニーに既に先客が居るようだ。


「アラト様、今はこんなところでいいの?」

「せっかく綺麗な月が出たから、ここで見ようって」

「あら。てっきり月なんかより、もっと綺麗なマオウ様の方が見たいと思っていましたわ」

「今はマオウより、メランサの顔がみたい気分だけど」

「それ、妻として聞くと嬉しいお言葉ですわ」

「気になったことがあって、聞いて貰いたくてね」


 今なら答えてくれそうな気がする。


「いいですわよ。旦那様なら、遠慮なく何でも聞いてください」

「ああでもその前に、謝ることがあってね。その、わるい。お父様の魔石をそうやって使って」

「いいのですわ。元々そのつもりで渡しましたので」

「でも、唯一の家族の遺物がこうしてなくなって……」

「なくなったわけではありませんわ。こうして永遠に、アラトの中にあるから」


 メランサは指一つで俺のデコに触った。


「それにもう唯一の家族ではありません。わたくしにはもう旦那様が居ますから」

「そう、それだ。俺たち、ただの仮面夫婦だろう?」

「そうですわね。でもね、もしマオウ様がこのままお目覚めになられませんでしたら、わたくしは責任を取って慰めてあげるつもりですわ」

「慰めるって」

「もちろん、この体で、って意味ですわ」

「いや、流石にそのまでする必要がないだろう?」

「多分アラト様は断るのでしょうけど」

「当然だろう」


 本当の夫婦じゃないし。


「でも、もしそれもマオウ様との約束だと知ったら、アラト様も気が変わるのでしょう」

「えっ? 約束? マオウとの?」

「そうですわ。マオウ様がマオウ様になって貰う条件として」

「それ、いつのこと?」


 俺は全然知らない。


「アラト様が初めて力を使って気を失った間のことでしたわ。マオウ様が条件を出してくれて、わたくしがそれを全部を飲み込みました」

「その、条件って、それが全部だった?」

「他には、もしマオウ様がなくなったら、アラト様の本当の妻としてしっかり面倒を見てあげるって。アラト様が何もしなくても良い生活が送られるように」


 何というか。

 これ、後でマオウと少し話し合わないと。


「でも、メランサはそこまでしなくてもいいんじゃない?」

「こちらが頼みをする身で、これくらいはきちんとしないと」

「そうじゃなくて。メランサなら、自分で魔王になってもいいんじゃない? むしろメランサこそ、今まで魔王軍の真のリーダーであったんだろう?」

「それは、わたくしじゃこのマオウ軍、そして世界を救うことが出来ませんから」


 いきなりでかい話しになったけど、メランサの顔は真剣だ。


「その為、わたくしは全ての魔力を使い切って可能性を探しましたわ。もし結果がありませんでしたら、そのまま諦めるつもりでしたけど、まさかこの右目が完全に消える前にアラト様とマオウが現れましたわね」

「じゃ、その世界を救うことの為にも、少しだけこの世界のことを教えてくれないか?」


 俺は今聞くと決めた。


「メランサとしてだけではなく、大聖女リリーとしても」

「あら。流石はアラト様、またお気付きになりましたわね」

「その線で考え始めたら、ヒントがどんどん出たな。例えばマオウにくれたその衣装、それとウサミにくれたあの剣、よく考えたらどっちも本に書いてある通りの模様だな」


 メランサは自分の過去を語り始めた。


 皇女として、リリーは何の不自由もない生活を過ごした。

 でも国内に革命が起こって、リリーは父親と一緒に追放され、教会の庇護の下に入った。

 そこでリリーが教会の聖女になって、父親も大司教の職を貰った。


 革命そのものも教会が操ったことだとリリーは遠い後で知ったけど、その頃まだ何も知らないリリーは教会に感謝の気持ちを持って、聖女の務めに随分献身していた。

 献身的な活動の結果、その宗教は大陸に随分広まった。


 神への信仰を絆にして、各人間の国家は争いをやめ、共に魔族を対抗するべきだと、リリーはそう主張した結果、一つ以外の全ての国がその宗教を国教として受け入れた。

 そしてその宗教を国教にする国家が出る度に、まるで神の奇跡のように、その国と魔王軍の間に巨大な山脈が現れる。

 その国家を守るように。


 もちろん、そんなリリーに悪意を持つ者も居た。

 魔族はもちろんリリーを最大な敵として見ていた。

 リリーがもたらした変化に不満な人間も居る。

 でも、リリーは神の神器と言われたあの純白の衣装を身につけ、聖剣を持って敵の前から身を引くことがなかった。

 致命傷は何度も受けたが、その純白の衣装のお陰で全部治った。


 そしてある日、神がその功績でリリーと面会をすると決めた。

 大司教である父親と一緒に大陸の北東の港で、神が派遣してくれた無人船に乗って、神の楽園に向かった。

 ちなみに、その船はまるで高い知能を持っていたように、船員がなくても動く。

 また、大きな船の中に色んな機械や豪華な設備があって、ご要望があれば動く機械が見たこともない食事や飲み物を持ってくる。

 お陰で中々旅を堪能した。


 そして船がとある島に泊まって、そこに塔みたいな建物の中に入って、また別の場所に転移された。


 目的地である聖殿の窓から目に入ったのは、リリーの想像がつかない、幻の大都市の光景だ。

 中には金色の目を持つ、フードを被った人たち神々


 そこで、リリーは「神」の真実を知った。

 そして「聖女」の本当の意味も。

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