第27話 渡来舞央 ⑤

 時間が流れ、私も高等部に入った。

 この学園の高等部は毎年盛大な学園祭を行う。

 そして普通の学園祭と違って、夜になったら正装でしか入場できないパーティーを行う。

 参加者も生徒だけじゃなく、保護者も一緒。


「まるでお見合いね」

「実際お見合いだからね」


 バレエ部の部室で、学園祭の出し物の練習をしていた私と祈里ちゃんは休憩に入った。


 出し物はパーティーの開幕のバレエ。

 祈里ちゃんはピアノ担当で、私と小百合先輩はダンスの方。

 予定なら小百合先輩もここで一緒のはずだが、白鳥先生と一緒に急な用事ができて、今日の練習に参加できなくなった。


 高等部に入ってから、祈里ちゃんの顔色が少しずつ良くなって、欠席する日数も大分減ってしまった。

 体の成長は……時期を逃がした結果だと本人が主張した。

 でも私はずっと健康体でもあんまり成長しなかったので、全部そのせいじゃないかもしれない……という考えは内密にして置こう。


「でも祈里ちゃんみたいな、もう婚約者が居る人間もこの学園に沢山居るんでしょう。そんな人たちもこんなイベントに参加するの?」

「婚約者と一緒にこういうイベントを楽しむのも、良い思い出になると思わない?」

「確かに」


 普通の学校の学園祭も、カップルで一緒に楽しむことが多いらしいから、そういう考えもおかしくない。


「私の場合、お父さんは時間がなくて来られないから、古月くんが婚約者兼保護者、みたいな感じ? 舞央ちゃんは? やっぱりお兄さんが来る?」

「多分ね。でも最近事業の方がちょっと肝心な時期だから」


 この学園に入ってから、私は新人の言った通り、毎日携帯で連絡している。

 新人が大学院を卒業して、手元のビットコインを全て換金して起業した後も、この毎日の連絡は中断したことがない。


 でも数日前、新人はとても大事な商売で忙しくなって、多分数日の間に連絡が取れないと教えた。

「でもお前が学園祭で出る所は必ず見に行く」

 学園に入ってから初めてだけど、新人を邪魔しないように、私は毎日の連絡を中断した。


「そうか。じゃいよいよ舞央ちゃんの大好きなお兄さんの顔が拝見できるのね」

「大好きって……」

「この三年間ずっと舞央ちゃんの口から聞いていた伝説な人間。一体どんな人かな。楽しみね」


 祈里ちゃんの目に憧れが溢れている。


「こんにちは、祈里。それと渡来」

「こんにちは。何か用ですか?」


 部室に入ったのは、祈里ちゃんの婚約者、古月ふるつき光輝こうき

 エメラルドような瞳を持つ、この学園の人気者の生徒会長、

 そしてこの国の軍事産業と金融業を握る古月家の御曹司で、祈里ちゃんの幼馴染……その部分は祈里ちゃん本人が違うと主張するけど。


「少し君たちの練習を見に来ただけ」


 流石は婚約者。祈里ちゃんのことを見に来た。


「それより、渡来さん」

「はい? 私に何か用ですか?」

「学園祭のパーティー、僕と一緒に過ごしてくれませんか?」


 えっ?

 なに、この状況?


「いや、でも、古月先輩は祈里ちゃんと一緒に過ごす予定だと聞きましたが……」


 婚約者なら気付いてよ!

 今、その不満と悲しみの目を!

 主に私に向けているけど!


「何か問題ですか?」

「えっと……」


 逆に何か問題になれないことがあるの?


「三人で一緒に、今年の学園祭を楽しんでいきましょう」

「ああ、そういうことなら……」


 良かった。私は変な誤解をしただけで。

 祈里ちゃんの目も生き返った。


「あっ、もう一人を加えてもいいですか? 白鳥小百合という先輩」

「いいですよ。丁度僕と同じクラスですから、こっちから伝えていきます」

「ありがとうございます」

「では僕はこれで。当日、楽しみにしています」


 古月先輩は部室から離れた。


「どうしたの、祈里ちゃん?」


 随分真剣な顔になっている祈里ちゃんに声をかけた。


「何かさ、古月くんって、最近舞央ばかりに構っちゃって」

「そんなことがないよ。ほら、今日も祈里ちゃんの練習を見に来たんでしょう?」

「それはついでじゃないの? よく考えたら、私に会う時に必ず舞央ちゃんが傍に居る気がして……」

「それは」


 左薬指に付けた、古月先輩とペアの指輪を撫でる祈里ちゃん。

 そんな祈里ちゃんを見て、私はその話を否定しようとしたけど、この三年のことを考えたら反論の言葉が出せなくなった。


「えっ? 何を言っているのよ、私! ごめんね、舞央ちゃん、さっきのを忘れて!」

「あっ。はい」

「よし! 練習に戻ろう!」


 無理矢理明るい顔をしている祈里ちゃんを見て、私は何を言う方がいいか分からなくて、結局頷いただけ。


 学園祭の日、パーティーの開幕。

 演出の衣装を身につけ、登場を待っているだけ。


「舞央ちゃん、そろそろ靴を着替えないと……舞央ちゃん? どうしたの、あんな真剣な顔でスマホをじっと見て」

「取れない」

「はい?」

「連絡が取れない。新人と」


 さっきから何度も新人に連絡した。

 でも向こうが出ない。


「なるほど。そういうことか」

「どういうことですか、先輩?」

「舞央ちゃんはね、大事な出演の前に必ずお兄さんに靴を履かせるんだよ。私はもう何度もそれを目にした」


 小百合先輩が祈里に説明する間に、私はもう一回連絡を試した。

 でもスマホから出た声は、返事する人間居ない声だけ。


「大丈夫、舞央ちゃん。あの人なら、きっと約束通り、直ぐこの場に現れるんだ。今日は私が履かせてあげるから、ね?……」

「あっ、もしもし、新人?…… 新人?」


 トウシューズを持ち上げた小百合先輩が何かを言ったようだか、新人と電話が繋がった声しか私の耳に入っていなかった。


「まおう、なのか」


 今は何をしているの。どうして私の出演を見に来なかったの。

 聞きたいことは山ほどがある。


 でも、その儚い声を聞いて、まるで新人がもうすぐ消えちゃう感じが背筋から涌いてきた。


 だから、あんなくだらない質問は今どうでもいい。

 その代わりに、私は真っ先に聞いた。


「今はどこに?」

「*……」


 弱すぎてよく聞こえなかった声。

 そして通話が中断した。


 私の心中には不安しかない。


「あのう。小百合先輩、祈里ちゃん。ごめんなさ……」

「行ってあげて」

「でも」

「お兄ちゃんはずっと舞央ちゃんを支えていたよね? なら今は舞央ちゃんがお兄さんを支える番だよ」

「祈里!」


 全くその通りだけど、今私がここから離れたら、他人に迷惑をかける。

 特に一番迷惑をかけられるのは……


「祈里ちゃんの言った通り、さっさと行け」

「小百合先輩?」

「まあ、私の舞央を男の所に行かせるのはちょっと不愉快だけど、あの男なら今は仕方がないか」

「でも」

「ここは心配が要らないよ。私はいずれゴールデンスワンを手に入れる女だから、これくらいはソロで何とかなるよ」

「ありがとうございます!」


 礼を言って、私はパーティー会場から出た。

 新人はどこかに居るのか分からないが、会社の人間に聞いたら分かるかもしれないと思って、私はそっちに向かった。

 こんな格好だから、途中色んな人間に見られたけど、私はそれを気にする余裕がなかった。


「あのう! すみません! 社長さんに会いたいのですが……」

「えっと……君は?」


 場所は分かるけど、ここに来るのはまだ初めてで、スタッフさんが私のことを知らないのもおかしくない。


「私は社長の妹なんです」

「今度はこんなプレイか?」


 門番さんは意味深で、私の全身を舐め尽くすような視線で見てくれた。


「いえ、その」

「うちの社長には妹なんて居ないぞ。愛人は沢山持っているけど」

「儂に何か沢山を持っているというの?」

「えっ? すみません、社長!」


 えっ?

 この人が、社長?


「小娘。こんな格好で来てくれて何の用だ?」

「えっと、私、渡来舞央と言います。今日は渡来社長、つまり兄さんのこと……」

「あいつはもう社長じゃないぞ」

「えっ?」

「ここはもう儂の会社だ」


 まだ詳しい事情は知らないが、そんなことを聞いて、私は何となく状況を理解した。

 そして抑えきれない怒りが発生。


 でも私はここに来たのは、怒りを発散するよりずっと大事な用事の為だから、頑張ってそれを抑えた。


「じゃ、渡来前社長は今どこに居るのかご存じですか?」

「家に帰ると聞いたが、儂も確定できん」

「分かりました。ありがとうございます」


 嫌な気持ちを抑えつつ、私はこの人にお辞儀をして礼を言った。


「ほう。なるほど、中々の娘じゃ。コウキなやつも、中々の目を持っているな」


 後ろからまるで私に聞かせようとする独り言を無視して、私は新人のアパートに向かった。


 目的地に辿り着いた私は、自分の住まいと同じ電子錠が目に入った。

 そして手が勝手に動いて、自然にパスワード自分の誕生日を入れた……


 いや、何をやっているのよ、私。

 こんなもので開けるわけがないでしょう。

 でも新人と連絡が取れないし、どうやって中に入るのかな……


 と思っていた間に、聞き慣れた電子錠が開いた音が耳に入った。


「お邪魔します」


 暗い。そして静かだ。

 まるで生き物が居ない空き部屋。


 そして電気をつけたら、ベッドに横になっている新人が目に入った。

 目が開いたままで、まるで……


「新人!」

「まおう、か」


 新人の死んだ目に少しだけ生気が入って、私の真っ白な恰好を映った。


「ごめん。みにいく、やくそく」

「そんなのもういいから! 一体どうしたの? 病気なの?」

「びょうき、じゃない。でもちから、はいらない。すいみんも、ねむれない」


 新人の目についている凄いクマを見て、その言葉を理解した。

 そして新人のお腹から大きな鳴き声が出た。


「ちょっと待って。私、何か食べやすいものを作るから」


 その前に、頭の傍に置いてあった新人のスマホを拾った。


「やっぱり電池切れか」


 とりあえず、電源を入ってあげよう。

 そしてスマホのロック画面が目に入った。


「まったく」


 私が大会に出た頃の写真をロック画面した新人の為に、今から何かを作ってあげよう。

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