第24話 渡来舞央 ②
「では続いて、手を使わずこうして左足を上げ、I字バランスをして」
選抜の為に地元の学園の体育館を借りたらしい。
ステージにあの白鳥先生が手本になって、下に今回の選抜に参加する大勢の女の子が要求されたポーズを取る。
「右足のつま先で立てて」
先生は幾つの国の外国人の血を引いて、とても美人に見える。
理想なバレリーナの体型を持ちながら、プロの動きがとても美しい。
「この姿勢を保ってください……4号、16号、アウト……11号、アウト」
4号の子は左足を少し下した。16号は右脚を少し曲げた。
11号は……脚がずっと真っ直ぐだったけど、身長が一瞬で少しだけ下げたみたいで、多分右足が持たなかった。
これは無理もない。
この姿勢を保つのはまだ問題がないが、時間が少し長すぎる。
「続いて、こうして……」
良かった
もうすぐ私が自主練の時に挑戦した限界に辿り着きそうな所で、次の段階に進んだ。
その後も色んな難しいポーズをさせた。
その間に次々と落第した子が出た。
どんな小さなミスでも、このゴールデンスワンを手に入れた元バレリーナの目は逃がさない。
もうちょっと年上の子なら、多分できる人間も多くなるかもしれないけど、今回の選抜は厳しい年齢制限がある。
「時間だ。アウトの参加者は、速やかに退場してください」
「今年もダメか」「初めて参加したけど、まさかこれほど厳しいのね」「去年は全滅したっけ?」「一昨年もって聞いたよ。しかもあの時は先生の娘さんも含めたって」「マジすか」
色んな色のレオタードの女の子は頭を下げ、会話を交わしながらこの体育館から出た。
何だか殆どの子は出ている気がする。
確かに私の感じで、殆どの子が「アウト」されたけど。
「ね。あなた、何の名前って言うの?」
「えっ? もしかして、私を呼んでいる?」
「そうだよ」
「渡来、舞央です」
「なるほど、舞央ちゃんね。今年は幾つ?」
「ま、まおうちゃん?」
これってもしかして、噂のナンパってやつ?
ナンパしに来た子は私よりずっと高身長で、とても綺麗な子だ。
外見から見れば、多分外国人の血を引いている。
「うそ! 私の方が一年上だけど、誕生日が同じ日だなんて! じゃこれから私のことを
「せ、先輩……ですか?」
「敬語禁止」
「は、はい。小百合、先輩」
「これから同じバレエ教室に通う仲よ」
「えっ? でもまだ第二ラウンドが」
「絶対通るから大丈夫よ」
えっ? 何でこの人はこんなに自信を持つの?
それに自分に自信があるならまだしも、何で私のことまで。
「それに舞央ちゃんって凄いよ! あんな無理なことを完成しながら、他の人を見る余裕まで持っていたなんて」
「えっ? いや、そんなの、他にもできる人が沢山あるはずでしょう。ほら、ここは全国の希望者が集まって、これくらい出来る人ならきっと何人も居るはず……」
「周りを見て」
「ん?……ええええ?!」
体育館を見渡すと、もう私と小百合先輩、そして白鳥先生三人しか居ない。
それから、白鳥先生は私と小百合先輩に色んな課題を与えた。
全部が終わった後、結果発表の時間になった。
「えっと、渡来舞央さん」
「はい」
「君は……」
「ちょっと、お母さん」
「なんだい。今は……」
「いいからこっち来て」
先生は小百合先輩に引き去れ、二人が小さい声で何か会話を交わした。
えっ? 小百合先輩って、先生の娘さんなの?
確かに同じような外国人っぽい体格で、目も同じ緑の色だけど、髪色が全然違う。
先生と違って、小百合先輩の黒髪は滝のように、腰まで真っ直ぐに流れる。
そのせいで、私があの方向を考えなかった。
「では、改めて、渡来舞央さん」
「はい」
二人は用事が済んだのか、またこっちに戻った。
「おめでとう。君は合格だ。これから私のバレエ教室の生徒になるかどうかは、君の気持次第だ。その前に、少し私のバレエ教室のことを紹介しなければね」
「よろしくお願いします」
「教室と言っても、実は今まで生徒が一人も居なかった」
えっ?
「このバレエ教室に、ゴールデンスワンを取る可能性を持つ人間しか受け入れないと私は決めた。その為、基礎と素質が大事である同時に、小さい頃から生徒を色々と教え込まなくてはダメなので、年齢制限も厳しい。でもそんな条件に合う人は今まで一度でも現れなかった」
ゴールデンスワンは数年一度開催される国際大会で選ばれる、バレエ界の最高賞だ。
そして現役時代の白鳥先生はそれを手に入れた唯一の日本人。
「二年前の小百合もダメだったが、今はその可能性が見えると思うので、今年は入学させるつもりだ」
先生は小百合に目を向けて、また私に向けた。
「そして渡来舞央さん。君の場合は努力の痕跡はとても明らかだ。どんなモティベーションでそこまで頑張ったのは知らないが、とても凄いことだ」
「ありがとうございます」
「でも……そうね。君も知っていると思うが、バレエは努力だけで何とかなるものではない。幸い、君の場合は、体型や身体の各部分の比率は問題がない。しかし、身長のことはちょっと……」
分かっている。
白鳥先生はともかく、私は一つ上だけの小百合先輩よりも背が随分低い。
というか、バレエをやっている子だけじゃなく、同い年の普通の子と比べても背が低い。
「君はまだこの歳で、将来は絶対的なことじゃないけど、そのことに目を逸らすのはダメ」
そうだね。
お兄ちゃんは170センチ以上だけど、私は多分無理だ。
「それは、十年以上の汗を捧げて、最後は失望するだけの可能性」
「そんなの、私には大丈夫です」
「そうなの?」
「はい。きっとその時、私が欲しいものはもう既に手に入ったと思います」
そうだ。
ゴールデンスワンなんてどうでもいい。
私はただお兄ちゃんが言った通り、女の魅力を磨いてきただけ。
「じゃ舞央ちゃん! はこれから一緒だよね!」
何故か小百合の目がキラキラしている。
「いや、それは……もう少し考えさせてください」
「ええ?!」
「いいんじゃない。しかし、今日の午後は最初の授業をする計画なので、先ずはそれを体験したらどう?」
「それは是非」
「ねーねー! 舞央ちゃん、もう迷わないで、いっそここで決めようよ!」
小百合先輩は私の腕を引いて、今直ぐ決心をさせようとしている。
でも、私がここに通うことになったら、またお兄ちゃんに迷惑をかける。
お兄ちゃんは受験生で、今は全国一番の大学、A大を狙って頑張っている。
その為にお兄ちゃんは一年じゃなく、何年のすべてを捧げた。
私のバレエ歴よりずっと長い。
だから、これは私だけの問題じゃない。私一人決めることでもない。
「だめだよ、小百合。ほら、舞央も、迎えが来たよ」
「はい。では、また午後で」
お兄ちゃんの姿が体育館の中に現れた。
私はそっちに走って、後ろから小百合先輩のちょっと意味深な声が耳に入った。
「ん……そうか。おどこ、か」
――――――――
バレエ教室の放課後、私は迎えに来たお兄ちゃんと一緒に今夜の住まいに歩く。
「どうだった? 体験授業」
「凄かったよ。一杯勉強になった」
バレエは授業の時だけに学ぶことじゃない。
自主練の時だけでもない。
いつでも、どこでもやっているものだって、白鳥先生は教えてくれた。
バレエは身体の芸術。
だからその体に影響を与える全てはしっかり管理しないと。
座る姿勢。髪と肌の手入れ。毎日の食事。体の数値の監視と対策。
身に付ける服も。これからパンツを穿かないと要求されたけど、どうしよう……
「その歩き方も、今日の勉強の成果?」
「そうね」
今このつま先で歩くことも、その一部だ。
「疲れないの?」
「そうなったら普通の歩き方で少し休憩」
「そうしろよ。怪我になったら大変だから」
こんな歩き方、人に見られてちょっと恥ずかしいけど、列車に勉強したお兄ちゃんへの視線と思ったら、これくらいは我慢する。
いつか私もお兄ちゃんみたいに、他人の視線を気にせず自分のことをするかな。
「そしてこの荷物は?」
お兄ちゃんは来た時バックパック一つしか持っていなかった。
でも今はもう一つの大きなスーツケースを持っている。
「えっと、これが全部小百合先輩からのプレゼントなんだけど」
「これ、全部?」
「うん。着替えのタイツとか、予備の靴とレオタードとか」
バレエの練習に消耗品がある。
小百合先輩は「舞央ちゃん、練習熱心だから、消耗も激しいよね」と言いながら、凄い数をくれた。
その代わりに、今日の授業までこの身を包んでいたものは全部小百合先輩に回収された。
「今身に付けているものも、あいつからの?」
「うん」
少し視線を下げて、目に入ったのは小百合先輩から貰った平日用のバレエシューズに包まれる私の足。
「全部高級品に見えそう」
「お兄ちゃんもそう思う?」
「素人である俺でも分かるくらいってことだな。それにしても何で全部白? あいつの趣味?」
「やっぱり、変?」
タイツは白で普通だけど、レオタードとスカートは色んな色があるはずだ。
トウシューズは普通淡いピンクで、先輩はかなり淡い色を選んでくれた。
「う……でも何だか舞央に結構似合いそう」
「小百合先輩も同じことを言ったね」
「まあ、舞央は気に入ったらそれでいい。舞央の服は舞央が決めるから」
そう言われても、小百合先輩からの好意を無駄にするのはちょっと……
しかもお兄ちゃんも似合うって言ったし。
ちなみに、次に来る時履き古したやつを全部持って、新しいのと交換して来いと、小百合先輩に言われた。
流石に悪いと思ったが、小百合先輩はこれも学費免除の一部って。
う……確かに白鳥先生学費は免除されるって言ったけど、普通ここまでしてくれるかな?
でも確かに、バレエって結構お金が掛かるものなので、こうして家に負担をかけない方が私は心で受け入れやすい。
「着いたぞ。今夜はここで」
顔を上げると、今夜の泊りの場所が目に入った。
「温泉旅館?」
「今夜はゆっくりとしよう」
確かに旅館のことはお兄ちゃんが予約した。
でも温泉旅館なんて聞いてないよ!
「でも私、水着を持っていないよ」
「必要があるの? 今の恰好でもう充分だろう?」
言われてみれば確かに。
夜になったら、お兄ちゃんと一緒に温泉に入った。
普通は男女別のはずだけど、店の方は私たちのことを親子として勘違いしたみたいで、何も言わなかった。
「いや、まさかマジでそんな恰好ままで来たのか」
「お兄ちゃんのリクエスト通りにしただけだもん」
お兄ちゃんの言う通り、私には別に水着なんて必要がない。
このレオタードは水着になるから。
「でもスカートは必要がないだろう」
「でもほら、こうして水の中でひらひらして可愛いでしょう?」
生地が普通のスカートと違って、水で濡れても平気だから、一緒にお兄ちゃんに見せよう! という考えが閃いた。
「百歩譲って、タイツくらい脱いでから入れよ」
「嫌だよ。タイツがないと不完全になるでしょう」
「何が不完全だよ」
「そもそも私、もうタイツに離れない体だから」
「いや、そんなことは」
「あるよ。これから四六時中タイツで脚を包め、って白鳥先生は今日命じた」
似たようなルールは他にもある。
パンツを穿かないこととか。
今日穿いたパンツもその場で小百合先輩に没収された。
「……そうか。あの先生、厳しいな」
「まあ、お風呂の時くらいは脱いでも大丈夫だけど」
「おい」
「でもお兄ちゃん。こうして濡れたタイツにも結構いいと思わない?」
「ん……」
「普段は見えないから、この機会で見せてあげようかなって」
「いやいやいや、何を言っている。そもそもここでそんな恰好をして、誰かに見られたら……」
「誰も居ませんよ? 私とお兄ちゃん以外は」
客が少ない原因なのか、今は私たちの貸し切り。
「それでも、もうすぐ他の人間が来るかもしれないから」
「じゃお兄ちゃんはその前によく見ていてね?」
私は身を上げ、お兄ちゃんに見せようとしてその場で身を回した。
そのままダンスを始めた。
下半身が水の中で、普段と違う感じになるけど、むしろ脚を上げるのがもっと容易くなって、案外上手くいった。
唯一の問題と言うなら、トウシューズなしで爪先で立つこと。
今の私にとってまだちょっと難しくて、その辺は少し妥協した。
「どう? 普段とはちょっと違って、中々新鮮味でしょう?」
「ん……確かに。でもどうした急に」
「お兄ちゃんへのお礼だから。ここでお兄ちゃんだけに見せるダンスだよ」
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