第20話 魔王城・防衛
魔王城の上から、マオウは総大将の座で、これから戦場になる場所を見渡す。
他には幹部のみんなも居る。獣人領の領主ニーズヘッグを除いて。
それを気付いて、俺は随分嫌の予感がする。
吸血領に帰ってあんな予測をしたけど、当たらなかったらいいな。
そして何故か幹部じゃない俺もこの場に居る。
俺の護衛のウンディも一緒に。
俺は戦場は苦手だ。
平和憲法を持つ国に生まれ、あれが一番行きたくない場所とも言える。
そもそも俺が来なくてもいい立場だ。
魔王軍に職を持っていないし。何より戦闘力がゼロだ。
でも、マオウに一人でこんな場所へ行かせるわけがないな。
「凄い数……だけど、本当にこれで大丈夫なの?」
城門外に待機している、各領地から集まった魔王軍の部隊を目にして、マオウは顔に不安が刻まれる。
「そうですわね。今回の状況を考えたら、ニーズヘッグ様がもう少し兵力を送ってくれて欲しいですわね。具体的に言うと、竜人隊が居ないならこの三倍くらいじゃなければダメそうですわね」
メランサは一緒に外の兵隊を見下ろしながら、不満を言った。
「いや、数の問題じゃなくて。その……こんな状態で本当に戦えるの?」
城壁に悪魔領からの飛行部隊が待機中。
そして城門外は、城壁から少しの距離で一つの赤ラインが見える。
ラインの内部には少数の部隊。
前はドワーフに内部から操られるゴーレム。
後に隠れているのは弓や杖を持っている少数のエルフ。
しっかり陣形を保って、敵を迎える準備をしている。
ここまでは問題がない。
問題はラインの外の、獣人領から来た部隊だ。
その光景を見ると、どう見ても「部隊」とは言えない。
あれが何の紀律もない、ただのゴブリンやオークの群れに過ぎない。
ゴブリンとオークは魔族だけど、言葉が通じなく、人間の頃の理性も失ったらしい。
生産活動をしない上、彼らは本能のままで他の種族の女性を襲い、子供を孕ませる。
メランサの話によると、あれが数を増やすことを第一にして作り上げた種族らしい。
その理由で、各領地で人権がないだけではなく、見つかったら直ぐ消滅すると決めた。
でも獣人領は違う。
あいつらに場所を提供して、その行為にもある程度で目を瞑る。
特に他の領地や人間の国への襲撃に関して。
そして戦争になる時、こうして捨て駒のように戦争に送ってくる。
「大丈夫ですわ。その時はドワーフのゴーレムとエルフの魔法であいつらを前線に行かせますから」
「行かせるって……」
「つまり、牧羊犬みたいな監視者ですわ」
マオウは水魔法でレンズと水幕を作り出して、城門外の光景をそこに映させる。
「それって、まるで彼らを……」
「マオウ様」
メランサは真剣な顔だ。
「人間との戦いは何の為のものだと思いますか?」
「えっ? それは……勝利の為だと思うけど」
戦争と無縁だったマオウは急に意外な質問をされて、ちょっとメランサの意味が理解できない。
「そうですわね。戦いは勝利の為だと思いますわね。普通なら」
メランサは水幕じゃなく、遠くを見ている。
「ですが、わたくしが魔王軍に居るこの二百年の間に、一度も勝利を味わったことがありませんでしたわ」
「そんな」
「更にと言うと、この状況がずっと悪化していますわ。昔の昔なら、せめて向こうにもかなりの損害を与えましたけど、最近それすら難しくなったわ」
はっ?
「でも、前回の戦争はメランサさん達の勝利だったはず……」
「勝利?」
メランサは自嘲的な笑う。
「そんなもの、この魔王軍には存在しませんわ」
「でも向こうは確かに撤退したはず」
「そうですわね。向こうが予定通りに満足な戦果を手に入れましたからね」
おかしなことが耳に入って、俺も思わずメランサに聞いた。
「じゃなんでそのまま魔王軍を全滅しなかったの? この、まるでこっちを全面的に排除したら不都合がある言い方」
「アラト様の言う通りですわ」
少し憂鬱な顔になったメランサ。
「昔の昔、人類は全然団結しませんでしたわ。国と国の戦争だけじゃなく、国の内部にも無限な争いが終わりませんでした。でもこの魔王軍のお陰で、人間同士の国はようやくお互いに戦争をやめましたわ。国の内部も、共に魔王軍を打倒する為に、色んな争いが減りました」
なるほど。人間の共同の敵として役に立つのは理解した。
でももう一つだけ、気になる所がある。
この世界に来てから聞いたことに振り向いて、俺は一つの発想がした。
「まさかと思うが、この魔王軍にとって、戦争はただ期待された生贄を送り出すことに過ぎないのか?」
「流石はアラト様、鋭いですわね」
メランサはこれから生贄になる予定の「兵隊」を見て、目に更に憂鬱が宿る気がする。
「でも人間は何の為にそんなことをするの?」
「『収穫』の為ですから」
「収穫? 何を? いや、まさか……」
「アラト様が想像する通りと思いますわ」
魔族の死によって「収穫」できるものなら、俺は一つしか思い出せない。
「この魔王軍、実は教会の牧場のようなものですわ。教会でも一部の高層しか知りませんけど」
「でも教会はそれを持って何をするの?」
「神様への貢ぎです」
「神様? そんなの、この世界で本当に存在するの?」
「居ますわ。間違いなく」
メランサは確信するような口ぶりで、まるで
「この目で見たことがありますから」
「まさか……」
メランサの神秘がまた増えた。
でも同時に、この話を聞いて、メランサに関して俺は確信した仮説も増えた。
「そういうわけですから、このくらいじゃ全然足りませんわ。ニーズヘッグ様って、こんな時までまだ実力を温存したいのですか。前回あれほどの犠牲もダメだったので、みんな義務以上の兵力を送ってくれましたのに。でも半分以上の魔王軍を持つ獣人領がこれだけの兵を送って……」
前回の戦争はかなり惨烈を極めたものだったらしい。
先代魔王も亡くなった。メランサの城もあんなざまになった。
「何で人間が今回こんなに欲張りなの?」
「多分二百年目の『聖リリー祭』の為でしょう。毎年その祭りで神に魔石を捧げます。そして次回の二百年目で少し盛大にしたいでしょう」
「こんな理由でみんなが命を失うなんて、悲しい」
マオウは少し悲しそうな目で、水幕に映るゴブリンを見ている。
「そうですわね。悲しいことが一杯でした。でも」
唸っていたメランサはマオウに意外な忠告を送った。
「そいつらに限って、余計な感情を入れない方がいいですわよ」
「えっ?」
その時、あのゴブリンはマオウに目を向けた。
口を開け、舌を出して、獲物を発見した目で、こっちに飛んでくる。
その光景がこの大きな水幕に間近で見たら、
「いぃ!」
思わず身を上げて後ろへ下がった舞央。
それは無理もない。
実際その一瞬、俺も本能で逃げたくなった。
「『風の刃よ』!」
シルフィーの一撃で、そのゴブリンの頭が体と分離した。
そしてシルフィーは風魔法で声を拡大して、怖い笑顔で下に宣言した。
「えっと、皆さん? 新しいマオウ様が可愛いのは分かりますが、本能に駆けられて襲って来たらこの結果ですよ。だから、絶対赤ラインを越してはいけませんよ?」
「何かの防衛線だと思っていたけど、まさか防衛対象が自軍なんて」
「そうですわ、マオウ様。ゴブリンとオークはオスしか居ない上、頭にエロしかありません。女性を目にしたら直ぐ襲って来ますので、この魔王軍でもあんまり歓迎されてませんわ」
「えー……それでも、このように捨て駒みたいに……」
「その代わり、ここに来る前に全員がたっぷりと性欲を満たしたはずでありんす」
今回はリリスが説明した。
「お陰でうちの子たちも随分腹が一杯でありんすが、持たなくて壊れた子も出たのでありんすね」
「とにかく、昔はどんな人間であっても、今はただの犯罪者軍団に過ぎません。だからマオウ様は決してあいつらに同情してはいけません」
シルフィーも同意見。
「うう……」
「アラト様もそう思いますわね?」
俺に同意を求めてくれたメランサ。意図が明らかだ。
「人間でも、いい人と悪い人が存在する。魔族も多分同じだと思う」
「そうだね! 人間にも最低なクズが居るわね!」
メランサは知らないけど、マオウに一番納得できる例えを今使った。
「えっ? どうしたの、メランサさん?」
「いえ、その、マオウ様の口から『クズ』という単語を聞くなんて、ちょっと驚きました。とにかく、前も言いましたが、半端な同情心より、こんなものにされた彼らをさっさと楽にしてあげるのが慈悲ですわ……あっ」
コウモリの使い魔がメランサに向かって来た。
メランサの黒い手袋に包まれた指を触れて、赤い霧に化して、そのまま消えた。
「どうやら敵も到着したみたいですわ。マオウ様、もう少し遠くへ」
「こう?」
マオウは水幕に映る場所を遠くにした。
「もう少し……そう、ここ」
そして進軍中の敵の姿が水幕に映った。
それを目にした俺は声を失った。
多分思考も一時的に中断したんだろう。
「これは……」
「教会の聖騎士隊ですわ」
「その武器って……」
「聖騎士の聖剣、ですわ」
「聖剣?」
「そうですわ。聖騎士に選ばれたら、儀式の場で聖女様に聖剣を授かられ、教会の剣と盾になりますわ」
メランサは何か嫌なことを思い出すような表情だ。
「おめえは知らねーだろうけど、あれはとんでもねーもんだぜ。しかも時間が経つと技術が進んだのか、どんどん凄まじいもんになっていくんだぞ……おい? 聞いてんのお前? まあ初めてあれを見たから、驚いてもしょうがねーな」
フレイドマルの言葉はあんまり耳に入っていなかった。
そんなことより、
「その聖剣、別の名を持っているんだろう」
「えっ? いいえ、ありえませんわ、そんなの」
メランサの確信はどこからなのか今はさておき、
「あれって、『銃』と呼ばれていないの?」
「ジュウ?」
珍しく小首を傾けるメランサ。
本当に聞いたことがないみたい。
実物は俺も見たことがなかったけど、あれは間違いなく、地球で一番よく使われる武器である、銃だ。
服装の方は現代の軍服ではなく、中世の感じだけど、同時に現代感満々の「聖剣」を持って、凄い違和感がする。
メランサ以外の幹部三名は各自の場所に戻った。
戦いが始まる準備のために。
向こうも進軍をやめ、いつでも戦いを始める雰囲気だ。
銃、じゃなくて、「聖剣」を構えた聖騎士の姿は一人一人水幕に映った。
「えっ? これは……」
水幕に映る人物を目にしたマオウは観察目標を変えることをやめて、その人に定着した。
あれは聖騎士と違って、聖職者のような格好をするものだ。
「これが敵側の総大将ですわね。教会の大司教の一人、名前は……」
水幕に映るその顔がこっちに向いて、笑顔をしてくれた。
まるで俺らに挨拶してくれるように。
その顔を見たマオウは眉を顰めた。
俺も。
測っていないけど、血圧も急に上がった気がする……
「あぶな……!」
そして俺は急に視界を失った。
具体的に言うと、目の前が急に地面の材料である石になった。
顔もすっかりその石とキスしている。
背中の上に妙に重さを感じる。
それと、凄い音二つが耳に入った。
いてぇ……
「お怪我はありませんか、大公様?」
俺の背に乗るウンディはその巨剣を構え、俺に聞いてくれた。
「あっ……はい。おかげさまで」
俺は周囲を見渡して、少し時間を掛けてから状況を理解した。
前には突然現れた岩みたいなもの。多分メランサが一瞬で土魔法で作り出した防衛だろう。
でもその岩に穴が開いた。
最初の音も多分その穴を開けることだった。
その穴を通して進んだら、丁度ウンディが巨剣を構えて待っている。
そしてウンディの足元に、結構なサイズの弾丸が見える。
二つ目の、金属がぶつかる音の原因はこれで説明できる。
隣のマオウは俺と同じように、顔で地面と親密な接触をしている。
同じように地面にうつ伏せていたメランサは片手でマオウの背中を押しながら、もう一つの手で土魔法を使った姿勢のままだ。
メランサは身を上げ、マオウに手を伸ばした。
「今回も特別部隊、『スナイパー』が動きましたか……申し訳ございません、マオウ様にご無礼を」
「いえ。むしろメランサさんのお陰で助かった」
「そんなことがありません。向こうが狙ったのはアラト様の方ですわ」
「それでも、メランサさんが私を守ってくれた事実は変わらないでしょう? そしてウンディちゃんもありがとう。新人を助けてくれて」
「大公様を守るのはウンディの使命、人生の意味ですから」
本当に助かったが、
「あのう、ウンディーネ、さん? ちょっとどいてくれないかな?」
「う……確かにさっきみたいな殺気がもうありませんけど、もう少し警戒した方が……あっ、すみません。重いですね、ウンディが」
いや。ウンディは全然重くないよ。体重的には。
「とにかく少し場所を変えましょう。もう少し狙いにくい所へ」
身を上げた俺は提案した。
俺らが移動している最中、多分さっきの狙撃を信号して、戦いが始まった。
いや、戦いより、あれが虐殺……「収穫」だ。
教会の「聖剣」は近世の鉄砲に近い。
一回で一発だけで、現代の機関銃のように連射ができないけど、発射の間隔が結構短くて、火力はもう充分だ。
先鋒のゴブリンとオークの軍団は斉射を受けつつ倒れていく。
その間、ゴーレムの後ろに隠れたエルフ魔法兵は魔法で攻撃を放って、悪魔領の空中部隊も空から石を捨てて攻撃する。
でも教会の聖騎士隊には一部が聖職者の恰好をする人間が居て、魔法の杖で土や氷魔法でそれを防ぐ。
傷者は出たけど、中々死者が出なかった。
そして「聖剣」はかなりの射程を持っていて、空の悪魔襲撃部隊に反撃した。
同時に、ドワーフが中で操作しているゴーレムは「聖剣」の攻撃を浴びつつ、段々傷だらけになって、動けなくなった。
そうなると、聖騎士隊は盾を失ったエルフ兵団に近付き、最後の『収穫』を始めた。
「これでエルフ領はまた領民が半減しましたね。これで向こうが満足したらいいですけど……」
この高い所で遠距離の風魔法を放ったシルフィー。
「一体何を望んでいるのでしょう。何ならいっそ、私も城門から出て、貢ぎになってあげようか?」
「シルフィーさんは先代魔王より価値があるの?」
「確かにマオウ様の言う通りですね。じゃ予定通り、もう少し生きましょう」
こうして一方的な戦いが終わった。
戦場だった場所に、勝者は魔族の死体から首を切って頭を集める。
本当に、農場で収穫しているように。
「何で頭だけを……あっ、魔石だからね」
「その通りですわ、マオウ様」
水幕に、城門外の光景が映る。
「『収穫』の量を確認し、もし満足したらそのまま撤退するのはいままでのパタンですが……どうかしましたか、マオウ様、アラト様? 敵の総大将が気になりますか?」
舞央はメランサの話を聞きながら、映る場所を変えていたが、急に止まった。
「なんで、こんな所までに、この人が?」
舞央は映る光景でまた表情が歪んだ。
多分俺も。
あれが聖騎士が持つ「聖剣」と違う、この世界にちょっと相応しくない狙撃銃だ。
それを持つスナイパーは隣の聖職者に片膝を地面につけた。
スナイパーを見下して、多分何を言っているような聖職者。
そしてその聖職者はカメラに気付いたように、こっちに向いて、微笑んでくれた。
記憶のものと重ねる、嫌いな微笑みが水幕に映る。
一度しか見ていなかったけど、よく覚えたあの顔を俺が忘れるはずがない。
何でこんな場所に居るんだろう。
――――――――
「申し訳ございません。此度の失敗は全て私の無能のせいで」
「いいえ。君はもうよく出来ましたよ」
大学生の一年生である古月にはその年齢より全然大人の雰囲気がする。
要するに、教会の幹部に相応しくないことが全く見えない。
「でも意外な発見ですね。向こうにはこんな戦力があるなんて」
「よろしいですか? このまま新たなマオウを見逃して」
「おいおい、僕はいつマオウちゃんが今回の目標なんて言いましたか?」
「はっ、確かに……てっきり男の方を解決した後またマオウ様を……」
「言っておきますけど」
古月は真剣な顔だ。
「他の誰でも構いませんが、絶対、あのマオウちゃんだけには手を出しちゃいけませんよ?」
「はっ! 肝に銘じます」
一瞬で古月の恐ろしいオーラに飲まれそうになったスナイパーは直ぐ返事をした。
大司教様がまたいつものような微笑みに戻った。
それを目にして、自分の命が心配したスナイパーは少しホッとした。
「二百年ぶりの、伝説の大聖女の花嫁恰好。それをしたマオウちゃん。次の神になる僕への最高のプレゼントだ」
古月はの目は戦場を越え、遠くへ眺めながらニヤついている。
「流石はマオウちゃん、また僕の期待を上回った。今度は絶対、自ら僕の懐へ行かせてもらうね」
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