第21話 魔王城・失う

「どうかした?」


 あれから向こうはまた攻めてくることがないが、撤退する意思も見えないまま、空が暗くなった。

 もう休むべき時間だが、舞央は俺の部屋に来た。


「ねえ、新人。今日のことを見て、何か思うことがないの?」

「そうだな。随分えぐいものを見たな。心細い?」

「それも……ちょっと、ね」


 正直、俺も見ていられなかった。


「でもそれより、この魔王軍はこれからどうなっちゃうと思うの? 私たち、本当にここに居てもいいの?」

「そうだな。やっぱり人間側に加える?」

「ねえ、新人。私ね、ずっと気になっていた。あの時私が変な考えをしちゃったせいで、新人まで巻き込んで、こんな所に召喚されたかな」

「変な考えって、まさか……」


 心当たりがある。


「そしてメランサさんに確認した。あの時の召喚は、本人にその意思がないと効かないと設定したよ。だからもしかして新人も、その時同じ考えをしたのではないかなと。『こんな関係になってもいい異世界に行きたい』なんて」


 舞央の言葉で、俺のずっと悩んでいたことを消した。


「そうか。まさか同じ考えだったのか、俺たち」

「良かった。実はもしかして私だけの勝手だったらどうしようか、悩んでいたの」

「俺も。舞央を巻き込んだと思って悩んでいた」

「じゃこれから悩まなくてもいいね」


 ああ。そうだ。


「それでね、私が思うの。せっかく望んだ世界に来て、私たちの欲しがった居場所を作らないとね」

「そうだな」

「その為に、私たちを許してくれない人間側は論外。だったら、この魔王軍を振興するしかないよね。この力で」


 舞央は見せてくれるように、指輪が付いている左手を伸ばしてくれた。


「舞央、まさかともうが」

「メランサから聞いた。新人、青い魔石二枚を持っているよね。それ、私にくれない?」

「でも、それを使ったら、また前みたいに」

「一枚だけじゃ大丈夫だ。あとで少し休むだけのこと」


 舞央の目は真剣だ。

 だから、俺も真剣に答えてあげないと。


「分かった。でも今日はもう遅いから、明日あげる」

「じゃ約束だね。おやすみ、新人」


 舞央が部屋から出て、俺はメランサから貰った、先代魔王の遺体のような青い魔石を取り出して、指輪に嵌めた。


「うっ!」


 魔石が輝く同時に、膨大な情報が頭に来る。


「はっ、はっ……やっぱり一枚じゃ足りないか。でもこの感じ、多分もう一枚で……」


 俺はもう一枚の魔石を、さっき消えた魔石と同じ場所に嵌めた。


「うっ……うううう!」


 情報が完全になった。


 これが青い魔石か。

 赤い魔石のエネルギー密度が核分裂であれば、これが核融合である。

 その理由で、魔力量も赤いものより遥かに高い。


「さって、これからが本番だ」


 俺は少し水を飲んで、汗を拭いた。

 そして自分の部屋から出て、メランサの所を訪れた。


「あら、こんな夜遅くに、マオウ様ではなく、わたくしの部屋に来たなんて……」

「メランサ。頼みがある」


 今夜はメランサのからかいに付きある気分じゃない。


「どうかしましたか、そんな真剣な顔をして?」

「俺がダメそうになったら、直ぐ俺を眷属化してくれ」

「眷属化? それって……」

「メランサの父さんもように、俺を吸血鬼にしてくれ」

「いや、でも、前も言いましたけど、あれは成功率が低すぎて、というより成功の例がお父様しか居ませんでしたので……」

「俺はABの血液型だから、多分大丈夫だ」

「えっ? いや、それだけで成功する保証がありませんわ。それに成功しても、子供が出来ない体になりますわよ……って、聞いていますか?」


 適当に座って、俺は始めた。

 青い魔石を作り出すことを。


 指輪のそこが輝く。

 光が段々消えて、サファイア一枚が現れた。


「成功……したか」

「アラト様? 顔が真っ白ですわよ? やっぱり……ってまた?!」


 俺はもう一枚を作り上げた。


 そして三つ目は……


「アラト様! 大丈夫ですか? わたくしの声、聞こえますか?」


 あっ。やばい。

 目の前のメランサが心配そうな顔がぼんやりとしていて、よく見えない。

 何を喋っているようだが、それもよく聞こえない気がする。


「いたっ……」


 意識が完全に消えた前に、俺は首が噛まれたことに気付いた。


 ――――――――


 気が付いた時、俺はメランサの部屋でベッドに寝ている。

 俺の面倒を見てくれたのは、今目に入った舞央とメランサだった。


「起きたか。調子はどう?」

「えっと、もう大丈夫だと思う」

「そうか。良かった」

「眷属化が成功しましたわね。本当に良かったです」

「そうね」


 本当に成功して良かった。

 正直にいうと、俺もそんなに自信がなかった。


「ところで、今はいつ?」

「新人が気を失ってから多分一時間だよ」

「そうか。今回気が付いたのが随分早かったな」

「ところで新人? さっき何をしたのか、説明してくれない?」


 舞央の笑顔に結構圧力を感じる。


「やー、ただ明日舞央が使う予定の魔石を準備しただけだよ」

「わざわざ新人が作る必要があるの?」

「今回はそのまま使ってもいいけど、本当にそうしたら、これから青い魔石が手に入らないだろう? だからこうして先に作る手段を確保して、あの二枚を消耗した。そしたらまた新しいのを作る必要だ出たよね?」

「百歩譲ってそれを認めるけど、今回は一枚だけでもう充分でしょう? それ以上危険を増やす意味があるの?」

「予備が必要だ。不発の可能性もあるし」

「もういいわ。新人が無事であれば何よりだ。それじゃ、これから作戦を準備するので、私が先に。メランサさん、新人に作戦内容を伝えて」

「分かりました、マオウ様」


 舞央が部屋から出た。


「ダメですよ、アラト様、こんな勝手なことをして」


 メランサは鏡を持てくれた。


「自分の様子を確認してください」

「うわっ」


 髪がもう完全に銀色になった。


「目が覚めたアラト様の目の前で敢えて明るい振る舞いをしましたけど、こんな光景を目にしたマオウ様がどれだけ心配したのか、想像できますか?」

「まあな。目も腫れて、随分赤くなったし」

「なるほど。気付いてあげたのですね」

「舞央のことなら、これくらい分かるよ。それより、俺が作り上げた魔石は?」

「マオウ様が持っていますわよ」

「そうか」


 俺の指輪に一枚が残っている。

 つまり舞央は一枚だけを持っていることだ。

 万が一の為とはいえ、一気に二枚を舞央に渡すつもりがない。


 もし本当にそうしたら、必要がなくても舞央が二枚を使うことになりそう。


「では、マオウ様に命じられた通り、これからアラト様に作戦内容をお伝えします」


 作戦は明日の午後。

 でも今からこの魔王城からでなければならないらしい。


 作戦時間まで、俺は決戦の為に英気を養い、今回のことで失った体力を全部取り戻した。

 流石は吸血鬼の回復力、凄いな。

 でもしばらく新しい魔石を作り出すのは厳禁、とメランサと舞央に言われた。


 そして試しに小さな傷をつけたが、やっぱり直ぐ回復した。

 なるほど。

 俺はようやく実感した。


 俺、もうある意味で人間をやめ、この魔王軍で魔族である吸血鬼になった。


 決戦の時に来て、俺も集合場所に来た。


「ねえ、新人」


 今回の目標である魔王城を眺めながら、舞央は傍に居る俺に声をかけてくれた。


「お願いがあるの」

「なんのお願い?」

「今回の戦いが終わったら、あの時の続きをしてくれない?」

「あの時? あっ……」


 どの時は言っていないが、お互い最初から思い出したのはきっと、この世界に来た瞬間だろう。


「でも、続きって」

「最後までの続きだよ」


 最後って、どこだろう。

 いや、舞央の意思は明らかだ。

 俺が目をそらさない限り、それくらいは理解する。


 もしそのままあの世界に居たら、多分最後の最後までは絶対しないだろう。

 でもこっちじゃ違う。


「でも俺、もう吸血鬼の体になって、子供が出来ないらしいから……」

「いいの」


 だからいずれ他の男を旦那する。その為に清らかな体を守った方がいいって……そう言いたい所だが、言う前に舞央に否定された。


「そんなの、新人さいが居れば、全部要らない」

「分かった」


 ここまで言われたら、俺はもう避けない。


「約束ね」

「うん」

「じゃ、始まるよ」


 純白の恰好の舞央は一枚の青い魔石を指輪に嵌めた。

 そして、


「『水爆』」


 一気にそれを使い切る大技で、魔王城が消えた。

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