第26話 渡来舞央 ④

「教会での結婚式って初めて見たけど、凄いね」

「だな」


 六年生の夏休み、私は新人と一緒に遠くの国の町に来た。

 夏でも涼しいこの歴史のある町に、とても大きな教会があると聞いた。

 丁度午後の予定までまだ時間があったので、少し見に来た。


 そこで盛大な結婚式に出くわした。


 更に、私はその場で新婦の花束に撃たれた。


 私は大きなウサギのぬいぐるみで両手が一杯だったので、花束を取るはずがなかったけど、その花束が私の胸を直撃して、そのままぬいぐるの頭に乗った。

 丁度私もこんな格好で、「あら、もう一人の新婦さん?」と周囲に誤解する人も居た。


「まだちょっと早いが、今行く?」

「いいよ」


 騒ぎが収まった後、私たちは今年の世界フェンシング大会の現場に向かった。


 フェンシングには興味がないけど、新人の方に約束があって、私も一緒にこの場に来た。

 実際見たら確かに凄いと思った。

 どこが凄いとか分からないけど、とにかく凄い。

 特にあのチャンピオン。動きが凄く早くて、嵐のような連攻で次々の相手制圧した。


「よ。約束通り来ちゃいましたね、先輩」


 首に金メダルをかけたチャンピオンが私たちの前で現れた。

 メダルを受けた時、面を下した女の顔が出た。

 今回の相手が殆ど男だったので、まさかチャンピオンが女の子なんて、私はびっくりした。


「ついでだからな」

「まあいいや。それと、あなたが先輩の妹ちゃんですね。可愛い! わざわざこんな綺麗なお洋服で私を応援しにくれたんですね。そしてこの花束は? 優勝した私へのですか?」

「そんなわけがねえだろう。舞央はバレエ大会そのままの恰好で来たからだ。お前の為じゃない」


 そう。

 私がこの町に来たのは、バレエ大会に出る為だ。

 白鳥先生も大会の審査員の一員として私を見ていた。

 これも白鳥先生の「期待に添う」一環だ。


 賞は取らなかったけど、予選を突破しここの舞台で決戦に出た時点でもう充分だって新人が主張して、お祝いのウサギぬいぐるみをくれた。


「えっと、舞央ちゃん、だね! 初めまして。お兄ちゃんと同じ大学の後輩の、宇佐美です。よろしく」

「初めまして。うちの新人はいつもお世話になりました」

「本当よ、毎日世話してるんですね」

「おい。事実を捏造するな」

「でも事実でしょう? ほら、先輩は今月何回私の弁当を食べたんですか?」

「たまたまだった?」

「ぶぶー! 正解は、週末以外は毎日ですよ? まさか先輩は私の『西红柿炒鸡蛋』があんなに気に入るなんて……」

「うっ……ちょっとトイレに」

「いってらっしゃい!」


 新人は逃げた。


「『お兄ちゃん』じゃなくて、『うちの新人』、ね。先輩ってさあ、『ある日急に俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのをやめた』って、随分ショックを受けたみたいよ」

「何だか急に恥ずかしくて、そのまま」

「そういうことか」


 そうしてください。


「宇佐美さんは新人のことが好きですか?」

「えっ? いきなりそんなことを聞くの?」

「はい。新人の彼女なら、これから付き合いが長くなりそうですから」

「ああ、そうね。んっ……でも、先輩とは舞央ちゃんが思った関係じゃないんですよ。ただ最近一緒に居る時間がちょっと多くて……」


 宇佐美さんは新人のことをペラペラ喋っている。

 それと宇佐美さん? もう小学生に敬語を使っていますよ?


「……それと、先輩は自分の妹もあの星見学園に入らせたがって、私に色んなアドバイスを求めてくれたんですよ。ほら、私も数か月前まではあそこの生徒だったんですからね。あっ、そう言えば舞央ちゃんもこれからそこの生徒になるんですね。つまり私の後輩ですね、」

「宇佐美先輩」


 私はその惚気話を中断させた。


「は、はい?」

「今度はその『西红柿炒鸡蛋』という料理を教えてくれますか?」


 ついでに、お兄ちゃんの大好物のはずの唐揚も、時間があったら少し作り方を勉強しよう。


「もちろん! そしてこの口実で渡来家の台所に入って……へへ」


 凛としたチャンピオンはいきなり残念なやつに見えた。


「何その馬鹿な顔? お前らしくないぞ」

「先輩?! いつの間にか」

「ついさっき」

「ねえ先輩。せっかくだから、これから一緒に街に回ろうよ」

「お前、チャンピオンの取材は間に合うのか?」

「あっ、本当だ。じゃ明日! 明日は」

「今夜帰国するから無理」

「ええ! せっかく外国に来たから、もう少し楽しもうよ。まだ夏休み中でしょう?」

「もう舞央とした。それに今週末のバレエ授業はいつも通りだから」


 同時に白鳥先生が結果発表する日になる。

 私のパフォーマンスは先生の期待に添うかどうかって。


 その結果は、


「合格だ」

「ありがとうございました」

「実は予選を突破し、決戦のステージに立った時点でもう合格だよ。推薦する時学校側を説得する材料が充分だから」


 ちなみに、流石にゴールデンスワンを手に入れなかったけど、一緒に大会に出た小百合先輩は私と違って、ちゃんと賞を取った。

 流石の才能、と言うべきかな。


 帰りの電車で、私はずっと気になったことを新人に聞いた。


「新人は宇佐美先輩のことをどう思う?」

「どうって……いい人?」

「あの星見学園の生徒だったから、結構凄い家庭でしょう?」

「確か、何か大会社のお嬢様らしい」

「その割に料理もできるね。美味しかった?」

「少なくとも俺よりな。そして何故か中国の料理が結構詳しくて」

「いいお嫁さんになりそうね」

「だな」

「新人もさっさと手を出してみなよ」

「そう……じゃなくて!」

「最近お母さんも新人に『早く彼女を作れ!』って結構うるさいでしょう。それとも何? あの人に何か不満があるの?」

「それは……」


 やっぱり気があるみたい。


「新人が告白したら、絶対喜んで受け入れるよ」

「それはない」

「なんで?」

「あいつ、もう婚約者が居るから。大学卒業したら直ぐ結婚する予定だって」


 婚約。

 あまりにも違う世界の単語に聞こえるから、私は反応できなかった。


「俺、人妻に興味がないな」


 ――――――――


 あの後、白鳥の推薦で、そして新人が色々としてくれて、私は無事に星見学園に入学した。

 特待生として、学費が免除される代わりに、あの五年一度の大会で成果を出さなければならない。

 できない場合は最後の二年の学費を取るだけだが、それも結構な金額だ。


 住む場所は、流石に実家が遠すぎから、新人は一気に六年分の家賃を払い、割と広い一軒家を確保した。


「お金? そんなの心配するな。丁度ビットコインが高騰して、俺は一部を売った。それに五年分の料金で一年がおまけって、結構良心的な大家だぞ。それより一人暮らしだから、くれぐれむ安全を注意しろよ。俺も使っている電子錠を買った。パスワードはお前の誕生日にした。それと……」

「新人、心配性」

「お前みたいな歳の女の子が一人暮らしをするんだぞ。まあ、俺も時々様子を見に来る予定だ。それと毎日必ず俺と連絡してくれ」

「分かった」


 こうして、私はまた新しい学園生活が始まった。

 ……が、何だか辛かった。


 まずは授業。

 この学園は授業が難しいと入学する前に聞いた。

 でもこれ、本当に中等部の授業なの?

 バレエをやりながら、この授業についているのはとても大変だった。


 後は……


「あれよ、あれ。ほら」

「なにその歩き方。チビだから背伸びしてるの?」

「髪も、もうすぐ地面につく所だ。何かのアピール?」


 髪が伸び続けて、この二つ結びは丁度地面に辿り着いた長さになった。

 私がわざとそうしたから。

 こうなると、髪が地面に触らないように、私は日常できちんと背筋を伸ばして、同時につま先で立つことを続けなければならない。


 四六時中の全てはバレエの練習の一部。

 私はその話を貫いただけ。

 他人に何を言われても。


「今年は庶民一人か」

「でも個人財産は問題がないって」


 この学園に入学する為、生徒の個人財産は定められた金額以上じゃなければダメらしい。

 普通は親からそれを貰うけど、私の場合は以前新人から貰ったビットコイン一万枚で何とかしたらしい。


「どこからそんな大金を手に入れたと思う?」

「まさかと思うが、新入生でもう愛人志望? 誰かを狙っていると思う?」

古月ふるつき様とか? 婚約者があんまり登校していない間に!」

「「ありえる!」」


 武力じゃないけど、言葉の暴力も結構大変だな。


「おい、お前ら」


 この学園でも私の味方である小百合先輩の登場。


「あっ、やば。愛人の娘が現れた」

「やっぱり牛は牛づれ马は马づれね」

「ああ、つまない。退散退散」


 あの子たちは小百合先輩に睨まれ、ここから離れた。


「舞央ちゃん大丈夫? あいつら、狙っている男が始業式で舞央ちゃんから目が離せなくて、逆ギレになっただけよ。だからあんまり気にしなくてもいいよ」

「いいの。それより小百合先輩の方こそ……」

「まあ、別に気にしていないよ。事実だから」


 この学園の噂で、小百合のお母さん、つまり白鳥先生はある大人物の愛人らしい。

 具体的にその大人物が誰かのは分からないけど。


 入学早々いじめを受けたが、この学園にこんなことは滅多にないようだ。

 みんな教養が良くて、あんなことをするような人間はそんなに多くない。


 それでも、私はこの学園であんまり友たちが居ない。

 まあ、私って毎日授業が終わったら直ぐ小百合先輩と一緒にバレエ部で指導を受けるし。

 他の時間も全部バレエに捧げて、他人と付き合う機会も殆どない。


 そしてある日、


「あのう……あなたも一人ですか?」


 急に声を掛けられた。

 しかも知らない女の子に。


「えっと、あなたは……」

「同じクラスの神崎祈里かんざきいのりと申します」

「同じクラスの?! すみません、クラスメイトの顔も覚えていなくて」

「いえ。私、最近体が弱くて、よく欠席しています。今日も初めて会うことです」


 確かに、同年代の子より背が低いし、全身が細くてちょっと病弱キャラっぽく見える。

 私よりちょっと背が高いけど。


「そうなんですか。あっ、私、渡来舞央と言います」

「なるほど。私は参加しませんでしたけど、始業式で話題になったあの渡来さんですね」


 特待生は文字通り特別扱いをされる。当然注目もされる。

 他の生徒とその親たちに納得させる為に、学園側はその特別扱いの理由を示す舞台を用意する。例えば成績が理由なら試験の結果で。

 そして私の場合は、始業式でちょっとだけダンスを披露した。


「すみません、人気キャラを一人だと勘違いして」

「いや、実は言った通り、私はこのクラスで一人ぼっちなんだよ?」

「そうなの? 全然そうは見えません……あっ、確かにちょっとそう見えますけど」

「でしょう? だから、良かったら私とお友達になってくれませんか?」

「はい! 喜んで!」


 その後、私たちは同じ誕生日だってことを知って、何となく毎年一緒に誕生日を一緒にお祝いする関係になった。

 一つ上だけど、同じように誕生日が一緒の小百合先輩も加えて。

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