第32話 マオウ城 ②

 それから一周くらいの後、この新しい「マオウジョウ」で七人会議が行われた。


「今日の提案は……」

「申し訳ありませんが、マオウ様。その前に、無関係な者を退場させてもらいませんか?」


 獣人領の領主、ニーズヘッグは舞央の話を中断した


「無関係な者って?」

「お隣に居る男である」


 随分俺に敵を向けてくれた。


「それはいけません。アラト様はわたくしの旦那様であり、うちの領主としてわたくしと一緒に一票を持っていますので、この会議に参加する権力があります」


 いや、(表面上の)旦那様はともかく、領主って……


「いいだろう。話を中断させてしまい、申し訳ありませんでした、マオウ様」

「では続く。今日私からの提案だ。旧魔王領が私のものにする同時に、その一票の権力も貰う。反対するものは?」


 提案は全員一致で通った。

 前に反対したニーズヘッグすらも異議を唱えなかった。


 表向きに、旧魔王領は完全に舞央一人の力で守り切ったものだから、そのまま舞央の領地にするのは自然な流れだ。

 それに、決戦であんな派手に勝利を決めたから、舞央がこの魔王軍でかなり人望を集めたらしい。


「ありがとう、みんな。では続いて、二番目の提案。『今からこの幹部会議を廃除し、全ての権力をマオウ一人に集中する』。では投票だ。まずは私の二票」

「そしてアラト様とわたくしの一票」


 会場が静かになった。


 普通に考えれば、領主である幹部たちは自ら権力を諦めるなんてありえない。

 でもある意味で(表向きだけど)もう王家に入ったメランサはそうした。

 その結果、すでに三票の賛成が出た。

 つまり、もう一票があればそのまま通る。


 今までのメランサと今のマオウ様の人望を考えたら、それもあり得ないことではない。


 そう考えると、もし最後は提案が通ったら、自分が反対票を入れたことで不味い状況に陥るんだろう。

 そんな原因で、みんなは態度をはっきりしない。


 例外があれば、きっとそんな状況になっても気にしない者だろう。

 例えば、


「では我が黙っているみんなに代言しよう。我は反対する」


 ニーズヘッグは沈黙を破った。


「分かった。でも、自分の意見を言うのは構わないが、勝手に他人の代言をしない方がいいよ?」

「だがこれが間違いなくみんなの考えであろう。マオウ様が疑うなら自ら聞いてもいい」

「あら。じゃフレイドマルさん? リリスさん? 本当にニーズヘッグさんの言う通り、反対するの?」

「いや、それは、その……」

「これは一度領地に戻って、みんなと相談しないといけないのでありんすね」


 予想通り、どっちも話が濁る。


「それにさあ、ニーズヘッグさん? 去年、旧魔王城の決戦の頃、この領地に兵を送り込んで襲撃してくれたよね? 大事な時に、みんなを裏切るような真似をして、どういうつもり?」

「さて、何の話でしょうか。もし理性のないゴブリンやオークがたまたまそんな時点で害をなした話であるなら、それは大変不幸な事件な」


 やっぱりこんな理由でとぼけるつもりだったのか。


 でも大丈夫。

 幹部のみんな、こんな建前で本当に騙されるただ者ではないから、それを聞いて何となく気付くはずだ。


「それと、ここでいうのはなんだけど、もし本気でその提案が通ったら、獣人領が独立宣言をするしかあるまい」

「ほほー」


 舞央は目を細めた。


「たとえ我がそうしなくとも、領内の領主たちもそれを受け入れるはずがない」

「そうか。独立宣言か。てっきり反乱を起こして、魔王の座を狙うと思った」

「実際そうなるんだろう。独立の後は」

「へい。堂々と言うね。つまり、遅かれ早かれ反逆するつもりね」

「すでに気付いたと思うけど」


 まあ、確かにこっちもそれを前提にして、今回のことを計画したけど。


 こいつ、自分こそ次期魔王に相応しいものなんて、敵対内容のビラをあの後でも空からよくばら撒いた。

 しかもこの領地だけではなく、他の領地にも。


 ゴブリンの襲撃も、何度も来た。

 でも今度はお城を取るではなく、畑を壊すのが目的だったらしい。

 防ぐの難しくて、この策が随分成果を取った。

 そのせいで食料不足の問題もより深刻になった。


「分かった。じゃここで獣人領の独立を認めよう」

「……どういうつもり?」

「ついでに、旧魔王領もあげる。丁度地形の変わりで、前より価値のある土地になったね」


 舞央の最後の一撃で、周りの山脈が削れ、巨大な峡谷まで生み出した。

 お陰で水気が入りやすくなって、この砂漠だらけの魔王軍にとっては貴重な宝だ。


「だからしっかりそこの再建に集中してね」


 それでこっちに攻めることも減るはず。


「その代わりに、もしまた前のようなことがあったら、もう一回決戦の頃の光景を見せてあげるね。あっ、そっちは現場に来なかったから、『もう一回』ではないね」


 今の舞央の状況で、これがただの虚勢に過ぎないけど、こっちの事情を知らないニーズヘッグにとっては無視できない脅威だ。


「……分かった。そうしよう。では我がここで幹部会議の投票権を差し上げよう」

「つまり?」

「我がマオウ様の提案に賛成することで、この提案を通らせてあげよう」

「それは要らないわ」


 多分こっちがその譲歩で票を求めたと思っていたんだろう。

 でもこっちはそんな貸しを作る気がない。


「では、マオウ様はこの詰みをどうやって乗り越えるつもり?」

「おかしいね。私、詰みになったの?」

「なに?」

「シルフィーさん、もういいよ」

「畏まりました。エルフ領代表シルフィー、マオウ様の提案に賛成票を入れます」

「なっ!」


 ニーズヘッグの顔が歪んだ。


「正気か! 自ら領地を手放す真似をして」

「うちのエルフ領ね、みんな権力に興味がなくて、最初からメランサ様の領地と一つになりたかったんですよ。今回の提案でむしろ望むところね」

「では、今回の提案はすでに四票の賛成を集めたので、ここで通らせてもらうね。あとは……」

「その前に、もう独立した以上、我がここで失礼する」


 そう宣言して、ニーズヘッグが退場する。


「では、他の領地の皆さん、我が『真魔王軍』に入るのを心から待っている。特に旧魔王城の西の皆さん」


 ドワーフと淫魔はそれを聞いて、難しい顔になった。

 旧魔王領がそっちに渡したことで、その二つの領地がこっちに分断され、獣人領に囲まれたような形になった。


 そんな脅しを置いて、竜人は空をかけて、マオウ城を後にした。


 ――――――――


 あの後、ニーズヘッグは「真魔王軍」の魔王様と自称し、ドワーフ領と悪魔領の領土を頂いた。

 ドワーフたちは全員東に来て、領地を捨て我がマオウ軍に入った。


「あいつ、ワシをそっちに入らせて、領主そして幹部としての権利がそのままって約束したぞ」

「それでもこっちを選んだの?」

「当然じゃん。そんなもんより、嬢ちゃんの写真が撮られるのが一番大事だぞ! いや、半分、じゃなく、九割が冗談だから、そんな目で見るな。そもそもワシ一人はともかく、こんな理由で全員が付いてくるわけがねえだろう」


 俺に顔でちょっと怯えて、慌てて俺に説明するフレイドマル。


「前の戦いを見て、このマオウ軍に初めて勝利をもたらした嬢ちゃんの方こそ、これから我々を導く者だとみんなが信じるからさ。もっと現実的に言うと、いつか決着をつける日が来たら、きっとこっちの勝ちだと信じるさ」


 しかしドワーフ領と違って、悪魔領はニーズヘッグの条件を飲んで、そのまま「真魔王軍」の領地になった。


「無理もねえな。淫魔って、それほどの数の獣人が居ねえと多分生きていられねえから。しかもリリスのやつ、ニーズヘッグが常連さんなんだからな」


 命の関わりだから、獣人領と敵対してはいけない。


「本当にいいの? そっちの動きを放っておいて」

「まあ、こっちもちょっと余裕がなくてね」

「確かに、戦力的に今はちょっと不味いな」


 メランサは残した魔力を使い切った。

 マオウは目覚めたばかり。

 ウンディ一人じゃ、あの竜人に勝てるかどうか分からない。


「しかもそれだけじゃないね。まあ、幹部になった以上、フレイドマルも直ぐ分かるよ」


 七人会議が廃除された後、幹部にはもう昔のように権力を持っていない。

 幹部会議というものはまだ続くけど。

 でもそれは表決機関ではなく、マオウと幹部たちが大事なことに関して相談する会議になった。


 そして、本当の意味で権力を握ったマオウは新しく幹部を任命した。


 アラト・ワタライ。マオウ軍の「大公」として、マオウ様に代言する権利を持つ。そしてマオウが不在の時に摄政王になる。前に気が付いていなかった頃のように。

 メランサ・ワタライ。マオウ軍の首席顧問。日常的に、色んな事務を処理することもある。

 フレイドマル。マオウ軍の技術担当。

 ウンディーネ・アルフヘイム。王室親衛隊隊長。会議中は殆ど発言はしないけど、幹部の身分があれば堂々と会場に入って俺の傍に居られる。


 こうして色んなことが落着して、今日はパーティーを開く。

 新しいマオウ様の着任と目覚めのお祝いとか、新しいマオウ城の完成のお祝いとか、マオウ様の改革のお祝いとか。

 理由はともかく、今までちょっと暗すぎた雰囲気を一掃する為に、今日のイベントがあった。


 たとえこれから大変なことがまた一杯があっても。


 俺は今夜の主役であるマオウが開幕のダンスをする姿を目にしながら、シルフィーが開発した新しいお菓子を口に送り込んた。


「こんばんは、アラト様」


 俺に声をかけてくれたのは「真魔王軍」の使者、リリスだ。

 パーティーとはいえ、こんな格好が流石に派手すぎではないのか?

 主に布が少なすぎた意味で。


「こんばんは、リリスさん」

「早速でありんすが、こちらの状況を報告させていただきます」

「よろしく」


 リリスがそっちに入ったのは実際に彼女の独断ではなく、こっちと相談した後の行動だった。

 これから両方が完全に敵対関係になりそうだが、それでも意思を伝える通路が必要だ。


「なるほど。少なくても一年内は新しい争いを起こす気がないってことか」

「その通りでありんすね。こちらにも食料問題があって、今直ぐ決着をつけるより、新しく手に入った畑になれる土地を経営した方がいいのでありんすね」


 獣人領は戦争による農地の破壊がないが、人口が多くて食料の問題がずっと深刻だった。

 砂漠だらけの向こうにとって、畑になれる旧魔王領がまさに宝だ。


「しかも、本当はニーズヘッグ様も今のマオウ様やメランサ様の戦力を疑っていますが、予想外れの可能性もある以上、戦争を起こす前にもう少し準備をするつもりでありんすね」

「ありがとう。ではこっちもしばらくこのままで居たいと伝えてくれ」

「畏まりました。それにアラト様? 綺麗な月が輝いて、今宵は素敵な夜と思わない?」


 用事を済ませたはずのリリスは突然艶っぽい仕草で寄ってきた。

 俺に避けられたけど。


「そうね。では俺もこれからバルコニーで月を見に行こう。失礼する」

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