第31話 マオウ城 ①

「……それと食料の問題だが、戦争のせいで人口がかなり減ったけど、戦争の破壊で収穫も随分低い。総じて、これからの一年は厳しそう……」

「アラト様」

「どうしたの、メランサ? 違う意見なら遠慮なく、いつでも言ってください」

「そうじゃなくて。ほら、ベッドの方へ」

「ベッド? まさか……」

「おはようございます、新人」


 魔王城の決戦の後、同じくボロボロになったがまだ意識があったウンディが気を失った俺、舞央、そしてメランサを領地に運んでくれた。

 その後、魔力欠のメランサは一日で目覚めた。

 俺の方は一周かかった。


 でも舞央はいつでも起きる様子が見えなかった。

「申し訳ありません、アラト様。やはり今日も……」

「いえ、いいんだ。メランサは何も悪くない」


 呼吸もある。心拍も。

 この純白の衣装魔道具と吸血鬼の回復力同時に動き続けば、いつかきっと、また元気な舞央が戻ると俺は信じる。

「案外、ちょっとした長い夢を見ているだけかもしれないね」


 そんな状況で、俺が「マオウサマ」の代理になって、この魔王軍の色んなことを処理する。

 メランサも手伝ってくれる。

 仕事場は舞央が居る部屋にした。

 いつでも舞央の面倒を見てあげられるように。


 秋。冬。

 そのまま季節が変わって、この世界で新しい一年の春が訪れた。


 そして花が咲く同時に、舞央が目覚めた。


 ――――――――


 舞央がもう目覚めたから、俺は久しぶり、と言うより初めて自室に入った。

 新しいお城が完成して、メランサは舞央の隣を俺の部屋にしてくれた。


「俺一人にとってはちょっと広すぎね」


 部屋が広い。ベッドも随分大きい。


「じゃ、もう一人を加える?」

「そうだな……って舞央?」


 その声と共に、いつものような純白の恰好の舞央が中に入った。


「体はもういいの?」

「とても元気だよ。今なら青い魔石でも自由に使う気がするくらい。メランサさんに禁止されたけど」

「えっと、舞央? 何か用事があるの?」


 舞央は俺に近付きずつ、一緒のベッドに座った。


「そんなの、当然あるって決まっているじゃん?」

「舞央? ちょっと近いよ?」


 グイグイ俺の方へ迫ってくる舞央。


「じゃ少し我慢して。これ後もっと近くになるから」

「いや、それは流石に……」

「約束、守ってくれる?」


 舞央に見つめられている。

 息も感じる程、顔が近い。


「それとも、私が居ない間にもう他の子たちと一杯しちゃって、もう私が要らないの?」

「したって、ないない」

「じゃ……」


 俺は舞央を抱きついた。


「不安を感じさせちゃったな。心配するな。俺、取られたことがないぞ」


 最初はびっくりして混乱したが、今はもう舞央の気持ちが少しだけ分かった気がする。


「じゃ、約束も、きちんと守ってもらえる?」

「当然だ」


 それを聞いて、舞央はそのまま体重を全て俺にかけてくれた。


 ――――――――


「これが新しいお風呂場か。凄い」


 深夜の無人風呂場で、俺と舞央は休憩を取る。

 多分吸血鬼の体質のせいか、お互い体力お化けになって、外が明るくなっても全然やめる気がなくて、そのまままた夜になった。


「体はどう?」


 俺が直ぐ夢中になって、舞央に気を遣うことが全くなかったような気がする。

 このお風呂場への途中、舞央の変な歩き方を見て、俺は少し反省した。


「ん……もう少し時間がかかりそうね。でもこの衣装を同時に身をつけたら、多分半日だけで元通りになると思うよ」

「それは良かった」


 舞央は服一枚も脱がず、そのままの恰好でお湯に入った。


「そんなに申し訳なさそうな顔をしないで。私は嬉しかったよ。これも新人から貰った幸せの一部だから」

「いや、痛みを幸せと呼ぶなんて」


 顔にまだ消えていない涙の跡と、破れた白タイツに滲んだ赤い汚れを俺が見て、また反省した。


「でも間違いはないよ。確かにちょっと痛かったけど、それ以上に幸せだったよ。それと、これからもこんな痛みがまた味わえると思ったら、何だかもう期待している」

「いや、または……えっ? まさか……」

「そうよ」


 吸血鬼体質って凄い。


「ちょっと興奮した? これから何度でもこの純潔を味わうことを想像したら」


 舞央は俺のある一部を見て、俺に聞いてくれた。


「いいこと思いついた! 今からここで、ダンスをしてあげよう!」

「こんなところで?」

「いいじゃん。誰も居ないし。それに昔もしたことあるじゃん? あの頃の温泉で」

「まあ。確かに……」


 と思ったら、舞央の「かかった!」ようなニヤニヤする顔が目に入った。


「じゃ始まるね。ところで、昔のあれが子供のダンスだとしたら、ここからは大人のダンスだよね」


 舞央は少し唇を舐めながら、こっちを見てくれる。


「大人のダンスって……」

「さっきまでずっとしていたじゃん、『夜のバレエ』。今は水の中バージョンだけね」


 こうして部屋の中でした『夜のバレエ』に続いて、『大人のダンス・水中バージョン』が始まった。


 ――――――――


「回復おめでとうございます、マオウ様」

「ありがとう、メランサさん」


 元気になった以上、魔王の務めをきちんと果たさないと、と舞央は主張し、今日からこのマオウの座に身をかけることになった。


「先日は良く休んでおられましたか?」

「はい。お陰様で」

「ん? でもマオウ様、ずっと戦っていましたよ。休み時間が一刻もありませんでした」

「えっ?」


 意外な発言で、舞央も驚いた。


「それはまことですか、ウンディーネ様?」

「はい。この目で全部見ました」

「それはぜひ詳しく教えてください。マオウ様は気が付いたばかり身で、約束を破って直ぐ勝手に力を使って、また体に何かがありましたら困りますわ」

「分かりました。マオウ様は一昨日の夜から今朝までずっと大公様と決闘をやっていました。血が出ても、痛みで涙が出ても、去年あの淫魔との熱い対決の技を使い続け負けを認めませんでした……」

「あのう、ウンディ?」

「はい、どうかしました、大公様?」

「こんなことは言わなくてもいいから、もうやめよう?」


 ウンディの話を聞いて、みんなが色んな顔をしている。


「もしかして間違ったことがありますか? そうであれば遠慮なく指摘してください」

「いや、間違いというより、その……」

「分かりました。メランサ様の話を聞いて、これがマオウ様の為と思って喋りましたけど、大公様はそれを望まないなら黙ります」

「それはぜひ」

「では、これからウンディは大公様とマオウ様の決闘のことに関して誰にも教えません。静かに見守るだけにします」


 見ることもやめてくれたら嬉しいけど。


 ウンディって、時々純粋すぎてちょっと困るな。

 メランサのにゃにゃする赤い顔と、ウサミの何だか怒っているような顔を見て、俺はやめ息を吐いた。


「ゴホン。では、これから今日の議題に入る」


 舞央は少し顔が赤くなったが、何もなかったように今日の議題を始めた。

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