第19話 吸血鬼領・防衛

 一行四人はまた領地から離れ、魔王城の防衛戦に参加した。

 メランサの戦力はこの領地の義務。魔王様になったマオウは当然参加しなければならない。

 アラトは……メランサの夫とマオウの兄として、義務がなくても参加する義理がある。同時に護衛ウンディーネを連れて。


「はー」


 まさかメランサ様がもうアラトの妻になったなんて。

 ウサミは溜息を吐きながら、工事の指揮を続ける。


 マオウの言葉が信じられなくて、ウサミは自らメランサに確認した。

 そしてメランサはあっさり認めた。

 でもそれ以上の説明はしなかった。


 それがただの表面上のことを知らないまま、ウサミは最近心情が随分複雑だ。


 最低限の防衛訓練を終えた後、領地はまた工事に戻った。

 でも工事の優先順位が変わった。

 具体的にいうと、お城の城壁や矢倉みたいな防衛施設を優先し、主人が住む予定の場所を後にした。

 つまり、お城の再建である同時に防衛を固めていることだ。


「しかし、本当にあいつの言った通り来るかな。しかも人間ではなく、同じ魔族なんて」


 空気を吸いながら、ウサミは空を見上げた。


「えっ?」


 目に入ったあれ、間違いなく竜人族だ。

 そしてその竜人は上から一杯何かをばら撒いた。


「これは……」


 ウサミは一枚を拾って、内容を目に通した。

 そこに書いたらるのは、新しいマオウ様は魔王の座に相応しくないとか、魔族に大罪を犯した勇者を庇う罪が許されないとか。

 そしてニーズヘッグ様こそ、魔王の座に相応しいものとか。


「時期的に、今は魔王城の戦いの最中のはずなのに、こんな時期にこんなことをするなんて、獣人領は何を考えているのよ!」


 ウサミは火の魔法で、目で見える範囲のビラを全部焼き尽くした。


「いいえ。こんな時期こそ、かな」


 ウサミも少しアラトの考えを理解した気がする。


「防衛のこと、もう少し真剣にやらないと」


 今回の戦いで自分に何かがあるかもしれないとマオウが言った。

 でもそうではない場合、戻ったら帰る場所がなくなったら、本当に笑いことではない。

 その帰る場所を確保するのは、自分に託された仕事だとウサミは思う。


 ――――――――


 あの日から、竜人が空に現れ、ビラをばら撒くことが日常になった。

 そしてこの日も、竜人の姿を確認した。


 何が違うというなら、今日は竜人の数がちょっと多いだけ。

 そして……


「本当に空挺部隊が来たなんて……!」


 アラトの意見で、この吸血領は獣人領との距離が長くて、襲撃しに来る為に他の領地と魔王城を通さなければならない。

 でもそうなると直ぐ行動がバレる。

 万が一バレなくても、エルフ領の広い無人砂漠を通すのも結構辛い。


 どう考えたら、今回の戦争の隙に空中から突撃部隊を送る可能性が高い。

 そして送られる部隊の構成について、


「多分メインがゴブリンだろう」

「そうですか? でもゴブリンって、言葉も通じない、この魔王軍にも人権を持っていないものですわよ?」

「だからこそだ。あとでこれが理性のない奴らの勝手な行動で、自分とは全く関係がないって主張するつもりだろう。そして同じ原因で、運び部隊とする竜人が戦いをしないんだろう。そうなったら、こっちも竜人に先に手を出すな」


 まさか全部予想された通りだ。


「慌てるな! 訓練通り、一番近い武器庫に武器を取れ! 先ずは弓で落ちている敵を狙え! でも竜人を撃つな! 各小隊が敵が落ちる位置に待ち伏せて、一気にとどめを刺せ! 失敗した場合直ぐ敵を包囲し戦いを始め!」


 突撃部隊は集中することなく、あっちこっち少数を降ろして不意打ちをするつもりだった。

 でもこうして対策を立てられて、全然効かなかった。

 ゴブリンは魔族の中でも戦闘力が結構弱い種類だけど、ここの主力である兎人より全然強いはずなのに、今は一方的にやられている。


「よし。このままじゃ……」

「た、大将! あちらにでかいやつが!」

「第十七小隊隊長か。他のみんなは?」

「ぜ、全員がやられたんす……そこのでかいやつに!」


 血に汚れた兎人は手が震えながら、ある方向を指した。


「分かった。直ぐ行く」

「わ、私も付いて行くんす!」


 こうして二人が目標に近づく。


「まさかこんな部分も予言通りか。渡来先輩、やっぱり凄い人間だな」


 ウサミは呟く。

「ゴブリンと同じように理性のないオークも送るんだろう。でもあれがゴブリンより全然重いから、多分切り札として一匹くらいが来ると思う」と、あの時アラトが言った。


「ここだ」


 作業用のゴーレムに囲まれたオーク。

 しかも普通の赤目のオークではなく、青目のやつだ。


「おおおおー-!」


 オークは叫びながら、ドワーフが操作しているゴーレムにぶつけた。

 軍用のものはともかく、この民間用のものは衝撃に耐えれず、ちょっと飛ばされて、腕一本も遠くへ飛んだ。


 ここに居る魔族はみんな赤目だ。

 青目のエルフも居たけど、今回の戦争でエルフ軍に入って、魔王城防衛戦に行った。

 つまり、


「私がやるしかないか」

「し、しかし! 大将も赤目で、こんな青目には……」

「私にはメランサ様から頂いたこの剣がある」


 ウサミの言葉に加勢するように、緑の魔石が輝いている。


「それに、赤目というなら、今のメランサ様も同じですよね」

「あれは……」

「行ってきます」


 ウサミは深呼吸して、敵に突っ込んだ。

 オークの拳が上から来たことを気付き、レイピアで防いだ。


「うっ……やはり、人間の力ではないな」


 でも防いだ。

 強度がそこのゴーレムを上回ったこのレイピアのお陰で。


「では!」


 防御が終わって、ウサミは素早くレイピアを動かして、オークの体を刺した。


「地球のチャンピオンの動き、見せてあげよう」


 そこからは殆ど一方的な戦いだ。

 オークの攻撃はウサミに届かない。

 でもウサミの攻撃は止めることがなく、オークの体に傷がどんどん増えていく。


 戦いを見ている領民たちも、結果を疑う人はもう居ない。

 一人を除いて。


「大将! 急所を狙え、急所を! このままだと負けちゃうんすよ!」


 いや、何を言っているのよ。

 そんな、私がわざと敵の急所を避けているような言い方。


 急所を……急所を

 狙ったら、間違いなくこいつが死ぬ。

 死ぬ?

 この手で?

 あの日のように?


 そして、ウサミは自分が飛ばされたと気付いた。


「うっ!」


 衝撃が凄いが、兎人になって体も随分頑丈になったから、平気そうだ。


「たい……しょう。良かった、無事で」

「おい!」

「隊員と会いに行くんすね。でも大将は……まだ……ここでやることが……あるんす……ね?」

「うっ!」


 歯を食いしばって、ウサミは気付いた。

 自分は無意識に敵の急所を避けていることを。


 そしてこのままだと、敵が倒れることがなく、自分の方が先に綻びが出る。

 そうなると、一瞬で敗北となる。


 ウサミはあの夜ウンディーネとの戦いを思い出した。


 フェンシングのチャンピオンは命を奪う必要がない。

 でもこの世界の戦いは違う。

 迷ったら、こうして味方の命が奪われる。


 小隊長の体を見て、ウサミは歯を食いしばった。


「ああぁぁぁぁ!」


 そして前のように連撃を始めた。

 でも今回は当たる所は全部急所だ。


 その結果、オークは唸り声をしながら倒れた。


「おおおおおおお!」


 喜びの叫び。

 でもウサミは今そんな心情ではない。


「医療班、こいつは頼む」

「「はい!」」


 歯を食いしばいつつ、地面を見つめる。


「うっ……」


 あの日の光景と、あの人感触が戻って、ウサミは胃から何かが出そうな気分だ。

 視界も、地面も揺れっているように……


「いや、これ……地震?」


 そんなウサミを負の感情の渦から引っ張り上げたのは、全大陸に感知された地震だった。

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