第22話 魔王城・決戦

「フルツキ様。先ほど向こうが矢で送ってくれた、こんなものを拾いましたが」


 決戦の前の夜、スナイパーが古月に手紙のようなもの渡した。

 古月はそれを目に通し、


「なるほど。降参か。しかも誠意として、歴史のある魔王城を献上してくれると。城内に宴会の食料と酒まで用意してくれた。同時に向こうが持っている魔石も」

「如何いたしましょうか?」

「決める前に、先ずはこの誠意を頂こう。降参を受け入れるかどうかはその後だ」

「畏まりました」


 こうして人間は初めて魔王城の中に入った。

 トラップなどに充分気を付けたけど、大規模な捜査をして、やっぱり魔族は何もしなかったのが結論だ。

 そして正午過ぎ、人間軍は魔王城で宴会を始めた。


「フルツキ様。これが魔族が残してくれたお酒です。『イチバンノオサケヲ、ソウタイショウヘ』だと」

「ん……どうやら毒を入れなかったようだ」


 古月は魔法で検査をした。


「開けますか?」

「頼む」

「畏まりました」


 古月はワインを入れたガラスを持ち上げ、中のものを喉に通した。


「治癒系の魔法で、どれだけ飲んでも酔うことがないな。お陰で一杯飲めるけど、ある意味でお楽しみが一つ減った気がするな」


 王座に身をつけた古月はガラスを少し揺って、目の前の宴会の光景を見ている。


「さて、そろそろ来るんだよな。わざわざ僕の行動を合わせてあげたから、まさか本当に何もないわけがないだろう」


 魔王軍のあれ、罠ではない可能性もあるけど、可能性が極めて低いと古月は思う。

 それでも受け入れた。


 この行動で多くの犠牲が出るんだろう。

 それでもいい。むしろ好都合だ。


 二百年目の祭りに捧げる、歴史初めて魔王城を占領した勝利。

 神へに捧げる、久しぶりの緑の魔石。

 これはもう全部確保した。


 でも一方的な勝利はつまらない。

 みんな、様々な困難を乗り越えて取った勝利が好き。

 だから、こっちにも目で見える程の犠牲が出なくてはならない。

 お祭りの為に。


 そして、今回の祭りを完璧に完成した暁、古月は神の一員になる重要試練をまた一つクリアするんだ。


「そしたら、今回は絶対マオウちゃんを……」


 古月の独り言はまだ途中だった頃、魔王城に爆発が起こった。

 規模が大きくて、この魔王城をなくす程だった。


「ありゃ。これは予想以上な」


 廃墟の中に、この魔王城に集まった人間軍はもう存在しない。

 古月は魔法で自分を守ったが、他の全員が全滅したらしい。


「それじゃ、予定より少し早いけど、また期待を上回ったマオウちゃんを迎えに行こう……えっ?」


 そして古月は予想しなかった二発目の爆発を浴びた。


 ――――――――


 後ろから魔王軍の喜びの叫び声がする。


 でも俺にはそんな気分がない。


「おい、舞央。本当に大丈夫?」

「だいじょう、ぶ。これから、少し休む、だけのことって」


 舞央は呼吸が明らかに早まって、顔色も随分酷い。


「あれは一枚だけの話だろう? まさか二枚連続なんて」

「だって、一発目を、乗り越えた、者も居る、かもしれないし、念の為、ね」

「っていうか二枚目はどこから貰った?」


 キチンとその人と話し合いをしなければ。


「新人から、だよ」

「うそ。だって、二枚目はここで」


 俺は指輪に嵌めた魔石を見せてあげた。


「あっ、実はあれ、三枚目だよ」

「えっ?」

「新人が、寝ている間に、生成したよ。まったく、寝ても魔石作りを、忘れていない、ものね」


 不覚だ。


 でも舞央の髪色を見て、まだ俺のようになっていないから、多分命の危険がないと思う。

 これからしっかり休む前提で。


「とにかく、今はさっさと帰ろ」

「うん」


 消えた魔王城に背中を向けて、俺と舞央は待機している魔王軍の所へ帰る。


「その前に、少しだけ僕に付き合ってもらいませんか?」


 そして後ろから声を掛けられた。

 振り向いたら、目の前に聖職者の恰好をする古月の顔が直ぐ近くに居る。


「なにを……」

「失礼しました」


 古月は目が付かないほどの動きで、俺と舞央の間に入って、俺らを分断した。

 実質的に舞央を攫ったことになって、後ろのウンディ達も簡単に行動を取ることができない。


「まさか、魔王城には居なかったのか」

「いいえ。確かに居ましたよ。でも、この緑の神眼しんがんを持つ僕にとって、青い攻撃が無力すぎてね」


 古月は昔地球で会った時からずっと緑の瞳を持っている。

 あの頃は魔力なんて考えなかったけど、まさかこんな理由か。


「舞央に何をするつもり?」

「一つゲームをしましょう、渡来さん」


 古月は指を動いて、俺が立っている所から二つの線で、十メートルほどのトラックを描いて、ゴールの所に移動した。


「僕はこのゴールで待ちます。もし渡来さんがこのゴールに辿り着いたら、マオウちゃんはお返します。でもそれが出来ない場合」


 古月は手を舞央の肩に掛けた。


「マオウちゃんは僕が貰います」

「……分かった」


 何なの、この茶番。

 でもよく考えたら、俺に最初から選択しがない。


 だから俺は条件を飲んで、直ぐ進み始めた。


「当然、途中で様々の困難がありますね。例えば」

「うっ!」


 古月は少しだけ指を動いて、風の刃で俺の足首に深い切り口を作った。

 俺は体のバランスを失い、そのまま前へ倒れた。


 でも傷が少しずつ治っている。

 吸血鬼の回復体質だけではなく、そこのメランサが使ってくる治癒魔法も効いている。


「外野の皆さん。応援はいいですけど、攻撃はやめた方がいいですよ?」


 手を舞央の首にかけような姿勢を取って、古月は警告した。

 それを見て、ウンディは巨剣を降ろした。

 メランサも魔法をやめたが、


「でも治癒魔法は特別に許してあげましょう。じゃないとすぐ死にそう」


 古月の許可を得て、メランサはまた治癒魔法を続けた。


 俺は身を上げ、また前進しようとするが、また足首が切られて、そのまま倒れた。


「立つことを諦めた方がいいかもしれませんよ、渡来さん」

「うっ」


 どうやら最初から俺が立つことを許すつもりがなかったようだ。

 それに気付いた俺はそのまま四つん這いに倒れて進んだ。


「うっ、ああああ!」


 少しだけ前に進んだ。

 そして今回は足首だけではなく、全身に鋭い風の刃で切られた。

 流石に痛すぎて、涙が出てしまった。


 それと、痛みだけならまだしも、回復しているとはいえ、怪我が増える速度が明らかに回復の方を超えた。


「ぼろぼろですね。そろそろやめた方がいいですよ?」

「俺さ、つい昨日吸血鬼になって、不死身になったらしいよ」


 正直にいうと、こんな痛みで意識を失ってもおかしくないはず。

 でも多分メランサの治癒魔法のお陰で、俺はまだ少し意識を保っている。


「死なない限り、俺はこうして! 前へ!」


 無様な姿でもいい。

 こんなことで舞央が取り戻せるなら。


「確かに、あの金色の魔女ならそれが出来ますね。でも一つだけ、いいことを教えてあげましょう」

「う、うっ!」


 古月はまた風の刃を増やして、軽くに話をかけてくれた。


「この間、同じ吸血鬼の不死身であったはずの先代魔王が亡くなりましたね。あれも僕がやったことですよ。それと」


 もうすぐゴールに辿り着いた俺は前方から熱を感じた。

 少し顔上げて見たら、古月が大きな火球を作り出した。


「もう一歩進んだら、この吸血鬼でも殺せる炎で焼き尽くしてあげます」

「そんなこと……」

「できますよ。多くの魔力で、再生が効く前に残骸まで一気に消してあげたら。何なら試してみますか?」

「それでも! 俺は……進む選択しがない!」


 足がもう使えそうにならないから、俺は最後の一メートルを完成する為に、腕に力を入れた。

 そう。誰も俺を止めることが出来ない……


「そこまでだ」


 でも舞央の声で、俺はやめた。


「もういい、こんな茶番。私が付いて行ってあげるから、もうやめて」

「そうか。でもお兄さんの方がまだ不服そうですね? だからここが予定通り、ここでお兄さんに、僕たちのことをきちんと認めさせてもらわないと」

「必要がない。私が私だ。新人……兄さんのものではない。私の行く先は私が決める。たとえ兄さんが不満を持っていても、私に口を出し権力がない」

「なるほど、その通りですね! 言われてみれば、やっぱりこういうのは本人の意志が一番ですね!」

「そういうことだ」

「では、ここで改めて、ここでもう一回を言わせてくれ」


 古月は片膝を地面につけ、懐から小さな箱を取り出して、舞央の前に開けた。


「渡来舞央。僕の伴侶になってください」


 あの日と全く同じセリフが、ここでもう一度耳に入った。

 その華やかすぎる指輪も、あの日そのものだ。


「いいよ」


 そして地面に這って俺は、こんな光景を見ることしか何もできない。


「でもこの指輪って、ちょっと嫌な思いがあると思わない?」

「確かにそうだけど……」

「だから指輪はもういいや。それと、新人……兄さんから、お嫁に行く時の指輪を貰ったの。その代わりに、旦那様からここに宝石を嵌めてもらうと決めた」

「そうか。それも……悪くないな」

「だから、こんな嫌いな過去のあるものを置いて、最高の宝石をください、光輝~」

「いいよ。マオウちゃんの望みであれば、この最高級である緑の魔石を嵌めてあげる」


 古月は一枚の緑の魔石を取り出した。

 そして舞央の薄い長手袋に包まれた手を取って、それを……


「ありがとう」

「ちょっと待ってくれ!」


 宝石が指輪に付く前に、俺は全力で叫んだ。


「今はいい所ですから、ちょっとだけ待ってくださいよ、義兄様おにいさま

「でも、このままだと兄さんが後でうるさくなりそうね。だからちょっと待ってくれない? 直ぐ終わるから」

「いいけど、何をするつもり?」

「ちゃんと兄さんとお別れする」

「分かった」

「ありがとう、光輝」


 古月の機嫌を取った舞央は俺の前でしゃがんで、上から声をかけてくれた。


「いよいよ妹離れの時が来たね、お兄ちゃん」

「何でこんなことをするの?」

「何でって、妹はいつか兄の傍から離れるものでしょう。昔からずっとそう思っていた。今がその時になっただけだよ」

「でも! せっかくこんな世界に来たんだし……」


 昨日も、この世界で一緒に居ると決めたじゃないの?


「もう、お兄ちゃんったら、私が居ないとダメなの?」

「当たり前だろう!」


 俺も、昔から舞央からいつか離れると決めた。

 いつか舞央が上流の男と結婚し、幸せな生活を手に入れると願った。


 でもこんな世界に来て、俺も少し考えが変わったようだ。

 少し自分に正直になった。


 なのに、ここでお別れしようなんて……


「大丈夫だよ。これから私が居なくても、お兄ちゃんはきっと幸せになれるよ」

「何か、根拠のないことを……」

「根拠ならあるよ。私が居ないけど、これから理想な妻とも言えるメランサさんがずっと傍に居てあれる。同時になんでもしてあげるウンディちゃんも。あとは、お兄ちゃんも気付いたと思うけど、メイドのウサミがあの頃随分お兄ちゃんに気があった大学の後輩だよ。今はまだけど、きっといつか素直になると思うよ」


 舞央は優しく、俺の頭を撫でながら、俺の知らない間にしたことを教えてくれた。


「その人たちにお兄ちゃんのことを頼んだよ。そして全員が了承した。やったねお兄ちゃん、モテモテじゃん。お兄ちゃんが望むなら、これから幸せな異世界ハーレム生活もできるよ。あっ、それ、メランサさんやウンディちゃんはもう同意済だから、そこは心配しないで」

「勝手なことを……」

「そうね。勝手だね。でももう最後だから、これくらいは許してね」

「じゃ最後にしないでよ」

「それじゃ、私が行くから。お兄ちゃんはそこで見ていてね」


 舞央は俺の抗議を無視し、古月の所へ戻った。


「もう用が終わった?」

「はい」


 舞央は自ら左手を古月の前に伸ばした。


「お願い。旦那様」

「マオウちゃん。神崎の件もあって、今はまだ公式の妻にさせてあげられないけど、僕はきっと君を幸せにする」

「うん」

「そして、神崎には悪いが、いつかきっと、マオウちゃんが僕の最高な伴侶だと周囲に知らせる」

「ありがとう」


 古月は舞央の指輪に、あの緑の魔石を嵌めた。

「やめてくれ!」と俺が叫んだが、二人に無視された。


「どう?」

「凄く綺麗。そして、」


 になったから、舞央満足したように微笑んだ。


「『死ね』」


 詠唱と共に、その緑の魔石を一気に使い切る大技をした。


 やっぱりこうなったのか。


 古月は多分違う意味で俺と舞央の対話を理解したが、あれは俺がこんなことになろうかと気付き、舞央を止めようとした。

 でも舞央の決心はもうとっくに止められる範囲じゃなった。


 舞央の一撃で、全大陸が震えているようだ。

 落石や衝撃などから舞央を守るように、俺は最後の気力を使って、一躍で舞央を押し倒した。


「何で、こんなことを」


 メランサは多重の魔法で俺たちを守っている。

 ウンディは巨剣を振って、小山のような岩を切りながら氷魔法でバリアを作る。

 それでも、俺たち全員が随分ボロボロになっている。


 でもそれだけじゃない。

 舞央の一撃の余波はきっと乗り越えられる。

 問題は、あんなことをした舞央。


 髪はもう真っ白になった。


 青い魔石二枚でもう限界だったのに、緑の一枚じゃ無事で済むわけがない。


「そんな泣きそうな顔をしないで」


 舞央は俺の頬を撫でてくれた。

 その手に力がなさ過ぎて、儚さを感じる。


「最後は、笑顔で見送って……って、何その顔」


 俺は笑顔を作ろうとして頑張ったけど、どうやら失敗して変な顔になった。


「なあ、舞央。昨日、約束したじゃないの。終わったら、最後までの続きをするって。約束は守ってくれよ」

「そうね。ごめんね。でも代わりに、あとで他の子がしてあげるね」

「だから今は他の女のことを言うな」


 ああ。くそ。

 舞央の顔色がより悪くなりつつ、もう真っ白な紙のようだ。


「そうね。ごめんね」


 それでも、舞央は最後でいい思い出を残すように、笑顔を保っている。


「最後は無理だけど、キスくらいは……」


 俺は軽くに唇を舞央のと重ねた。


「へへ、新人からのキス、初めてかも」


 そして俺を逃がさないように、両腕で俺の頭に回った。


 最後の唇で重ね合いはそう長くなかった。

 舞央の腕は入った僅かな力が消えて、そのまま滑り落ちた。


 俺は上半身を上げた。


 強烈な地震がもう止まった。

 余波も終わったようだ。

 魔王城だった廃墟そのものが消えた。

 その代わりの、巨大な峡谷が遠くまで伸びていく。

 この辺の山脈も随分削られ、地形が随分変わった。


 こんな光景を目にして、このまま大声で叫びたい俺に、メランサが聞いてくれた。。


「マオウ様の状況は? あっ……」


 頑張っていたメランサとウンディは全身赤いものを浴びて、傷だらけで随分酷い有様だ。


「すまない、メランサ。今のメランサを頼むのなんて、俺も悪いと思うが」


 魔力欠のメランサ。

 傷だらけで、今強力な魔法を使ったら、自分の命を失ってもおかしくない状態。


「それでも、マオウを救ってください」

「分かった」

「……いいの?」

「わたくし、旦那様に尽くす女ですわ。旦那様の頼みなら、命を懸けてもやって差し上げます」


 メランサはしゃがんで、舞央の所に来た。


「でもその前に、これを見せてあげたいですわ。消える前に」


 メランサは眼帯金色のバラを解いた。


「消える?……えっ、金色の目?」


 その下は、金色の瞳が明らかに左の赤いものより小さい右目だ。

 小さすぎて、もう直ぐ消えちゃうと思うくらい。


「はい。成功率を少しだけ上げる為に、この『金色の魔女』、これからマオウ様を死神から取り戻す為に、この残した全ての魔力を使います。『時よ、巻き戻せ』」


 ずっと無詠唱だったメランサは詠唱をした。

 しかも、


「おい、魔力欠で時魔法はしないって……」

「でも、時魔法が最高の治癒魔法ですわ」


 メランサは魔法を止めなかった。

 その魔法で、俺は地面に大きな時計が逆行する幻覚を見た。

 同時に、その金色の瞳がより小さくなっていく気がする。


「ここまで、か」


 メランサが宣言したように、その金色の瞳が完全に消えた。

 そして舞央は、髪が少しだけ色を取り戻し、真っ白から銀白になった。


「これじゃ足りませんわね。全盛期のわたくしなら……あっ。あれを少し試していいですか?」

「あれって、何か?」

「マオウ様も吸血鬼にして」

「……分かった」


 許可を求めてくれたような目に、俺は頷いた。


 舞央の首に掛けたメランサの歯……あれは俺が大失血で気を失った前に目にした最後の光景だった。

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